13 茸は珍しいらしい
歩くエリンギを背負って、イサドアに戻ると門番のふたりにぎょっとされた。
怪しいよね、確かに。
この、ぶらんぶらんする足が特にさ。
「お、おう。ご苦労さん」
「うわー、オレ初めて見たわあ」
土佐犬みたいなおっちゃんでさえ、引いてるんだけど。
兄ちゃんは興味津々。門番の仕事がなかったら、着いて来そうだ。
「はい、お疲れさまー」
適当に答えて、門を潜る。
大通りを歩いていても、行き交う人がいちいちビビる。
まだ、昼過ぎたくらいだから、夕闇に紛れてとか無理だしね。でかいキノコを背負った姿が、日の光の中で目立つ目立つ。
ひそひそ声が耳より、心に痛いよ。
いや、軽蔑とか侮蔑ではないんだけど。
しかし、進むしかないのだ。
見せ物になりながら、ようやく冒険者ギルドに着いた。
扉を大きく開け放して、中へ入る。
「お帰りなさいっ!?」
ベスの声は、最後の方は裏返っていた。
「え、あんたそれ…」
「あれ、ギル…」
ギルがいる。
依頼を見に来たって感じでもない。
暇潰し?
情報収集ってやつ?
ま、何していてもいいんだけどさ。
後で、宿屋教えて貰おうかな。
コスパ的に良さげなとこ。
ギルドで聞いた方がいいのかな?
ギルは呆れたような目で私を眺めた。
「そいつ…倒したのか…」
「いきなり出て来たんですよ。もう気持ち悪いったら!」
「いや、それはどうでもいいんだけどな…」
「そうですか?」
気持ち悪いかどうかって、大事だと思うんだけどなあ。
「うわ、やっぱり着いて行けば良かった!」
何故かバーンまでいて、残念がっている。
いや、なんでいるの?
興味津々のバーンの前を素通りしてデニスのところに向かう。
「それ、歩行茸だね!」
デニスは手ぐすね引いて待ってた。
大丈夫か、おじいちゃん。そんなに興奮してたら心臓止まっちゃうよ?
わざわざ、カウンターの戸を開けてくれたので、素直に従う。
「奥の台に置いてくれるかね」
急かされるように大きい方の台に歩くエリンギ、歩行茸を下ろす。
蔦を短剣で切り、マントを開く。
中から、でろりと歩行茸が姿を現した。
うーん、やっぱり気持ち悪い。
「ほうほうほう! これは、無傷なのかね!」
「まさか。この辺切っちゃいましたよ」
「これくらいなら問題ないよ。っていうか、切り口はここだけ? これで、どうやって倒せるんだね? お、小さな傷があるなあ。まさか針か!」
デニスは張り付くように歩行茸を見ている。
検死官のようだ。刑事ドラマでこんな風に解剖してるよね。しかもヤバい系。
うん、デニスもなんだか気持ち悪い。
デニスは小さいが良く切れそうなナイフを取り出し、歩行茸を開いていく。
「なんと、胞子嚢がほとんど無傷とは!」
「あ、その胞子ピリピリするやつです」
「麻痺系かね。いやいや充分、充分」
「麻痺系とか、何に使えるんですか?」
素材を引き取って貰えるのは有難いんだけど、何に使うの?
「調合で麻酔にできるんだよ」
「へえ」
麻酔ってあると、助かるよね。ってことは睡眠系も麻痺かな。幻覚系もあるんだろうか。
歩行茸もいろんな種類がありそうだ。
「普通は魔法で倒すからねえ」
「その方が、早いですよね」
炎だったら一瞬で倒せるよね。
魔法、いいなあ。
そう言ったら、デニスは首を横に振った。
「しかし、胞子は熱に極端に弱いし、氷付けだと半分はやられるしね。素材としてはほとんど使い物にならんのだよ」
胞子って、そんなに熱に弱いんだ。
でも、不用意に切ったら冬虫夏草コースだから、本当に針みたいな武器がないと大変だと思うよ。
あ、それよりも。
「デニスさん。私の受けた依頼はラザ草なんですよ」
「ラザ草?」
そんな面倒くさそうな顔しなくても…
「見てくださいって!」
台に無理矢理、ラザ草を並べる。
デニスは気のなさそうに台の上のラザ草を眺める。
「うん、うん。ちゃんとラザ草だよ」
うわー、扱いが雑。適当過ぎるよ。
ラザ草がメインの依頼なのにい。
デニスは木の札に、何かを書き付けて渡してくる。
二枚ってことは、一枚は歩行茸の分か。
再び、歩行茸の方に向かおうとするので、慌てて止める。
「まだですって! これ、これも見てください!」
次に推定ルザ草を出す。
「これは…」
デニスの顔色がちょっとだけ変わった。
「ルザ草で合ってますか?」
「確かに…ルザ草だね…」
呟きながら葉を一枚ぽいと台の下に捨てた。
あれ、匂いを確かめたやつだ、一緒に持ってきてたのか。
って言うか、一目で判るデニスが凄い。
「ルザ草が二株…間違いないね」
「ちょっと自信がなかったので、合っていて良かったです」
これで次からは、自信を持ってルザ草を採れるよ。
新たに木の札を一枚もらったところで、私は鑑定カウンターから離れた。
「すげーな。針ってなんだ?」
カウンターから身を乗り出して、査定の様子を見ていたバーンが、わくわく顔で聞いてくる。
ほんと、なにしてんのよ。
「内緒です」
「歩行茸、ほとんど無傷なんだろ? ほんと、あんたは面白ぇな」
「そうですか?」
そのまま、ベスのカウンターへ向かう。バーンが後ろから着いてくる。
え、ストーカー?
ストーカーは相手にしちゃ駄目なんだよ。
「ベス、お願いします」
「はいっ」
相変わらず、元気が良くてよろしい。
木の札を手渡し、歩行茸の魔石も出す。
「ラザ草採取の依頼完了と、ルザ草、歩行茸の後追いの依頼完了ですね」
ルザ草は後追いで依頼完了ポイント取れると思ったら、歩行茸もなんだ。
ラッキーだなあ。
「今回の依頼完了で、ショウさんのランクはF1になりましたよ。おめでとうございます」
「ありがとうございます」
やったね。
歩行茸がポイント高かったのかな。
面倒がらずに倒しておいて良かった。
よし、大分余裕ができたぞ。
ここは、頑張って収納袋を買いに行こう!
道具屋に向かおうっと。
あ、その前に、ギルに宿屋のことを聞かないと。
顔を上げると、待っていたかのように、ギルがこちらにやって来た。
「話があるんだが…いいか?」
「いいですよ。私も話があるんです」
「そうか…ちょっと早いが夕飯にするか」
時間は四時くらい。確かにちょっと早いけど、軽くすればいいかな。
「いいですねぇ」
ご飯は美味しいところにしてよ。
「それ、俺も行っていいか?」
「は?」
「バーン、お前昨日あれだけ転がされて、来るのかよ?」
「だからだろ。あれから落ち着いて考えたら、俺をあっさり転がしたんだぜ。すげーじゃん」
メンタル強いな。
恥をかかされたって言うのに、それが逆に面白くなってるとか。
「それに、亜種の魔狼も殺ったんだろ? そこそこ噂になってるぜ?」
「あれか…あれは、洒落にならんな」
「ギルはその場にいたのか?」
「いた、ゴブリン三匹に苦戦していた時だ」
「三匹? 三匹くらい軽いだろ?」
バーンが不思議そうに首を捻った。
「その前に魔狼に体当たり食らったからな。立て直しにもたついちまった」
なるほど。
ゴブリン三匹にやけに手間どってると思ったら、あの時ギルも万全ではなかったんだ。
「ショウの加勢がなかったら、ちょっとヤバかったな」
「へえ」
バーンは半歩後ろ歩く私を振り返る。
「想像付かねえよな。こんなひょろいのに」
「身軽さは半端ないけどな」
「それが私の売りですから」
身軽じゃない忍者とかいる訳ないでしょ。
っていうか、忍者から身軽さを引いたら何が残るんだ?
剣戟の重さが足りないのだから、アドバンテージを失うよね。
「やっぱ、組もうぜぇ」
「嫌です」
「…ソロでやっていくのか?」
「今はまだソロで、ちまちまやって行きたいですね。大体、ギルドの依頼、薬草採取しかしていないんですよ」
「ああ、そうだっけ」
私の言葉に、ギルは思い出したと宙を仰いだ。
「出だしがおかし過ぎて、さっぱりピンとこないな」
「そうですか?」
冒険者がどんなものなのか、わかってないのは私の方だと思うんだけどね。
「そうだよ。ラザ草採取で歩行茸背負って帰ってくるなんて、あんただけだぜ。俺、まともな姿の歩行茸、初めて見た」
「確かに。大抵、黒焦げだもんな」
「火が一番効率が良いんですよね?」
「効率はいいけど、魔石以外売れるところはほとんどないからな」
「消し炭じゃあなあ」
「氷付けで、半分。それも運が良ければ、だからな」
「割りに合わねぇよ」
「なるほど」
歩く茸は割りに合わないのか。
勿体ないなあ。
胞子嚢無事だと、まあまあの値段なのに。
「針か…」
「針だってよ…」
「え、実演しませんよ。こっちを見ないでくれません?」
物欲しそうに見られても、ここで針出したりしないよ。
暗器はね、隠し持つことに意味があるんだからね。