21 ご馳走夕御飯
無事に礫を受け取り、店を出る頃には夕方になっていた。
夕御飯には良い時間だ。
私は心の中でスキップをしながら木苺亭へと帰る。
楽しみ、楽しみー。
荷物を部屋に置いて食堂に向かうと、テーブルは疎らにしか埋まっていないが、異様な熱気に溢れていた。
「うおー!」
「なにコレ、なにコレ、なにコレっ」
「美味い、美味すぎる」
熱狂しているのは、夕御飯を食べている人たちだ。
ほとんどか宿泊客だと思う。
魂抜けてる人もいる。
みんな、夕御飯を食べた結果らしい。
ちょ、一体どんなご飯なのさ。
手前のカウンターで、夕御飯の乗ったトレイを受け取り奥のテーブルにつく。
トレイを手渡すセリナの笑顔は実に眩しかった。自信満々、滲み出るものが違う。
まるで後光が射しているようだ。
夕御飯はクリームシチューみたいなものがメインで後はパンとサラダ。メニュー事態はごくごくメジャーなものだ。
ビジュアル的に力はない。
ただシチューはすごくいい匂いだ。これは期待できる!
早速、木のスプーンで掬って食べる。
美味ーーい!
なに、この濃厚な味わい。中にチーズ入ってる? いや、入ってない?
一緒に煮込まれてる野菜も甘く感じる。お菓子的な甘さじゃなくて、野菜の持っている甘さ。
これは、ただのクリームシチューじゃない!
これが高枝平茸の底力かっ。
すご過ぎる。
「どうだ?」
ガトーがにやりと笑いながら、やって来た。
相変わらず怖い顔だが、そんなこと気にしてる場合じゃない。
「すっごく美味しいです」
「そうか。そりゃ良かった。大きく切って料理したかったんだが、そうするとどうしても全員には行き渡らなさそうでな」
ああ、だから刻んであるんだ。このぷちぷちが高枝平茸なんだね。
朝のオムレツとは、また風味が違うよ。
凄いな、高枝平茸!
潜在能力半端ないよ。
高値で引き取られる訳だ。
でも、下処理が大変なんだよね?
ってことは、この美味しさはセリナとガトーの腕前と言うことだ。
三ツ星夫婦かっ!
ありがとう、ギル。素晴らしい宿を紹介してくれて。
…はて。私はギルに高枝平茸のことは教えたっけ?
なにも話してない気がする。
あー、ごめんギル。この美味しいご飯を食べられなくて。
心の中だけで、謝っておく。
とりあえず、バレるまでは黙っておこう。
「これくらいじゃないと、ちょっと無理だった」
ん?
何の話だっけ?
ああ、みじん切りにするしかなかった経緯ね。
「いいんじゃないですか。みんな嬉しそうですし」
がっついているのがその証拠だろう。血色児童か? ってレベルのがっつき方だよ。
おかわりは、セリナに笑顔で拒否られている…途端に崩れ落ちている諸々。
泣き崩れるほどなのか…?
「あと、これな」
トレイから追加で小皿が置かれた。
一口ステーキにタレのようなものがかかっている。
食べてみると、これも美味いっ!
この鼻から抜ける香りは、まさしく高枝平茸!
タレはグレービーソースっぽい。
「美味しいっ」
ヤバい。『美味しい』以外の言葉が出てこない。なんて無惨な語彙力だ! これでは、グルメリポーター失格だっ。
グルメじゃないけどね。
「平茸はあと少し残してあるが、何か食べたいものあるか?」
なんと、リクエスト受付中ですか!
それは、持ち込み者の特権と言うやつですか?
なんていい人なんだろう! 顔は怖いけど。
「料理には詳しくないんですが…デミグラスソースに入れてハンバーグ煮込んでも美味しそうですよね。」
「そいつもいいな。明日はそれにするか」
「あ、明日はアゴルさんの所で夕御飯を頂くことになってまして…」
「アゴル…ああ、あのやり手の猫商人。知り合いか?」
アゴルはまあまあ有名人?
そこそこ力のある商人なら、ガトーだって知っているか。
「この町に来る時にちょっと…で、何か話があるみたいです」
「話か…」
ガトーは三秒ほど考えて視線をテーブルに落とす。
そしてテーブルを人差し指で二回ほど叩いた。
「多分、これのことだろうな」
「これ? もしかして平茸ですか?」
聞くとガトーは頷いた。
はて、高枝平茸の話ってなんだろう?
「やり手の商人は、大抵食通だからな」
「そういうものですか?」
「そういうもんだよ。美味いもの珍しいものには目がねぇはずだ」
へえ。
私自身、別にグルメじゃないから、よく解らない感覚だ。
そりゃ美味しいに越したことはないが、食べられるのなら多くは望まない。
自分が美味しいものを作れない以上、高望みはしない。
でないと、最悪、自炊した場合何も食べられなくなってしまう。
自炊しないといけない状況だけは、何としても避けなくては。
「と言うことは、感じとしては、高枝平茸の採取依頼ですか?」
「どうだろうな。採取依頼ならギルドに出せばいい。とは言え、依頼完了に何ヵ月かかるやら…」
「期間指定とか、まず無理なんじゃないですか?」
期限切られてもきっと見つけられないだろう。
デニスの驚き具合からして、相当珍しいものだろうから。
「だろうな。ま、精々期限なしの予約くらいじゃないか」
「なるほど」
それなら安心だ。
実際に聞いてみないと解らないけどね。
「じゃあ、明後日までに仕込んどくか」
「楽しみにしてます」
明後日は、高枝平茸ソースでの煮込みハンバーグだ。
楽しみー。
「ガトーさんっ!」
ひょろい兄ちゃんがガトーに向かって駆けてくる。兄ちゃんも冒険者なんだろうか。
「なんだ?」
「おかわりください!」
兄ちゃんは手に空の木皿を持っている。
特性シチューが食べたくて仕方がないんだろう。
「駄目に決まってんだろ。まだ、半分くらいしか帰って来てねえじゃねえか」
「そんな! こんな美味いもの二度と食べられないかも知れないのに!」
兄ちゃんが嘆く。が、ガトーの様子は変わらない。
「そーだよ。滅多に食えるもんじゃねぇんだから、全員に食わしてやりたいだろうが」
あ、優しい。
まだ、宿に戻って来てない人たちのことも考えているんだ。
人は見掛けじゃないんだね。
「じゃあ、残ったら…」
「残らねえだろ」
「残らない…っすか…」
残らないだろうねえ。今日に限って言えば食べ残しはあり得ない。
まさに皿まで食べる勢いだ。食べないまでも、皿は嘗めてんたじゃない?
兄ちゃんが持ってる皿、やたらと綺麗なんだもん。
「食べられただけマシだと思って我慢しろ」
兄ちゃんはがくりと肩を落として歩き去った。
「はあ…驚きですね」
「原因作ったのはお前だろうが」
ため息をつく私に、ガトーは呆れたような一瞥をくれた。
「私は美味しいものが安く食べられるなら、ちょー幸せです!」
我が笑顔に一点の曇りなし!