49 オレイオ領からの迎え
「ただ今、戻りました」
ロブに続いてギルドに入ると、一斉に怪訝そうな視線を向けられた。
「ロブ、お帰りなさい?」
アネッサも私を見て首を傾げている。受付で目が肥えているアネッサが判らないなんて、私の変装もなかなかなものだね。ちょっと自信が付くなあ。
私は何も言わず、目礼に止めておく。
「オレイオ家からのお迎えは…」
「あ、いらしてます。ギルマスの所です。あと『緑野』の皆さんも」
「わかった。ミーシャさん行きますよ」
「わかりました」
アネッサに一礼して、ロブの後に続いて階段を上り、執務室ではなく応接室に向かった。
「ギルマス、今戻りました」
「ああ」
ロブはノックの後にそう言ってドアを開けた。
続いて入ると、レクウスは私を見て僅かに首を傾げた。
「ロシェ夫人の許可は貰って来ました」
「まさか」
「ミーシャと申します」
名乗り頭を下げると、レクウスは物問いたげにロブに視線を向け、ロブはそれに頷いて見せた。一応、私が誰なのかはわかったようだ。
「そうか…よく来てくれた。グスタフ、彼女がギルドの派遣する護衛兼メイドのミーシャだ」
グスタフと呼ばれた青年がソファーから立ち上がる。灰色の髪のすらりとしたインテリ風の青年だ。
燕尾服っぽい服装はゼルスを思い出す。つまり執事なのかな。
「貴女がミーシャさん?」
「はい、よろしくお願いいたします」
私は完璧なお辞儀をした。お辞儀だけならねー。本当にねー。
「…警護の方もお願いできると…」
「はい、問題ございません。
私は頷いた。
「むしろ、そちらが本業ですので」
「そういうことでしたら、問題ありません。私はオレイオ家に仕えております、グスタフです」
「ミーシャです。よろしくお願いいたします。こちらはロシェ夫人より預かって参りました」
早速、グスタフにロシェ夫人の手紙を渡す。
こういうのは最初に渡しておかないとね。
グスタフは怪訝そうに手紙を受け取り、中を読みながら実に微妙な表情になった。
「あの…これは…本当に?」
「はい、本当です。申し訳ありません」
とりあえず、頭を下げておく。
グスタフは微妙な表情のまま、小さく唸った。
「そうすると、料理はお願いできないのですね…」
グスタフの懸念は毒についてだろうことは予測できた。
私が料理できれば、食事に毒を盛られる可能性が格段に下がるからね。
別に、私だって料理できない訳じゃない。ただ、美味しくないだけで。
毒を取るか味を取るか。とかいう、究極の選択。我ながらなんと微妙な。
「ただ、毒見はできますので配膳を任せて頂ければ問題ないかと」
「それですと、貴女に支障が…」
「ご心配なく。口に入れなくても、ある程度は識別できます」
「本当ですか?」
「はい、検証済みです」
「わかりました。そちらの方向でお願いします」
食い気味に言われて、私は頷いた。
「はい、わかりました」
そこでグスタフは、ようやく安堵の息をついた。
「オレイオ家については、この後そちらで詳しい話をしてくれ。こちらの話を詰めたいがいいだろうか」
私とグスタフの話に一旦区切りが付いたところで、レクウスが口を開いた。
「はい」
「わかりました」
私たちは頷いて、レクウスに視線を向ける。
レクウスの近くに、冒険者が四人立っていた。
彼らが『緑野』なのだろう。
「俺はケイト。『緑野』のリーダーだ」
三十歳くらいの剣士が一歩前に出た。赤茶色の髪を刈り込んで、頬に傷がある。
「俺はサイモン」
次にニメートルくらいの大男の剣士。こちらも三十歳くらい、枯れ葉色の髪はケイトよりちょっと長いくらい。剣は大剣だ。
「リヒト…」
むすっとしているのは軽装。先の二人よりは若い。杖っていうかロッドを持ってるけど、魔法士なんだろうか。
「うちはエルにゃ」
最後は猫っ娘。二十歳くらい。軽装、シーフってやつ?
「エルニャ?」
「違う、エル、にゃ」
「エルナ?」
「違うにゃ、エル。にゃ」
「…………」
えっと、エルニャ? エルナ? エル?
どれ?
「すまん、こいつは、エル。うちでは斥候を任せている」
埒の開かない私たちに、ケイトが口を挟んだ。
「エルさん、ですね。わかりました」
「さっきから言ってるにゃ。うちが何かあったら屋敷を行き来するにゃ」
何故、語尾に『にゃ』が付くんだろう。
アゴルもララルも付かなかったから、ピンと来なかった。
熊おじさんだって、『クマー』とか付かなかったし。
「本当は、こいつが中に入れれば良かったんだが、行儀作法に問題があってな」
「うちは悪くないにゃ。みんなが、小さいお嬢に泣かれるのが悪いにゃ」
「それこそ、今さらどうにもならんだろうが」
フォローにならないサイモンの言葉にエルは逆に噛みついた。
確か、次女のアンジェラに泣かれて、護衛に付けなかったんだよね。
確かに。
エルはまだいいとして、残り三人が幼女には怖いよね。
視覚的に、なんかね。圧がね。
傷と大男と無愛想だもん。エルだけじゃとてもプラマイゼロとはいかないよね。
「仕方がありませんね」
「納得されたらされたで…」
ケイトが情けない顔をした。
身内で落とすのは良いけど、第三者に落とされるのはモヤるのは、それこそ仕様がないよね。
「とりあえず、連絡石のことを…」
ロブが話の軌道修正をする。
そうだ。
談笑している場合ではない。
「ああ、これだろ」
ケイトが、連絡石のペンダントを懐から引っ張り出す。リヒトとエルが同様に出して見せた。
四つだって話だから、サイモンはない。
「これを光らせるにゃ?」
話はある程度聞いていたんだろう。エルが言う。
「はい、予定の青黄赤に二つ追加したいと思います」
「二つ?」
「追加?」
「どうやって?」
ケイトたちが首を傾げるのに実践してみせる。
「このように。青は問題なし。青黄色の点滅は問題ないが念のため注意。黄色は注意。黄色赤の点滅は要注意。赤は危険。です」
実際に、点滅をしてみせるとかなり分かりやすい。
特に、点滅以外の点灯を点けっ放しではなく、時間を五秒くらい開けて五回くらいにしてみた。
点灯時間とかもこの方が分かりやすいと思うんだよね。
「なるほど、確かにこれは分かりやすいな」
「なら、もう一つ足したらどうだ?」
「もう一つ?」
「赤の点滅は緊急事態、っていうのはどうだ?」
「それは良いですね」
サイモンの言葉にみんなで頷いた。
危険よりなお上、緊急事態。あった方がいいだろう。
使う機会があるかはわからないけれど。
「俺たちもできるようにしておこう」
ケイトとリヒト、エルが練習をする。
三人の中で真っ先にできるようになったのは、リヒトだった。次にエル、ケイトの順だ。
「中と外の連絡が判るようにした方がいいな」
「そうですね…では、青の点滅の数にしましょう。私は普通に点滅を五回行います。『緑野』のみなさんは、二回点滅を五回、連絡の前に行ってください」
言って、青の点滅を一回バージョンと二回バージョンでやって見せる。
青は問題なしなので、点滅しても心配ないだろう。
「わかった。連絡の時間は朝七時、昼十二時、夜九時にしておこう」
「はい、そのように」
連絡の時間を決めればまずは話は終わりだ。
「追加事項がありましたら、エルさん。お願いします」
「わかったのにゃ」
元気よくエルが右手を挙げた。
「では、私はオレイオ家に向かいたいと思います。グスタフさん、よろしいですか?」
「はい、屋敷に向かいましょう」
「では、失礼します」
「頼む」
レクウスに頷いて、私たちはレクウスの前を後にした。
階段を降りると、私がロブと共にギルマスの所に行くのを見ていた何人かが、怪訝そうに階上を伺い見ていたのに出くわす。
殆どが視線が合うとばつが悪そうにその場から離れた。
しかし中には、ちょっかいを掛けないと気が済まない人もいるようで。
「はっ、ギルドに何でメイドがいるんだよっ」
私が階段を降りきる頃、絡んできた。
中肉中背のなんとも特徴のないおじさんだ。ここにいるのだから冒険者なんだろうけど。
所謂、うだつの上がらない系?
「おい、よせって」
顔見知りが止めようとするが、それを無視して私に向かってくる。
近付くとわかる、おじさんは傷だらけだ。これは依頼をしくじったか、達成はしたけど相当面倒臭かったかのどちらかか。
なるほど、で苛ついて私に八つ当たりしてきたのね。
「ギルドはいつからメイドなんかまで斡旋するようになったんだよ」
そのまま私の肩に手を掛けようとする。
女を脅かして、鬱憤を晴らしたいのか。
そんなんだから、全く。
私は手を躱しがてらトランクを床に置き、空いた手にクナイを掴み、躱されてバランスを崩した喉元に突き付けた。
「邪魔をしないでもらえますか。私は仕事があるのです」
クナイの切っ先が首筋に当たる。ちょっと切れたみたいだけど、まあかすり傷だから問題ないよね。
「…お、おう…」
おじさんは先刻までの勢いが消えて、腰が引けている。
「だからやめとけって言ったんだ。悪いな、嬢ちゃん」
「いいえ」
連れに後ろへと引き摺られるおじさんは完全に戦意を失ったようだ。
しおしおになっている。
「それでは失礼します」
クナイを即座に仕舞い、きっちりお辞儀をして、グスタフを振り返る。
「お待たせしました」
「いえ」
グスタフがぎこちなく首を横に振った。
そうして私たちはギルドを出て馬車に乗り込んだ。
馬車が動き出して間もなく、グスタフが苦笑めいた息を漏らす。
「?」
「ミーシャさんの実力は拝見しました。素晴らしい力をお持ちのようで安心しました」
「安心して頂けたなら幸いです」
ふむ、あのおじさんとのあれこれは丁度良いデモンストレーションになったようだ。