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あれから私は蚊帳の外だ。
この一件に関わるなと言うことなのだろうと思う。
時々、みんなが集まって、何かを話し込んでいるようだ。冥記たちについてだろうことは想像に難くないけど。
だが、しかし。
私がこのままでいる訳がないでしょーが!
部外者だと思われているが、どう考えても、がっつり当事者だ。
エセ神がなにかを画策した上で私に接触してきたのは、疑いようもない。
ならば。
火中の栗を拾うどころか、全力で蹴り出してやろうじゃないの。
そう新たに決意する頃、帰宅後間も無くゲーム仲間からメールが届いた。
一瞬誰かと思ったら、太鼓のトップランカー太鼓職人だ。
メールの内容は、ヒロの情報だった。
連絡網、ここまで行ったか…ちょっとびっくりした。
太鼓職人の情報では、星合駅、ゲームセンターの逆方向側で、ヒロを見たと言うのものだ。
時差はなさそうだ。
「間に合う?」
すぐさま自転車をかっ飛ばす。
画像も付いていたから、迷うこともない。まあ、駅の周辺は大体わかっている。
とにもかくにも、全速力だ。交通ルールを守りながらの全速力は意外と難しい。
しかし、ここで無茶はできない。
全速力の自転車が人に当たれば大惨事だし、自動車に当たれば私が大惨事だ。まず間違いなく負ける。
そんな勝負を挑むつもりは毛頭ない。
星合駅を越え、画像のコンビニを目指す。
コンビニを通りすぎた時、見覚えのある後ろ姿が見えた。
間に合った!
「ヒロ!」
いっそこのまま、自転車ごと体当たりでもしてやろうかと思ったけど、相手がヒロだと自転車でも負けそうな気がするから、やめておく。
僅かに首を傾げて立ち止まったヒロの目の前に、自転車を停めた。
「捕まえた!」
「…よく、ここにいるのがわかったな…?」
「私の情報網を舐めんな!」
大体、ヒロは目立つ。見間違えるキャラでもない。意識して探せば見つけることはさして難しくないはずだ。
今回は探す目も多いのだし。
捕まえろと言っている訳でもないからなおさらだ。
見つけて連絡。実に簡単だ。
「何の用だ?」
「用件なんか、一つしかないよ!」
自転車から降りて、私はヒロを睨んだ。
「冥記だよ! 冥記は世界を壊したいの!?」
「さあ、な」
ヒロは面倒くさそうに、肩を竦めた。
「なに他人事みたいに言ってんの!」
「実際、他人事だよな」
「世界が壊れたら、他人事じゃないよ」
「それもそうなんだけどな」
「なんでそんなに適当なの…?」
ヒロの態度はどうにも煮え切らない。
積極的に冥記に協力しようとは思っていないように見える。
じゃあ、介入しないでくれればいいのに。
「保護者なら、冥記を止めてよ」
「保護者じゃねぇよ。腐れ縁みたいなもんだな」
「どっちでもいいよ」
違いとか私には関係ないよ。
ヒロが冥記の縁者である事実は変わらない。
「…ねえ、冥記は何がしたいの? 世界を壊して、冥記になんの利益があるの?」
世界征服とかだったらまだ分かりやすい。
世界なんか征服したって面倒なだけだろうけど、支配欲を満たすためにやりたいんだろう。くらいはわかる。
じゃあ、世界を壊すのは?
破滅願望?
それにしてはなんか温い。
元がゲームなだけに、破滅願望ほどの狂的なものを感じ取れない。
これはただの、私の主観なんだけどね。
破滅願望と言うより…なんて言うか、子供が気に入らないものを壊したい、ような…?
「壊して…それで、冥記の気が済むの?」
「どうなんだろうな…? ただ、あいつは自分の居場所がない現状をぶち壊したいんだろう」
「居場所…」
「冥記の家は複雑でな…俺からすれば、馬鹿らしい限りだが…『冥記』の名から逃げられないでいる…当麻はそこから逃げ出したいのかもな…」
「意味が…わからないんだけど」
逃げるために壊す。それも一つの手段ではあるだろう。しかし、壊す先が違うんじゃないの?
「あいつが逃げたいって言うなら、手を貸してやるさ。俺にはそれくらいしかしてやれないしな」
言って、ヒロは私の頭を鷲掴みした。
「だから、お前はもう関わるな。いいな」
いつものように私の頭を揺すって、ヒロは背を向けて歩き出す。
私はその背中を見詰めていた。
追いかける気はなかった。
冥記のしたいこと、ヒロのしたいこと。
私の知っていること。
なにか…微妙なズレがある。
そのズレが気持ち悪くて、原因を考えるのに必死でとてもヒロを追いかけられない。
わたしの思考がこんな有り様では、ヒロを止めることなんて無理だ。当然、冥記は論外だ。
その場に立ち尽くしていると、肩を小さく叩かれた。
「大丈夫、か?」
「高遠…」
振り返ると、高遠が心配そうな顔で立っていた。
「高遠…どうしてここに?」
「ナルが…お前とヒロが喧嘩しているみたいだと言ってた…本当に喧嘩なら、お前リアルなら瞬殺食らうだろうから…」
「止めにきたって? リアルでやり合う訳ないじゃん」
一応、ナルは私のことを心配してくれたんだと思う。
事実、リアルでヒロに勝てる訳がない。
生徒会室でも話したように、久我っちくらいでないとタイには持ち込めないだろう。
ヒロが強いことを、当然知っているナルは、高遠に丸投げしたな。
わかるけど、わかるけどね!
「ヒロと喧嘩って、何があった?」
高遠の問いに、私は深いため息をついた。
「ヒロ…世界を壊す側だったよ…」
「? 世界を壊す?」
話が見えなくて、高遠は首を捻った。
ここで話す内容でもないので、とりあえず移動する。
って、コンビニのイートインなんだけどね。コーヒー買って、一番奥の席に引っ込む。
そこで、冥記を引っくるめた全てを話した。
今、私が知っていることならば、高遠に話しても問題はないだろう。
そもそも私、守護者じゃないし。私に伏せられている事柄もいろいろあるだろうし。
ゲーム知識である程度補ってはいるけど、もしかしたら細かい点は、いくつか違うかも知れない。確かめ様がないんだけどね。
「それで、世界を壊す。か…」
「どうして、そんなことになったんだか…」
「『名』に縛られているって言ったんだな?」
「うん」
「『冥記』を捨てられないのがその証拠だろう。守護者から完全に離れたいなら、神宮寺の先祖? みたいに名前を変えればいいんだ。それをしなかったってことは…そう言うことだ」
「ああ、そうだね」
満月を三木に変えて守護者から完全に決別した。それが光の守護者の覚悟でもあったんだろう。
だけど、冥記はそれをしなかった。覚悟がなかったのではなく、本当は探してもらいたかった?
「本当は戻りたかった?」
「戻ってこいって言われたかったんじゃないのか?」
戻ってこいと言われたかった。必要なのだと、求められたかった。
ああ、そうか。
「必要とされたかった…その思いを捨てられなかったんだ」
居場所がないと、だから壊すと冥記は言う。
それは『冥記』の、闇の守護者たちの渇望だ。
冥記当麻が、なにより色濃くそれを受け継いでしまった。
だから、ヒロは冥記を止められない。
「それに」
「うん?」
「封印が解かれて、本当に世界が壊れるのか?」
「え?」
高遠の問いに私は目を見開いた。
「封印が解かれたらヤバいってことは解る。あの化け物が出てくるのも、解る。しかし守護者は他にもいるだろう? 化け物が世界を壊すほど出てくるのは防げるんじゃないか?」
「…………」
高遠の言うことは一理ある。
確かに封印が解かれたらあやかしが解放される。
だけど、守護者たちは学園以外にもいる。学園の彼らが中心にいるように見えるのは、ゲーム補正のようなものだ。
だったら、あやかしには十分に対応できる筈だ。
アヤもいれば、再度封印を施すことも不可能ではない。
最終的に世界は壊れない。
本当に?
私はゲームオーバーの画面しか知らない。
ゲームは学園があやかしに襲われるところで終わる。その先はない。
それが『ゲームオーバー』。ゲーム世界の終わり。
だけど、私にとってここは現実だ。
ゲームオーバーの後にも世界は続く。
続く…はず?
「何か…ちょっとわからなくなってきた」
さっき感じたズレはこれだったんだ。
高遠のように、冥記やヒロは封印を解いても世界が壊れるとは思っていないんだろう。
冥記はどうかは解らないけど、ヒロは多分守護者が防ぐと思ってるんじゃないだろうか。
なら、あの煮え切らない態度もわかる。
そして、私は世界が壊れると思っている。
それしか知らないから。
バッドエンドの先を知らないから。
じゃあ、世界は壊れるの? 壊れないの?
どっちだ?
「ショウ…大丈夫か?」
思わず頭を抱える私を、高遠が覗き込む。
「ちょっと…アイデンティティー崩壊の…危機…」
「は?」
なんかもう、世界の前に私が壊れそうだよ!
この期に及んで、思ってたのと違う方へ行く…