25 後始末は任せた
夜は完全に明けた。
集会所に避難していた人たちもぞろぞろと外に出てくる。
大人たちには幾分疲労の色が見えるが、子供たちはけろっとした顔をしている。子供たちには、合宿気分なんだろう。
実際に、集会所までたどり着いたゴブリンはいなかったと言うことだ。
変なトラウマもできていないようで良かった、良かった。
夜が明けて間もなく、ディーが戻ってきた。数歩ほど後ろを狐の人が二人着いて来ていた。
狐の人は、一人が幅広の剣を背に負い、一人は弓と矢筒を背負っているが、細剣も腰に下げている。体つきからして、こちらは女性のようだ。
狐の見分けはしたことないけど、毛並みはよく似ていた。兄妹? とか一族なんだろうか。
「お帰り、ディー」
「ディーさん、お疲れ様です!」
リドルがディーの元にかっ飛んでいく。
しっほブンブンで、私の時とえらく対応が違うよ。
びっくりだよ。
「悪いね。リドルにとってディーは憧れらしいんだ」
「はあ…」
同じ犬科だからなのか。後ろの狐も犬科だし。このパーティーは犬科率高いね。
「どうだった?」
「集落、まではいかないがそれっぽいのは潰してきた」
「そうか。なら、大丈夫か…」
「まあ、あと何回か見回るけどな」
ギルの問いにディーが答えた。
そうだよね。集落は一つとは限らない。見逃したら大変だ。
調査討伐と言う名目だから、徹底的にやるだろう。
むしろ、面倒くさいのはこれからかも知れない。
「トール、ソーラ。なにニヤニヤしてるんだい?」
ディーとギルが今後について話している脇で、アーシャが狐コンビに怪訝そうな声をかけた。
名前の類似性から、二人はやっぱり兄妹あたりか?
で、どっちが年上でどっちが年下?
兄妹なの、姉弟なの? ソーラが一回り体つきが小さいのは、女性だからなのか年下なのかわからないし。
「アーシャ、それがさ」「森の中に、死にかけのゴブリンが」
「あちこちに転がっててさ」
「もう、止めを刺すだけの」
『簡単なお仕事!』
交互に喋る息の合い方が半端ない。
この年齢差のない感じ、もしかしたら双子なのか?
二人は機嫌よくケラケラ笑っている。
よほど、ボロい儲けだったんだろう。
そうか、森に放置した分は、二人が始末してくれたんだ。
「森に死にかけのゴブリン?」
ギルが私の方を見る。ディーの視線も私に向いていた。
「あんたか?」
「はい。明るくなったら片付けようと思っていましたが、その必要はなくなりましたね」
後から止めを刺そうと思ってたけど、よく考えたら面倒くさいもんね。
「一撃で仕留めなかったのか?」
ディーは意外そうな声をあげる。
「少し力をセーブしましたから、よほど当たり所が良くない限りは…」
「なんでだ?」
「ゴブリンの総数もわかりませんでしたから。まずは体力を温存して、長丁場に備えようと」
もし、ディーたちが夜中に到着していなかったら、私は今もゴブリンたちを狩っていたかもしれない。
持久力は高いようだが、どこまでやれるかと言う限度を私自身把握仕切れていないのだ。
より確実性を取っただけだ。
そう言うと、二人は納得した。
「え、でも…かなり転がってたぜ?」
「一匹二匹じゃなかったよ」
狐兄妹は不審な動きで首を巡らし私を見た。
「数なんて数えてませんよ」
私は肩を竦める。
さすがにそんな暇はなかった。
「だけど、初手はあんただろう? ちゃんと儲けは分けないとね」
「やっぱ、半分?」
「私ら止めだけだから、もっと少ない?」
アーシャの言葉に狐兄妹のテンションがスルスル下がって行く。
耳が倒れ頭にくっついた。尻尾もしおしおだ。
獣人は感情の上下が判りやすいなあ。
「いりませんよ。後から止めにとは思ってましたけど、数も場所も覚えてなくて、ちょっとどうでも良くなってましたし」
放置は勿体なかったなあ。くらいしか考えていなかった。
けど森の中をゴブリン探しで歩き回りたくはなかった。
どうせ探すなら、ゴブリンよりルザ草の方がいい。大体、それが私の本来の依頼だし。
「そういう訳にはいかねぇよ」
ディーが首を横に振る。
あ、意外と真面目。
「初手がショウだとして、やっぱり半々が妥当か…」
「二人が止め刺しただけなら、その辺りだね」
『だよね』
狐兄妹の表情はどんよりしている。
ちょっと不憫だ。
「黙っとけば良かった」
「いやそれはどうなの」
「トールさん、黙ってて後からバレた方がヤバイっすよ」
神妙な顔で、リドルは剣の方を向いて言った。
それで。兄妹とか勝手に思ってるけどどっちなのよ。
なんとなくソーラの雰囲気がちょい妹っぽいんだよね。
でもリドルの口調から、狐兄妹は二人ともリドルより年上のようだ。
これでは判別ができない。
「まあ、普通に三等分でいいんじゃないですか? 初手、止め、魔石回収。ほら三等分」
「あんたはそれでいいのか?」
ディーが聞いて来るのに、私は頷いた。
「いいですよ。それより、いい加減眠いので、休んでもいいですか?」
夜通し駆け回ったから、さすがに疲れたよ。
ただ駆け回るのではなく、ゴブリンを狩って回ったからね。
意識を集中していた分、疲労も倍増だよ。
自分の力を把握仕切っていない中での行軍は、さすがに疲れるよね。
多分、次はもっと上手くやれるとは思うけど。
「ああ、じゃあまたうちで休む?」
「お願いします」
ロニの言葉に私は頷いた。
「では、お先に失礼します。お休みなさい」
朝だと言うのに、就寝の挨拶をして、私は一旦ディーたちと別れた。
「あんたいいやつだな」
「ホント、いいやつだね」
狐兄妹の感謝の言葉を背に、ロニの家、つまりは村長の家に着くと、奥さんのレナが朝御飯の準備をしていた。
「ああ、ショウさん。お疲れ様でした」
レナは私を見ると笑顔を浮かべる。
「レナさんもお疲れ様でした」
村長の奥さんだからね。レナと娘のルリは集会所の避難組をまとめていた。村長の家族も大変だ。
「集会所の避難。大丈夫でした?」
「夜中にケントの所の子供が泣き出したくらいで、後は思ってた以上にみんな落ち着いていたから大丈夫でしたよ」
やはり、早めの避難が良かったんだろう。
ノリはほとんど、避難訓練だったから。
大人たちが、必死の形相で動き回るのを見たら、子供だって不安になるだろうけど、そんなこともなかったし。
気を抜き過ぎるはよくないけど、ガチガチに緊張するのもよくないからね。
「集会所の避難訓練は、一年に一回くらいはやった方ががいいかも知れませんね」
「そうですね」
朝食を食べていたラントが頷いた。
事前の準備、そして心構えの大切さは今回の一件でかなり実感したらしい。
柵の定期的な整備や、農具を利用した武器の扱い方など、やっておいた方が良いことはいくつもある。
「こんど、村の集会で話し合ってみます」
「それがいいと思います」
ラントの言葉に賛成して、私は用意してくれた敷物の上に座った。
ベッドを使ってもいいと、昨夜言われたけれど、他の人が使ったベッドはちょっと抵抗があった。それほど綺麗好きと言う訳でもないけど、ねえ。
意識のほとんどは、まだ現代日本のものなので、他人のベッドはどうしても抵抗があるのだ。
主に衛生面が。
綺麗好き民族、日本人の弊害がこんなところに出ようとは。
まあ、そう言う訳で、敷物の上に体育座りみたいな格好で、小さく丸くなって眠った。
お休みなさい。