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冥記は私を見て不思議そうな顔をする。
多分、すぐには思い出せなかったんだろう。
一回会ったきりだもんね。
私だって忘れる。
しかし、数秒の後に冷ややかに笑った。
「…次はないって、言ったよね?」
ああ、確かに言ったね。
私はわかったとは一言も言ってないけどね。
そして魔方陣からあやかしが跳びだす。
何もない空間から突然現れる感じ。
封印が異界の入り口なんだなあ、と実感する。
どうやらあやかしは冥記に命じられて出てくる訳ではなさそうだ。
封印から跳び出しただけなんだろう。冥記に攻撃しないのは、封印の真上にいるから、認識できない?
今のところ、冥記は安全のようだ。
頭が二つある豹みたいなあやかしは、私を舐めているのか真正面から飛びかかってきた。
それを上段から叩き伏せる。
あやかしは一撃で沈んだ。
やっぱり、なんかパワーアップしてる。
階段を上ってる時から、変だなー? とは思ったんだ。
確実に自分の予想を越える強さだもん。雪影の技を使えなくても、力や反応速度は十分あやかしに匹敵するような気がする。
木刀で一撃って言うのが、そもそもおかしくない?
どこかのお土産の木刀だよ?
本来、あやかしは守護者が対応するものだよ。一般人がどうこうできるなら、守護者はいらないよね。久我っちみたいなその筋の専門家は除くよ。もちろんね。
まあ、弱くなってるならまだしも、強くなってるならいいかな、とは思わなくもないけど、極端過ぎるんだよね。
これはもう、エセ神が関わっているのは確実だ。
ここまで底上げされたら、疑う余地はない。
やっぱり、ここが正念場ってことだ。ここで決めろってことだ。
うん、私は間違ってない!
今夜の私に敵はいない!(当社比)
でも、事前説明は欲しかったかなー。
「次なんかいらないんだよ!」
今、ここで終わらせる。
これ以上、長引かせてたまるか!
駆け出す私に、今度は四つ目の大蛇が飛びかかる。
それを真横に凪ぎ払うと、水の塊が大蛇を弾き飛ばし、その先で細切れになって消えた。素晴らしい、連携プレー。どうやら、先刻の豹も和泉先生たちが止めを刺してくれたようだ。
鎌鼬。やっぱり、あのおじさんは五十嵐先輩の関係者だ。
フォロー入ると助かる。まじ、助かる。
その間にも、私は冥記の目の前に辿り着いた。
冥記は唖然と私を見ている。
だよねー。
守護者でもない一般人が、目の前まで迫って来るとは思わないよねー。
ヒロからも聞いてないだろうし。っていうか、ヒロは知らないし。
私も、ここまで出来るなんて、つい先刻まで知らなかったし。
動揺しているなら、チャンスだ。
私は冥記に向かって怒鳴った。
「自分の居場所がないからって、世界を壊すんじゃないよ。子供かっ!」
「うるさいっ。あんたに僕の何が解る!」
出ましたー。『僕の何がわかる!』ですよー。
テンプレありがとー。
真正面から暴言を吐いたら、冥記はえらくストレートに跳ね返した。
流せないのは、やっぱりまだ子供ってことだ。
なら付け入る隙は、多分ある。
「解るかっ。私は超能力者じゃない」
冥記が今まで辿って来た道なんて解らない。ゲームの設定だけでは、表面をなぞる程度だ。理解しているとは言い難い。
そんなので『解る』なんて言えるほど、私は傲慢じゃない。
今、この地で冥記を理解しているのはヒロだけだろう。
ヒロは今、誰と対峙しているんだろうか。
久我っちかな。ヒロの戦闘能力は説明した通りだし。
真正面からやり合うなら、久我っちが妥当だよね。
ヒロも大概バカだと思うけれど、ずっと近くにいてくれたヒロに気付いていない冥記もバカだ。
傍に居すぎて、近くに居すぎてそれが当たり前になった。
空気みたいなものだ。
だけどね。生き物は空気がないと生きていけないんだよ。なくなってから、気付いても遅いんだよ。
今、気付かないと、後悔するのは冥記なんだよ。
「居場所がないとか、探したのか! 家になかったら家の外。外になかったら別の町。町になかったら別の県。県になかったら別の国。百分の一でも探したのか!」
はっきり言ってこれは極論だ。だけど、居場所は家の中だけじゃない。私は身をもってそれを知っている。
私が私でいられた場所はゲームセンターだった。両親も御幸ちゃんも優しい。大切な家族だ。それは間違いない。
でも、それでもあの日あの時、私の居場所は家の中にはなかった。
いろいろあった今なら割り切って考えることもできるけど、前世と解らない状況で、気持ちだけが『向こう』に捕らわれたままだったら、居場所なんてこの世界のどこにもない。
だから、先刻の言葉に反するのだけど、冥記の気持ちはちょっとだけ解る。
自分の居場所がどこだか解らないのは苦しい。どうしたらいいのか、解らないのは悲しい。途方に暮れて立ち尽くすしかないのは、辛い。
その中で見つけた場所は、どれだけ救いになったか。
最初、声を掛けてくれたのは久我っちだ。けれど、その場所に居続けたのは私の意思。
そして、居場所を作ったのは私の力。
それは紛れもない事実だ。
「探しもしないで、ないとか言うな!」
冥記はまだ中学生くらいだ。
視野は狭い。
それに比例して、認識できる世界も狭い。
だから、自分の周囲しか見られないんだろう。仕方のないことと言える。
でも、世界なんてものはとんでもなく広いんだよ。
何せ、近接するとは言え、異世界もあるんだからね。
単純に考えて、科学的に証明されている世界の倍はあるんだよ。
居場所がないなんて諦めるには、早すぎる。
冥記は私が言いたいことのどれだけを理解したのだろう。
向けられる感情に敵意以外のものが含まれつつあるから、何かしら意識に止まったのだと思う。
「全力で探してから言え!」
「探しても、見つからなかったら、どうするのさ」
冥記は泣きそうな顔で呟いた。
探しても、見つからなかったから…恐らく心が耐えられない。
それが怖いから、一歩を踏み出せない。
居場所がないと思い知らされるくらいなら、自分から切り捨てた方がまし。
わかるよ、わかるけどね。そのまま閉じちゃうには早すぎるでしょ。
「その時は、私が一緒に探してやる!」
一人じゃダメなら二人、二人じゃダメなら三人で探せばいい。その時は私も手伝ってあげるよ。
きっと、何か見つかる。
徳川埋蔵金よりも確率高いよ、絶対に。
だから。
「だから、いつまでもそんなところにいないで、こっちに来い!」
そんな、訳の解らない魔方陣から、さっさと出てこい。
全てはそれからだ。
一歩を踏み出せ!
差し出した手に、冥記はびくりと震え、恐る恐る手を伸ばす。
指先が触れたと思った瞬間、光と闇が溢れ爆発した。
「っ!」
私の体は、心はその爆発にふっ飛んだ。
当然、そんな衝撃に耐えられるはずもなく気を失った。
最後に、冥記の手を掴めた。と、思いたい。
確かめようもないんだけど。
やっと、ここまで来た…