15 木苺亭
食堂を出て少し歩く。
やっぱり、バーンが付いてくる。
一本裏に入って進むと、何だか見た目可愛らし店が見えてきた。
なんて言うの? ファンシー? なんとかちゃんと木のおうち、みたいな。こじんまりとした店だ。
その店の前で、ギルは立ち止まった。
「え? ギル、雑貨屋に用はないのですが…」
「雑貨屋じゃないんだよ」
「あ、やっぱりここか」
ギルの顔は若干引きつっている。バーンも似たような顔をしている。
看板は木苺亭。
店名さえ可愛い。
「いや、雑貨屋でしょ?」
名前だってファンシーじゃん。
まじ、なんとかちゃんと木のおうちでしょ?
「だから違うって」
ギルは扉を開ける。
「ガトーさん、部屋空いてるか?」
入って目の前に小さなカウンター。右手に小さな食堂、その手前に階段。
どれもこれも、作りがいちいち可愛らしい。
な、の、に!
カウンターの向こうにいるのは、スキンヘッドの強面の四十くらいのおじさんだった。
似合わないー!
木苺亭のカウンターにスキンヘッドおやじ。
なんだソレ、ミスマッチどころじゃない。むしろホラーだよ。
視覚の暴力だよ。
「よお、ギルとバーンか。お前らが泊まるのか? バーンは出禁だぞ」
「わかってるって」
ガトーは強面に相応しい渋い声だった。
しみじみ怖い。
いや、それよりも出禁とか、一体なにやった。
思わずバーンを凝視する。バーンはへらへら笑った。
「まあ、ちょっとなあ」
ちょっとってなんだろ。
ガトーが怒鳴り付ける訳でもないから、犯罪紛いでもないんだろうけど。
「泊まるのはこいつ」
「ああ?」
ギルが私を指し示す。
睨むな怖い。
とにかく、顔が怖い。あと威圧感。
「お前が?」
「はあ」
「大部屋がいいのか? 個室っても今は二部屋しか空いてないがな」
「ぜひ個室で」
一人でゆっくり休みたいんだよお。
「うちは酒はないぜ」
「飲まないので構いません」
「静かなところがいいって言うから連れてきた。ここは確実に静かだからな」
「ガチャガチャ騒ぐ奴は叩き出すからな」
叩き出しちゃうんだ。客商売じゃないのか。
それなら静かだよね。って言うか、ガトー相手に騒げる人がいたら、顔が見たいよ。
そんなチャレンジャーいるのかい。
あ、もしかして、バーンがその叩き出された口?
それならちょっとわかる。
「あんた、またそんなこと言って脅かすんだから」
奥から出てきたのは小柄な女性。年は三十くらい?
ガトーをあんた呼ばわりすると言うからには、奥さん!?
「え、マジで?」
「マジだよ。セリナさん、久しぶり」
「久しぶりね、ギル、バーン」
セリナは私に向かってもにっこり笑った。
リアル、美女と野獣だ。ゴリラとリスだ。
いるんだ、こんなギャップ婚。
「見ない顔ね? 冒険者?」
「はい昨日、登録しました」
「あら駆け出しなのね。じゃあ、しばらくこの町にいるのかしら?」
「そうですね、まずは一週間を目処に、ですか」
セリナは終始にこにこしている。
もしかして、この店はセリナの趣味?
そこで黙って店番してるって、ガトーってばセリナにベタ惚れってこと?
うおー。
なんかドラマがあるよ、絶対に山あり谷ありのドラマがあるよ。
馴れ初めとか、聞きたい。
取り敢えず、三行で誰かよろしく!
「一週間な。わかった、部屋は二階の突き当たりだ」
私の葛藤をよそに、淡々と話すガトーに代金を支払うと、無愛想に差し出された鍵を受け取った。
「朝飯は出す。昼と夕は作るが有料だ」
「了解です」
朝ご飯はつくのね。じゃあ買い置きしておかなくてもいいか。昼と夜はまあ、明日から考えよう。今日はもう食べたからね。
「じゃあ、収納袋と剣を持って来る」
「お願いします」
収納袋を取りに行くギルに声をかけて、私は一旦二階に上がった。
突き当たりの部屋は四畳半くらい。ベッドと机、あと簡易なクロゼット。
狭いけど、この狭さが落ち着くなあ。
掃除は行き届いている。うん、清潔なのはポイント高いよ。
ベッドの上に革のバッグを置く。
蓋を開いて、所持金の確認をしていると、ギルが戻ってきたようだ。
再び階下に降りる。
「収納袋と剣だ。確認してくれ」
「はい」
「ガトーさん、食堂の隅借りるな」
「おう」
食堂の隅に移動する。夕食時間のちょっと前なので、人はいない。って思ってたらバーンが座っていた。
「暇なんですか?」
「こんな時間から依頼こなす奴はいねぇよ。警護とかなら話は別だけどな」
「そうですか」
まあ、そうだよね。みんな帰ってくる時間だよね。
忙しくなるのは、食堂とか飲み屋だよね。
テーブルに付いて、収納袋を見る。
見た目はドラムバッグもしくはスポーツバッグよりちょっと小さいくらいなのに、子牛弱が入るんだよね。不思議。亜空間的な何かなんだろうなあ。手を突っ込んでも底には触れられないもん。
魔法万歳。
次に剣。これは一度使ったね。だからまあ、手には馴染む。鉄剣だから、強度はあまり期待はできないけど、仕方がない。この剣を使いこなせるくらい、力をセーブできれば多分この先も問題ないでしょ。
それができれば、あまり目立たないでいられるはず。
「薬草と毒消草は入れたままだ。おまけみたいなものだ。使ってくれ」
「薬草?」
頭に薬草の文字を浮かべながら収納袋に手を入れ革袋を引っ張り出す。の感触。革袋には、丸薬みたいなもの。薬草を練って丸めたのかな。青汁固めたみたいな感じ。やっぱり不味いんだろうか。
味は…諦めよう。
ふむ。
「ありがとうございます」
礼を言って、代金を払う。
残高は一気に減ったけど、良い買い物した。
明日からまた頑張って稼ごう。
「明日はなにやるんだ」
こちらの区切りがついたところで、バーンがテーブルに肘を付いて身を乗り出す。
「さあ? 何にするかは決まってませんけど」
「なら、組もうぜ」
「いや、だから。さっきから断ってますよね?」
「逆に、何が気に入らねぇんだよ?」
「誰かと組むこと?」
「ソロでやってくにも、限界はあるぞ?」
「そうなんですけどねー」
ギルの言いたいことはわかる。
でも私としては、力をある程度コントロールできるまでは一人でやっていきたい。
雪影のフルパワーとか、洒落にならないもん。
手の内は余り見せたくないと言うのもある。
どこまで見せて良いのか、その境界線がわかるようになるまでだね。
「つまんねぇな」
バーンがぼやいたのを、私はとりあえずスルーした。