7 イサドアの町
町に着きました。
森を抜けて平地を進むと、石積みの塀が見えてきた。
高さは四メートルくらい。石を取り敢えず積み上げた、そんな感じ。
日本で言うと、初期の城の石垣みたい。
頑丈ではあるが、きれいではない。
まあ、そんなこと気にしていられないか。
森で出会した魔物を防ぐことができたら良いのだし。それだけの厚みと頑強さがあればいいんだし。
私がとやかく言うことじゃないね。
門番の前で馬車を停める。門番はごく普通の兄ちゃんと犬? 耳のおっちゃん。猫じゃないと思う。顔もブルドックと言うより土佐犬に似てるし。
二人ともちょっとだらけているのは今日も一日何事もなかったからだろう。変化や刺激がないとどんな仕事も退屈になるのかもね。
アゴルが馬車から降りて門番と何やら話をしたら、そのまま中に入れた。
あっさり。
調べないんだ。へえ。顔パスってやつ?
もしかして、結構顔が利く人?
「アゴルさんの信用で、そのまま行けるんだ。普通は調べられるぞ。冒険者はタグを見せればそれでいいけどな」
私が何を考えてるのか察したのか、ギルが荷台から声をかける。
タグってあれか、小さいプレート。確か、テッドからギルが回収してたっけ。
身分証みたいなものかな。
「タグを持っていない場合は?」
例えば、今の私は?
「単独で町に入るなら、いろいろ聞かれて、金を取られるな。保証金ってやつだ。冒険者に登録すれば、返ってくる。今回はアゴルさんが保証人だからそのまま行ける」
「保証金もしくは保証人が必要ってことですね」
「まあな。顔馴染みなら見逃して貰えるが、新顔はまず無理だな」
「なるほど」
アゴルさんのお陰で保証金払わなくて済んだんだ。ラッキー。
「だから、アゴルさんの顔を潰すようなことはするなよ」
「しませんよ、勿論」
今現在、割りと良い関係を築けているのに、自分からぶち壊しますかっての。
私は地道にお金を貯めて、地道に人脈を構築していかないといけないんだから。
全部、一からって本当に大変だ。
でもまあ。
まず、商人のアゴルでしょ。ララルでしょ。冒険者のギルでしょ。初動としては上出来な方だよね。
門を潜り、アゴルの指示に従い馬車を進める。
大通りを抜けると並ぶ家が段々大きくなっていく。
家の大きさイコール所得の高さ。
心なしか、道路の敷石から変わってきたんだけど。
何しろ、ガタガタ度が低くなっている。
なるほど、結構露骨なのね。
キョロキョロしたいけど、手綱を握っているので何とか堪える。
馬車をどこかに突っ込ませる訳にはいかない。
そんなことしたら、折角の信用が爆散してしまう。
町を歩く人は、三に一人が獣耳が付いている。猫とか犬とか兎とか?
獣人の比率が微妙に少ないみたい。
この町はそういう比率なのかな?
アゴルがそれなりの商人なんだから、獣人の地位が低いと言う訳ではないのだろう。
十字路を右折して馬車を進める。
割りと大きな家…こういうのを屋敷って言うんだっけ。この辺りはこれくらいの屋敷が建ち並んでいる。
その一軒に馬車を停めた。
玄関の扉が開いて、壮年のおじさんと、お姉さんと女の子が出てきた。女の子は猫耳だった。他ふたりは人間だ。
「お帰りなさいませ、旦那様、お嬢様」
おじさんは落ち着いた声でそう言い、ぴったり四十五度の角度でお辞儀をした。
これは、もしや。
執事か、執事と言うものか!
しかも一歩後ろに控えているのは、メイドさん!
形は正にアキバで噂のメイドさん。しかし、デザインはシックだ。効率を優先したのかも。スカート丈はミニではない。
しかし、メイドさんには違いない。
すごい、アゴルのところには、執事とメイドがいるのか。
やっぱり、アゴルはお金持ちなんだ。
「ただいま、ゼルス。荷台の四つ牙猪を頼むよ」
「畏まりました」
「まあ! 立派な四つ牙猪ですね」
アゴルの指示に、荷台の後ろに回ったゼルスたちは、括り付けられた猪を見て目を丸くしていた。
「素晴らしいです。ジャンが喜びます」
「美味い料理を期待しているよ」
ジャンと言うのはこの屋敷の料理人なのかな。
ゼルスとメイドの女の子が馬車と共に屋敷の裏手へと向かう。
残ったのはお姉さん。ロングスカートのメイドさん。
「メアリ、荷物をお願い」
ララルがメアリにトランクを指し示す。
ギルが荷台から出したのだろう。
トランクが二つ置いてあった。
「はい、お嬢様」
メアリが両手にトランクを持ち歩き出す。
それを見送って、アゴルはギルを振り返った。
「依頼完了だよ。お疲れさま」
アゴルがコインのようなものをギルに差し出した。
アゴルは黙って頭を下げて、コインを受け取った。
あれが依頼完了の印なんだな。ってことは、ギルはこのままギルドに行くのだろう。
「ギルドに行くんですよね。着いて行ってもいいですか?」
「ああ、冒険者登録をするんだったな。行くか」
「はい」
ギルについて歩き出そうとしたら、ララルに止められた。
「ショウさん、待ってください! もう行っちゃうんですか?」
「え?」
だって私も用は終わったよ。
「まだ、護衛の料金など話をしてませんよ!」
「あ、そうでした?」
そう言えばそうか。
町まで連れて来てもらった段階で、私の中でも終わっちゃってたよ。
馬車代と差し引いてくれても良いくらいだったから。
「そうでしたじゃ、ありませんよ」
「お話、しないと!」
ララルががっつり食い付いて来るのが解らないんだけど。
「…では…登録が終わったら戻ってきます」
「絶対ですよ」
「ご飯用意して待ってますからね!」
あれ?
夕御飯招待まで決まったよ。
「…わかりました」
勢いで決まった話に、私は首を傾げながらアゴルたちに背を向けた。
今来た道を門の方へと戻る。
冒険者ギルドは大通りの一本裏側にあった。
大通りはやっぱりあれか、家賃の問題か。
家賃高そうだもんね。商業的に一等地?
商店が建ち並んでるし。
どれも、そこそこ高級そうな店ばかり。
高級そうな店が並ぶと言うことは、この町は結構裕福なんだね。
ただ、看板は図形ばかりで何の店かよくわからない。っていうか、看板がない店もある。
「ギル、あれは何の店ですか?」
「あれは、服飾…ドレスとか作る店だな」
「ドレス…」
ドレスがどんなものか、想像できない。
ショーウィンドウとかないもん。テレビで見たことあるような、セレブのドレスではないだろう。多分。
あ、こういうのはオーダーメイドか。
「看板ないですね?」
「ああいう店は、紹介だから看板はいらないだろ」
「ほお」
一見さんお断りってヤツね。
なるほど。
そうなると、きっと高い。絶対、高い。
「じゃあ、あそこは?」
「あれも服屋。この辺りにあるから、当然高い」
「前の店との違いは、紹介されなくても良い?」
「ああ」
「だとしても、俺たちには縁のない店だな。防具屋ならともかく」
「防具屋の看板はどんな風なんですか?」
「盾とか冑とか鎧とか、だな。武器屋は剣。両方扱ってるのは剣と盾、だな」
「なるほど」
これは、看板のデザインをいろいろ聞かないと、私はさっぱりわからない。
「ああ言った服が欲しいなら、アゴルさんに相談するのがいいと思うぞ」
「アゴルさんは服飾を扱ってるんですね。このチュニックとマントはアゴルさんに譲って貰ったんですよ」
「道理で…高そうなもの着てるとは、思ったんだ」
「やっぱり…」
高いんじゃないかとは、思ったんだよ。手触りからしてさ。
「値段は…聞かないようにします。予想以上に高かったら、動けなくなりそうですから」
「はは」
私の言葉に、ギルは笑った。
アゴルの商いは多分服飾系と思われ。