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月の姫君とそのナイト?   作者: 向井司
外伝 隣の異界と白忍者
160/188

44-01 火竜強襲


 森を抜けて、街道を進む。草原を行く班もいる。彼らも私たちも後はもうウクレイに帰るだけだ。

 さすがに、ここは何も仕込んではいないだろう、多分。


 しかし、油断は大敵なので、気を緩めずに。


 なんて、幾分のほほんと歩いていると。

 太陽が雲で隠された訳でもないのに、巨大な日陰ができた。


  見上げると巨大な生き物が空を行く。

 真っ赤な鱗が日の光に、ぬらりと物騒な輝きを放った。


「うわー」


 なにアレ?

 大きいトカゲ?

 なんか全体的にトゲトゲしてるんだけど。


「火竜だ!」


 ギルが叫んだ。同じような声があちこちからあがる。

 驚愕と恐怖に彩られた声だ。

 中には、私みたいにぽかんと火竜を見上げている者もいた。


 それくらい、現実感のない光景だった。


 青い空を、深紅の竜が行く様は。

 圧巻と言うか壮観と言うか、これぞ『ザ・ファンタジー』だね。


「やばいぞ」

「火竜の噂なんぞ、何もあがってねぇぞ」

「討伐はどうなるんだ」


 驚愕から正気に戻ると脅かし組だった中堅が姿を現していた。彼らが話したことは、町について。一様に心配している。


「えっと、どういうことです?」


 意味がよく解らなかったから、隣のギルの方を見る。


 ギルは強張った顔で口を開いた。


「火竜が現れるのは、十年に一度くらいなんだ。その場合、近隣の村がまず襲われる。その話を聞いて、町は防衛体制を整え、討伐隊を組織する」

「基本、後手なんですね」

「十年に一度の出現に毎日構えてはいられないからな。十年ったって、誤差もあるだろうし」


 それもそうか。

 喉元過ぎれば、なんて良く聞く話だ。

 私も人のことは言えない。


「あ、そうなると噂が立たなかった今回はかなりまずいんじゃないですか?」


 今までも後手だったのに、間に合うんだろうか。


「討伐隊はすぐに集められるだろうが、町の防衛と住人たちの避難は間に合わないだろうな、このままだと」

「ですねえ」


 どう考えても、火竜は町の方に向かっている。この手のモンスターが人の集中する場所を目指すのは特撮ものでは定番だ。そのまま町の上空を素通りしてはくれないだろう。人間を食用にしているならなおさらに。


「じゃあ、この辺りで足止めしますか」

「はあ? なに考えているんだ! 火竜だぞ!」


 ギルは目を剥いて怒鳴った。

 おや、初めて怒鳴られたかも。


「でも、このまま逃げ出すのであれば問題ないですけど、町に戻るのであればどのみち火竜とやり合うことになりますよ」

「町になら、討伐隊がいるんだぞ」

「それもそうですが、討伐隊も間に合わないかもしれないですよ。状況はあまり変わらないですね」


 ここで逃げるか、足止めするか、遅れてやり合うかの三択だ。


 残念ながら、逃げると言う選択肢はない。

 町で知り合った人たちを、私は見捨てられない。

 ディアナたちは、依頼で町にはいないから討伐隊には入らない。誰が残っているんだろう?

 まともに戦える人が残ってなかったら、このまま町に戻っても最悪な結果しかないだろう。

 そう思うと、なおさら引けない。


「他の方は逃げてください。私が勝手にやることですので、気にしないで」


 周りで唖然としている冒険者たちにそう言いながら、私はマントを外しチュニックコートを脱ぐ。この姿は晒したくはなかったけど、仕方がない。邪魔なものは全て除いておかないと。

 火竜を相手にするのだから、万全の体制を整えておく必要がある。

 荷物を全部、収納袋に押し込むと、コニーに収納袋を差し出した。


「え?」


 コニーは困惑した藍色の瞳で私を見上げた。


「すみません、私の荷物を持っていてもらえますか? あ、全財産なのでガメないでくださいね。でも、私の身に何かあったら、差し上げますよ」

「ええっ!?」


 目を白黒させるコニーににこりと笑い、私は背を向けて歩き出す。


「馬鹿か、あんたは!」


 ギルが荒々しく私の肩を掴んだ。

 それをするりと、引き剥がす。


「やれるだけやってみますよ」

「……火竜の恐怖でイカれちまったのかよ」


 ギルの表情が絶望に歪む。

 あ、もしかしてそれが普通の反応なのか。

 ごめん、私普通じゃなくて。


「失礼な。正気ですよ」

「火竜に単独で向かう奴が、正気な訳がないだろう!」

「正気ですって」


 ああ、もう。押し問答に決着がつかない。

 急がないと火竜が行っちゃうよ。


「久しぶりに本気を出してみますから」

「…本気…だと…?」

「ああ、皆さん早く逃げてくださいね。火竜が戻ってきますよ!」


 周囲にも声をかけておこう。避難は迅速にしてもらわないと。


 こちらの世界に来てから、本気でやり合ったことないもんねえ。


 久しぶりに、全力を出してみよう。


 多分、足止めくらいはできるはず。


「『吹雪』解放!」


 さあ、相棒。

 ひとつ、真面目に行きますか。


 私は火竜に向かって駆け出した。


 のんびり飛ぶ火竜に追い付くのは難しくはない。別に追い越す必要はないしね。


 一旦立ち止まり、忍者刀『吹雪』に気を込める。


「疾風斬・流!」


 『吹雪』から放たれた波動が、空を行く火竜を捕らえた。


 あー、あまり傷は付いていない模様。幾らか鱗は剥がれたみたいだけど、『流』では駄目か。


 しかし、火竜の意識をこちらに向けるのには成功した。

 火竜は不快そうな唸り声をあげ、転進してくる。


「やべえ、こっち来た」

「マジか、マジか、マジかあああ!」

「あの白いの何やってんだ!」


 まだ残っていた冒険者たちが散り散りに逃げ出した。


 火竜はその場にひとり立つ私に気付いた。

 そりゃ、逃げもしないで突っ立っているんだから目立つよね。

 私をひたと見据えて大きく開けた口に、火花が散る。


「ブレス来るぞ!」

「散れっ、巻き込まれるぞ!」


 ブレス、広範囲で火とか吐くんだろうなあ。

 直撃食らったら消し炭コースまっしぐらの奴。


 させないけどね。


「疾風斬・極!!」


 放たれた波動は先刻のものとは威力が違う。

 それを十字に重ねて火竜の頭目掛けて放った。


 波動は火竜の顔面に激突する。

 火竜は完全に油断していた。

 この距離で攻撃はないと思っていたのだろう。

 実際に、剣士が遠当てのような剣圧で攻撃しているのを見たことはなかった。

 波動攻撃は魔法ばかりだ。

 多分、概念が浸透してないのだと思う。魔法攻撃だったら、魔力感知できるだろうけど、私の攻撃に魔力は使わない。しかも見えない。

 だから私からの攻撃に対して、完全に無防備だった。


 縦の攻撃は火竜の左目を潰した。横の攻撃は大きく開けた口に飛び込み、口の中でも収縮する火花を爆散させた。自爆だ、やったね。これを狙ったんだよ。


 火竜のくぐもった叫びが響き渡る。


「ブレス、潰しやがった」

「マジか。これはあるかもよ」

「完全に潰せませんでした。油断しないでください。消し炭にはなりませんが、当たり所が悪ければ黒焦げになりますよ!」


 俄に浮き足立つ冒険者たちをたしなめる声を放つ。

 相手は火竜だ。油断は禁物。これ、絶対。


「伝令!」

「正面から当たれば、黒焦げになるぞ」

「第二波、来るぞ!」

「盾とマジックシールド出せ!」


 伝令が伝わるうちに、ブレスの第二波が火竜の口元で火花を散らした。しかし、先刻のものより明らかに威力は小さい。

 どうやら、第二波は第一波の残りカスのようだ。


「第二波凌げば、しばらくブレスはありませんよ!」

「よっしゃ、来やがれ!」


 第二波が放たれた。

 正面の冒険者は、盾とマジックシールドでこれを凌ぐ。


「あちっ、あち、あち!」

「け、消し炭にならなかったあ」

「うわ、マジ、耐えきれた」


 ブレス攻撃を凌いだ者たちが口々に歓喜の声をあげる。


 お疲れ。


 でも、まだこれからなんだよ。


「次、行きます!」


 私は距離の縮まった火竜に向かってダッシュをかける。

 ブレスが使えないのだから、次は物理攻撃になるだろう。

 羽だか足だか尾だかで、こちらを潰しに来るはずだ。

 つまりそれは、火竜が地上付近までに降りて来ると言うこと。

 飛翔能力のない私でも、遠当て以外の攻撃ができると言うことだ。


 地に降りた火竜の足を左側から回り込み斬りつける。火竜は噛み付こうと頭を向けるが、もうそこにはいない。

 背後に回り、首に斬りつける。そのすぐあとには羽の皮膜だ。


「荒波斬・(しずめ)!」


 荒れ狂う波も一刀両断すると言われた、『雪影』得意の切断技だ。ちなみに下位攻撃は『(なぎ)』。

 かなり懐深く入り込まないと威力を発揮できないので、ゲーム中ではタイミングを捕らえるのがかなり難しい技だ。何せ、忍者刀は刀身が短いからね。他の剣士より半歩踏み込む必要があるんだ。


 渾身の一撃は皮膜を切り裂く。

 これで、飛び立っても、上空でのバランス取りは難しくなった。


「一撃入れたらとっとと逃げろ!」

「踏まれるなよ!」


 私の意図を察して攻撃を仕掛けるのは付き添いアンド脅かし組の中堅冒険者だろう。中堅でもレベルがあまり高くないのは、この世界の世知辛いところだ。


 しかし、経験がある分、指示も早いし纏めるのも上手い。駆け出しも地力ある者はその指示に従って、結構な戦力になっている。

 運が良かった。彼らのお陰で私も戦い易い。

 逃げかけて、戻って来る者もいる。戻ってきて一撃入れて再び逃げる。

 大体この繰り返しだ。足止めがメインだから、離脱しても問題はない。一撃でも仕掛けてくれるだけでありがたい。

 火竜の意識が逸れるからね。


 お陰で私の一撃一撃がほぼ確実に入る。

 私は素早さと隠密をフル活用して攻撃を続ける。隠形は使わない。味方側から認識されなくなるのはヤバいからね。

 背中を撃たれるのは勘弁。


「なんだアレ、瞬足か?」

「いやもう、アレは神足だろう」

「攻撃全部入ってんのに、致命にはならねえんだな」

「一撃が軽いのよ」

「仕様がねぇよ。あれ、絶対あいつの戦闘スタイルじゃねぇって」


 私の攻撃を批評しているギャラリーの声が聞こえる。

 なかなか冷静ですこと。


 私の戦闘スタイルまで分析してくれてありがとう。

 そうなんだよ。


 だって忍者だもん。対人攻撃に特化してるんだもん。

 火竜を想定したことなんて、一度もないんだよ。


「ともかく、あいつが火竜を削って気を引き付けている間に、一撃食らわせ!」

「でもって、逃げろ!」


 完全に嫌がらせレベルの攻撃がひたすらに続いた。


 



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