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月の姫君とそのナイト?   作者: 向井司
外伝 隣の異界と白忍者
137/188

21 ご馳走夕御飯


 無事に礫を受け取り、店を出る頃には夕方になっていた。

 夕御飯には良い時間だ。


 私は心の中でスキップをしながら木苺亭へと帰る。


 楽しみ、楽しみー。


 荷物を部屋に置いて食堂に向かうと、テーブルは疎らにしか埋まっていないが、異様な熱気に溢れていた。


「うおー!」

「なにコレ、なにコレ、なにコレっ」

「美味い、美味すぎる」


 熱狂しているのは、夕御飯を食べている人たちだ。

 ほとんどか宿泊客だと思う。

 魂抜けてる人もいる。

 みんな、夕御飯を食べた結果らしい。


 ちょ、一体どんなご飯なのさ。


 手前のカウンターで、夕御飯の乗ったトレイを受け取り奥のテーブルにつく。

 トレイを手渡すセリナの笑顔は実に眩しかった。自信満々、滲み出るものが違う。

 まるで後光が射しているようだ。


 夕御飯はクリームシチューみたいなものがメインで後はパンとサラダ。メニュー事態はごくごくメジャーなものだ。

 ビジュアル的に力はない。


 ただシチューはすごくいい匂いだ。これは期待できる!

 早速、木のスプーンで掬って食べる。


 美味ーーい!


 なに、この濃厚な味わい。中にチーズ入ってる? いや、入ってない?

 一緒に煮込まれてる野菜も甘く感じる。お菓子的な甘さじゃなくて、野菜の持っている甘さ。

 これは、ただのクリームシチューじゃない!


 これが高枝平茸の底力かっ。

 すご過ぎる。


「どうだ?」


 ガトーがにやりと笑いながら、やって来た。

 相変わらず怖い顔だが、そんなこと気にしてる場合じゃない。


「すっごく美味しいです」

「そうか。そりゃ良かった。大きく切って料理したかったんだが、そうするとどうしても全員には行き渡らなさそうでな」


 ああ、だから刻んであるんだ。このぷちぷちが高枝平茸なんだね。

 朝のオムレツとは、また風味が違うよ。

 凄いな、高枝平茸!

 潜在能力半端ないよ。

 高値で引き取られる訳だ。


 でも、下処理が大変なんだよね?

 ってことは、この美味しさはセリナとガトーの腕前と言うことだ。


 三ツ星夫婦かっ!


 ありがとう、ギル。素晴らしい宿を紹介してくれて。


 …はて。私はギルに高枝平茸のことは教えたっけ?


 なにも話してない気がする。


 あー、ごめんギル。この美味しいご飯を食べられなくて。

 心の中だけで、謝っておく。


 とりあえず、バレるまでは黙っておこう。


「これくらいじゃないと、ちょっと無理だった」


 ん?

 何の話だっけ?

 ああ、みじん切りにするしかなかった経緯ね。


「いいんじゃないですか。みんな嬉しそうですし」


 がっついているのがその証拠だろう。血色児童か? ってレベルのがっつき方だよ。

 おかわりは、セリナに笑顔で拒否られている…途端に崩れ落ちている諸々。

 泣き崩れるほどなのか…?


「あと、これな」


 トレイから追加で小皿が置かれた。

 一口ステーキにタレのようなものがかかっている。


 食べてみると、これも美味いっ!

 この鼻から抜ける香りは、まさしく高枝平茸!

 タレはグレービーソースっぽい。


「美味しいっ」


 ヤバい。『美味しい』以外の言葉が出てこない。なんて無惨な語彙力だ! これでは、グルメリポーター失格だっ。


 グルメじゃないけどね。


「平茸はあと少し残してあるが、何か食べたいものあるか?」


 なんと、リクエスト受付中ですか!


 それは、持ち込み者の特権と言うやつですか?

 なんていい人なんだろう! 顔は怖いけど。


「料理には詳しくないんですが…デミグラスソースに入れてハンバーグ煮込んでも美味しそうですよね。」

「そいつもいいな。明日はそれにするか」

「あ、明日はアゴルさんの所で夕御飯を頂くことになってまして…」

「アゴル…ああ、あのやり手の猫商人。知り合いか?」


 アゴルはまあまあ有名人?


 そこそこ力のある商人なら、ガトーだって知っているか。


「この町に来る時にちょっと…で、何か話があるみたいです」

「話か…」


 ガトーは三秒ほど考えて視線をテーブルに落とす。

 そしてテーブルを人差し指で二回ほど叩いた。


「多分、これのことだろうな」

「これ? もしかして平茸ですか?」


 聞くとガトーは頷いた。


 はて、高枝平茸の話ってなんだろう?


「やり手の商人は、大抵食通だからな」

「そういうものですか?」

「そういうもんだよ。美味いもの珍しいものには目がねぇはずだ」


 へえ。


 私自身、別にグルメじゃないから、よく解らない感覚だ。

 そりゃ美味しいに越したことはないが、食べられるのなら多くは望まない。

 自分が美味しいものを作れない以上、高望みはしない。

 でないと、最悪、自炊した場合何も食べられなくなってしまう。


 自炊しないといけない状況だけは、何としても避けなくては。


「と言うことは、感じとしては、高枝平茸の採取依頼ですか?」

「どうだろうな。採取依頼ならギルドに出せばいい。とは言え、依頼完了に何ヵ月かかるやら…」

「期間指定とか、まず無理なんじゃないですか?」


 期限切られてもきっと見つけられないだろう。

 デニスの驚き具合からして、相当珍しいものだろうから。


「だろうな。ま、精々期限なしの予約くらいじゃないか」

「なるほど」


 それなら安心だ。

 実際に聞いてみないと解らないけどね。


「じゃあ、明後日までに仕込んどくか」

「楽しみにしてます」


 明後日は、高枝平茸ソースでの煮込みハンバーグだ。

 楽しみー。


「ガトーさんっ!」


 ひょろい兄ちゃんがガトーに向かって駆けてくる。兄ちゃんも冒険者なんだろうか。


「なんだ?」

「おかわりください!」


 兄ちゃんは手に空の木皿を持っている。

 特性シチューが食べたくて仕方がないんだろう。


「駄目に決まってんだろ。まだ、半分くらいしか帰って来てねえじゃねえか」

「そんな! こんな美味いもの二度と食べられないかも知れないのに!」


 兄ちゃんが嘆く。が、ガトーの様子は変わらない。


「そーだよ。滅多に食えるもんじゃねぇんだから、全員に食わしてやりたいだろうが」


 あ、優しい。

 まだ、宿に戻って来てない人たちのことも考えているんだ。

 人は見掛けじゃないんだね。


「じゃあ、残ったら…」

「残らねえだろ」

「残らない…っすか…」


 残らないだろうねえ。今日に限って言えば食べ残しはあり得ない。

 まさに皿まで食べる勢いだ。食べないまでも、皿は嘗めてんたじゃない?

 兄ちゃんが持ってる皿、やたらと綺麗なんだもん。


「食べられただけマシだと思って我慢しろ」


 兄ちゃんはがくりと肩を落として歩き去った。


「はあ…驚きですね」

「原因作ったのはお前だろうが」


 ため息をつく私に、ガトーは呆れたような一瞥をくれた。


「私は美味しいものが安く食べられるなら、ちょー幸せです!」


 我が笑顔に一点の曇りなし!





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