12
ゴールデンウィークは軽井沢を堪能した。
あれから、火村先輩にニアミスすることは一度もなかった。
また出くわしたら、もう誤魔化せない気がするから、ほんと、良かった。
ホテル滞在中は、母さんの着せ替え人形になったとしても…
軽井沢って、ショッピングモールがあるんだもん。
着せ替えの衣装は、あっと言う間に補充されてたよ。
驚くべきバイタリティ。
買い物に関しては、父さんもノリノリだったしねえ。
お陰でバッグとか靴とか、一気に増えた。
誰が着るんだ。
私か。
お目当てのパンは食べられたけど、ビミョーにストレスも多いゴールデンウィークだったなあ。
そんなゴールデンウィークが明けて、重大事件があったよ!
朝のことだったんだけど。
校門を潜った綾香嬢はそこにいた鬼畜眼鏡ににこやかに挨拶をした!
ここ、ポイント!
にこやかですよ、にこやか。
大事なことだったから二回言ったよ。
この間までのふたりは、ぎこちなくてビミョーだった。って言うか、綾香嬢は確実に鬼畜眼鏡を避けてた。
なーのーに!
今朝は和やかでさえあった。
挨拶を返す鬼畜眼鏡も表情が微かに柔らかかったように思う。
教室の窓からじゃ、はっきりとは視認できないんだけどさ。
でも、滲む雰囲気くらいはなんとなく解るよ。
なんか、ほわんとしてたよ。
恐るべし、クーデレ。
校門を潜る女子が見惚れてたよ。
あれはあれで、眼福だったに違いない。
アルティメット・レア。会心の一撃、雪影の必殺技の昇龍斬レベル。
相手の懐に飛び込んで、回転と共に斬り上げる。ハマると、相手のHPをがっつり抉り取る、私の得意技。
話が逸れた…
持ちキャラの話じゃなくて、鬼畜眼鏡だよ。
うあー、ノーマークだった!
ゴールデンウィークの間に一体何があったんだ! 私は何のイベントを見逃したんだ!
すごい気になる!
綾香嬢が教室に来るのを、私は本を読む振りをしてひたすら待った。
早く、来ーい!
「おはよう」
「おはよう、綾ちゃん」
来たよー、来た来た。
教室に入るなり、愛美嬢が綾香嬢に駆け寄った。
「あのね。さっき見たのだけど、五十嵐先輩と…お話してた?」
愛美嬢は、まさに私が知りたいことを口にした。
君もか、君も気になったよね。
なるよね。
だって、相手はあの鬼畜眼鏡なんだもん。
「うん。ちょっとだけ。五十嵐先輩、そんなに怖い人じゃなかったのね」
「ええ、綾ちゃん。いつ、そんなに仲良くなったの?」
「あのね…ゴールデンウィークにショッピングモールに行った時、しつこく声をかけてくる人がいたら、通り掛かった五十嵐先輩が助けてくれたの」
「五十嵐先輩が? 素敵!」
愛美嬢は胸元で手を組んでうっとりしている。
なんと言う、ベタなシチュエーション。
ヒロインの危機にたまたま居合わせる攻略対象…イベントか…
あったねえ、そういうの。
えっと、なんだっけ。
ゴールデンウィークイベントじゃなくて、休日イベント。
確か、ショッピングモールに出掛けたヒロインが、チャラい系にナンパされるんだよね。
断っても付きまとわれて弱り果てていると、たまたま鬼畜眼鏡が通りかかり、見るに見かねて声をかける。
当然、あの容姿。
チャラい系は、勝ち目なしと思い知るのと同時に、鋭い眼光に睨まれて脱兎のごとく逃げ出した。
それを機に、ヒロインと攻略対象の距離はぐっと縮まって…
縮まってるね、確実に。
さすが、鬼畜眼鏡…いや、綾香嬢との友好も深まったことだし、敬意を表してこれからは五十嵐先輩と呼ぼう。
うん、さすが五十嵐先輩、いきなりの追い上げだね。
全く予測してなかったよ。
頑張れ土屋君!
お友達の地位に満足している場合じゃないよ。
ほら、笑顔で、旅行のお土産交換してないで!
うん、そのチョコケーキは確かに美味しそうだけどね。
「明宮さんも…」
「アリガトウゴサイマス…」
私はまたしても、お裾分けを頂いてしまった…
そんなに物欲しそうな顔してた?
◇◆◇
机の上に置いた綾香嬢の鞄でふわふわとピンクのウサギが揺れている。
この間買ったやつだよね。ゴールデンウィーク明けから着けてきたんだ。
ふわふわ柔らかそうで可愛いね。
「綾ちゃん、それ可愛いね」
さすが女の子。すぐさまマスコットに気付いた愛美嬢が誉めると、綾香嬢は嬉しそうに笑った。
「これね。前に言っていた雑貨屋さんで買ったの」
「え、綾ちゃん。あれから行ったの?」
四月初めの出来事に半ばトラウマになっているのか、愛美嬢は不安そうに瞳を揺らした。
怖い思いしたもんね。
仕様がないよ。
あんなガラの悪い奴、いつもいつもいないんだけどね。
実際に、あれから見たことないし。
「うん。やっぱり気になって…駅前なら危なくないよ」
「本当?」
「本当よ。それにね。お友達もできたの。だから、大丈夫」
「綾ちゃんがそう言うのなら…」
まさか。
お友達って、ゲームセンターの?
いやそれは、言わない方がいいよ。
むしろ止めてください。
あの人たち、異様に張り切っちゃうから。
そう言うの、抑えるの凄い面倒だから。
いくらなんでも、ゲームセンターに愛美嬢を連れてきたりしないよね?
刺激、強すぎるよ?
「今度、お店に行こうね」
「…うん」
しばし躊躇った後、愛美嬢は首を縦に振った。
ふたりで雑貨屋でお買い物は決定事項になった。
今度は、何も起きないように気を付けないとだね。
それとなく理由付けて、高遠を捕まえるかあ。
高遠、嫌がるだろうなあ。
◇◆◇
駅前に自転車を停める。今日はゲームの予定はなかったんだけど、綾香嬢たちが雑貨屋に来るって言ってたし。
まぁ、念のため?
自転車に鍵を掛けてると、高遠と出くわした。
「あ、高遠…」
おお、向こうから来てくれたよ。
「なんだ?」
「別に」
さくっと答える私に、高遠は怪訝そうな顔で首を傾げた。
なに、その疑わしそうな目は。
本当に、高遠は、私のことをどう思ってるんだ?
「ショウ君、高遠君…」
「神宮寺…」
「神宮寺さん」
「え…この人たち…」
聞き覚えのある声がした。
振り替えると、果たして綾香嬢と愛美嬢がいる。
綾香嬢はニコニコ笑っていた。愛美嬢は余程意外だったのか、目を丸くして私と高遠を交互に見つめていた。
「綾ちゃん…この人たち…」
「高遠君とショウ君。あれからお友達になったの」
あ、私もお友達認定されてたんだ。
高遠のオマケじゃなかったんだ。
いいのかなあ…この間からやけに距離近いんだけど。
私の戸惑いをよそに、綾香嬢は紹介を続ける。
「で、クラスメイトの、佐々木愛美さん」
「……」
「ども」
高遠は反応らしい反応がなかったので、とりあえず私が頭を下げておいた。
愛美嬢もいきなりの展開に、軽く会釈をするだけだ。
そりゃ、着いていけないよね。
結構、強引だな、綾香嬢。
「今日はどーしたの?」
とりあえず、話を振ってみる。
当然、綾香嬢は乗っかってきた。
「うん、この間行った雑貨屋さんに行こうと思ってるの」
うん、やっぱりそのスケジュールなんだね。
と、なると、ここは何とか高遠も巻き込まないと。
高遠はまだ綾香嬢と雑貨屋に行くと言うイベントをクリアしてない。
非常にまずいと思うんだよ。
「あの店だね。一緒に行こうか?」
「本当?」
綾香嬢が嬉しそうに笑った。
その笑顔のキラキラを浴びながら、隣にいる高遠の腕をがっちり掴む。
「うん、高遠もね」
「俺!?」
高遠が素っ頓狂な声をあげる。
「行くよね」
ぎりぎりと腕を掴んで駄目を押す。
高遠はすごい嫌そうな顔をしたけど、綾香嬢の陰に隠れている愛美嬢の不安そうな顔を見て、ため息をついた。
高遠も愛美嬢が、この間のことトラウマになりかけているのを察したようだ。
強い拒絶はないと見て、私は綾香嬢に声をかけた。
「さっ、行こうか」
「ええ」
綾香嬢と愛美嬢が歩き出す。
その後を、私は高遠を引き摺るように続いた。
雑貨屋に着くと、さすがに愛美嬢も目をキラキラさせている。
嬉しそうに店内に入るを見届けて高遠は背を向けようとしたので、慌てて腕を引っ張った。
「もう、いいだろ」
「まあまあまあ」
「まあまあじゃねぇよ」
「そこを何とか」
ここまで来たら、中に入ってくれないと。
イベントクリアできないじゃん。
そもそも、イベントとして成立しているのか微妙なんだから、やれることはやっておかないと。
「お前なあ」
イラっときている高遠を何とか宥めて、私たちは店内に入った。
店の内装がこの間とちょっと変わっていた。
夏っぽいカラーリングで、爽やかだ。
綾香嬢たちは、シルクフラワーのアクセサリーを見ていた。ブルー系統が増えた。
私はこの間も見ていた、革細工のスペースに向かう。
「高遠、これ」
「ん?」
興味なさそうだった高遠の表情がちょっとだけ変わる。
針ネズミのストラップはまだあった。色が違うから、前のは売れちゃったんだね。
高遠の興味はストラップの隣のカードケースにあるみたいだ。
「いい感じだな」
「ハンドメイドだってさ」
「きちんと作り込まれている」
高遠は置いてあるカードケースを幾つか手にとって眺めていた。
「買うの?」
「…考える」
「ふうん」
衝動買いはしないらしい。
さすが高遠、冷静だね。
「お前は何を見てるんだ?」
「針ネズミ」
「こういうの、好きなのか?」
「嫌いじゃないよ」
「へえ」
針ネズミを見て、高遠も笑った。
普通に和むよね。こーゆーのは。
「お待たせ」
いつの間にか会計を終えたらしい綾香嬢と愛美嬢がレジから歩いてくる。
なに買ったんだろう。
見てなかったな。
ま、いいか。
ふたりとも、買い物は楽しめたみたいだしね。
当初の目的は果たせたね。
高遠、綾香嬢との雑貨屋での買い物イベントクリア!
とりあえず、そうしておこう。