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とりあえず、大きな面倒事もなく、ゴールデンウィークだ!
ゴールデンウィークには単身赴任していた父さんが帰ってくる。
父さんが帰って来るのは長い休みの時がほとんどだ。
海外に単身赴任しているんだから、こればっかりは仕様がない。
で、帰ってくる長い休みには、出かけることになっている。
せっかくの休みなんだから、家でゆっくりすればいいんだけどね。
小さかった頃は確かにそうだった。
家に帰ってきた父さんはのんびりしていた。
が、のんびりしていたのは父さんだけで、母さんは一時もじっとしないで忙しそうだった。
父さんが家のこと全部を母さんに押し付けてた訳じゃないよ。
父さんラブの母さんが、久しぶりに帰って来た父さんを全力でもてなした結果なんだよね。
ご飯はとにかく手の込んだ仕込みもばっちりのものばかり。掃除はひっきりなし。
張り切るのにも程があるでしょって言う勢いだった。
毎回こんな調子なものだから、先に音を上げたのは父さんの方だった。
母さんに負けないくらい、父さんは母さんラブだった。
つまりこの夫婦は相思相愛のラブラブなのだ。
子供の私が見ても暑苦しくらい。
ラブラブって言うくらいだから、父さんは母さんとイチャイチャしたい。でも、母さんは父さんのためにって甲斐甲斐しく世話を焼く。
そのため、じっとしていないもんだからイチャイチャできない。
イチャイチャするためには、母さんにじっとしてもらわないといけない。
じゃあどうするか。
家事一般、母さんがしないようにすればいい。
そうだ、リゾートに出掛けよう。
家から出てしまえば、家事はしなくて済む。
ついでにデートもできて、一石二鳥!
と言う、考えに行き着いたそうな。
それ以来、我が家は長いお休みで父さんが帰って来ると、一家総出で旅行に出掛ける。
今年のゴールデンウィークは軽井沢だって。
高級ホテル。
うーん、普通じゃ駄目なのか。
まあ、父さんの掲げるコンセプトが『リゾートでまったり』だもんねえ。
高級ホテルって言っても、私の格好は変わらない。
あくまで、Tシャツにパーカー。
まあ、向かう方向間違えたやんちゃな次男って、よくあるシチュエーションだよね。
出掛けに、母さんと御幸ちゃんは私を見て実に残念そうにため息をついた。
いつものことなので、私は気にしない。
さあ、リゾートに出掛けよう!
◇◆◇
到着したホテルはガイドブックにも絶対乗っているホテルだった。
「嘉之さん、素敵ねっ!」
「うん、落ち着いたいいホテルだね」
格調高く雰囲気のあるロビーで母さんがはしゃいでいるのを、父さんは微笑ましく見つめている。
もう、デレッデレ。見ていられないよ。
私たち、完全にお邪魔虫だよね。
ちょー大きいコブふたつ。
でも、ふたりはそんなことこれっぽっちも気にしてないみたい。いつの間にか腕かなんか組んじゃって、大変仲も睦まじい。
「御幸ちゃん。いつも思うんだけど、私たち旅行について来ない方がいいんじゃないの?」
その方が、ふたり共一層イチャイチャできるんじゃないの?
それが親孝行ってものじゃない?
言うと、御幸ちゃんは苦笑いした。
「…そうは思うけど、俺たちが残ったら、それはそれで母さんは気にするだろ」
「そーかなー?」
「そうだよ」
相変わらずの苦笑いで、御幸ちゃんは私を小突いた。
気に、するかなあ
「しぃのこと、心配しない訳がない」
「え、断定?」
聞き返したら、御幸ちゃんは真面目な顔でゆっくりと首を縦に振った。
釈然としないなあ。
私、そんなに頼りないかなあ?
「そう言うことじゃないよ」
ぼやく私に、御幸ちゃんは小さく息をついた。
意味が解らない。
首を傾げながら、私は一番後ろをついて部屋へと向かった。
夕御飯はホテルのディナー。
フレンチのコースだって父さんは言ってた。
テーブルマナーは少々躊躇するけど、美味しいご飯が食べられるなら頑張るよ。
予約の時間になって意気揚々と部屋から出ようとしたら、母さんに止められた。
「しぃちゃん。早く着替えましょうね」
「着替え?」
なにソレ。
唖然と振り返ると、満面の笑みを浮かべた母さんがスーツケースを転がしてきた。
「このワンピース、しぃちゃんに似合うと思わない?」
「え?」
実に嬉しそうに、母さんはスーツケースからペールグリーンのワンピースを取り出した。
げ。
まさかそのスーツケース、私の着替えが入ってるの?
やけに荷物が多いなあ、って思ったんだよ。
なんで、スーツケースふたつもあるんだろうって。
まさか、ひとつは私のだったとは。
「ほら、しぃちゃん」
「しぃ、たまには親孝行しような」
「御幸ちゃん…」
薄く笑う御幸ちゃんに背中を押された。
さては御幸ちゃん、母さんが私の着替えを準備したの、知ってたね。
知ってて、黙ってたね!
「しぃちゃん、ほら」
「えーー」
嬉々とした母さんに引き摺られて、私は寝室に移動するしかなかった。
スーツケースには必要なもの全部が入っていた。白のカーディガンと靴があわせて出てきた。それ以外の色もちらりと見える。
一体何着詰め込んだのか、怖くて聞けない。
この分だと、ホテル滞在中は母さんの着せ替え人形になるんだろうなあ。
そんな計画があるから、家を出る時になにも言わなかったんだ。
ぬかった。
大概、諦めてくれたんだと思ってた。
向こうの方が一枚上手だったか。
髪を整えられ、ナチュラルメイクまでされて、私のテンションはだだ下がりだ。
ただでさえ、本格フレンチのテーブルマナーに気後れしているのに、着なれない服装なのでいつものようには動けない。
いやでも、小さくおとなしく動くしかない。
はっ!
まさか、それが狙いか!
やるな、母さん。
「しぃちゃん、可愛いわよ」
飾り付けが終わったらしい。
鏡の中に見慣れない人がいる。
いや、私なんだけどね。不本意ながら。
見慣れないなあ。
大体、このちっちゃいバッグには、何を入れるものなの。ハンカチっきゃ入らないじゃん。
普段、こんな格好しないもんなあ。
さっぱり勝手が解らない。
思わず鏡の中の自分を睨み付けていると、母さんがドアを開ける。
「嘉之さん、さき君、見て。しぃちゃん、可愛くなったでしょ?」
「美潮? 見違えたよ。美人さんになったなあ」
父さんは満面の笑みを浮かべている。
御幸ちゃんも嬉しそうな顔。
そんなに普段の私は気に入りませんか。
そーですか。
あれも確実に私なんですけど。
「しぃ、そんな顔しない」
「……」
私の飾り付けか巧くいって父さんと母さんはご機嫌だ。
「やっぱり、渚さんに似たから、美潮は可愛いんだね」
「違うわ。しぃちゃんは嘉之さんに似たのよ。目元なんてそっくり」
可愛いのは互いに似たんだとか、親バカ発言にまでいっちゃってますよ。
やれやれ。
ソレ、外では絶対に言わないでよ。
お願いだから。
げんなりしている私に、御幸ちゃんは続ける。
「母さんにちょっとくらい夢見させてあげてもいいだろ?」
「夢…」
御幸ちゃんに宥められて、私はため息をついた。
「…わかりました」
せっかくの家族水入らず。
私のせいで、雰囲気悪くする訳にはいかないよね。
「旅先の恥はかき捨てって言うしね…」
「恥なのか…」
私の独り言を聞いて、今度は御幸ちゃんがため息をついた。