33 おっさんの栗拾い
次の日、昼過ぎのおやつタイムにゼルスが木苺亭にやって来た。
私はガトーとセリナが作ってくれた、栗のパウンドケーキをうまうまと食べていた。
味見と言う名目で真っ先に食べられるこの優越感。特別って素晴らしい。
パウンドケーキには栗のペーストも入っていて、しっとりずっしりな大変食べ応えのある一品でした。
紅茶と大変合っていて、倍美味しい。
「今、よろしいですか?」
「はい、大丈夫です」
紅茶のカップをテーブルに置くと、ゼルスは懐から恭しく革のケースを取り出す。財布と言うより、どちらかと言うと袱紗みたいな感じ?
そこから金貨を取り出して、革のケースの上に乗せ私の目の前に置いた。
あ、トレイの代わり?
万事、そつのない人だなあ。
「ぅえっ!?」
えっ、金貨?
一連の所作に気を取られていたけど、金貨だよね? これ、あの金色いがいが一つの値段?
「ちょ、ちょっと高すぎませんか」
「あの黄金栗にはそれだけの価値があります」
ゼルスは済ました顔でそう言った。
マジかー。
いがいが一つで金貨一枚。価値観が狂うわー。
「おう、なんだ。景気のいい話か?」
ガトーが覗きにきた。私がわたわたしていたのが不思議だったのだろう。
ガトーは金貨を見て、片眉を上げた。
「またえらい大金だな」
「すごいですよねー。金色のいがいが一つでこれなんですよー」
「金色の…いがいが……? ってまさか、黄金栗か?」
へえ、ガトーも知っているんだ。実は有名なのかな?
「昨日、譲って頂いたのだ」
「昨日……」
ガトーはギギギギと音がしそうな、強張った動きで私へと首を向けた。
「まさか……昨日の栗…」
「ついでに拾って来たものですけど?」
それが何か?
首を傾げる私に、今度はゼルスが視線を向ける。
怖い、怖い、怖い。
何で、私ガトーとゼルスに睨まれてるの?
二人からの圧が半端ないんですけど。
「ガトー…昨日、ショウ様から譲られた栗と言うのは?」
「ザル一杯くらいの栗を、こいつが持って来たんだ」
「で、このケーキになりました。すごく美味しいんですよ」
一口残っていり皿を指差すと、ゼルスはケーキの欠片を睨むように見詰める。
「失礼ですが、頂いても?」
「どうぞー」
そんなに食べたいのか。一口分で良ければどうぞ。
フォークを受け取ったゼルスは、最後の一口をじっくり味わって食べた。
「素晴らしい…」
「やけに美味い栗だと思ったぜ」
「?」
それはガトーのケーキが美味いと言うことじゃなくて?
首を傾げる私に、ガトーは額を押さえながらため息をついた。
「黄金栗の生った木は、他の栗の味も格段に跳ね上がるんだよ。昨日のあれが同じ木のものなら、笊一杯でも相当の値が付くぞ」
「へえ、そうなんですかあ」
「どこまでも、緊張感のないやつだな!」
えー、だって栗なんだもん。
どれだけ珍しくても、私にとっては栗なんだもん。
ふくれ面しながら、金貨をさっさと仕舞う。
もう、用はないよね? このままここにいたら、説教が続きそうだから逃げていい?
「珍しいのは解りましたあ。では…」
「お待ちください!」
「逃がすか!」
ゼルスとガトーに行く手を遮られた。
二人とも、追い剥ぎレベルで顔が怖いんだけど。
「なんでしょう?」
もー、面倒くさいなあ。
「この栗の生っていた木へと案内して頂けませんか?」
「俺も知りたいんだが?」
「それはつまり、栗拾いに行きたいと?」
「然様でございます」
「ま、そーなるな」
珍しい栗らしいもんね。欲しくなるよね。
うーん、でもねえ。
「今から拾いに行くのと、一人鍋一杯まで。と言うことでしたら、案内します」
「鍋一杯?」
「なんでだ?」
制限を付けると、二人は訝しそうに眉を潜めた。
「この栗は、他の動物たちの食料でもあります。根こそぎ拾い集める、と言うのはちょっと…」
「そうですね。自然の恵みです。私達が独占して良いものでもありませんね」
「そうだな。この栗が食えなくなって、小動物が減れば、それを餌にしている動物や魔物が人里に降りて来かねないな」
とりあえず、二人は私の言いたいことを理解してくれた。
「一人、鍋一杯だな」
「十分でごさいます」
「今から行くのも大丈夫ですか?」
「問題ごさいません」
「俺もだ」
「わかりました」
かくして、私はゼルスとガトーを伴って栗拾いに出かけた。
今から出発すれば、夕方までには帰って来られると思うんだよね。
◇◆◇
昨日の道をゴールから逆行するので、非常に面倒くさい道行きとなった。
何せ、私は真っ直ぐ帰っているつもりでも、ちょこちょこと帰宅ルートから脱線しているんだよね。
帰りに通った道を思い出していると、その事実に初めて気付いた。
考えてみればそうだよね。
ふいっと、横道に逸れるから、ルザ草を見つけられたんだし、歩く茸に遭遇するんだよね。
今回の、金色いがいがだって、そうやって見つけたんだもん。
とか、冷静に自己分析をしてはみるものの、逆行で進むことが面倒くさいのに変わりはない。
無駄な動きしてるなあ、と改めて実感することの虚しいこと。
行きで一時間半もかかったけど、本来ならもっと短いと思うんだよねー。
とりあえず、栗の木にたどり着いたからいいんだけど。
ガトーとゼルスは早速、持って来た鍋に拾った栗を放り込んでいる。
「素晴らしい栗です」
「実がきっちり詰まっていたからな」
いいおっさんが二人して楽しそうに栗を拾っている。
ゼルスなんて、屋敷から来た時の服装である執事服のままだから、違和感と言うか、シュールと言うか。
凄い微妙な気分。ベテラン冒険者然としたガトーの栗拾いだって、ゼルスとは別ベクトルで微妙だった。
まあ、楽しいなら良かったよ。
あっという間に、二人は鍋一杯分の栗を拾い終えた。
「もういいですかー?」
「はい、ありがとうございます」
「おう、帰るか」
ガトーが二人分の鍋を収納袋に入れたところで、私たちは町へと帰った。
「今回の件も含めまして、改めてお礼に参ります」
町に着くと、ゼルスはきっちりと礼をして屋敷に帰って行った。
「礼か、そうだな…何がいい?」
ガトーが顎を撫でながら聞いてきた。
「美味しいもの食べさせてくれたら、それでいいですよ」
「安いな、お前」
「そうですか? 美味しいものを食べるって、大切じゃないですか」
「明日はこの栗でクリーム一杯のケーキでも作るか」
「美味しそうですねー」
それってモンブランのことだよね。
うっはー、楽しみ!