30 アゴル邸再び
一応、ちょっとだけ時間を潰してからアゴル邸に向かう。でもって手土産はやっぱり買ったよ。メリー・メリーってお店のちょっとお高い焼き菓子。クッキーのようなガレットのような、そんなお菓子の詰め合わせ。小さなやつ。それが精一杯だった。だってめっちゃ高かっんだもん。
そうして夕方にはちょい早い時間になった。
玄関の前に立つと、ドアノッカーに手を伸ばした瞬間扉が開いた。
うわあ、自動ドア?
って思ったら、扉の向こうにゼルスがいた。
すげえ、気配感じなかった。忍者に気配を悟らせない執事…って…本当…
「お待ちしておりました」
ゼルスは扉を大きく開き、礼をする。
「お、お邪魔します」
「旦那様がお待ちかねです。どうぞお入りください」
「はあ…あ、これ良かったら」
手土産をとりあえずゼルスに渡す。
「ご自身からお渡しになった方がよろしいのでは?」
「そういうものですか? すみません。タイミングがよくわからないもので」
そちらで適当にしてください。
「では、お茶と共にお出しいたしましょう」
「お任せします」
大変事務的に迎え入れられ、応接間へと向かう。
応接間では、アゴルがそわそわと待っていた。
ソファーの上でそわそわと待つ猫おじさん。誰得?
ヤバい。一瞬可愛いとか思っちゃったよ。
「ああ、ショウさん! よくおいでくださいました」
「先日は折角の招待をふいにしてすみませんでした」
最初にドタキャンのことを謝っておく。
こちらに非があることはさっさと謝って片付ける。
「いえいえ。話は聞いています。大変でしたね。お怪我はありませんか?」
「はい。彷徨う牙が間に合ってくれたので、大事には至りませんでした」
「それは良かったです」
「はい…あ、でも、ゼルスさんのお陰で調査隊の出発が早まったとか…ありがとうございました」
ゼルスがあちこち顔を出してくれたお陰だって話だしね。
「いえいえ」
アゴルはひらと手を振った。
「ショウさんが訳もなく約束を破るとは思えなくて…ゼルスに様子を見に行かせて正解でしたね」
確かにね。
不測の事態にでも陥らない限り、約束は破りませんよ。
信用第一。
今回は、この信用が役に立ってくれたんだね。
これからも真面目に頑張ろう。
「ところで、ですが」
アゴルが話を変えた。
えっらい不自然な切り替え方だ。
私が遣り手の商人だったら、アゴルは完全に初手を間違えてるよ。
「はい?」
仕方ないので、話に付き合う。
「先日ですが、市場に幻の高枝平茸が出回りましてね」
おう、しかもいきなりの本題。
大丈夫か? おじさん余裕なさ過ぎない?
「私も慌てて買い求めたのですが、間に合いませんでしてね」
しゅん。
猫おじさんの耳がくたりとなったよ。
がっかりする猫おじさん。ほんと、誰得?
「え、と…?」
早い者勝ちなのは仕方がないないよね。
そこは私、さっぱり介入してないし。
「…聞けば、高枝平茸を採取したのはショウさんだとか……」
「はい。偶々見つけまして、何の茸か判らなかったので、一応採取してきたんです」
それが予想以上の食材だったのは驚きだ。
「そこでなのですが、ショウさんに指名依頼を出したいのですが…」
「高枝平茸、のですよね? だとすると、ちょっとお受けし難いですね。あれは本当に運が良かっただけなので…」
「駄目、でしょうか…」
「高枝平茸だけを追うのはちょっと…」
いつ依頼完了するかわからないじゃん。
そんな先の見えない依頼は受けたくないわあ。
私は植物採取専門の冒険者じゃない訳だし。
ほかにもいろいろやりたいもん。
「…今後、見つけたら優先的にお持ちする。が、今言える精一杯ですね」
「そうですか…いえ、それで構いません。是非ともそれでお願いします。できましたら、今後、珍しいものを採取した場合にも適用して頂けたら、相場の倍で買い取らせて頂きます!」
「…………わかりました。では、そのように…」
すかさず追加条件上乗せしてきたのはさすがだ。
ガトーと先に話をしていたから、自分の望む流れに落とし込めたと思ったのに。
やり手商人の噂は伊達じゃなかったか。
「ありがとうございます!」
アゴルは満面の笑みを浮かべた。
仮だけど、商談成立だね。
でも、厳密な依頼じゃなくて予約みたいなものだから、強制力はないか。
今まで通りに、自分のペースでやっていこう。
話がついたところで、ララルが応接間にやって来た。
「ショウさん!」
ララルは私を見て、満面の笑みを浮かべる。
「ご活躍お聞きしました!」
「いえいえ、お耳汚しでした」
「ゴブリンを沢山倒したんでしょう?」
「ギルたち援軍のお陰ですよ」
まあ、確かに頑張ったけどさ。ギルやディーたちが間に合ってくれたお陰で、私も怪我なく済んだんだよね。
彼らの功績は決して小さくはない。あとバーンね。ついつい省きそうになっちゃうんだけどね。なぜかな。
「ショウさんは、本当に謙虚ですね」
アゴルの呟きは、感嘆と言うより幾分呆れの含みが強い声音だ。
呆れられるほどのことなんだろうか。
感謝の気持ちは大切だよね。
「そこが、ショウさんの素敵なところです」
ララルのはにかみも可愛いよ。
癒されるわー。
「ですが、謙虚も過ぎれば侮られてしまいます。お気をつけください」
「…わかりました。ご忠告、胆に命じます」
一歩、下がると言うかへりくだった方が私的には楽なのよねー。
日本人の悪いところなのかなあ。
アゴルの忠告は忘れないでおこう。
そこへゼルスがお茶とお菓子を持ってくる。
お菓子は私のお土産だ。
「旦那様、こちらはショウ様から頂きました」
「まあ、メリー・メリーのクッキーね」
ララルが目を輝かせる。
割りと有名なのか。まあ、大通りの店だったしね。
喜んで貰えたならなによりだ。
味は、こちらにしては美味しい。
でも、日本のお菓子と比べると、ちょっとね。やっぱり、バターとか卵とか小麦粉とか、いろいろ違うんだろうね。
日本円で換算した同じ値段のものなら、何倍も美味しいものが食べられると思う。
これはもう、仕様がないよね。
料理が得意ならレシピ公開なんかもできたけど、その方面はさっぱりだからね。
料理って、本当に難しいよね。