18 交渉してみる
明日は朝早く森に行くことにしたから、武器屋には寄れそうにない。
そうなると、頼んでいた礫が受け取れなくなってしまう。
全部とまではいかなくても、幾らかは手に入れておきたいのだけど、どうなんだろう?
今のうちに様子を見に行こう。
「こんばんは」
「ああ? まだできてねえぞ」
店に入るなりおじさんに睨まれた。怖いよ。
礫、出来てないって。
やっぱりか。
まあ、そうだよね。
「あ、受け取りじゃないです」
「明日の朝だろう」
「そうなんですけど、明日は朝いちで森に行くので、受け取りは今くらいの時間にしてもらいたいんです」
「それなら、別にいいが」
「お願いします」
「明日の今くらいだな」
受け取り時間の変更は無事に済んだ。
と、おじさんが礫を五個ほど持ってきた。
「試しに作ったやつだ。こんな感じか?」
小石と同じくらいの鉄の礫だ。
ちょいと歪な球体を受け取り、軽く親指で真上に弾く。コイントスくらいの力加減で落ちて来た礫を空中で掴む。
ま、いいんじゃないかなー。
「問題なさそうです」
「そうか。じゃあ、それで進める。そいつは持って行け。森で使ってみろ。何か問題があるなら直す」
「解りました」
小さな革袋もくれたので、礫をその中に入れた。
魔石の革袋も似た感じだから、間違えないようにしないとね。
礫のつもりで魔石を飛ばしていたら、勿体無いからね。
ん? 場合によっては魔石も使えるか?
強度はどんなものだろう。試してみるのもありかな?
まあ、礫がなくなって代用品がどうしても必要な場合限定だろうけど。
そんな状況あるんだろうか。単純に、その辺の石を拾って使えば良いんじゃないの。
いいや、覚えていたら試すくらいのつもりでいよう。
「じゃあ、お願いします」
「おう」
ぶっきらぼうなおじさんの声を背に、武器屋を出る。
そろそろ暗くなってきた。
宿屋に戻ろう。
木苺亭の扉を開けると、カウンターにはガトーがでんと控えている。
ある種のセキュリティだよね、これ。
ヤバそうな連中は弾かれるけど、漏れ無く気の弱い人たちも弾かれちゃう罠。
店構えのファンシーからのガトーだもん。破壊力抜群。
商売する気はあるのか。
「ただいま、戻りました」
「おう。夕飯は食うのか?」
「はい、食べたいです」
「わかった」
一言の後に部屋の鍵を渡された。
会話は成立するけど、なんて言うか情緒もへったくれもない。
いや、ガトーの顔でフレンドリーっていうのも、それはそれで怖いんだけどさ。
「なんだ?」
カウンターの前で立ち止まったままの私を、ガトーは胡乱そうに見る。
「例えばなんですけど、素材を持ち込んで料理を作ってもらうことはできますか?」
一応、聞いてみる。
高枝平茸の話はそのあとで。
「まあ、できるけどよ。肉とかは仕入れてるから、無理だな」
「仕入れて?」
肉屋から?
まあ、普通のことなんだけど。
「素人の捌いたやつは、不味いし危ねえしな」
ああ、きちんと血抜きしないと生臭いっていうしね。内臓も。危ないってのは、バイ菌とか細菌的な問題なんだろうか。毒的な感じだったらそりゃ危ない。
「…ギルは捌くの上手いですよね」
「ああ、あいつだったら問題ないな。あいつは田舎育ちだからな。田舎から出てきた奴らは鳥も上手いこと絞められる。町暮らしだと、基本下手くそだな。食えたもんじゃねぇ」
田舎だと、狩りの獲物は自分で捌くのが当たり前なんだそうだ。
町育ちだと、肉屋で買うのが主流になるため、生肉に触れない人もいるらしい。
あれか。スーパーしか知らないから、魚は切り身で泳いでいると思ってる現代の子供か。目が怖いって魚が食べられないやつか。けしからん。
「だから、肉は基本仕入れるな。手間賃かかってもその方が安心だ。珍しいやつなら、解体前を丸ごとでも受けなくもないけどな」
珍しい食材なら、解体の手間も惜しまないらしい。
確かに、そんなのに仲介入ったら値段は跳ね上がるからね。
「で、肉か?」
「違いますよ。私、解体は不慣れですから」
苦笑しながら、残しておいた小さい方の高枝平茸をカウンターに出した。
「ちょ、おま、これっ!」
ガトーが素頓狂な声をあげて、高枝平茸をひっ掴んだ。
「お前、こっち来い!」「はい?」
言われるままにカウンターを回ってバックヤードに入ると、奥の扉を抜ける。
行った先は厨房だった。
「どうしたの、ガトー。夕御飯の時間はまだでしょ?」
料理を作っていたセリナは、ガトーを振り返るとガトーが手にしている茸を凝視した。
「ぇ、ちょっと、それどうしたの?」
「こいつが持ってきたんだよ!」
ガトーが言い放ったところで、二人の視線がこちらに向いた。
おう、視線が痛い。
「それ、今日採ったんです」
「採ったって、これすげぇ高いところに生えてんだろ」
「ええ、結構高かったですね」
生えていた場所を思い出す。あれ、我ながらよく気付いたなあ。
忍者は目が良くて有難いなあ。とか、ほとんど他人事のような感想しかないんだけど。
「こんなの、ギルドに出さなくてよかったのか?」
「? なんかまずいんですか?」
「まずかねえけど、これぐらい珍しいもんは、ギルドも把握はしておきたいだろうからよ」
「それだったら、二つ採ったうちの大きい方を買い取ってもらったので、大丈夫だと思いますよ」「これより大きい高枝平茸が…」
ガトーもセリナも魂が抜けたみたいな顔をしている。
そんなに珍しいんだ。
だからこそ、食べてみたい!
「…さっき言ってた話だと、これを料理して欲しいって?」
「はい、美味しいんですよね? でも下拵えが面倒だとか…やれます?」
「やれる…やってみせましょう!」
セリナが言いきった。目が爛々と輝いている。
おおう、どうやら私は何かに火を点けたらしい。
「最高のものを作ってみせるわ」
「あーでも、私は小食なのでたくさんはいらないんですけど…」
「え、残ったの、どうするの?」
「…んー、そちらで好きに料理してもらって構いませんが」
「食堂で出してもいいってことか?」
「いいんじゃないですか? 私の分を確保してもらえたらそれで」
まず、私に味見をさせてくれい。
一口食べたかったから、ギルドで全部売らなかったんだからさ。
「でも…残りと言ってもうちじゃとても買い取れないわ」
そか、高いもんね、この茸。
「そこで相談なんですけど、高枝平茸を好きに料理してもらう代わりに、ご飯代サービスしてもらえませんか?」
「宿泊中の食事代をか?」
「はい」
「それくらいじゃ、割りに合わねえぞ、お前が」
「……じゃあ、お弁当作ってもらえます?」
お弁当、これも大事だ。今日食べたサンドイッチもどきは、もさもさで食べづらかった。
ちゃんと美味しいものが食べたい。
「あくまで、食い物の話なんだな…」
ガトーが残念な子を見るような目で私を見た。
何故だ。
食事は衣食住の内の三割を占めるんだぞ。
「美味しいご飯、大事ですよね」
「違いないわ」
とうとうセリナが吹き出した。
「わかったわ。この茸のお代として、宿泊中の食事代は無料、お弁当付き。でいいのね」
「はい、構いません」
これで、この宿にいる時は、ご飯の心配はいらないぞ。
「下拵えがあるから、今夜には間に合わないけど、それは勘弁してね」
「問題ありません。じっくり手間隙かけて美味しいご飯期待してます!」
こうして、幻の珍味、高枝平茸をセリナに託して、私は自分の部屋に戻った。
ふふふ、楽しみが増えたよ。