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翌日、授業後生徒会室に呼び出された。
わかってる。昨日のことだよね。
何と言っても私が唯一の目撃者。っていうか、遭遇者。
そりゃ、いろいろ聞きたいよね。
中に入ると、守護者たちが勢揃いだ。ん? 久我っちもいる。それにアヤも。
ヒロインだから、この場にいるのは当然…なのか?
私はひとつ空いた席に座る。アヤの右隣だ。
「じゃあ、昨日の一件について話を纏めたいと思う」
おもむろに話し始めたのは五十嵐先輩。議長ですか。
「昨日の侵入者の姿を見たのは明宮だけだと言うのは間違いないか?」
皆が頷いて見せる。
目撃者は誰もいない。これは重大事項だ。
守護者たちに気付かれることなく、冥記たちは学園に侵入したことになる。
「侵入者の気配に気付いたのは職員室まで来た、俺たちだけだと思う」
「それまでは僕も気が付かなかったよ」
「そうか…それで明宮はどうして学園長室にいたんだ?」
五十嵐先輩の言葉に皆の視線が集まる。
「私はたまたま職員室から出たところで結界が発動したんです。それでどこか安全な場所に避難しようと思って、学園長室に行ってみたのですが」
「中に入ったら、侵入者がいた、と?」
「と、言うか…扉まで近付いたら人の気配があったので、誰か他にいるのはわかっていました」
うん。結界の中での気配だったから、てっきり味方だと思ったんだよね。
結界内で動けるんだもん。あの状況だったら味方だとしか思えないよね。私に索敵能力はないのだし。
根拠まで述べれば、五十嵐先輩や皆はあっさり受け止めた。
前列ありの私だけに、皆もそれ以上は突っ込まない。
「下手に動き回らなかっただけましだったが、今回ばかりは災難だったな」
「ただ、お陰で侵入者二人の顔も名前もわかっているのは有難いよ。目的はまだ解らないけれど…」
「あの雰囲気、何らかの形で封印を破壊しようとしているのではないかと思います」
「それは委員長の推測ですか?」
「そうです…ですが、間違っているとは思いません。冥記は邪魔をするならば、排除すると言いました」
「物騒な話ね…」
エレン先生がため息をつく。
「話し合いの余地はなさそうですね」
「話し合うつもりがあるなら、私たちの誰にも会わないまま、消えたりはしないと思うわ」
「今回は、宣戦布告と言うより、ただの様子見だろうね。二人も侵入されて後手に回るなんて…」
火村先輩の言葉を拾ったのは五十嵐先輩だった。
「冥記とヒロか……しかも…ヒロと言う男は明宮と顔見知りだと聞いたぞ…一体、どういう関係だ?」
「……以前…良くない人たちに絡まれた時に、助けられました。ヒロは何か武術を扱えるようで、素人目にもかなり強かったですよ」
かなり、いや相当強い。その辺の不良なんて瞬殺だよ、瞬殺。
「お前が強いっていうなら、そうなんだろう。なら、そいつが出て来た場合は俺が相手をした方が良さそうだな」
久我っちが腕を組んで言った。久我っちも剣術なら段持ちだ。ヒロとはいい線行くだろう。
「俺とどちらが強い?」
「ヒロは素手ですから、何とも…総合格闘技? を扱うようです」
「ヒロ…影山大輝だな? 名前で呼んでいるのか?」
は? いきなり、何を言いだすのか…
「そう呼べと言われましたので」
「名前で呼んで欲しいと言ったら、呼んでくれるんだ…」
火村先輩が、良い事を聞いたと言う雰囲気を滲ませ呟く。
ちょ、そこ?
引っ掛かるの、そこ?
今、どういう状態かわかってんの?
大体、名前でとか、呼ぶわけないでしょーがっ!
そこの水の守護者二人、名案だっ! って顔しない。五十嵐先輩も思案しない。
冷静になりなさい!
「く、冥記と言う少年の力量は不明です!」
とにかく、軌道を修正する。
無理やりに話を戻す。
さすがに火村先輩は表情を戻した。
いや、当然なんだけども。
「…冥記と言う人物については、少し調べてみたんだ」
「何か、出たんですね?」
和泉先生の確かめるような言葉にぴりと、緊張が走る。やっと、空気が戻ってきた…
それにしても早い。昨日の今日で調べられるなんて…やはり、間違いなく守護者一族の中心にいるだろう火村先輩は違う。
「特殊な名前だからね…結論から言うと、冥記…冥記当麻は守護者だよ」
「え?」
火村先輩の投下した爆弾発言により、一同凍り付いた。
「…どういうことだ?」
凍り付いた空気を一気に絶対零度まで引き下げたかのような気配を纏い、五十嵐先輩が低く問う。
火村先輩は表情を変えることなく、言葉を続ける。
「冥記は七十年程前に行方不明になった、闇の守護者の血筋だよ。間違いなく、ね」
「闇の…?」
首を傾げるのは唯先輩と土屋君と河澄君。アヤはそもそも、話についていけなくてきょとんとしている。
私は…当然、そのことは『知って』いる。
が、沈黙を維持する。
「本来の守護者は私たち四属性の他に『光』と『闇』がいた…と言うのは、聞いたことがあります」
和泉先生は今守護者に名を連ねていない、残りの二属性のことを知っていた。多分、エレン先生もだろう。
五十嵐先輩は、知ってはいるようだ。
「守護者は本来、六属性存在していたんだよ。残りの二属性が軽んじられるようになったのは、明治維新の頃に遡るようなんだ」
「え、どうしてですか?」
話についていけなくても、疑問を抱いてアヤが火村先輩に視線を向ける。
「詳細は追えていないんだけど、この二属性は、僕たちのような目に見える力の発現がなかったようなんだ」
そう。光と闇の守護者の力は維持と安定。封印を形成しているのが、風火土水の四属性なら、その封印の安定しているのが、光と闇。
だけど、維持と安定は目に見える力じゃない。要するに地味なんだね。そのために、二属性は次第に軽んじられるようになった。
守護者の中で待遇の格差が生まれるようになり、七十年程前の戦争の混乱に行方不明になった。
それが火村先輩の説明だった。
そして、冥記がその行方不明だった闇の守護者の血筋だと言う。
皆は初めて聞く話なのか、目を丸くしている。
和泉先生でさえ、初耳なんだろう。
「行方不明のまま…探さなかったのですか…?」
「当時は探さなかったようです」
「え、でも、同じ守護者なんでしょ?」
「この件に関して、年寄り連中の口が重い…後ろめたいのか、そもそも重要視していなかったのか、どちからは解らないけれど…」
言って、火村先輩はため息をついた。
二属性の守護者を失うことがどれだけ不味いことなのか、忘れてしまったのだ。
そのために、こんな状況になってしまった。
バッドエンド目前だ。実にまずい状態なのだ。
本来、封印されたら、そう簡単にあやかしが出現するはずがないんだ。それが出てくると言うことは、封印に綻びが生じているから。
綻びているのは、維持と安定が正しく機能していないから。
つまり、冥記は唯一封印を壊せる存在と言うことだ。本来担うはずの安定を排除すれば良いんだから。しかも、今は封印事態が弱体化している。
「そして…」
火村先輩の話は終わらない。視線がアヤに向けられる。
「光の守護者は……神宮寺さんが…受け継いでいると思われる……」
「わ、たし…?」
アヤは呆然と、火村先輩を見た。
「神宮寺さん?」
ここで、アヤの名が出たことは誰にとっても意外だった。
冥記の素性を聞いた時よりも動揺が強い。
「わ、私が…そんなはずありません!」
アヤは何度か首を横に不利、火村先輩の言葉を否定する。
「神宮寺さんの旧姓は『ミツキ』だよね?」
「…はい…『三木』です…」
「本来は『満月』と言う字を充てるんだよ…それは行方不明の光の守護者の姓でもある…」
充てる字を変えたのは、光の守護者はここに戻るつもりがなかったのかも知れない。
だけど、巡り巡ってこの町に戻ってきた。
それが、このゲームのヒロインに隠された秘密。
ヒロインは、この町に来るべくして来て、攻略対象者に出逢うべくして出逢った。
つまりは、そういうことだ。
全て、決まっている。
癪なことだが、ゲームの設定なのだから仕方がない。
いろいろとイレギュラーな事が起きて、随分とシナリオに変更があるようだが、基本設定に影響はない。
冥記の存在が知られて、その流れでアヤの秘密が明らかになっていく。
この流れはシナリオ通りだった。
「…いきなりこんな事を言われても混乱すると思うけど…僕は間違いないと思う…」
火村先輩のだめ押しに、アヤは一旦視線を机の上に向け、次いで私を見て火村先輩に戻した。
「…実感はありませんが…もし、私が守護者だとして…何か出来ることがあるんですか?」
アヤは光の守護者を受け入れる。
迷いのない瞳は、何かを決意した瞳だった。
アヤの言葉に火村先輩は頷く。
「封印を護るために、力を貸して欲しい」
「はい」
アヤは強く頷いた。
そこから先、私は茅の外だ。
この一件は、守護者とそれに纏わる者の領分だ。私は完全に部外者なのだ。
「明宮、話は以上だ。お前は帰れ」
「…………わかりました」
不意に放たれる五十嵐先輩の言葉に、私は立ち上がる。ここでごねるつもりはない。彼らの言い分は理解できるのだ。
「気をつけて…」
「また、明日ね」
「はい」
アヤに一言だけ返して、私は生徒会室を後にした。
これから何を話し決めて行くのか…
どのような結論が出ようと構わない。
彼らが何を決めようと、私のするべきことは一つなのだから。
風呂敷をたたみ始めました(苦笑)