37 ウクレイの町
朝になると、昨日の残りの肉からリュイミーが作ってくれたスープで固いパンを食べる。
実にありがたい。
朝から温かくて美味しい料理を食べられるなんて幸せだ。
「美味しーい!」
ナナが耳をピコピコさせる。
「お肉、ちょっとだけでもいつものスープと全然違うわぁ」
リュイミーもご満悦だ。当然、エイラやセイリンも文句があるはずもない。
エイラたちのお陰で英気を養った私たちは意気揚々と出発した。
美味しい食事を堪能したその日の昼過ぎ、私たちはウクレイの町に到着した。イサドアより一回りは大きい町だ。
ここも石垣に囲まれた町だ。魔物や魔獣がいる世界では、少しでも財力のある町は石垣や塀を作り、門と門番を置く。
私たちは荷物をさっさとギルドに納めたいので、脇目も振らず進んだせいか、予定よりちょっと早い到着だった。
収納袋は時間停止が付いていないからね。バラした内臓などは特に時間勝負だ。足の運びも早くなると言うもの。
時間停止が付いているものもあるらしいけど、とんでもなく高いらしい。だよねー。
それはエイラたちも同様なので、急ぐことに否はない。で付いて来られる足を持っているのだ。さすがと言うほかない。
でも、いつかは時間停止付きの収納袋を手に入れたいものだ。
出来るなら、ゆっくりあちこちを見ながらウクレイに来たかった。残念。
「私たちはギルドには行かないで、真っ直ぐ馴染みの店に行くよ」
エイラはウクレイに入ると、別方向を示す。
「今なら、そこそこの値で引き取ってもらえるから」
首を傾げる私にリュイミーが付け足した。
ふむ。つまり、私たちがギルドにワイバーンの素材を持ち込むと、それが出回り、値段が固定されるのかな。エイラたちに譲った素材は、私たちのものよりランクが下がるから、それからだと値段がより下がる。
出回っていない今なら、多少は高く捌けるってことかな?
なかなか抜け目ないね。
「高く売れるといいですね」
「本当にね」
「ありがとね。お礼はきっとするからね」
「お気遣いなく」
にっこにこで手を振って駆けていく四人の背を見送って、私たちは歩き出した。
「のんびり行きましょうか」
「あんたも大概人がいいな」
ギルが苦笑する。が、特に文句はないようだ。
そういうところは凄いと思う。
「それよりも、済みません。私が勝手に決めてしまって」
「別にいいよ。あんたがいなけりゃ、そもそもワイバーンなんか倒せないんだからな」
「そんなことありませんよ。ギルが止めを刺してくれたんですよ」
「あれだけお膳立てされればなあ」
「それでも、私の腕は二本しかありませんからね」
「腕が四本あったら怖いな」
「ですねぇ」
終いにはそんな下らないことを言ってるうちに、ギルドに着いた。
町に合わせてイサドアより大きい建物だ。
「あら、ギルさん。久しぶりです」
「アネッサ、久しぶり」
入り口付近のカウンターにいるのはふんわり金髪の女性。二十歳くらいかな。ギルとは顔見知りのようだ。
割りと行き来しているのか。
「お隣は、新人さんですか?」
「はい、先月登録したばかりの、初心者です。これからよろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします…あの…テッドさんは…?」
ギルドに入って来たのが私とギルだけであったことに、アネッサの笑顔がみるみるうちに曇る。
「あいつは、死んだよ」
「そうですか…」
ギルの端的な返答に、アネッサはそれ以上何も言わなかった。ギルも言わない。
冒険者が命を落とすことは、別に珍しいことではないのだ。
今回、如何に運が悪かったとしても。
結局、運が悪ければ生命を落とし、運がよけれ行き長らえる。それだけのことだ。
ギルはそのまま奥へ向かう。私もそのあとに着いていく。
奥は素材受け取りのカウンターだ。配置は変わらないらしい。
「おう、ギル。テッドは残念だったな」
「ああ、ガルトン…こればっかりは仕方ないさ」
カウンターにいたピットブルが渋い声で言うのに、ギルは素っ気なく返す。
ピットブルのガルトン…顔がなんか怖いな。結構迫力のあるおじさんだ。デニスとは百八十度逆。
なんか、今にも噛み付かれそう。
でもって骨ごと肉をばきっといきそう。
「で、何を持って来たんだ?」
「ワイバーンだ。奥使わせてくれ」
「ワイバーンだと!」
ガルトンの大声に、あちこちでガタガタと物音がする。
「ワイバーン!」
「白崖の…」
「二人で?」
「ガセだろ?」
「どっちも下位ランクじゃねぇか」
「あのひょろいのは、先月…」
なんか、全然ひそひそしてないひそひそ話が聞こえくる。
つまり、ワイバーンはそれほど驚かれるものなのか。
「白崖で出たのか。で、お前ら二人でか? どうやってだ?」
「俺一人じゃ到底無理だよ。ショウが落として、俺が何とか止めを刺せたんだ」
ギルの言葉にガルトンが私を睨む。怖い、ピットブル怖い。
「お前、初心者とか言ってたんじゃないのか?」
アネッサとの会話が聞こえてたらしい。犬って耳が良いって言うからね。
「はい、先月登録しました」
「そんなんで、どうやってワイバーンを落とすんだよ」
「それは秘密です」
やり方を説明するのは面倒くさい。
大体、白忍者の技のひとつですって言っても通じないよね。
なので言わない。
「まあ、万人にできるものじゃないな」
ギルがため息混じりで呟いた。
確かにね。
そう簡単に真似できるものではないと思うよ。
「…仕方ねぇ。さっさと素材を見せろ」
ガルトンに凄まれて、私たちはカウンターを越える。
奥にある作業台に、まずギルが素材を出した。
「頭と皮か…確かにワイバーンだな。しかも新しい」
「仕留めたのは、昨日だ」
「内臓は?」
「あ、それは私が」
「内臓はこっちに出せ」
ガルトンが銀色のトレイを出す。その上に内臓と肉の塊を出した。
ちなみに、二キロ相当の塊は残しておく。
「心臓…を仕留めたのか…ふん。他の内臓も肉も悪くはないな」
ざっと見てガルトンは内臓を乗せたトレイを大きな箱に入れる。
時間停止が付いてるのかな?
「冷却庫だ」
興味深く覗き込んでいたので、ガルトンが箱が何であるか教えてくれた。
冷却庫…冷蔵庫だね。
それから、木の板にいろいろ書き込み、それをギルに渡した。
査定終了。
「まあ、悪くはねぇな」
「そいつは良かった」
木札を手に、私たちはカウンターを出て、アネッサの所に戻る。
「アネッサ、頼む」
「は、はいっ」
「あ、あとこれを」
そだそだ、魔石を出さないと。
テニスボールよりちょっとだけ小さい魔石もカウンターに置いた。
「はい、お預かりします」
木札と魔石をあと、タグも渡す。
「ワイバーンの魔石は風属性ですね。こちらで引き取っていいですか?」
「えっと…」
いいのかな?
ギルを見ると、何やら考えている。
「ギル?」
「風属性のレベルは?」
「そうですね、レベルC+と言ったところでしょうか」
「そうか」
アネッサの返答に頷いたギルは、私の方を見る。
「ショウ、魔石は俺がもらっていいか? 代わりに素材の代金は全部渡す」
「別にいいですよ」
ギルはワイバーンの魔石を何かに使いたいんだろう。
いいんじゃないかな。
使いたい人が使えば。
「助かる」
「いえいえ」
「それでは、魔石は返却します。あと、ワイバーンの素材の代金はこちら。討伐の報奨はこちら。ショウさんは今回の討伐でEランクに昇格しました。ギルさんはあと少しでDランクですね」
「ありがとうございます」
差し出された代金を受け取り、報奨は半分ギルに渡す。
ふふー。私もEランクですかー。
順調ですねー。こんなに順調で良いのかなあ?