47 ギルドからの指名
報奨をもらったり、ポイントチェックしたり、終わったら火竜討伐の大宴会に巻き込まれたりで、ルザ草採取には出られなかった。
酒場はあちこち大騒ぎだ。何しろ関わっている人数が多いから。
火竜のポイントは結構大きいので、今回の一件に関わった人はウハウハだった。
そんなウハウハな人はこぞって私に一杯奢りに来るので断るのが大変だ。お酒は飲まないと言ったら、今度は肉を持ってくるけど、肉ばっかり食べーん! スイーツを持ってこーい!
って、スイーツを持って来る人は全然いないんだけどっ。
酔っぱらいを尻目に、宴会をさっさと抜け出して私は宿に戻った。
付き合いきれませんって。
開始の乾杯の時にはいたから良いでしょ。
今さら、私がいなくなったことに気付いた人もいないよ。
部屋でベッドに腰掛け、一息つくと水銀刀を取り出す。
リーン。
綺麗な音が響いた。
澄んだ良い音色。
私はうっとりと聞き惚れる。
不思議なことに、この音色は私以外の人には聞こえなかった。本来の持ち主である聖なる盾の皆も全く聞こえないらしい。
気持ちが休まる良い音色なのに残念だね。
でも、どうして聞こえるのが私だけなんだろう?
シルベスタたちは、とにかく頑丈としか言わなかったけど、他に何か特殊な能力があるのかな。
今のところ、気持ちが休まるしかないんだけど。リラックス効果があるのなら、まあ悪くない気もする。
一頻り水銀刀を堪能したところで、一日は終わった。
それから、割といつも通りの日々に戻った。
町が壊れたり、重傷者が出たりしなかったので、町はあっという間に日常を取り戻した。
今日はそろそろ他の依頼を見てみようかなと思ってギルドに行くと、受付からギルマスの執務室に直行だった。
なに、この既視感は。
「すみません、ショウさん」
「この間のことで何かあります?」
「内容については私は把握してないんです」
アネッサは済まなさそうに頭を下げる。
「ギルマスから直接なので、重要な話だとは思うんです」
「そうですか…」
だろうね。
ギルマスからの呼び出しなんだもん、重要案件だよね。
この間の話と同じくらい、になるのかな。
とは言っても、この間の一件が火竜討伐だから比較になるものが、全く予想できないんだけどね!
執務室のドアをノックして、中に入る。それを見届けてアネッサは受付に戻って行ったようだ。足音が遠退く。
「いきなり済まない」
レクウスは、室内に入った私に、真っ先に謝罪の言葉を口にした。
なるほど、ギルマスから直接の呼び出しって、そう頻繁にあるものじゃないんだね。
「何やら、重要な話と伺いましたが?」
ちらとだけ、アネッサから聞いたことを口にすると、レクウスは頷いた。
「ああ、単刀直入に言って、君に要人の警護を依頼したい」
「警護、ですか?」
「そう言った方面が得意だと、聞いたんだが」
「ちなみに、誰からなのか聞いても?」
「ギルだが」
「なるほど」
やっぱりかー。
このウクレイで要人警護の設定を知ってるのギルだけだもんねー。
言い出した本人だけど、忘れてたよ。
口から出任せなんだもん、覚えてる訳ないじゃん。
「依頼内容は、今お聞きできます?」
「ああそうだな。隣のオレイオ領の領主令嬢二人の警護になる。期間はまず一ヶ月を予定している」
「令嬢?」
「先月だが、オレイオ領主夫妻が事故で亡くなった。オレイオ領は長女のユージェニー殿が代理として管理している。近々、従兄弟の誰かを婿入れすると言う話もある。が、それをよく思わない者もいるらしい。令嬢たちの周囲で不穏な動きがある。領主の館では半分近い使用人を解雇したそうだ。そのため、人が足らない。新たに雇い入れるのも不安がある」
「待ってください。不穏な動きと言うのは?」
「食事に致死量ではない程度の毒が混入されていた、などだな」
「ああ、それで解雇…容疑者がそんなにいたんですか」
「お陰で、ユージェニー殿とアンジェラ殿は酷い人間不信だそうだ。警備に手っ取り早く腕の立つものを用意しようとしたが、妹のアンジェラ殿が体格の良い男を特に怖がるらしく、断られた」
「アンジェラ様は幾つです?」
「十歳だとか」
「なら、怖がられますね。不安で仕方ないんでしょう…それで私にお鉢が回ってきた訳ですか」
ガタイの良い兄ちゃん連中が怖いなら、私なんかただひょろいだけだから怖くもなんともないよね、多分。
「陰からの警護を求められている訳ではないんですね?」
「遅れを取りたくない。屋敷に入り出来るだけ近い所からの警護をして欲しい。屋敷の外には何人か控えさせるつもりだから、外からの襲撃には対処できるはずだ。だが、内部と言うとそうもいかない」
ふむ、外組は例の怖がられた兄ちゃんたち辺りを使うのかな。
屋敷周りを押さえてくれれば、中にいる方は楽か。
問題があるとすれば。
「私も怖がられる可能性はゼロではないと思いますが?」
「君でもか?」
レクウスが怪訝そうに私を見る。そりゃまあ、あなたから見たら私なんて片手で捻れそうでしょうけど。
だが、可能性はゼロではない。
大丈夫だろうと思うけど、念には念を入れておくべきだ。
「何とも言えません。アンジェラ様の様子が解りませんからね。いっそ、メイドとして入りましょうか」
「メイド? 出来るのか?」
レクウスが身を乗り出す。
女装することは想定していなかったらしい。普通そうか。
だが女装とか、私にとってはどうと言うこともない。
元が女だからね。
この体型ならスカートとか、全然イケるでしょ。気持ち的にも抵抗感はないし。
「女装くらい訳はありませんが、メイドとしての振舞いを学ぶ必要はあります」
「…そうだな…わかった。手配しよう。その線で頼みたい。勿論、技能報酬として上乗せさせてもらう」
「それは嬉しいですね。手配について、他にもご相談があるのですが」
できる話は今、ここでしてしまおう。
二度手間は御免だ。
「ウェストポーチくらいの収納袋は手に入れられますか? 変装している間、持てない武器の全てを保管携帯しておきたいです。あと、外の待機組と簡単に連絡を取れるような物はありますか?」
「簡単に、か…」
「異常なし、注意、危険くらいだけでも、定時連絡できた方がいいと思います。声や音を出す等第三者に気付かれないようなものがベストです」
「そうだな…それについても何か考えよう。小型の収納袋についても」
「お願いします。では、私は一度宿に戻りますので、何かありましたら、跳ね兎亭まで連絡をください」
「跳ね兎亭だな。わかった」
「それでは」
私は席を立って、執務室を後にした。
お家騒動かあ。キナ臭いなあ。
渦中の姉妹が可哀想だよ。
両親が亡くなったって言うのに、自分たちも狙われるなんて。
要人警護だとか、やったことないけどね。
メイドとして入り、姉妹の身の回りに気をつけていたら良いのかな。
毒なんかは…毒見したら良いのか…食べなくても多分判るはず。
忍者マスターの技能を駆使したら、なんとかやっていけるんじゃないだろうか。
ギルマスから連絡来るまで、ちょっと試してみるか。
階段を降り、アネッサとロブに挨拶をしてギルドを出ると、跳ね兎亭に向かう。
そういや、オレイオ領ってどんな所なんだろう?
早速、夕御飯の時にリリカに聞いてみる。
「隣のオレイオ領ってどんな所ですか?」
「どんなって…小麦とか大豆とかの質は良いですよ。うちは、オレイオの小麦と大豆を仕入れてます」
「農業に力を入れているんですね?」
「そうですねー」
そこそこ豊かなのか。
「確か、うちの領主様とオレイオの領主はご学友だって聞いたわね」
エーリカからの追加情報。
なるほど。
だから、今回の警護の依頼にギルマスが動いたのか。
領主から直接話があったんだろう。
それくらい仲が良かったのか。
「オレイオ領はいろいろ大変らしいですね?」
「ああ、ご領主さまの事故…お二人とも亡くなったって…悲しいですよね。私はお父さんが死んじゃった時、凄く悲しかったもん」
「お二人ですもんね。お嬢様がたは辛いでしょうね」
「本当に…」
湿っぽくなってしまった。
でも、わかったことがある。
こちらのイルシオンの領主とオレイオの領主はまあまあ仲が良かった。
そして、隣の領でも死を悲しまれるくらいには、領民には慕われていた。
本来なら、ユージェニーは周囲の人にバックアップしてもらって、領を守っていくはず、いけるはずだった。
それが、命を脅かされている。
嫌な話だ。
黒幕は、ユージェニーが傷付いて、もしくは退場して得をする者。
この辺りについても、気にかけておかないといけないかもね。
ユージェニーたちのこと、守れるように頑張ろう。
夕食後、部屋に戻ると、毒の確認だ。
いきなり、幾つも毒を手に入れる訳にはいかないけど、毒草なんかは昼間に何種類か見つけてきた。
それを、磨り潰したり、水に溶かしたりして、匂いや味を確かめる。
まあ、大半は口に含まなくても判ったんだけどね。
微かな匂いだけでなく、気配? 雰囲気? 要は勘みたいので『あ、これヤバい』っていうのが判る。
改めて、ニンジャマスターのスキルに感謝だ。
とりあえず、毒については口に入れる前に回避できそうだ。
良かった、良かった。