11 (綾香)
ゴールデンウィークだったけど、私はいつものゲームセンターに行ってみた。
ショウ君がいるかなあ、と思ったのだけど、いつものゲーム機の前に姿はなかった。
「高遠もショウは来てないよ」
顔見知りになった男子が私を見て声をかける。
私がここに来るきっかけになったのがふたりだと知っているから、真っ先に教えてくれる。
名前はよく知らないのだけど、顔はお互いに覚えてる。
「今日はもう来ないの?」
「どうだろう? ショウはゴールデンウィークはどっか行くって言ってたな…だから、高遠も来ないんじゃない?」
ふたりは特に仲が良いらしい。
ショウ君は結構マイペースだけど、高遠君はそんなショウ君に合わせているような気がする。
だから、ショウ君が来ないなら、高遠君も来ないかも知れない。
「そう…ありがとう」
「じゃーねー」
お礼を言って、私はゲームセンターを後にした。
ちょっと予定が狂っちゃったな。
ショウ君がいるって思ってたもの。
ショウ君と高遠君に初めて出会ったのは、このゲームセンターの近くだった。
白月の生徒だからって絡まれて、どうしたらいいのか解らなくて、愛ちゃんとふたりで震えていた。
怖くて怖くて、泣きたいくらいだった。
その時助けてくれたのが、高遠君とショウ君。
いきなり笛が鳴って、お巡りさんみたいな声が響いて、相手が逃げ出した後に平然とやって来たから、ふたりか仕組んだのだと思う。
素っ気ない高遠君に引き続き不安を覚えたけど、ショウ君の態度はどちらかと言うと柔かくてほっとした。
そのまま、駅前のタクシー乗り場まで送ってくれたのは、本当に感謝してる。
絡まれたのは怖かったけど、それ以上のトラウマにならなかったのはきっとふたりのお陰。
どうしてもお礼が言いたくて、星合駅に行ったら駅前に自転車を停めるショウ君を見つけた。
声をかけようか迷っているうちに、ショウ君は一軒のゲームセンターに入ってしまった。
ゲームセンターなんて、ショッピングセンターに入っているゲームコーナー以外で入ったことがなかったから、近づくのは本当に躊躇した。
もし、この間絡んできたような人がいたら?
そう思うと、なかなか自動ドアを潜ることが出来なかった。
「どーかした?」
ドアの前で立ちすくんでいたら、不意に声をかけられて、びくりと身体をすくませた。
ゲームをしに来た、別の学校の男の子だった。
彼は私の横をすり抜けて、自動ドアを潜った。釣られるように私もその後に続く。
中に入ると、ショッピングセンターのゲームコーナーと大して変わらない造りでゲームが並んでいた。
ただ、中にいるのは男の子ばかりで気後れしちゃう。
どうしよう…
途方に暮れて、お店の中を見回すと、奥にショウ君を見つけた。
と言っても、この時は名前を知らなかったから、呼ぶことができない。
「あの…」
仕方ないので、さっきの男の子を呼び止めた。
「うん、なに?」
「あの…奥の人…」
「奥? ショウのこと? 呼ぶの?」
「お願いします」
そこで初めて、ショウ君の名前を知ったんだ。
そして、この日をきっかけに、私はゲームセンターを訪れるようになったの。
始めのうちは、やっぱりちょっとドキドキしたけど、ショウ君がいろいろ気を遣ってくれたから居づらくはなかった。
高遠君は、相変わらず素っ気なかったけど、間に通訳みたいにショウ君が入ってくれたから、あんまり話ができなくても苦痛ではなかった。
高遠君はショウ君以外はみんなに素っ気ないのだと解ってからは、もっと楽になった。
私と全然構えないで話してくれるのはショウ君だけだった。
ショウ君は…不思議。
すごく話がしやすいの。
全然、緊張しない。
無理に踏み込んでもこない。
ショウ君の距離感は、私にとってはほっと安心できるくらい丁度いいの。
それに…
私、ショウ君とはどこかで会ったことがあるような気がするの。
おかしいよね?
いくら考えても、思い出せないのに。
でも、そんな感覚があるから、ショウ君とは話がしやすいのかしら?
もっと、ショウ君と仲良くなりたいな。
私にとって、ショウ君はそんな特別な存在なの。
ショウ君は私のこと、どう思ってるのかな?
いつか聞けるかな?
聞けたらいいな。
◇◆◇
せっかくだから、月原駅まで移動して、ショッピングモールに行くことにした。
夏の服も見ておきたいし。
家でこの手の話をすると、すぐさまブランドショップに連れ行かれちゃうから、要注意。
お義父さんやお義兄さんたちからしたら、当然みたいなんだけど、私はまだ慣れない。
だって、去年お母さんが再婚するまで、お母さんとふたりてで慎ましく生活してきたんだもの。
贅沢ができない訳じゃなかったけど、節約生活は当たり前だった。
だから、お母さんが今のお義父さんと再婚が決まった時より、今の家に引っ越し来た時の方がびっくりした。
家も庭も広くて大きくて…
自分の部屋も広くて、今でも慣れないの。
それを言うと、特にお義兄さんたちが心配するから内緒だけど。
お母さんはなんとなく解ってくれているから、いいんだけどね。
お母さんと今度、ショッピングに来ようかな。
夏のワンピースとか見たいな。
そんなこと考えながら、ウインドウのディスプレイを眺めていたら、
「ねえねえ」
「?」
声をかけられた。振り向くと、やけに明るい髪の男の子がふたり目の前に立っていた。
ふたりとも笑っているんだけど、張り付いたような笑顔が返って君が悪い。
「なにか?」
「やっぱ、カワイイね」
「オレらとカラオケとか行かない?」
ナンパだった…
「結構です」
「そんなこと言わないでさ」
「待ち合わせしてますから」
待ち合わせなんて、誰ともしていないけど、諦めてもらうために、言ってみたのだけど。
「それウソだよね。さっきからヒトリじゃん」
いつから見られていたんだろう。
ずっと私がひとりだから、声をかけてきたってこと?
どうしよう…
このまま付きまとわれるのかしら…
「ねえ」
「きゃ」
「そんな、怖がらなくたってさ」
腕を捕まれて、思わず声が出た。
でも手は離してくれない。
振り払ったら逃げられるかしら。
相手がふたりだと思うと自信はなかった。
このままだと、どこかへ連れて行かれちゃう…
「神宮寺?」
不意に名前を呼ばれた。声のした方を見ると…
「五十嵐先輩…」
険しい顔をして、五十嵐先輩が歩いてくる。
私たちの目の前で止まった先輩は、じろりと男の子たちを睨み付けた。
「俺の連れに何か用か?」
「あ…いや…なんでも…」
「なんだ、カレシいるじゃん」
ふたりは顔を青ざめさせて逃げるように早足で歩き去った。
私はほっと安堵の息をつく。
「神宮寺、大丈夫か?」
「ありがとうございました」
私は五十嵐先輩に頭を下げて、お礼を言った。 この人は苦手だけれど、助けてもらったのだもの、お礼を言うのは礼儀だもの。
「神宮寺に似ていると思って…来て良かった」
このショッピングモール広いのに、わざわざここまで来てくれたんだ。 五十嵐先輩、本当は優しい人?
見上げていたら、五十嵐先輩は少し考えて口を開いた。
「…コーヒー…飲まないか?」
「………はい」
どうしようか迷ったけれど、私は頷いた。
緊張して喉が渇いていたし、なにより疲れてしまった。
どこかでゆっくり休みたい。
五十嵐先輩といたら、さっきの人たちは絶対に戻っては来ないだろうから。
ショッピングモール内の、セルフサービスのコーヒーショップで私も五十嵐先輩もアイスコーヒーをオーダーした。
席は窓際が空いていたので、そこに座る。
ふたりが、席に着いたところで、私は改めて五十嵐先輩に頭を下げた。
「先ほどはありがとうございました」
「いや…俺の方も謝りたかった……この間は済まなかった」
五十嵐先輩は私に小さく向かって頭を下げた。
この間っていうと…
遅刻のことよね?
五十嵐先輩に関係することなんて、ひとつしかないもの。
目を丸くしている私に五十嵐先輩は続ける。
「ちゃんと謝りたいと思っていたんだが、機会がなかった…神宮寺には避けられていたからな…」
「すみません」
「いや、神宮寺が悪い訳じゃない…俺の言い方が悪かった…あれでは避けられても仕方がない」
言って、五十嵐先輩は小さく息をついた。
「俺はどうも…一旦こうと思ったことを、後から修正できないようで……融通が利かないと、よく侑紀に怒られるんだ」
「火村先輩…ですか?」
そう言えば、学食の前で五十嵐先輩と言い合いをしてしまった時、止めてくれたのが火村先輩だった。
あの後、火村先輩と何か話したのかな。
名前で呼ぶくらいだから、きっと仲が良いのね。
「遅刻した私も悪いんですから…もう、この話は終わりにしませんか?」
「神宮寺が、それでいいのなら…」
「構いません」
五十嵐先輩はずっと気にかけてくれたのだと思うと、怖かった印象が和らぐ。
知らず笑みが浮かぶと、五十嵐先輩も笑ってくれた。
五十嵐先輩は、笑うとぐっと優しくなるのね。
すごいギャップ。
私、怒っている表情しか知らなかったから、新鮮。
「何だ?」
「いえ…五十嵐先輩が笑ったの初めて見たので」
「俺だって、笑うことはあるぞ」
何をいきなりと、先輩は呆れた顔をした。
「学校では、いつも難しい顔をしてますよね?」
「風紀委員長が、へらへらしていられないだろう」
「へらへら! したこと、あるんですか?」
「ないな」
即答…
いいのだけど。
五十嵐先輩がへらへらしてる姿なんて想像できないもの。
クスクス笑う私を、五十嵐先輩は尚も呆れたように見ていた。
いつの間にか、私は五十嵐先輩が苦手じゃなくなっていた。




