12 初依頼
朝になった。
朝御飯を食べて、お弁当までもらってアゴル邸を出ると冒険者ギルドへ向かう。
ゆっくり朝御飯を食べたから、朝イチではなかった。
まあ、急いでないしね。
「おはようございます」
「おはようございます」
ギルドに入ると人影は疎らだ。ひと波過ぎたところか。静かでいいね。
私の挨拶にベスがにこやかに返してくれた。
ベスの前を通り、奥のボードに向かう。
依頼は基本、ここに毎朝貼り出される。
常時依頼は、この煤けたやつだね。現在、煤けたやつしかないけど…今日の依頼は取られちゃったか。
争奪戦なんだ。
期間依頼が少ないと、なおさらだろうね。
えーと、常時依頼は、と。
ラザ草の採取。
三つ目兎の討伐。
ゴブリンの討伐。
灰色狼の討伐。
これはずっと貼りっぱなしなんだ。
初心者用の依頼かな?
ゴブリンとか灰色狼とか、亜種じゃなければ初心者向けなのかな。
私自身、それほど苦労した記憶がないから解らないや。
そう言えば、三つ目兎は中型犬くらいの大きさなんだっけ。
魔物はもう、ゴブリンと灰色狼は倒してるから、ラザ草にしよう。
でも、ラザ草ってどういうの?
「薬草の見本帳なら、その棚に入っとるよ」
鑑定カウンターから、デニスが声をかけてきた。
ほう、見本帳とな?
「ありがとうございます」
棚からボロい羊皮紙の綴りを引っ張り出す。
ページを捲ると、羊皮紙に描き込まれた植物の絵が続く。おや、結構見易いですよ、これ。入門書には最適。
なになに…ラザ草にリザ草、ルザ草レザ草ロザ草……何故ラ行でまとめたし!
このラ行草は、全部回復薬の材料なんだね。
効力はいろいろ違う。ラザ草が一番一般的なんだ。生息地帯も森林だし。リザ草は高地、高山。ルザ草は森林だけどルガ草っていう雑草に酷似していて、匂いが微妙に違う? え、どんな匂い?
レザ草は湿地、ロザ草は熱帯…アマゾンみたいな地域があるのか…世界は広いね。
一応、特徴が分かりやすく描かれている。
ラザ草はヨモギみたいだから、私としては馴染み深いかな。ルザ草は…万能ネギみたい…つまり、ルガ草も万能ネギみたいな見た目なのか。
…気にはしておこう。
「今頃来ても、割りのいい依頼は残ってないぞ」
不意に話しかけられた見ると、バーンだった。
「それは別に良いんですが…」
「いいのか…なにやるつもりなんだ?」
「ラザ草採取ですけど?」
私は何の聴取を受けているんだろうか?
私の答えにバーンは目を剥く。
「はあ? ラザ草? あんた、あの腕でラザ草って…駆け出し中の駆け出しがやることだぜ」
「私は、その駆け出しなんですが?」
「いやいやいや、それはねぇわ。もう少しマシなやつあるだろ。俺、付き合ってやってもいいぜ」
「間に合ってますので」
勧誘か。
独りでのんびりやらせてよ。
「そう言うなよ。俺はDランクだぜ。結構上の魔物も相手にできるぜ」
バーンは何故か、引き下がらない。昨日、逃げ出したくせに。
普通なら、昨日の今日で顔合わせたくないんじゃないの?
それを言うと、バーンはからからと笑った。
「だってあんた、面白そうだからな」
意味がわからない。
「ともかく、他を当たってください」
バーンに背を向け、受付に向かう。
ラザ草の依頼数は五株。常時依頼なので依頼書は持ってこない。
「ラザ草取りに行ってきます」
「本当に行くんですか? ラザ草採取って、初心者冒険者が一番最初に受ける依頼ですよ」
バーンとの会話を聞いていたベスが目をまん丸にしている。
「はい、私は冒険者初心者ですから」
明るく答えて、私は町の外の森へと向かった。 常時依頼は一声かけるだけでいいんだよね。
期間依頼は依頼書で依頼確定をしないといけないんだけど、今の私には関係ないのさ。
ギルドを出ると直ぐ様門を抜けて、森へと入る。
街道からは外れ、獣道を進む。
街道の薬草とか、なんか綺麗じゃなさそうだし。
自動車道みたいな排気ガスはないだろうけどね。気分の問題。
それに、人の入りにくいところの方が、薬草も残っていそうだよね、多分。
一時間くらい歩く。
足元に草は何種類も生えている。
これ、ほとんどがただの草なんだろうね。
セリみたいに食べられるのがあるかも知れない。水辺じゃないから、似ていてもそれはセリじゃないけど。
区別が付かないから、今は採らない。
「ラザ草はー、ヨモギみたいなー」
適当な節回しで歌いながら探す。
あ、発見!
ヨモギみたいな草。多分ラザ草でしょう。
根を残して、土から上の部分を刈り取る。
お、こっちにも、あっちにも。
ラザ草五株を採取するのはあっという間だった。
依頼達成!
順調ですねー。
おお? この木陰に生えている万能ネギみたいなのはルガ草?
ルザ草はこれに似てるんだっけ。
判らないなあ。
あれ?
あれあれ?
匂いって…この株、ちょっと匂いが違うような?
ひと株刈り取って匂いを嗅いでみる。
地面に生えている葉っぱを引き千切って、それも嗅ぐ。
ち、違うと思うんだけど…どう違うかと言うと…これが説明できない。ほうれん草と小松菜の匂いは違う、みたいな?
ま、いいや。持って帰ろう。違ってたらそれはそれで構わないもん。
私は匂いが違うっぽい、万能ネギもどきをあと一株見つけたのて、刈り取っておいた。
ラザ草も四株追加で採った。
では、ここでお昼にしよう。
お弁当作ってもらったし。
サンドイッチみたいなの。猪肉のハムみたいなのが挟んであるパン。美味しかった。
アゴルのところのシェフ、いい腕してるなあ。
うまうま。
お弁当食べたところで、帰りますか。
まだ日は高いけど、いいよね。
木々の合間の空を見上げていたら、バサバサと音をたてて、鳥が何羽か飛び立った。
慌てているようにも見えた。
「なに、慌ててるんだろう?」
鳥が飛び立つようなことが起きた…
って、何か来るってこと?!
しまった、油断した!
周囲に意識を向けると、何かがこちらに向かって来ている。気配的には魔物。
ただ、移動スピードは遅い。めちゃくちゃ遅い。
がさがさと藪が揺れる。
そして、姿を現したのは…
「キノコー?!」
歩くキノコだよ。
自分と同じくらいの身長のキノコがゆらゆら歩いてくる。
きっしょーい!
エリンギみたいな形で、ひょろりとした手と足が生えている。
よく、あの足で体を支えられるな。あの手は手としての役目を果たせるんだろうか。
歩くエリンギは私に気付いたのか、真っ直ぐ突進してくる。
「ギシャーー!」
見た目だけでなく、鳴き声も気持ち悪いっ!
でも動作が遅いから、顔と雰囲気以外は怖くないや。
さっさと片付けよう。
短剣を取り出し、まず手を切り落とす。何か隠し持っていたら嫌だもんね。
短剣の切っ先がちょっとだけ、歩くエリンギの胴を掠めた。
ばふっ!
五センチくらいの切り口から、なんか粉っぽいのが吹き出した。
あ、しかもピリピリする。
これ痺れる系だ。
痺れる系の…花粉? いや、キノコだから胞子だ!
ヤバい。
この痺れる系の胞子思いっきり被ってたら、動けなくなるところだった。
なるほど、動きが鈍いのは、敢えて攻撃をさせるためか。そうして、相手を動けなくさせて、苗床っていうか菌床にするんだ。
所謂、冬虫夏草?
えっぐいわー。
冬虫夏草になりたくないから、斬るのは禁止。
殴る蹴るも駄目っぽい。胴体を破損させて胞子を飛び散らせたらマズイんだよね。
と、なると…残されるの……刺す?
胞子が飛ばないくらい、破損部分が小さければいい訳だから、針みたいなもので刺すのが一番いいような気がする。
魔法が使えればいいんだけど、私は魔法属性無いからね。
しかし、針ならば持っているのだ!
畳針みたいにぶっとくて、二十センチを越える針を。自前の装備品だよ数ある暗器のうちの一つだよ。
必殺な仕事ができちゃうアレだよ。
折角だから、使っちゃうよ。
暗器の殺傷力も確認しておかないとね。
忍者刀、吹雪と同じく、うっかり人前で使って予想を越えて被害甚大なんてことになったら目も当てられないし。
取り敢えず、針を四本取り出し、歩くエリンギに向けて放つ。
縦に等間隔で四ヶ所並べて刺さる。
うむ、実に良い刺さり具合だ。
「ギシャー!」
歩くエリンギは奇声をあげて、倒れた。
おう、針のどれかが致命傷になったか。
よしよし、狙い通り。
そっと歩み寄り、爪先でつついてみる。
動かない。
ただの屍のようだ。
「あ、魔石を採らないといけないんだっけ」
短剣を胴体に突き刺そうとして、慌てて止める。
「いかーん! ここでザックリやったら、針使った意味ないじゃん」
冬虫夏草の仲間入りは御免だよ。
切り口はできるだけ小さく、そっとピンポイントにやらねば。
魔石はどこですかー?
突き刺したままの針を、上部からぐりぐりする。魔石に当たるかな。
顔付近、反応なし。
首的な肩的な辺り。お、針先に反応あり。なんかが当たる。
針を追うように、そっと短剣を突き刺す。
胞子は…出ない。
うん、この感じで。
手が入るくらい切って、手を突っ込む。指先に触れた石っぽい感触のものを掴んで引き摺り出した。
はい、歩くエリンギの魔石ゲット。
取った魔石は仕舞う仕舞う。
「さて、と…」
本体をどうするかねー。素材として引き取って貰えるのかな。
食べられるキノコなのかな。エリンギはしゃきしゃきして美味しいけど、元の世界のエリンギは歩かないもんなあ。
このまま持って帰るにしても、切り口から胞子が舞い散ったら、軽くテロだし。
仕方ない、マントです巻きにしてみよう。
マントを地面に広げて、歩くエリンギを乗せて、ゴーロゴロ。
ぎり巻けた。
それを、辺りで剥ぎ取ってきた蔦でぐるぐる巻いて固定して、背負った。
「めちゃめちゃ重くはないけど、歩き辛いー」
バランス悪っ。
この、マントの端からはみ出て、ぶらんぶらんしている足が気持ち悪いー!
運ぶだけで、メンタル削られるわ。
さっさと帰ろう。
とりあえず久我っち登場は確定しそうです。ただ今流れを整理していますので、登場はもちょっと先になります。しばらくお待ち下さい。