42 新人研修1
今日はルザ草採取だ。朝一で森に向かい一日うろうろしてなんとか三株をゲットした。
デカイ猪とは遭遇せず、比較的平穏に一日が終わった。
とても平和だった。この平和を大事にしたい。
今日の夕御飯は何かなー、なんてことを考えながら夕方ギルドに納品に行くと、いつにも況して仏頂面のガルトンがいた。
機嫌悪いなあ。あのデカイ猪の内臓を捨てたこと、まだ怒ってるのかなあ。
ガルトンは私がルザ草を出すより早く、収納袋をカウンターに引っ張り出した。
「おい、お前の収納袋とこいつを交換しろ。こいつは三倍は入るはずだ」
「は? どうしてです?」
なぜ、いきなり三倍の容量のものと交換?
私は得をするけど、ガルトンは滅茶損するよね?
「こいつは、ルクシュの主レベルなら、内臓抜かなくても入るんだよ!」
「あー」
「あー、じゃねぇ! 次にあのレベルの奴はまるごと持って来い!」
あれの内臓捨てたの、そんなにショックだったんだ。
「これガルトンさんのですか?」
「そうだよ。さっさと交換しろ」
「…後から追加料金取らないでしょうね?」
「んなみみっちいことするかよ」
「わかりました」
私は大人しく収納袋の中身を入れ替えた。
そのついでにルザ草を出す。
「ふん…三株か。順調だな」
「まあ、なんとか?」
「ほらよ」
ガルトンから木札を受け取り、アネッサのところに移動する。
「お疲れ様です」
「ありがとうございます」
アネッサはいつも優しいなあ。
怖いおっさんの後だと、一層癒されるよ。
うん。
「ところでショウさん」
「はい」
「新人冒険者の研修があるのをご存知ですか?」
「新人…研修…?」
はて、初めて聞いたよ。
新人研修、何をするんだろう?
冒険者の心得? 技能講習とか?
あ、それありがたい。
初心者のススメ。とか、聞きづらいんだよね。
なんとなーく、ふわっとやって来てるけどさ。
教えてもらいたい時もあるんだよね。
ギルに聞けばいいんだろうけど、そんな初歩的なことに煩わせるのは申し訳ないもん。
気兼ねなく学びたい。とか、やっぱり思うもん。
「それいつですか? 申し込みます!」
「え…ショウさんには、補助をお願いしようと…」
「参加者申し込みします! 資格ないですか?」
「いえ…冒険者登録して一年以内なら大丈夫ですけど…」
「では、問題ないですね。私、まだ半年経ってませんし」
「えぇ…」
食い気味に参加申し込みをしたせいだろうか。アネッサに引かれた。
補助がどうのとか言ってたような気もするけど、気のせいだよね。
私、お手伝いできるような経験ないもん。
「……解りました…参加料は銅貨五十枚です。新人研修は三日後です。最低一泊はします。日の出には西門に来てください。そのまま出発します。あと武器の支給、食事の支給はありませんから気をつけてください」
「わかりました!」
私は元気よく返事をし、銅貨をアネッサに渡した。
「では、よろしくー」
やったあ。研修だって。楽しみ。
何やるんだろう?
学校でもさ。校外研修とか楽しかったよね。
林間学校とかさ。サマースクールとかさ。
まあ、これは冒険者研修だから、林間学校みたいな気持ちでいたら怪我すると思うけど。
でも、楽しみだよねー。
◇◆◇
さて、待ちに待ってた研修の日です。天気はまあまあです。明日も雨の心配はなさそう。
礫の補充もお弁当の受け取りも抜かりなく、ご機嫌で西門に向かう。
西門には、割りと人がいた。
あれ? なんか多くない? 二…三十…いや、学校の一クラス分はいる?
これ全部新人研修の参加者なの?
の、割にはそこそこおじさんもいるんだけど。 若手がほとんどだけど、一割くらいはおじさんのような。
「参加者は集合。今から四五人のグループに分ける。予定はそのグループで森を抜け、ウクレオ平原を回って町に戻る。途中、魔獣も出るだろうから気は抜くなよ」
ガタイの良いおじさんが話を始めた。
ギルドの関係者だろうか?
「ショウ」
「あ、ギル…」
名前を呼ばれて振り返ったら、ギルがビミョーな顔して立っていた。
なぜそんな顔で私を見るのかね?
「あんたはこっちだよ。あと、コニーとリリ、マルクだったか」
ギルの後ろには女の子が二人と勝ち気そうな少年。
栗色ショートカットのコニーは弓士、金髪ツインテールのリリは魔法士、焦げ茶のつくつく頭のマルクは槍士のようだ。 みんな、十五、六くらい? うん、確実に駆け出しだね。
でもまあまあ、バランスは悪くない?
「ギルが案内役、ですか?」
「ただのお目付け役だな。余程の事態でもない限り見てるだけだよ。全員揃ったから出発するぞ」
「はい」
「おう」
ギルに促されて出発する。
他の班も各々出発している。
森に入るが、他の班の姿はなかった。
「みんな、バラバラで行くんですね」
「みんなで団子になって行く必要はないだろ。道程は決まっているんだ。方向さえ合っていればいい」
「なるほど…」
何かあれば各々で対処するのか。
別行動とは言え、この辺りにいるのは間違いないんだから、対処出来ない場合は声をあげたらいいか。
ふむふむ。
じゃあ、コニーとリリは後衛だから、前衛の私とマルクが先を行けばいいのかな。
そう思って先頭を行こうとしたらギルに止められた。
「あんたが先頭切ってどうするんだよ」
「まずいですか?」
「あんたが先頭切ったら、出会すものソッコーで凪ぎ払っちまうだろ?」
「…でしょうね」
露払いは、先陣の仕事でしょ?
「全部凪ぎ払ってたら、他の奴の経験にならないだろ。あんたはしんがり。マルク、お前が先頭行け。次がコニーとリリ。周辺の警戒は怠るなよ」
「わかった」
「わかりました」
「わかったわ」
ギルの指示に三人は抗わなかった。
「まあ、後方への警戒も大切ですよね」
そうそう、ギルは当てにしてはいけないんだった。
なら、背後に注意するのが私の役目だ。
そうして、私たちは森を進む。
途中、あちこちから人の気配がして落ち着かない。何だか、気配が不穏なんだもん。
「なんか、嫌な感じがするんですけど、排除してもいいですか?」
「…それは止めてくれ。多分、森に潜んでいる脅かす側だ」
「え、そんなのいるんですか?」
「いるぞ。あんたもそちら側に行くと思ってたんだけどな。なんでここにいるんだろうな…」
なるほど。
アネッサの言っていた補助って、そのことだったんだ。
確かに、森に潜むのとか得意だけどね。
「わざわざ、脅かすんですか?」
「魔獣に出会さないまま、森を抜けても仕方ないしな。不測の事態が起きない場合は、人為的に起こすんだよ」
「物騒な話ですね」
無理矢理、トラブルを発生させるのか。
強制、どっきり。
なかなか、意地が悪い。
いや、駆け出しのための研修なんだから、必要か。
「に、しても、補助人員多くないですか?」
「結構な数になるかもな。まあ、ボランティアみたいなものだし」
「ボランティア…って…」
「と言っても打算がない訳でもないぞ。駆け出しで使えそうな奴を見定めて、後から自パーティーに誘う場合もあるからな」
ほお?
所謂、青田買いってやつ?
ギルみたいなお目付け役だと、他の駆け出しはチェックできないけど、森に潜んでいる脅かし役なら、多少はチェックできるかな。と、なると人員補強とかで、引き抜きを想定している場合、適性とか性格とかは把握しやすいよね。
「単純に脅かす側の方が楽しいってのもある」
「あー」
それも解る。
おおっぴらに脅かしてもいいとか、この日を待っている人もいるかも。
度を越さなければ、なにやってもいいんだろうなあ。
「あ…」
前方、左側。
何か、魔獣らしきものが来る。
マルクは…気付いてない。残念!
でも、コニーは気付いているようだ。
弓に矢をつがえている。
そう言えば、先刻からそわそわと落ち着きがない。脅かし役に気付いているのかも知れない。
これは有望。
「前から何か来るわ!」
「魔獣か?」
「多分」
コニーに確認したマルクは槍を構える。
リリも魔法の準備に入った。
「ほうほう」
「ちゃんと聞けるのはポイント高いぞ」
「聞かない人、いるんですか?」
「自分の感覚しか信用しないやつとか、女子供を下に見るやつとかな」
「おやおや」
総じて、人の話を聞かないタイプね。
そりゃ面倒だわ。
もたもたしてたら、出遅れて手遅れになるだろうに。
「三人とも気を引き閉めろ。出会い頭が重要だぞ」
「はいっ」
そうこうしているうちに、前方から突進してくる四つ牙猪の姿が。っていうか、猪多いなこの一帯。
「来たっ!」
まずコニーが矢を放つ。当たりはしたけど突き刺さらなかった。
「ファイアアロー!」
すかさずリリの攻撃。致命には至らないが、猪の威力が弱まった。出鼻は挫けたようだ。
「どりゃー!」
マルクの槍が猪を捕らえて凪ぎ払う。残念ながら、これも致命には至らない。これが経験の差か。
「コニー、リリ。止めを刺せ!」
再びコニーとリリの攻撃を受けて猪は倒れた。
「やったあ!」
三人が歓声をあげた。
いい感じの連係だった。前衛、後衛が噛み合うとこんな感じなのか。
後方からの援護があると楽なんだね。
実感。
「とりあえず、ざっと捌くぞ」
「だけど、こんなの運べないよ」
「最悪、牙と毛皮だけでも確保しろよ。今回は俺の収納袋に入れておく。ギルドに帰ったら出してやるよ」
「お願いします!」
収納袋がないと本当に不便だよね。
最初の頃は、茸を背負って帰ったもんね。
ギルはザクザク猪を捌いていく。
「自分でこれくらい出来るといいぞ。ただ、捌き方がまずいと、素材の値は一気に下がるけどな」
ギルは捌くの上手いんだよね。
「ショウ、手伝ってくれ」
「あー、はいはい」
ギルの指示に従って、あっちを持ったりこっちを持ったり、解体を手伝っていると背後から人の気配がした。
「!」
向かって来るのは、殺気を漲らせた怖い顔。
ちょっ、山賊? 盗賊?
猪から手を離した私は、剣を抜き山賊に切りかかる。
切っ先が山賊を捕らえるその時、山賊から殺気が消えた。
あ、これ脅かす側か!?
気が付いても遅い。せいぜいできるのは、刃の向きを変えるくらいだ。
びたーん!
剣の腹で、私は山賊擬きの腹を打った。
山賊擬きが、数メートルを吹き飛ぶと言うか、飛びすさる。
そして腹を抱えて、森の中に消えた。
「い、今の」
「なに?」
「何が起きたんだよ?」
「あっぶなかったあ! 危うく真っ二つにするところだった…」
本当にヤバかった。ぎり刃の向きを変えられた自分を誉めてやりたい。
「獲物を横取りしようとした、山賊擬き。ですか?」
「…ああ、多分」
「えっ、山賊!?」
「脅かす側ですよ。心配ありません。でも、こんなことも現実に起こり得るので要注意、ってことですね」
「その通りだよ」
ギルが長いため息をついた。