43 新人研修2
夜になり、夜営の準備を始める。
これも、ギルは特に口出しはしない。
私は何度かやったことがあるので、覚えている流れを話しながら、四人で準備を終えた。
食料は、自分たちが持参したものを食べる。
とりあえず、一泊と言う話だったので、みんなそれくらいは持ってきていた。
これが何泊かになるなら、みんなで料理をすることになっただろう。昼の獲物を食材として使うのも有りかな。
今回はそこまでしない。
やることになったとしても、私はきっと手を出さない。主にみんなの胃袋のために。
夜の見張りと火の番は二人一組で行うこととした。
マルクとコニー、リリと私と言う組分けになったのは、気配察知の関係だ。
気配察知を持つ二人はバラけないとね。
そして、マルクたちが先、私たちが後になった。
夜が遅いほど、身体的精神的に辛いのだけど、まあ私は問題ない。
半分寝てても、何か来たら判るモードになってるから。
マルクとコニーはそこそこ軋轢もなく、適当な距離でいたようだ。
いきなり仲良くなれって言う方が無理だよね。
うとうとしながら様子を伺っていたけど、マルクは単純に女の子をどう扱っていいかわからない感じだった。
口調はぶっきらぼうだけど、何となくコニーを気遣ってるような気がする。
昼間の気配察知も、えらく遠回りに褒めていた、多分。
回りくどすぎて、よく解らなかった。きっと、コニーもよくわかっていないだろう。
なんか微笑ましい。
このグループは当たりだったね。全体的に未熟なのは仕様がないとして、コミュニケーションの在り方は悪くない。
自慢しいがいる訳じゃなく、ズルいのがいる訳でもない。
昼にギルが言っていたような、人の話を聞かないタイプもいない。
ギクシャクしながらも、互いに互いを尊重しようとしている雰囲気がある。
重要だよね。
必要以上に身構えなくても良いと言うのは、特に精神的に助かる。余裕ができるからね。
時間になったので、欠伸を噛み殺している二人と交代して焚き火の前に座る。
乾いた枝を足して、火を調整する。
「話、してもいい?」
「構いませんよ」
どうしたものかと思っていたら、リリから小声で声をかけてきた。
「ショウさんは…」
「ショウでいいですよ。私も駆け出しですから」
「駆け出し…本当に?」
「はい、本当に」
胡乱そうに問われたが本当のことなので頷いて見せる。
リリは小さくため息をついた。
「確かに、駆け出しじゃないとこの研修には参加できないものね。冒険者になる前のスキルが凄いってことね」
「そういうことになりますね」
理解が早くて助かるよ。
「リリはコニーと組んでいるんですよね」
「ええ、ウクレイの町に来たときに。ギルドで冒険者登録をたまたま一緒にしてね。何となく話してたら、キャリアも実力も同じくらいで。じゃあ、一緒にやろうかって」
「気が合ったんですね。大事ですよ、それ」
幼馴染みよりは遠い感じがしたから、どんな知り合いかちょっと気になってたんだけど、ウクレイに来てから知り合ったんだ。
「私がもっと魔法が使えたら良かったんだけど…」
「火の属性ですか?」
「あと治癒もなんとか使える。水か雷系が使えるようになりたいわ」
「方向性の選択が問題ですね」
「方向性?」
「火と治癒を上げるか、他もできるようにするか、ですよ。狭く深くか広く浅くか、ってことです」
「ああ…」
呟いてリリは口をつぐむ。
難しい問題ではある。
広く浅くは、下手をすれば器用貧乏になる。
狭く深くは独学では無理のような気がする。誰かに師事した方がきっといい。
あと、魔力量も重要になるんじゃないかなあ。
なんとなくだけど、リリは魔力量はそんなに多くない気がする。
魔力量を伸ばす方法はあるんだろうか。
私は魔法が使えないから、魔力があってもほとんど関係ないんだけど。
「その辺りについては、ゆっくり考えた方がいいですよ」
「そうよね…コニーと相談するわ」
「それが良いと思います」
大事な相棒だもん。相談はした方がいい。魔法はこれから先、二人で冒険者を続けるのにも重要なんだから。
コニーならきっと、真剣に考えてくれるだろう。
「私、コニーに会えて、本当に良かったと思うわ」
「そうですか」
気を許せる友達って、大事だよね。
私も、ギルに会えていろいろ助かったもん。
友達、かどうかは解らないんだけど。
私はそのつもりなんだけど、どうなのかなあ?
「ショウは? ギルさんとはどんな?」
「冒険者になるちょっと前に会いました。この国に来てすぐだったんです。いろいろ教えてもらって、本当に助かりました」
「ギルさんと、組まないの?」
「どうでしょう? 今のところは誰かと組むつもりはありませんねぇ」
「独りでやっていけるんだから、どんな駆け出しよ…」
リリは呆れたように息をついた。
「なんか、独りでいる方が楽なんですよね。それじゃあいけないんでしょうけど」
誰かと組む方が、いろいろやり易いことはわかっている。
白崖のワイバーンだって、ギルがいたから素材を無駄にしなくて済んだ。
私だけだったたら、崖下に叩き落とすだけで終わっていただろう。
素材を気にしなければ、まあ、それでもいいんだけど。
勿体ないよね。
今回も、四人で組む利点と言うのがよくわかった。
わかったけど、研修が終わったらパーティーを組むかと言うと、それは別の話なんだなあ。
ああ、いつかバーンとは組まないといけないんだっけ。
バーンは今どこにいるんだろう?
イサドアにいるのかな。他のメンバーに引き摺られて別の町にいるのかな。
まあ、どうでも良いのだけど。
そんな話をしていると、こちらに向かってくる気配を感じ取った。
これは、昼間の野盗擬きと気配が似てる。
つまり、夜も気を付けましょーってこと?
なら、今知らせるのは訓練にならないね。
私は気配から感じ取れる距離を計る。
もうそろそろって頃に、剣を抜いて立ち上がった。
「敵襲!」
「ええっ!?」
いきなりの展開にリリが目を白黒させる。
私の声に、マルクとコニーが飛び起きた。
「て、敵っ?」
「は、はいぃっ?」
半分寝ぼけているが、二人は何とか武器を構える。
コニーは気配察知を発動させているため、すぐに正気になった。
当然、私も剣を構える。
「コニー、リリ。背後に気をつけてください。それ以外は私が排除します。マルク、ちゃんと狙ってくださいよ!」
「わかってるよ!」
襲ってきたのは三人だ。一人は見覚えがある。私がびたーんした人。
私を見て一瞬怯んだが、相手がマルクなので隙を突かれることはなかった。
「ファイアアロー」
リリとコニーが中距離攻撃を放つ。しかし、炎も矢も何かに阻まれた。
シールドかあ。
そうだよね。真正面から食らう人はいないよね。
しかし、気を逸らせることは出来たので、切りかかることにする。
とは言え、ざばーっといったらまずいよね。
上段から降り下ろした剣を受け止めるのを手応えだけで確認し、半歩下がって横に凪ぎ払う。
その動きは読まれていたようで、相手は切っ先を躱しながら飛びすさる。追撃はしない。
二人目に視線と切っ先を向けたところで、三人は剣を引いた。
「いい反応だった」
「ええっ?」
「これもぉ」
脅かしの延長だと気付いて、マルクとコニーはその場に座り込んだ。何しろ、二人は寝起きだったからね。訳もわからないまま、応戦するしかなかった。
だから余計に気が抜けたんだろう。
「びっくりした」
リリはまだ余裕がありそうだ。
「駆け出しでこれだけできれば、充分だろう」
「お疲れさん」
「まだ気を抜くなよ」
口々に軽い言葉をかけて、三人は再び夜の闇に消えた。
別のグループを脅かしに行ったんだろうか。
お疲れ様はこちらの台詞だね。
「さすがに、あんたは誤魔化せないよな」
ギルは苦笑を私に向けた。
「助かったよ」
「ありがとうございます」
マルクとコニーにお礼を言われた。
ギリギリまで黙ってたから、ちょっと良心の呵責が。
「まあ、こんな風に寝込みを襲われることもある。夜番は気を抜くなよ」
「…わかった」
「はい」
「ええ」
「はーい」
ギルの言葉にマルクたちは若干疲れたように頷いた。私が割りと元気よく返事をしたら、ギルに冷たい視線を向けられた。
何故だ。
そして、襲撃は夜明けまでなかった。
朝になり、マルクとコニーは目をしょぼしょぼさせて起きてきた。
あれから、熟睡はできなかったようだ。
だよね。
私たちは目が冴えたので、逆に起きているのが楽だったんだ。
「さあ、朝飯食べたら、出発するぞ」
ギルに促されて、もそもそ朝御飯を食べる。
「うう、明け方に嫌な夢見た…」
「私も、ずっと誰かに追いかけられる夢…」
マルクとコニーはしわしわな感じで朝御飯を食べている。
「次があるかもって、思いながらいるのは疲れるわね」
「気配察知を磨けば、多少気は抜けますよ」
「コニー…」
「がんばる…」
「俺も、なんとか習得する…」
今回の襲撃は大変よい教訓になったようだ。
研修に参加した甲斐があったというもの。
マルクたちを見ながら、ひとりのほほんとしている私を、ギルは呆れたように見ていた。