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月の姫君とそのナイト?   作者: 向井司
外伝 隣の異界と白忍者
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52 懐かしい顔


 もうすぐ、お従兄弟様がオレイオ領へとやって来る。

 ユージェニーより年上のステュワートとは、互いにに顔見知りであるらしい。


 確か、年の差は七つだったか。


 若いと言えば若いけど、おじさん来るよりいいよね。いいのかな。


 ユージェニーがおじ専でない限り、年の差は余り大きくない方がいいんじゃないの?

 っていうのは、庶民の意見だけど。

 貴族はどうなんだろう。年の差婚とか、よく聞くよね。


 毒入りワイン以降、動きは特にない。

 ないままに、隣のカーリス領からお茶のお誘いがあり、出向かないといけなくなった。


 こんな時に、と思わなくもないけど、それは完全にこちらの理由なのだ。今までは、何やら理由を付けて先伸ばしにしてきた。先方もこちらの事由を考慮してくれた。

 しかし、いつまでも甘えていてはいけないのだ。


 ご近所付き合いは大事なのである。情報収集とか根回しとか諸々を引っくるめて。


 この伸ばしに伸ばしたお茶のお誘いを受けられるようになったのは、私がいるからだ。

 専属の護衛がいるので、ようやく動けるようになったと言うことだ。

 外には緑野の面々も控えているしね。

 お従兄弟様の婿入り前の、貴重なタイミングである。


 カーリス領までは馬車で二時間ほどだ。

 意外に近い。

 林を抜けて畑を抜けて着いたカーリス領は、オレイオ領と似た感じだ。

 こちらの特産品は小麦粉なのか豆なのか。

 それとも芋なのか。

 よくわからない。

 まあ、馬車の中から見るだけじゃあね。


 馬車に乗ってるのは、ユージェニーとアンジェラとグスタフとサリィと私。

 お貴族様の馬車は六人入るんだよ。すごい。

 カーリス領には、ユージェニーと同年代のお嬢様がいるので、久しぶりのお出かけに二人ともきゃっきゃしている。

 そんな二人を見て、グスタフもサリィもほんわかしてる。


 一体、今までどれだけ気を張り詰めてきたのかと思うと涙でそうだよ。


 楽しみにしていただけあって、お茶会はかなり楽しかったようだ。

 小一時間のお茶会でも、軽やかな笑い声が絶えなかった。


 楽しそうにニコニコ笑う天使たちは尊い。心の中でそっと拝んでおく。


 とりあえず、ここは平和だ。

 お茶もお菓子もヤバそうな気配はない。

 良かった。ここで何か仕込まれたら、お嬢様たちは立ち直れないだろう。


 そうして、ほんわかとお茶会は無事終了した。


 カーリス領の領主様とご令嬢に挨拶をして、馬車は帰路に着く。


 馬車の中での会話は専らお茶会についてだ。

 カーリスのエリアルお嬢様は、二人のことをとても気にかけていた。

 それも嬉しかったようだ。


 みんなニコニコしていたが、不意に雲行きが怪しくなった。

 何て言うか、窓から見える景色が違うのだ。


「ジェイクさん、道が違いませんか?」


 馬車の小窓から、馭者のジェイクに声をかける。


「今日は晴れてようごさいましたなあ」


 ジェイクはのんびりとそう答えた。

 それは、カーリス家から馬車に乗るときに交わした会話だ。


 楽しげなユージェニーたちにジェイクはやはりのんびりとそう言った。


 何故、今その会話になるのか。

 明らかに私の質問への答えではない。


 しかもだ。


 連絡石が赤点滅を繰り返している。

 これは緑野にも何か合ったね。

 かなりヤバい系が。


「ミーシャ、どうしました?」

「嫌な感じです。馬車を停めさせます。皆さんは停まっても馬車から降りられませんように」

「ぇ、ミーシャ?」


 グスタフに言うなり、私は馬車の窓から体を捻り出す。

 馬車の側面の窓は、肩さえ捻り出せば何とか出られることは確認済みだ。

 お仕着せじゃなかったらもっと出やすかったんだけどね。


 そのまま馭者台に移動する。当然、こちらからも連絡石は赤点滅をかけておく。

 緑野のみんな、さっさと片付けて追い付いてくれると良いんだけど。


「ジェイクさん、馬車を停めてください」

「今日は晴れてようごさいましたなあ」


 ジェイクは先刻と同じ台詞を繰り返す。


「なるほど、何か術を掛けられましたね」


 洗脳とまでは行かないけど、催眠術のようなものだろう。魔法なら眩惑とか言うのかも知れない。

 朝は普通だった。仕掛けられたのはいつだ? まさかカーリス家で?


 今は検証は後回しにしよう。


 とりあえず、裏切りではなさそうで良かった。


 さて、どうやって術を解くか。

 正気に戻せば良いのだろうけど。

 命令がかなり単純だから、術はそれほど強くないのだと思う。


 なら、まずは気をぶつけたらいいか。


 手綱をジェイクから奪い、馬車を停めると左の掌に気を込め、ジェイクの背中を勢いよく叩いた。


「ーっ!?」


 びくうっと、ジェイクが飛び上がった。


「あ、は? アタシは一体…?」


 ジェイクはまるで今目を覚ましたような顔でキョロキョロと辺りを見回す。


「ジェイクさん、詳しい話は後で。馬車を方向転換させてください」

「は、はいっ…なんだってこんなところに…」


 ジェイクは慌てながらも、何とか馬車をUターンさせる。


「このまま、もと来た道を戻りますよ」

「わかりました!」


 ジェイクが頷き、馬車が走り出そうとした時、矢が降ってきた。


「ひゃあぁ!」


 ジェイクが馬車を停める。馬も怯えている。


 まずいな。


 暴走はしなさそうだけど、怯えて思うようには走ってくれないかも。


 その間にも、幾つもの気配が近付いてきていた。


「なんでぇ、予定の場所に来ねぇと思ったら気が付いたのかよ」


 ダミ声と共に数人の男たちが姿を現した。


 破落戸若しくは盗賊?

 身を持ち崩した冒険者みたいなのばっかり。


 いやまあ、ここで身なりのきちんとしたのが出てこられても困るけどさ。


 私は馬車から降りる。


「ジェイクさん、いざと言うときは身の安全を優先させてください」

「み、ミーシャさん」

「皆さんを守れるよう、全力を尽くします」


 馬車を走らせたかったが、矢で狙われているのが気にかかる。

 走ってる最中に馬が暴れたり倒れたりしたら、馬車もただでは済まないだろう。


 Uターンしている間に追い付かれたのが地味に痛い。

 赤点滅を繰り返している辺り、緑野の方も攻撃されているようだ。

 陽動とはやってくれる。

 彼らが襲撃者を片付けてこちらに追い付くまでどれだけかかるだろうか。


 もう、時間稼ぎだけでは済まないだろう。

 いい加減、私も腹を括らないといけない。

 相手が人間であっても、本気を出さないと。

 生命のやり取りの覚悟をしないといけない。


 馬車の前に立つ私を、破落戸たちは嘲笑った。


「なんだ野暮ったいメイドの姉ちゃんだけかよ」

「あれは好きにしろ。遊んだ後に殺そうが、売ろうがどうでもいい」

「馬車は?」

「中の嬢ちゃんたちは、殺すのも売るのもなしだ。まあ、ちぃっとくらい遊んでもいいがな」

「そりゃいい」


 破落戸たちは、下卑たことを口々に言い出して嘲笑う。


 耳が腐るわ!


 狙いはやっぱり、お嬢様たちだ。

 貴族の二人は、きっと破落戸に拐われるだけでも名前に傷が付くだろう。乱暴なんてされたら、傷だけでは済まない。

 今回の婿入りの話も消えてしまうだろう。


「クズが…」


 破談になった後に、オレイオ家に入り込むのは一体誰なのやら。そのまま乗っ取る算段でもしているのだろうか。

 本当に、最低な連中だ。


「さあて、姉ちゃん。オレらの相手をしてもらおうかぁ」


 破落戸の一人が数歩先に私に歩み寄り、汚い手を伸ばす。


 誰が、相手なんか、するか!


 剣をポシェットから取り出そうとした、その瞬間。


「疾風斬!」


 破落戸が吹っ飛んだ。

 誇張なく、本当に吹っ飛んだ。


 そして私の目の前に飛び出してくる漆黒の影。


 見覚えのある黒装束は、間違いなく忍者装束だ。

 先刻の声も、聞き覚えのあるものだった。


「うおー、やべえ。思ってた以上に吹っ飛んだ。けど、悪人だからセーフだよな?」


 忍者刀『嵐』を構えて、黒忍者は焦ったようにそう言った。


 緊張感のかけらもない。


 それよりさ。


 なんか、もう、本当に聞き覚えがあるんですけど。


「いや、アウトでしょ。やり過ぎでしょ」


 自分の覚悟を棚に上げて、ため息混じりに言うと、黒忍者は一瞬動きを止め、その後もの凄い勢いで私を振り返った。


「お、前、ショウかっ!?」

「なんか、久しぶりだね。久我っち」


 そう。

 黒忍者は久我真門(くがまなと)ー久我っちだった。

 黒忍者の『黒風』は、久我っちの持ちキャラなのだ。


「お前、こんな所でなにやってるんだよ?」

「それはこっちの台詞だよ」


 呆れて聞いてくる久我っちに私は同じくらいのテンションで答えた。





ようやく久我っちが・・・

お待たせしました。

2019中に出せてよかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 久我っちの登場の仕方がかっこいいですね。 今後も楽しみです。
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