32 金色いがいが
次の常時依頼は三つ目兎だ。
最低三羽だそうだ。
大きさは中型犬くらいはあるし、結構すばしっこいらしい。
ちなみに三つ目と言っても本当に目、眼球が三つある訳ではない。
所謂、額の辺りに赤い石のようなものが付いていて、それが第三の目扱いされているのだ。
でもこの第三の目は別に魔石じゃないらしい。
上位種の第三の目は宝石並に珍重されるみたいだけど。それ以外はただの赤い石。ものによっては死後変色してただの石ころレベルになるとか。
三つ目兎の上位種って、どんなの?
ま、いいや。
普通のを狙おう。
狩り方は石礫一択。小物だから、礫の方が効率良いと思うんだ。
見つけたら、逃げ出す前に礫を放つ。
事前動作がないので三つ目兎は逃げないと言うか逃げる暇もない。
多少の距離もあるからなおさらだ。
場合によっては襲い掛かってくることもあるらしいが、そんな隙は与えない。
基本、一撃で仕留めることを目標とし、びしびし礫を放つ。
三羽を狩るのは予想通り簡単だった。
うーん、ゴブリンや歩く茸を相手にしていたせいかな、すんごい楽。
いやいや、油断は禁物。小物だからこそ、気を緩めてはいけない。
獲物は収納袋に放り込み、さっさと帰ることにする。
帰る途中、いがいがをを発見した。
おー栗だよ、栗。異世界にも栗があるんだ。
大きな栗の木に近付き、落ちているいがいがを確認。
うん、魔物の擬態じゃなくて栗。
いがいがを足先で踏んでぎゅむぎゅむと中身を出す。
大振りな栗に笑えてくる。これは豊作だ。
「栗ご飯がいいなあ。栗おこわとか」
栗ご飯食べたい。けど、米がない。
どこかにはあるのかも知れないけど、イサドアでは見たことがない。
「ご飯は無理かあ…じゃあスイーツかな」
栗きんとんはどうなんだろう。
ガトーはお菓子作れるんだろうか。
栗のケーキでもいいんだけどさ。
モンブラン、美味しいよね。マロングラッセよりは栗きんとんが好きだなあ。
そんなことを考えながら、いがいがをぎゅむぎゅむして栗を拾う。
平均的なザル一杯取れたところで変なものを見つけた。
「金色……?」
なんかこのいがいが、金色なんだけど。
ただ黄色ってわけじゃないよね?
拾い上げて木漏れ日に翳せば、キラキラしている。やっぱり、金色のいがなんだ。
金色の栗…美味しいんだろうか。
とりあえず、拾っておこう。いがいがの中が普通の栗だとこの不思議さが伝わらないので、いがいがごと拾って収納袋に入れた。
一応、周囲をひと調べしたけど、金色の栗はこれ一つきりだった。
残念。
さて、帰りますか。
この栗、なんか美味しいものにならないかと思いを馳せながら、ギルドに戻る。
「ただいま戻りました」
「お帰りなさい」
ベスに挨拶して、デニスの元に向かう。
「お帰り、早いね」
「三つ目兎、獲ってきました」
三つ目兎はまあ小さいので、カウンターに置く。
「はいはい、間違いなく」
デニスは大して兎を見もしないで、あっさり兎を受け取った。
いいのか。そんなにテキトーで。
今回は大変スムーズに査定を終えた。これが普通なんだよねえ。
ベスに依頼達成確認をしてもらい、礼金を貰うとさっさとギルドを後にした。
金色の栗はデニスに見せなかった。珍しいものであるのだろうけど、依頼絡みではなさそうだったので。しかも一つしかないし。
なので、アゴルのところに行くことにした。
高枝平茸はさっぱり見つからないしね。
この金色の栗で、誤魔化しておこうと言う訳じゃないよ。歩く茸だけじゃ悪いしさ。
アゴル邸を訪ねると、アゴルは留守だった。
商人だもんね。
そんなに暇じゃないよね。
失敗、失敗。
「申し訳ありません」
ゼルスが分度器で計りたいような見事な礼をする。
「いえ、突然訪ねたのは私ですので」
「それで、ご用件は…」
「高枝平茸がなかなか見つからないのですが、ちょっと変わったものを見つけましたので」
「ほお…では、こちらへ」
ゼルスの一存ではあるが、応接室に通される。
長居するつもりない私は、ソファには座らず応接室のテーブルに金色の栗を置いた。
「これは黄金栗!」
「コガネクリ…珍しいものなんですよね?」
いつも沈着冷静なゼルスが珍しく驚きを表情に出している。
やはり珍しいもののようだ。
「年輪を重ねた大樹に一つ実るかどうかと言われている、幻の栗です」
「大樹に一つ…確かに周囲を見て回りましたが、一つしか見つけられませんでしたね」
あんな大きな木に、一つ実るかどうかなのか。
うん、よかった。レア物だ。
「高枝平茸は当分見つけられそうにないので、とりあえずこれをアゴルさんに渡しておいてください」
「よろしいのですか?」
「はい、そのつもりで持って来ましたので」
「預からせて頂きます」
ゼルスは金色の栗を恭しく高そうな布の貼ったトレイに移動した。
すこいシュールな絵面だ。
「代金になりますが…」
「相場が判りませんので、お任せします」
いがいが一つだもん。幾らになるかなんて、さっぱりだよ。
後はアゴルの誠意に期待しよう。
「アゴル様に伝えます」
ゼルスの表情が引き締まる。
こちらが信用して、全てを任せたことは当然理解している。
ちゃんと取り扱ってくれるだろう。
「では、これで失礼します」
「こちらから後日、報告に伺います」
「お願いします」
金色の栗はゼルスに丸投げして、私は木苺亭に戻った。
普通の栗は、ガトーに渡した。
なんかお菓子を作ってくれるらしい。
楽しみだね。