40 超デカい猪
響き渡る咆哮に、剣を抜く。
突き刺さるほどの殺気が向けられている。
殺気を放つものに視線を向ければ、デカい四つ牙猪がいた。
デカい、超デカい。
普通の四つ牙猪の倍以上。
左目に大きな傷があった。
隻眼とはカッコいい。
隻眼でこれだけ大きくなり、なおかつその巨体を維持出来ると言うことは、相当強いのだろう。
うん、わかってた。
殺気の時点から、普通じゃなかった。
隻眼の猪は私に向かって突進してくる。
問答無用ですか!
ここはアナタの縄張りですか!
慌てて隻眼の猪を躱し様、剣で切り付け手近な木に登った。猪は木登りできないから、時間稼ぎにはなるかな。
なんて思っていたら、隻眼の猪は木に体当たりをかけた。
ミシミシと不穏な音をたてて、木が折れる。
「ぎゃー!」
すんごいパワー。
しかも、完全にロックオンされていて、逃がしてくれる気はなさそうだ。
「ルザ草を採りに来ただけなのにぃ」
先刻切り付けたのも、大したダメージにはなっていないみたいだし。
この剣では、隻眼の猪には勝てそうにない。とてもじゃないけど、あの毛皮を貫けない。
っていうか、買ったばっかりなのに、折りたくないよね。
「仕方ない…」
小さく息をつく。
ここは出し惜しみをしている場合じゃない。
出し惜んで怪我でもしたら、本末転倒だ
治療費が幾らかかるかも把握してないし。
なら、余計なお金は使えない。
周りに人もいないし、ちゃっちゃと片付けるよ!
「吹雪解放」
忍者刀、吹雪を抜く。
いつ見ても、美しい波紋だねぇ。
「こっちも本気で行くよ! 疾風斬・流!」
吹雪に気を溜め、横一文字に凪ぎ払う。
力は落としてある。
全力で行ったら、隻眼の猪は真っ二つだ。
体が真っ二つなのは良いとしても…良くないか…に、しても、魔石が真っ二つになっては困る。
力を落としても、吹雪の放つ剣圧はそれなりのものだった。
疾風斬は隻眼の猪の左前足を捉えた。
切断まではいかなかっが、骨にはいったようだ。隻眼の猪のバランスが崩れる。
体が大きいので、崩れるだけで結構なダメージだ。
よし、一気に畳み掛ける。
私は隻眼の猪に向かい駆ける。
隻眼の猪はまだ体勢を立て直せない。
その勢いのまま、木の幹を蹴り、高く飛び上がった。
「流星斬・閃!」
できるだけ高く飛び上がり、落下の勢いと共に垂直に降下し切り付ける流星斬は、一撃必殺の技だ。
外すとヤバいが、当たるとデカい。
隻眼の猪の首元を狙い、切り込む。
未だ立て直せない隻眼の猪は私の攻撃を避けることは出来なかった。
ざっくりと頸動脈を切られ、仰け反り血を吹き出しながら轟音と共に地に伏した。
「あー、危なかった」
やれやれ、なんとか仕留められたよ。血糊を払い鞘に収める。
必殺技も、威力を加減して使えたし。
収穫としては悪くない。この先も臨機応変にいこう。
必殺技、叫ばないと使えないのは今まで通りだけど。
格ゲーキャラの弊害だね。
技名を声にして初めて発動する。
なんて恥ずかしい。
因みに、疾風斬・流の上は、疾風斬・極、流星斬・閃の上は流星斬・輝。
自分で考えたと言うか、頭に浮かんだ。
どうやら、私ではない誰かの意思。
誰かは不明。
エセ神のような気もするし、そうでない気もするし。
ま、いいや。
隻眼の猪の魔石を取ろう。
でもこれ…持って帰れるんだろうか…
まず、心臓付近の魔石を取る。
それから隻眼の猪を収納袋に突っ込む。
うん、無理だ。
全然入らない。
だよねー。
このままじゃねー。
そうなると、容量を減らすしかない。
血と内臓抜いたら、何とかなるかなあ。
いつぞやの魔狼とかこの前のワイバーンみたいにさ。
ともかくやってみよう。
後ろ足を括って、木に吊るして。でもって穴も掘って。
血抜きしながら、内臓を掻き出す。
ワイバーンみたいな三枚? に卸せたらいいんだけど、ちょっとそれは私には無理。
なんとか、綺麗なまま内臓を抜くのが精一杯。
これでかなり軽くなったはずなので、再び収納袋へ。
「頭がー!」
頭が入らない。
正解には肩の辺りからはみ出た。
頭を落とすか。
いや、この牙は持って帰りたいよね。
はみ出た頭部だけでも、結構な重さだ。
収納袋に入らない分は、そのままの重量だもん。そりゃ、重いよね。
はあ。
仕方ない。
背負って帰ろう。
私は、収納を背負い紐で固定して、ふらふらと町に向かった。
行きの何倍もの時間をかけてウクレイの町に着く頃には、日は沈んでいた。
あと少しで門が閉じられると言うところで何とか帰りついた。
危ない。
こんなの背負って、夜明かしなんかできないよ。
「お疲れ」
「ギリギリだな…うぉぉ?」
門番のおじさんたちは、門を抜ける私が背負う物を見て仰け反る。
「ちょ、その頭…」
「片目、ねぇぞ…」
「まさか…あれ…」
何やらもしょもしょ話しているが、立ち止まって会話する余裕はない。
この猪がどんな個体かなんて、ギルドに行けば判るんだし。
さっさとギルドに行かないと…
もー、マジで嫌になってきた。
集中力もガタガタな有り様で、ようやくギルドに着いた。
「ただ今戻りました」
「おう、遅かったな…って、お前ソレ、ルクシュの主かっ!?」
面倒くさそうに私を迎えたガルトンは、私の荷物を見て奇声をあげた。
「ルクシュ? 知りませんよ。何だがデカい猪です」
「何で知らねぇんだよ! 早くこっちに持って来い!」
急かされてもね、足取り軽やかとは行かないんだよ。
ガルトンのいるカウンターにノロノロと歩み寄り、中へ入る。
奥の台に収納袋をようやく下ろした。
「あー疲れた…」
「さっさと袋から出せ」
「はいはい」
休憩くらいさせてよね、全く。
ガルトンに急かされて、猪を収納袋から引き摺り出した。
「やっぱり、ルクシュの主か…って、なんで内臓がねぇんだよ!」
隻眼の猪をざっと見たガルトンは、次の瞬間絶叫した。
「お、お前っ、内臓どうした!」
「内臓? 捨てて来ました」
「捨てた、だと…」
ガルトンの顔色が赤を通り越して白くなった。
すごい。ピットブルでも顔色が判る。
「ルクシュの主だぞ!!」
「いや、そんなこと言われても…」
知らんて。
「なんで知らねぇんだよ! ルクシュの森の主だぞ! 内臓、捨てて来るとか、馬鹿じゃねぇのか!」
馬鹿とか酷い。
「仕様がないでしょ。こんな大きな猪、収納袋に入らないんですから」
そうだ。
入らないんだから、仕方がない。
物理的に不可能なものを、どうしろと言うのか。
「収納袋か、くそっ…」
ガルトンは頭を掻き毟る。
そんなにショックなのか…よく、わかんないんだけど。
「あ、あと、ルザ草です」
ついでになので、ルザ草も出す。
「ルザ草も採ってきたのか…」
「あと、これ何ですか?」
赤いタンポポも出す。
「紅鼓か…珍しいもん採ってきたな」
「紅鼓…薬草ですか?」
「解毒剤が出来る。神経毒によく効く」
「なるほど。これ採ってたらで襲われたんですよ。びっくりですよね」
「びっくりで済ますんじゃねぇよ」
ため息をつきながら、ガルトンは木札を三くれた。紅鼓も入ってるんだ。ラッキー。
それを持って、カウンターを移動する。
カウンターにいたのは、アネッサではなかった。
二十歳くらいの気さくそうな兄ちゃん。
「お疲れさまです」
「ありがとうございます」
「僕はロブです。噂のショウさんに会えて嬉しいです」
「噂?」
「ワイバーンを討伐したんでしょ?」
「あ、あれ…噂になるほどなんですか?」
「ギルさんと二人でしょ? すご腕の冒険者はギルドにとっても有難い存在ですから」
ロブは終始にこにこしている。
なんだろう?
笑顔がちょっとウソ臭い?
作り笑顔っていうか?
まあ、受付なんてそんなものかな。
「有難いって言っても、たった今ガルトンさんにボロカスに言われて来ましたけど?」
酷い扱いだった。
それを指摘すると、ロブはすいーっと視線を泳がせた。
「ガルトンさんは、そもそも口が悪いので…申し訳ありません」
ロブが頭を下げた。
「別にいいですよ。何を言われても、仕方がないものは仕方がないんですから」
ロブに木の札とタグを渡し、依頼料やら討伐料を貰うとギルドを後にした。
とりあえず、お風呂に入りたいよー。