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月の姫君とそのナイト?   作者: 向井司
一部 月の姫君とそのナイト?
14/188

13


 生物の授業が終わった。


 今日は植物の細胞を顕微鏡で見た。

 あと単細胞生物。


 終わった後のシャーレとかプレパラートやらを分解して洗うのは日直の仕事だ。


 で、今日の日直である私はシャーレをざくざく洗っている。


 丁寧にやれ?


 私に繊細さを求めてはいけない。

 これでも、丁寧にやってるつもりなんだよお。


「洗い終わったら、準備室に運んでくださいね」


 生物の教科担当の和泉雅(いずみみやび)先生が、顕微鏡を手に私に声をかけた。

 和泉先生はほっそり優しげ、ある意味お姉さん的存在で男女共に人気がある。

 男の人なんだけどね。

 ほっそりったって痩せてるわけじゃない。

 物腰が柔らかくて、おっとりしてるから、細いってイメージがあるんだと思う。


 きっと、着痩せするタイプなんだろうなあ。

 でもって、その雰囲気を後押しする、柔らかそうなちょっと癖のある水色の髪。


 水色の髪!


 よく考えたら、現実的じゃないよね。普通ならおかしいよね。びっくりだよね。


 でも、不思議なことに、違和感、ないんだなあ。

 火村先輩の紅い髪も、五十嵐先輩の藍色の髪も、全然全く違和感なし!

 だから、和泉先生も、どんと来い。

 ん?

 使い方、違うか。


 大体、水の守護者だもん。

 水色の髪もある意味デフォだよね。


 そう。

 守護者には教師もいる。

 メインは生徒なのだけど、そう毎年都合よく、生徒に守護者を揃えられるとは限らない。

 生徒に守護を託せない場合を考慮して、サブと言う形で教師の中に守護者がいるわけね。

 勿論、和泉先生は白月学園のOBだ。


 何年か前は、和泉先生が学園を守って来たんだよね。


 おっと、回想終了。


「はい」


 シャーレを布巾替わりのタオルで拭いて、まとめて手に持って準備室に向かう。


 棚にシャーレを置いて振り返ると、水槽が目に入った。


「?」


 何も入ってないのかと思ったら、底の方に白い物体。


「カエル?」


 白いカエルが沈んでいる。


 オモチャなんだろうか。

 先刻からぴくりとも動かないんだけど。


「どうかしましたか?」


 準備室から出ていかない私を訝しく思ってか、和泉先生が様子を見に来る。


「これは本物ですか?」

「本物ですよ」


 本物なんだ…


 さっぱり動かないけど。


「ひっくり返ってますけど、生きてるんですか?」


 水槽の側面を、指先でコツコツと叩いてみたけど動かない。


 本当に生きてるの?


「ちゃんと生きてます。ちなみにひっくり返ってはいませんよ」

「え? これ背中ですか? 背中がちゃんと上向いているんですか?」


 まじまじとカエルを見るのだけど、全身が白いので、非常に分かりにくい。


 ああ、カエルのお腹は白いから、その印象だけで、白い背中をお腹だと認識したのか。


 和泉先生が水槽を指で一度こつりと叩いたら、水面に小さな波紋ができた。

 その波紋を感じてか、カエルがぴくりと動いた。


 おー、やっぱり生きてるんだ。


 尚も、カエルを凝視していたらようやく目がどこにあるのか判った。

 目は上部にあるから、確かにこのカエルはひっくり返ってはいない。


「面白いですね」

「明宮さんは、カエルは嫌いではないのですね」

「特に好きでもありませんが、嫌いと言うほどでもありません」


小学生の頃、近所の男子たちとカエル捕まえに行ったなあ。

 夏の風物詩だよね。


 あと、セミ投げ。


木にとまっているセミを捕まえて容赦なくぶん投げて、どこまで飛ぶかを競争した。途中でセミが気がついて、自力で逃げ出した瞬間が計測地点。


 はっきり言って、区別なんてほとんど解らないから、結局は自己申告で揉めに揉めると言う。

 実にくだらないことをやっていた。


 懐かしい。


 一応、カエル投げはやらなかったよ。


 うん、多分ね。

 あ、やったかなあ? ちょっと記憶が曖昧。


「大抵の女性はカエルが嫌いだと思ってました」

「…普通はそうかもしれませんね…私は危害が加えられない限り、大丈夫です」

「ふふ…勇ましいですね」

「カエルですから」


 毒ガエルでもない限り、怖くもなんともない。むしろ、黒光りするアレの方がよほど怖いよ。

 アレが出たら、さすがに悲鳴をあげるよ。

 でもって、全力で逃げるよ。


 間近でカエルを見ようと、水槽の乗っている棚に右手を置いた瞬間、指先にちくりとした痛みを感じた。


「っ!」


 咄嗟に右手を引く。

 見ると、人差し指にガラス片が刺さっていた。

 薄くて小さなガラス片…カバーガラスだ。

 これ、薄いから識別しにくいんだよね。

 誰、こんなところに、割れたガラス置いたの。

 とりあえず、ガラス片を取ると、血がみるみる滲み出てきた。


 絆創膏は…持ってないから…何で血を止めよう?

 手っ取り早く、セロテープか…


 セロテープはどこだろう?


 探していると、


「見せてください」


 和泉先生に右手を引かれる。先生は絆創膏を持ってるのかなと思い、されるがままに任せたら。


「!」


 いいい、今、指先にキスされた!


 マジ?

 なんで?

 どうして?


 パニクってるうちに、右手が解放された。

 慌てて、指先を見ると。

 血が止まってる…それどころか傷口が消えている。


 凄い!

 水の守護者!


 治癒の力が使えるんだあ。

 なんて、便利。


 そこまで考えて、はたと気づく。


 え、これからどうしたらいい訳?


 守護者のこと、私は知らないはずなんだよね。

 凄いとか、感心してる場合じゃない。

 場合じゃないけど、どんな反応返せばいいんだろう…


 途方に暮れた私は思わず口走った。


「……和泉先生は…超能力が使えるんですか?」


 うあ、超能力だって。

 今、私、しょーもないこと言っちゃったよ。


 言うに事欠いて、超能力!

 ほかにないのか!


 自分で言っておいて、アワアワする私に、和泉先生は一瞬きょとんとした後、柔らかく微笑んだ。


「そうですね…そう言うことにしておきましょうか…他の方には内緒ですよ」


 乗っかってきたよ、この人。

 いいけど。

 ここで、守護者とは、なんて説明されるよりよほど助かります。


「解りました。今日のことはソッコー忘れます」


 私も流れに乗っかった。そうするしかなかった。


「それでは失礼します」

「片付けありがとうございました」


 頭を下げて、私は生物準備室から速やかなる撤退を図った。


 やっぱりここは、三十六計逃げるっきゃない。


 退避!


 和泉先生はヤバい。

 そんな気がする。


 そもそも、和泉先生は学生の時に大切な人を失って、それから人と深く拘わることができなくなった。

 柔らかい物腰は、和泉先生なりの人を寄せ付けないためのバリアだ。

 一定以上、誰も自分の内には踏み込ませない。

 だから、ヒロインは和泉先生の中にまずは一歩踏み込むことから始める。

 その一歩が、結構大変なはずなんだけど。


 なんかさっきは、距離なかったような?


 解らない。

 和泉先生が解らない〜。


 私はプチパニックを起こしたまま、ひたすら教室を目指した。





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