50 オレイオ家の天使たち
馬車がオレイオ家に着いた。
ギルドからここまで三日かかった。
メイド教育が三日とか、無茶苦茶だと思ったけど、連絡してからグスタフが来るまでの時間だったんだね。
それだけ、緊急だったのだろうが、私としてはビミョーに釈然としないような気がしなくもない。むぐむぐ。
そうして到着した屋敷から姿を現したの壮年の男だ。
「執事頭のハロルドさんです」
馬車から降りるときにグスタフが名前を耳打ちしてくれた。
「ミーシャです、よろしくお願いいたします」
「お待ちしておりました」
先制でぴしりとしたお辞儀をしたのに、私よりもぴしりとしたお辞儀を返された。
年期の入ったお辞儀は、隙のないものだった。
この世界の執事、すごい。
もしかして、この人も戦える系なんだろうか。
この人いたら、私はいらないんじゃない?
ああでも、ゼルスほどのヤバい感じはしない。あの人は別格、絶対別枠。並べたらダメ。
その時点で、ハロルドは普通の? 人間には違いなさそうだ。
「ミーシャさんの実力は問題ありません」
「グスタフがそう言うのでしたら、そうなのでしょう」
「お嬢様方の身の回りのお世話はお願いします」
「はい」
身の回りのお世話…そうだよねー。さすがにそろはハロルドが手を出したらヤバいもんねー。
「では、部屋に案内しましょう。マリア」
屋敷に入るなり、メイドがひとりやって来た。
私よりはちょい年上? 赤毛で深緑の瞳、ちょっと気が強そうだ。
「マリア、ミーシャです。彼女については任せます」
「わかりました」
マリアはハロルドにお辞儀をし、私を見た。
「ミーシャです。よろしくお願いいたします」
「マリアです。まずは部屋に案内します。こちらへ」
「はい。では失礼します」
ハロルドとグスタフに目礼し、マリアの後に続く。
私に与えられた部屋は、ロシェ夫人の屋敷と同様な、小さな使用人部屋だった。作りも大体同じ。
部屋にトランクを置くと、そのまま戻るとすぐにお嬢様と顔合わせだ。
「ミーシャさんは…」
「ミーシャ、で結構です。マリアさん」
「ミーシャは、ギルドの紹介と聞いたのだけど」
「はい、間違いありません」
「それは強いと思って良いのね?」
「はい。不安でしたら、グスタフさんにお訊ねください」
グスタフがOK出したのだから、グスタフに確認して欲しい。
私からは特に言うことはない。
「グスタフさんが決定したことなら…」
マリアが口を出せる問題ではないらしい。
そういうものなのか。
マリアに連れられて、子供部屋に来る。
僅かに聞こえる話し声は軽やかだ。
「こちらの子供部屋にお嬢様方はいらっしゃいます。もう一人のメイドのステラも。あと、サリィがいます。料理人はヨハン。二人は後で紹介します」
「はい」
執事二人にメイド三人、料理人が一人。それでこの屋敷の管理は大変だろうなあ。
掃除は私も頑張ろう。
「お嬢様、マリアです」
マリアはノックしてからドアを開ける。
ソファに座ってい三人が顔を上げる。
真ん中のメイドがステラで、右側がユージェニー、左側がアンジェラだろう。
金髪碧眼のザ、天使がいる。
ふわっふわの巻き毛がなんともゴージャスだ。
凄いなあ、絵に描いたような天使だよ。
確か、アンジェラが十歳でユージェニーは十五歳だっけ。領地を切り盛りできる年齢ではないよね。従兄弟の婿入りの話も進んでいるらしいけど。きちんと決まるまでは安心できない。
大変だ。
「ユージェニー様、本日より新しいメイドが入りました」
「新しい…」
「メイド…」
ユージェニーとアンジェラは真ん中のステラに身を寄せる。警戒しているのは固い表情からも判る。
「ミーシャと申します。本日よりよろしくお願いいたします」
名乗り礼をするが、掛けられる言葉はない。
「新しいメイドなんて…」
「ハロルドさんの判断でございます。グスタフさんもお認めです」
ユージェニーたちは、新しいメイドなんていらないのだろう。
しかし、防犯の面から、ハロルドは必要だと判断した。
これにはユージェニーも拒否はできないようだ。
「グスタフが許可したのね?」
「はい」
「貴女は、私たちを守ってくれるの?」
「はい、それが私の役目でございます」
「ミーシャはハロルドよりも強いの?」
ステラの陰からアンジェラがこちらを見ている。
「力比べは致しておりませんが、負けないかと」
「グスタフは?」
横からアンジェラが質問を追加する。
「負けません」
こちらはきっぱり言い切る。
どちらも戦闘能力は高いようだが、負けない自信はある。
「即答なのね」
「はい」
グスタフには悪いけど、勝てる自信はある。
まあ、ハロルドとグスタフでは練度が違うもの。多分、やりにくいのは絶対にハロルドだ。
所謂、年の功。
でも、負けないだろう。
「グスタフよりも強いの?」
アンジェラは目をキラキラさせて私を見上げた。
ヤバい。
天使の圧が凄い。
語彙力がどこかに行ってしまいそうなくらい、天使可愛い。
「護衛メイドですから」
「護衛」
「メイド? 初めて聞いたわ」
「今、作りました」
そう答えると、ユージェニーは一瞬きょとんとした後、くすくすと笑った。
「あなた、変わってるのね」
「よく言われます」
「自分で言う? 本当に変わってる」
「お姉さま?」
アンジェラはくすくす笑うユージェニーを不思議そうに見上げている。
とりあえず、掴みはオッケーだったようだ。
よしよし。
これで私としてもやり易くなったぞ。
護衛対象に余計な距離を取られるのが、一番不味いからね。
後手に回る訳にはいかないんだよ。
とりあえず、こんな感じで何となく受け入れられた私の仕事は当然メイドだ。
掃除したり洗濯したりね。
料理には手を出していない。
お茶の準備もしないでいたら、ユージェニーに不思議そうに聞かれた。
「ミーシャはお茶の準備は出来ないの?」
「出来ますが、お求めにならない方がよろしいかと」
「?」
意味が解らないと、ユージェニーは首を傾げる。
「出来るのでしょう? 出してくれる?」
「おやめになった方が…」
「どうして?」
「…美味しくないからです。私が作るものはどういう訳か美味しくないのです」
仕方ないので自己申告すると、ユージェニーは一層不思議そうに私を見た。
「お茶でしょう? いいから、出して」
「…はい」
知りませんよー。
私の不味さはロシェ夫人のお墨付きなんだよ。
ユージェニーは全く信じていないので、お茶の準備を始める。
周りも止めないのは、結局半信半疑だったと言うことか。
いいけどね。別に毒を作る訳じゃないんだし。
ユージェニーとアンジェラの目の前で、お茶を入れて見せる。
「出来るじゃない」
ユージェニーはカップのお茶を一口飲んで、実に、実にビミョーな顔をした。
「……美味しくない…」
だから、言ったでしょー。
「手順も作法も間違ってないのに…」
「頂いてもよろしいですか?」
グスタフが別のカップに注いだお茶を飲む。そしてビミョーな顔で私を見た。
「何故?」
「存じません」
作法は合ってるよ。当然でしょ。ロシェ夫人の完コピなんだから。
なのに、美味しくならないんだよ。
理由なんか、ロシェ夫人も解らなかったよ。
何回、お茶入れしたって思ってんの。
何度やっても原因不明なの。
「私は先に申し上げました」
「そうね…」
ユージェニーはカップをテーブルに置いた。
「ミーシャはお茶は出さなくていいわ」
「ありがとうございます」
改めてお茶出し禁止が言い渡された。
仕方ないとは言え、二度も言い渡されるこっちの身にもなって欲しい。
止めとけって言ったのに…
もうもうもう。
それ以来、誰も私にお茶を出せとは言わなかった。
言われても、もうやらないけどね。