17 ルザ草採取
森に入ってからは少し足を早める。
のんびりしていたから、もう昼近いんだよね。
帰りのことを考えると、余り遠くには行けない。野宿の準備してないもん。
ザクザク森を進むが、周辺への注意は怠らない。
と、あることに気付いて立ち止まる。
「どうして、付いて来るんですか?」
「あ、バレたか」
振り返ると物陰からバーンが姿を現す。
「気付きますよ。それで?」
「別に。俺の行く先をあんたが歩いているだけだろ?」
視線をすいっと逸らしてバーンが言う。実に嘘臭い。
「そうですかー」
ほう、あくまで言い切りますか。
即座に私は気配を消し、駆け出した。
忍者の隠密。巻くのにはちょうど良いよね。
適当に進んだところで止まる。
さあ、これでは付いては来れないでしょ?
「…あんた、やっぱりスゲーな」
バーンが数秒後にはやって来た。
何故だ。隠密使って見つけられるとか、どういうこと?
「は? どうやって来たんです?」
「俺、八分の一犬が入ってるからな。匂いを追って? あんた匂いはほとんどしないからちょっと面倒だけど、そうとわかってたら見つけられるぜ」
「やっぱり、付いて来てるんじゃないですか!」
犬が入ってるって言っても、見た目の犬要素皆無だよね。言われるまで考え付きもしなかった。嗅覚に特化したのか。便利のような、そうでもないような。
でも、こんなに早く追い付いて来るんだから、便利なうちか。
「もう、勝手にしてください」
ため息をついて、私はもと来た道を歩き出す。
「なんで戻るんだ?」
バーンは私の後を付いて来る。
「さっき、ルガ草っぽいものを見かけたので」
ここまで来る間に、視界に入ったんだよ。ルガ草が。
最初から、ルザ草は目指さない。まず、ルガ草を見つけたら、近付いて確認。
そして次に進む。
この繰り返ししかないと思うんだよね。
鼻先まで近付けば、微妙な匂いの違いがわかる。この体はかなり鼻が良いらしい。鼻だけでなく耳も目も良い。
グルメではないが、味覚も発達しているはずだ。毒薬に関しては、舐めれば判るんじゃないかと思う。やらないけど。
その流れで、毒薬の調合も出来るような気がする。絶対にやらないけど。
暗殺者になるつもりはないのだから、毒薬関連は当分関わらないでおこう。
さっき見つけたルガ草の群生に近付く。うーん、残念。ここにはない。
今日はなかなか見つからないなあ。
そして移動。
「俺、手伝ってやろうか?」
バーンの鼻なら、ルザ草を見つけられるとは思うけど、その申し出を受けるつもりはない。
「いりません。私が受けた依頼ですから」
「意外に固ぇな」
「ズルはしないんです」
「ふーん」
もう、お昼だね。
昼御飯にしよう。
真っ直ぐすこーんと空に伸びた木の根に腰掛けて、収納袋から昼御飯を出す。バーンは少し離れたところに座った。
パンにハムとチーズを挟んで、無理矢理サンドイッチ。
水気が足りない。今いちだなあ。
やっぱりサンドイッチには、胡瓜とピクルスとかレタスとか挟みたい。野菜の水気は大事だ。
宿屋で作ってはくれないかなあ。
モグモグ。
食べながらもたれている木を見上げる。
上の方にしか枝がない。杉っぽい木だ。だとしたら春には花粉が飛び散るんだろうか。花粉症は?
っていうか、この世界に花粉症あるのかな?
どうなんだろ。
ずーっと上の方を眺めていると、幹に何かがくっついているのに気がついた。
なんだろ、あれ。
平たいものがもしゃっとついている。
宿り木とは違う。
見たことあるな…えーと、確か猿の腰掛けみたいな?
あれ、平たい茸が生えてるんだよね。
…また、茸か…
いや、猿の腰掛けだとしたら、漢方だし結構高いはず。お婆ちゃんがお茶にして飲んでた。高いってぼやいてた。
「と、なると、あれが猿の腰掛けだったら、高く買い取ってもらえるかもね」
なら、このままスルーはなしだね。
残りのパンを口に放り込み立ち上がると、茸かも? までの距離を計る。
んー、四階よりちょっと高い、かな。
「なんかあるのか?」
バーンも何かしらを食べていたようで、口をモグモグさせながら私の視線を追う。
「何であるかは、解らないんですけど」
近くで見ないと、何とも言えないよね。
普通に登るには、幹がかなりぶっといし、下の方に枝がないため無理だけど、方法は他にもある。
クナイを取り出し鋼糸を結ぶ。そして茸かも? の上にある枝目掛けてクナイを垂直に投げた。
クナイと共に鋼糸が枝に絡みつく。
よし。
鋼糸を伝い、木を登る。
凄いわー、体が軽いわー。猿みたいにするする行けるわー。鋼糸だけで登るなんて、本来の私には絶対に出来ないことだよね。
ニンジャマスター侮り難し。
「おおー」
足下で、バーンが感嘆の声をあげている。
さて、たどり着いた茸かも? は、茸だった。
舞茸にそっくり。
テレビで見た。天然の舞茸はそれはそれで高いのだ。
念のために暫し観察。
毒茸は洒落にならないからね。迂闊に手は出せない。
じーーーっ。
取り敢えず、触ったら皮膚が爛れると言うことはなさそうだ。
ヤバい感じもしない。自分のと言うか、『雪影』の危険回避能力は信用できると思ってる。
それがアラーム出さないんだから、大丈夫でしょ。
舞茸もどきに手を伸ばしむしる。
ベキッて音がした。
固い、これ固い。舞茸だと思ったら木でできたレプリカだったくらい固い。
え、レプリカ?
いや、本物だ。これレプリカだったら仕掛けた人、おかしい。
いいや残りも採っていこう。
デニスに見てもらえばはっきりするや。
掌二つ分のと一つ分の大きさの舞茸もどきを収納袋に捩じ込むと、地上降りた。
「何があったんだ?」
「茸、みたいな?」
歩み寄るバーンに茸の欠片を見せる。
鼻をひくひくさせて、バーンは首を傾げる。
「何だろうな? でも、金の匂いがする」
「そうですか?」
ま、高く売れたら良いよね。
さて、ルザ草採取を再開しよう。
何だか、茸のお陰で流れが変わったらしい。
すぐにルガ草を見つけた。
がさがさがさ、ここにはない。
次。
がさがさがさ、一株発見!
次…一株、あった…
やっと二株見つけたよ。だけどそろそろ帰らないと。
西の空が赤らんで来たら、あっという間に夜になっちゃうからね。
夜の森は危険だよ。
収穫はゼロじゃないんだから、これ以上欲は出さない。
よし、帰ろう!
「もう上がるのか?」
「この辺りでやめておきます」
バーンは結局、私の周りでうろうろしているだけだった。
「バーンは何しに来たんですか。退屈でしょうに」
「いや、割りと面白かったぜ」
一体どこに面白要素があったんだろう。
巻こうとして巻けなくて、木に登って茸採って、ルザ草を二株ようやく見つけた。
私個人は、十分なんだけど、見ている方は退屈なんじゃないの?
怪訝そうに首を傾げる私に、バーンはひらと手を振る。
「あんたは動きとかが普通の奴と違うから、それだけで面白ぇよ。普通の奴は、あんなとこ登らないしな」
「でしょうね…」
私だって、雪影の身体能力がなかったら登らない。危ないから。
バーンにとってはそういうのが面白いんだろうなあ。
私は今日の採取を切り上げると、とっととイサドアに帰ることにした。
夕暮れの町を抜けてギルドに向かう。
「ただいま、戻りました」
「お帰りなさい、ショウさん。…と、バーンさん?」
ベスが首を傾げる。
「あ、彼は全く関係ないので」
「そうですか」
ベスはいつも明るい。返事があるとなんかほっとするよね。
「それで…どうでした?」
「ああ、すみません。なかなか見つからなくて…」
「そうですよね! 仕方ないですよ。ルザ草は難しいって…」
「二株しか採れなかったんですよ」
「え、二株?」
ベスは私の報告を聞いて、きょとんとした。
あれ、何か私変なこと言った?
ま、いいや。
「デニスさん、お願いします」
「ほいほい」
奥のカウンターに進むと、デニスが待っていた。
目の前にルザ草を並べる。
「うん、ルザ草だね。間違いないよ」
「それと…」
「他にもまた何かあるのかね?」
デニスが身を乗り出してきた。
昨日の歩行茸からテンションおかしい。
「いえ、歩かない茸なんですけど」
「なんだ…」
あからさまにがっかりされたよ!
そんなに歩く茸が好きなのか。
「そんな顔しないで見てください。毒ではないと思うんですよ」
取り敢えず、大きい方の舞茸もどきを取り出す。
「こ、これは!」
デニスの目の色が変わった。
どうやら珍しい茸のようだ。
「どうですか?」
「高枝平茸だよ」
「高く売れます?」
「高いよ! 高級珍味だよ! わしも取れたて見たのは久し振りだよ!」
「へえ」
デニスが興奮するくらい珍しいもののようだ。念のため採っておいて良かった。
「珍味って、どうやって食べるんです?」
「わしもそれは知らんなあ。とにかく下処理が大変で、料理人の腕次第らしいしの」
料理の下処理なんてさっぱり解らない。このかちかちの茸を食べられるくらいにするんだから、手間かかるんだろうなあ。
「これギルドで買い取っていいのかね」
「いいですよ。私がどうこう出来ませんから」
料理の腕はからっきしだからね。
他に売り捌けるツテないし。
ギルドでいいよ。
ご機嫌のデニスから札を受け取ってベスの元に移動する。
「お願いします」
札とタグを受け取りながらベスはため息ついた。
「高枝平茸なんて…私も食べたことありません…高級レストランでも幻の逸品なんですよぉ」
「美味しいんですか?」
珍味だもんね。
食べる人を選ぶとか、ざらだよね。
好きな人にはたまらないとか、第三者には判断できないもん。
「美味しいんですって。深いこくがあって…一度食べたら病みつきになるとか…」
「…………なんだかよく解りません」
味さえも想像できなかった。
「まあ、私にとっては夢のお料理です」
ため息をついて、ベスはタグを私に差し出した。
「ショウさん、明日も採取に行かれるんですか?」
「明日は朝いちから森に行こうと思います」
今日はなんか出遅れた感があるんだよね。
明日は、採取にじっくり時間をかけたい。
「そうですか。でしたらルザ草採取の依頼は継続中ですから、朝は真っ直ぐ森に向かわれた方がいいですよ」
「そうですね…そうします」
いちいちギルドに顔を出さなくてもいいんだ。
じゃあ、明日は宿屋からすぐに森に入ろう。
「と、言う訳でバーン。私に付いて来ないでくださいね」
「ええ、ダメかよ。高枝平茸とか俺初めて見たのに。あんた、面白ぇもんばっか見つけるじゃん」
「知りませんよ、そんなこと」
たまたま遭遇するだけだもん。
「自分の依頼を受ければいいでしょう? 二日も遊んでないで」
「二、三日くらいどうってことねぇよ」
「そういう問題じゃないので」
とりあえず゛バーンに念を押し、ルザ草と高枝平茸の代金を受け取って、私はギルドを後にした。