53 久我っちオーバーキル
「お前、マジでなにやってんだ? メイドか?」
久我っちは胡乱そうに私の頭のてっぺんから爪先を眺めて言った。
私は大きく頷いて見せる。
「そう、護衛メイド」
「護衛メイド…」
あっさり答えると、久我っちは何やら微妙な表情になる。
私は視線で馬車を示す。
「あの馬車にいるお嬢様たちの護衛メイド」
「お嬢様たち? ってことは身代金目当てか?」
眉を潜ませ破落戸たちに視線向けて、久我っちが聞く。
だよね。
普通は身代金目当ての誘拐だとか思うよね。
「もっと酷いよ。私の場合は、テキトーに遊んで後は売るか殺すかするらしいよ」
「クズだな」
「クズでしょ」
久我っちは不快げに顔をしかめた。
メイドの私の扱いから、お嬢様たちがどうなるか予想できたのだろう。
しかし、今はそれどころではない。
「とりあえず、詳しい話は後にしよう。あれ、何とかしないとね」
「あー、あれ。全員悪人でいいな?」
「悪人、悪人。サイテーのクズ」
「よし。じゃあ、手加減はいらねえな」
「いやあ、それなりにしてもらわないと」
殺る気満々の久我っちを慌てて止める。
久我っちは不満そうに私を見た。
「なんでだよ?」
「いろいろ、お話聞かないとでしょ? 背景とか黒幕とか」
「それもそうか。って、手加減が難しいんだよな」
久我っちは面倒臭そうに宙を仰ぐ。
解らなくもない。
格闘ゲームばりに必殺技を使うと明らかに、オーバーキルなんだよね。
何もかも、木っ端微塵とか真っ二つとかは、意外と後始末とかが厄介だ。
「出来ないの? 私は出来るよ」
「はあん?」
「この剣が砕けないように、加減すればいいんだよ」
久我っちに先刻吹っ飛ばされた破落戸の剣を手渡す。
中古だけでなく、質の悪い剣だ。
しかし、これが壊れないように力の加減が出来るようになれば、大抵のことは何とかなる、はず。
「おっと」
馬車に何人かが向かったようだ。
私は自分の剣を取り出す。
「疾風斬・流!」
一番近い破落戸を攻撃する。もっと力を抑えたから、言うなれば『疾病斬・流(小)』ってところかな。
「じゃあ、そっちは任せた!」
「努力は、する」
苦い顔で久我っちは頷いた。
他の連中を久我っちに任せ、私は馬車に向かう。
さっきの一撃は剣を弾き飛ばしただけだ。
破落戸はまだぴんぴんしている。
「なんだ、この女っ!」
「護衛メイドです」
破落戸の背中を蹴りつけ踏み台にして、馬車の屋根に飛び乗る。スカートだけどそんなのは気にしてはいられない。大丈夫、別にパンツ一枚って訳じゃないし。
蹴られたのはその場に這いつくばっているので、まずは問題なしとする。
次にこちらに向かって来るのを倒す。
「流星斬・閃!」
落下の威力を適当に殺してこれも倒す。
矢を射られたが、逆に潜んでいる位置がわかった。
「疾風斬・流!」
矢が射られた方角へと、疾風斬を放てばばさばさと人らしきものが落ちた。
多分、あれで動けないはず。
こちらで何人かを片付けている間、離れた位置で『どかん!』とか『ばきぃ!』とか、しちゃいけない音がしていたけどね。
音の発信源は間違いなく、久我っちなんだろう。
振り返れば、今も誰かを吹き飛ばしていた。
最初のあれよりは、幾分弱くなった気がするけど。
久我っちは刃が砕けた剣を放り捨て、面倒くさそうに新しい剣を拾い上げている。
その隙を突いて斬りかかる影がある。
「疾風斬・流!」
それを私が弾き飛ばした。そして久我っちが止めを刺す。
久我っちの方は十人近くが地に転がって呻いていた。正に阿鼻叫喚の世界。
絵面が酷い。
「終わったぞ。一応」
久我っちは私の方を見て言った。
一応ってのが怪しいんだけど。
そういうことにしておこう。
「こっちも終わったよ」
とりあえず、元気に動ける者はいなさそうだけど、逃げられたら困るので、持参したロープで各々を縛り上げることにした。
「でさ。なんで久我っちがここに…」
一応、一段落ついたので話をしようとしたら、幾つもの蹄の音が聞こえてくる。
「ミーシャ、無事かっ!」
馬を駆ってきたのはケイトたち、緑野のメンバーだった。
そこそこ負傷しているように見える。
やっぱり、向こうも襲われらしい。
「なんか、終わってるのにゃ?」
馬から飛び降りたエルは、転がる破落戸たちを見て目を白黒させた。
「こっち側、なんかひでぇな…」
サイモンが転がる血みどろの一団を見て呟く。
それは久我っちの受け持ちです。
「で、あんたは何だ?」
ケイトが久我っちを探るような目で見ている。剣の柄に手を添えているのは久我っちを警戒しているからだ。
確かに怪しいよね。黒ずくめの第三者とかさ。
「その人は、通りすがりに助けてくれた、親切な人です」
「あ? あー、うん。森から出たら、何かヤバそうだったからな」
久我っちと知り合いだと隠す必要は特にないけど、いちいち説明するのも面倒くさい。
実際、久我っちは私が誰なのか判別する前に関係なく手助けをしてくれたのだから、同じようなものだ。
それよりも。
「後は任せて良いですか? 私たちはすぐにお屋敷に戻りたいのですが」
第二陣が来るとは思わないけど、念には念を入れておきたい。
何より、お嬢様たちの精神状態が心配だ。
「ああ、そうだな。こいつらは俺たちで片付ける。リヒト、着いていけ。もし仕掛けてくる奴がいたら、手加減は無用だ」
「わかった」
おお、魔法士が来てくれるんだ。
それはありがたい。
遠距離、範囲こうげきは全てリヒトに任せるとしよう。
「では、失礼します」
「え、ちょ、マジ?」
いきなり放り出されて久我っちが情けない声をあげる。
「話は後にしましょう」「…わかった」
こちらが急ぎたいのを察して、久我っちは渋々引き下がる。
後はケイトたちに任せたら大丈夫でしょう。
私がギルに会った時みたいにさ。
いろいろ、そっちで聞いておいてよ。
そういう説明を丸投げして、私はリヒトと共に馬車へと戻る。
「お待たせしました。ジェイクさん出発の準備をしてください」
「へ、へえ」
馬車の影に隠れていたジェイクはびくびくと馭者台に登る。リヒトもその後に続いた。
「皆さん、お待たせしました」
声をかけ、馬車の扉を開けると、ユージェニーとアンジェラは目に涙を溜めて震えながら私を見た。
ヤバい。
天使はべそをかいていても天使だった。
これもまた、可愛い。何か、私の中で開けちゃいけない扉が開きそうだ。
落ち着け、私。
「も、もう大丈夫なの?」
「はい、全て無力化しました。後始末は緑野の皆さんがしてくださいます。私たちは念のためにすぐにお屋敷に帰りたいと思います」
言いながら馬車に乗り込み座ると、両脇にお嬢様たちがしがみついてきた。
「ミーシャ、もう、怖くない?」
「はい、アンジェラ様。もう、大丈夫ですよ」
張り付く二人を抱き寄せ、何度も大丈夫だと繰り返す。
何度言っても、二人は震えている。
「アンジェラ様、無頼の輩はミーシャが退治しましたよ」
グスタフが宥めるように言う。
子供っぽい言い回しだけど、アンジェラは子供なんだから仕方がない。
いっそ、これくらい砕いて話した方がいいんだろう。
青ざめていた、サリィとグスタフの顔色が元に戻りお嬢様たちが落ち着きを取り戻す頃、馬車はようやく屋敷に到着した。
さすがに、これ以上襲撃されることはなかった。
そして、証人を沢山生け捕りできたため、首謀者は判明した。
何でも、数年前にオレイオ家を勘当された放蕩叔父だそうだ。
放蕩叔父は、オレイオ家を恨みに恨んで、実の兄が亡くなった後、乗っ取ることを決めたんだって。
勘当された身でよく破落戸たちを雇う資金があったものだと思ったけど、オレイオ家を掌握したら一括で払うつもりだったらしい。
なんと言う、雑な計画。
計画する方も雑だけど、従う方も雑なだよね。
恐らく、放蕩叔父の後ろにまだ何かが控えているんじゃないかな。
今回の一件では、そこまでは追及できなかったようだけど。
本当の黒幕は、放蕩叔父より一枚も二枚も上手だったってことだね。
ともあれ、オレイオ家の騒動は、翌週に御従兄弟様が来たことで、ようやく落ち着いた。