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卒業よりも、外部への大学受験を目の前に控える三年生たちの雰囲気が落ち着かない。持ち上がり組はまだのんびりしているみたい。
ピリピリとまではいかないけど、見た目の雰囲気でどちらかが識別できそうだ。
守護者ふたりは、学力、内申的に不安材料はないのかかなり余裕だ。
妬み僻みの的になりそうなものだが、表立ってそんな感情を向ける無謀なチャレンジャーはいなかった。
ちょっと、残念な気もしなくもない。安全圏から見物したかった。
まあ、実際は皆それどころじゃないってことだろう。
センター試験、もうすぐだもんね。
ラストスパート大変だなあ。
そんなセンター試験も終わったところで、いきなり風紀委員に呼び出された。
なぜ?
全く心当たりはない。
考えに考えて唯一思い当たるのは私がモデルらしいアノ薄い本だが、私は被害者だ。
アレについて何か言われるのだったら、不本意この上ない。
断固、抗議する!
本当にそうだったら…マジで嫌なんですけど。
嫌な予感を抱えつつ、風紀委員室へ向かう。この学園、主要委員の専用会議室みたいなものがあるんだよね。部室みたいなものかな。
普通の委員ならいいけど、風紀委員だとさ指導室に向かうようなプレッシャーがあるよね。
あーやだやだ。
それでも、狭い学園内なので、いくらゆっくり歩いてもすぐに着いちゃうんだよね。
扉の前で小さく深呼吸。
「明宮です」
声をかけて扉を開ける。
中に入ると、会議用机の一番奥に委員長の五十嵐先輩、手前に副委員長の二人がいた。委員長の補佐のためか、風紀は副委員長が二人いる。
? あれ、この顔ぶれは違反関係じゃない?
「来たな」
「はあ」
うん、呼び出されたからね。
訝しげに見上げていると、五十嵐先輩は前置きもなく言葉を紡いだ。
「明宮、お前風紀委員にならないか?」
「え、嫌です」
うっかり、コンマゼロの反射で即答しちゃったよ。
副の二人がぎょっとしている。
五十嵐先輩は眉間に皺が寄っている。あの皺に爪楊枝は何本挟めるのだろう。
「何故だ?」
「面倒くさそうだから」
「……」
副の二人は目を白黒させている。
今まで、風紀委員を『面倒くさい』でぶった切った人がいないんだろう。主に五十嵐先輩の威圧感のせいで。
だがしかし、私は言うぞ!
嫌なものはイヤ!
「お前に向いていると思うぞ」
「向き不向きは関係ありません」
嫌だと言っておろうが!
「…お前になら、後を任せられるんだが…」
卒業後の風紀委員のことを心配しているのだろうけど、私には関係ない。
大体、私が風紀委員とかになったら、ゲームセンターに入り浸れないでしょーが!
そこ、何よりも重要!
私の数少ない楽しみを奪うな!
風紀に関しては、見た目委員長キャラは損だ。どうしても先入観を持たれてしまう。
それを許容するつもりは、毛頭ない。
「他を当たってください」
「どうしても無理か」
「無理です」
睨まれても怯まない。
怖くないもーん。
睨み合いになった。
これは持久戦か…
そう思って内心でため息をついていたら、いきなり扉が開いた。
「圭介!」
ノックもなしに入ってきたのは火村先輩だった。
「侑紀…」
火村先輩の姿を見て五十嵐先輩は舌打ちをする。
「圭介、抜け駆けは困る」
火村先輩は五十嵐先輩に向かって、真っ先に苦情を述べた。
はい?
抜け駆け?
だから、五十嵐先輩は舌打ちをした?
二人の視線からして、その『抜け駆け』は私に掛かっているみたいなんだけど。
「明宮さんは、生徒会を任せたいんだ」
げ。
生徒会ときたよ。
そう言えば、この学園は二月に生徒会役員の選挙があるんだっけ。
ゲームでもさらっと流れたし、自分に関係ないから気にも止めなかったよ。
「生徒会? 明宮は風紀委員の方が適任だ」
「そんなことはないよ。明宮さんは生徒会長だって務められると思うね」
何の話だ。
風紀委員だとか生徒会だとか。
本人を抜きにして話を進めるのはやめてもろいたい。
だ・い・た・い。
今はそんなことを言っている場合じゃない。
これから先、学園崩壊を賭けた一大イベントが控えているんだって!
本当にヤバいんだって!
「風紀委員も生徒会もお断りします!」
もう、話さん!
この件については一言だって話さん。
私はきっぱり言い切ると、開いた扉から出て行った。
うおー!
重要事項なのに言えないジレンマ!
一体、何度目なのか数えるのもやめたよ。
本当、叫びたい。
「王様の耳はロバの耳ーっ!」
意味が食い違っているが、それはこの際気にしない。
いっそ裏庭に穴でも掘って、叫ぶか。
種が蒔かれて花が咲く頃には、きっと全てが片付いているはずだし。
まあ、それを実際に行動している姿は、この上もなく怪しいからやらないけどね。
やっぱり、一番のストレス解消はゲームだよね。
今日は、ゲームセンターに行こうっと。