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月の姫君とそのナイト?   作者: 向井司
一部 月の姫君とそのナイト?
12/188

11 (綾香)



 ゴールデンウィークだったけど、私はいつものゲームセンターに行ってみた。


 ショウ君がいるかなあ、と思ったのだけど、いつものゲーム機の前に姿はなかった。


「高遠もショウは来てないよ」


 顔見知りになった男子が私を見て声をかける。

 私がここに来るきっかけになったのがふたりだと知っているから、真っ先に教えてくれる。

 名前はよく知らないのだけど、顔はお互いに覚えてる。


「今日はもう来ないの?」

「どうだろう? ショウはゴールデンウィークはどっか行くって言ってたな…だから、高遠も来ないんじゃない?」


 ふたりは特に仲が良いらしい。

 ショウ君は結構マイペースだけど、高遠君はそんなショウ君に合わせているような気がする。


 だから、ショウ君が来ないなら、高遠君も来ないかも知れない。


「そう…ありがとう」

「じゃーねー」


 お礼を言って、私はゲームセンターを後にした。


 ちょっと予定が狂っちゃったな。

 ショウ君がいるって思ってたもの。


 ショウ君と高遠君に初めて出会ったのは、このゲームセンターの近くだった。

 白月の生徒だからって絡まれて、どうしたらいいのか解らなくて、愛ちゃんとふたりで震えていた。

 怖くて怖くて、泣きたいくらいだった。


 その時助けてくれたのが、高遠君とショウ君。

 いきなり笛が鳴って、お巡りさんみたいな声が響いて、相手が逃げ出した後に平然とやって来たから、ふたりか仕組んだのだと思う。

 素っ気ない高遠君に引き続き不安を覚えたけど、ショウ君の態度はどちらかと言うと柔かくてほっとした。

 そのまま、駅前のタクシー乗り場まで送ってくれたのは、本当に感謝してる。

 絡まれたのは怖かったけど、それ以上のトラウマにならなかったのはきっとふたりのお陰。


 どうしてもお礼が言いたくて、星合駅に行ったら駅前に自転車を停めるショウ君を見つけた。

 声をかけようか迷っているうちに、ショウ君は一軒のゲームセンターに入ってしまった。


 ゲームセンターなんて、ショッピングセンターに入っているゲームコーナー以外で入ったことがなかったから、近づくのは本当に躊躇した。

 もし、この間絡んできたような人がいたら?

 そう思うと、なかなか自動ドアを潜ることが出来なかった。


「どーかした?」


 ドアの前で立ちすくんでいたら、不意に声をかけられて、びくりと身体をすくませた。

 ゲームをしに来た、別の学校の男の子だった。

 彼は私の横をすり抜けて、自動ドアを潜った。釣られるように私もその後に続く。

 中に入ると、ショッピングセンターのゲームコーナーと大して変わらない造りでゲームが並んでいた。

 ただ、中にいるのは男の子ばかりで気後れしちゃう。


 どうしよう…


 途方に暮れて、お店の中を見回すと、奥にショウ君を見つけた。

 と言っても、この時は名前を知らなかったから、呼ぶことができない。


「あの…」


 仕方ないので、さっきの男の子を呼び止めた。


「うん、なに?」

「あの…奥の人…」

「奥? ショウのこと? 呼ぶの?」

「お願いします」


 そこで初めて、ショウ君の名前を知ったんだ。


 そして、この日をきっかけに、私はゲームセンターを訪れるようになったの。


 始めのうちは、やっぱりちょっとドキドキしたけど、ショウ君がいろいろ気を遣ってくれたから居づらくはなかった。

 高遠君は、相変わらず素っ気なかったけど、間に通訳みたいにショウ君が入ってくれたから、あんまり話ができなくても苦痛ではなかった。


 高遠君はショウ君以外はみんなに素っ気ないのだと解ってからは、もっと楽になった。


 私と全然構えないで話してくれるのはショウ君だけだった。


 ショウ君は…不思議。


 すごく話がしやすいの。

 全然、緊張しない。

 無理に踏み込んでもこない。

 ショウ君の距離感は、私にとってはほっと安心できるくらい丁度いいの。


 それに…


 私、ショウ君とはどこかで会ったことがあるような気がするの。


 おかしいよね?


 いくら考えても、思い出せないのに。


 でも、そんな感覚があるから、ショウ君とは話がしやすいのかしら?


 もっと、ショウ君と仲良くなりたいな。


 私にとって、ショウ君はそんな特別な存在なの。


 ショウ君は私のこと、どう思ってるのかな?


 いつか聞けるかな?

 聞けたらいいな。


◇◆◇


 せっかくだから、月原駅まで移動して、ショッピングモールに行くことにした。


 夏の服も見ておきたいし。

 家でこの手の話をすると、すぐさまブランドショップに連れ行かれちゃうから、要注意。

 お義父さんやお義兄さんたちからしたら、当然みたいなんだけど、私はまだ慣れない。

 だって、去年お母さんが再婚するまで、お母さんとふたりてで慎ましく生活してきたんだもの。

 贅沢ができない訳じゃなかったけど、節約生活は当たり前だった。

 だから、お母さんが今のお義父さんと再婚が決まった時より、今の家に引っ越し来た時の方がびっくりした。


 家も庭も広くて大きくて…

 自分の部屋も広くて、今でも慣れないの。


 それを言うと、特にお義兄さんたちが心配するから内緒だけど。

 お母さんはなんとなく解ってくれているから、いいんだけどね。


 お母さんと今度、ショッピングに来ようかな。

 夏のワンピースとか見たいな。


 そんなこと考えながら、ウインドウのディスプレイを眺めていたら、


「ねえねえ」

「?」


 声をかけられた。振り向くと、やけに明るい髪の男の子がふたり目の前に立っていた。

 ふたりとも笑っているんだけど、張り付いたような笑顔が返って君が悪い。


「なにか?」

「やっぱ、カワイイね」

「オレらとカラオケとか行かない?」


 ナンパだった…


「結構です」

「そんなこと言わないでさ」

「待ち合わせしてますから」


 待ち合わせなんて、誰ともしていないけど、諦めてもらうために、言ってみたのだけど。


「それウソだよね。さっきからヒトリじゃん」


 いつから見られていたんだろう。

 ずっと私がひとりだから、声をかけてきたってこと?


 どうしよう…


 このまま付きまとわれるのかしら…


「ねえ」

「きゃ」

「そんな、怖がらなくたってさ」


 腕を捕まれて、思わず声が出た。

 でも手は離してくれない。

 振り払ったら逃げられるかしら。

 相手がふたりだと思うと自信はなかった。

 このままだと、どこかへ連れて行かれちゃう…


「神宮寺?」


 不意に名前を呼ばれた。声のした方を見ると…


「五十嵐先輩…」


 険しい顔をして、五十嵐先輩が歩いてくる。

 私たちの目の前で止まった先輩は、じろりと男の子たちを睨み付けた。


「俺の連れに何か用か?」

「あ…いや…なんでも…」

「なんだ、カレシいるじゃん」


 ふたりは顔を青ざめさせて逃げるように早足で歩き去った。


 私はほっと安堵の息をつく。


「神宮寺、大丈夫か?」

「ありがとうございました」


 私は五十嵐先輩に頭を下げて、お礼を言った。 この人は苦手だけれど、助けてもらったのだもの、お礼を言うのは礼儀だもの。


「神宮寺に似ていると思って…来て良かった」


 このショッピングモール広いのに、わざわざここまで来てくれたんだ。 五十嵐先輩、本当は優しい人?


 見上げていたら、五十嵐先輩は少し考えて口を開いた。


「…コーヒー…飲まないか?」

「………はい」


 どうしようか迷ったけれど、私は頷いた。


 緊張して喉が渇いていたし、なにより疲れてしまった。

 どこかでゆっくり休みたい。

 五十嵐先輩といたら、さっきの人たちは絶対に戻っては来ないだろうから。


 ショッピングモール内の、セルフサービスのコーヒーショップで私も五十嵐先輩もアイスコーヒーをオーダーした。

 席は窓際が空いていたので、そこに座る。

 ふたりが、席に着いたところで、私は改めて五十嵐先輩に頭を下げた。


「先ほどはありがとうございました」

「いや…俺の方も謝りたかった……この間は済まなかった」


 五十嵐先輩は私に小さく向かって頭を下げた。


 この間っていうと…


 遅刻のことよね?

 五十嵐先輩に関係することなんて、ひとつしかないもの。


 目を丸くしている私に五十嵐先輩は続ける。


「ちゃんと謝りたいと思っていたんだが、機会がなかった…神宮寺には避けられていたからな…」

「すみません」

「いや、神宮寺が悪い訳じゃない…俺の言い方が悪かった…あれでは避けられても仕方がない」


 言って、五十嵐先輩は小さく息をついた。


「俺はどうも…一旦こうと思ったことを、後から修正できないようで……融通が利かないと、よく侑紀に怒られるんだ」

「火村先輩…ですか?」


 そう言えば、学食の前で五十嵐先輩と言い合いをしてしまった時、止めてくれたのが火村先輩だった。

 あの後、火村先輩と何か話したのかな。

 名前で呼ぶくらいだから、きっと仲が良いのね。


「遅刻した私も悪いんですから…もう、この話は終わりにしませんか?」

「神宮寺が、それでいいのなら…」

「構いません」


 五十嵐先輩はずっと気にかけてくれたのだと思うと、怖かった印象が和らぐ。


 知らず笑みが浮かぶと、五十嵐先輩も笑ってくれた。

 五十嵐先輩は、笑うとぐっと優しくなるのね。

 すごいギャップ。


 私、怒っている表情しか知らなかったから、新鮮。


「何だ?」

「いえ…五十嵐先輩が笑ったの初めて見たので」

「俺だって、笑うことはあるぞ」


 何をいきなりと、先輩は呆れた顔をした。


「学校では、いつも難しい顔をしてますよね?」

「風紀委員長が、へらへらしていられないだろう」

「へらへら! したこと、あるんですか?」

「ないな」


 即答…


 いいのだけど。

 五十嵐先輩がへらへらしてる姿なんて想像できないもの。


 クスクス笑う私を、五十嵐先輩は尚も呆れたように見ていた。


 いつの間にか、私は五十嵐先輩が苦手じゃなくなっていた。





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