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月の姫君とそのナイト?   作者: 向井司
一部 月の姫君とそのナイト?
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 鏡をじっと見つめ、前髪を味も素っ気もない紺色のピンできっちりとめる。お洒落さゼロのゴツめの眼鏡を掛ければ完成。二つに分けた三つ編みも完璧。

 鏡の中にいるのは、所謂学級委員長だ。学級委員長には、気が弱い系と強い系がいるけど、勿論私は気が強い系。実際に委員長という訳じゃないけどね。


「しぃちゃん…本当にその格好で学校行くの?」


 しぃちゃん…私のことだ。


 私の名前は明宮美潮(あけみやみしお)。壁に張り付いて、泣きそうな顔をしているのは、母さんの(なぎさ)


「行くけど」

「折角の入学式なのにい」


 素っ気なく返すと、母さんは恨めしそうに私を見る。

 高校生の子供がいるとは思えないほど、母さんは時々子供っぽい。見た目も二人の子持ちとは思えないほどだ。実子の私が思うんだからかなりのものである。


「中学からの持ち上がりだから関係ありません」


 中等部から高等部への持ち上がりなので、残念ながら入学式というわくわく感はない。一学年上に進級したという感覚しかなかった。


「行ってきます」

「しぃちゃん~」


 とりあえず、母さんの嘆きは無視して、玄関から出ると詰襟姿の男子高生。


「お待たせ、御幸(みさき)ちゃん」


 御幸ちゃんは一つ上の兄だ。母さん似で、全体的に穏和な感じの所謂女顔であることを、本人は非常に気にしている。身長が百六十二の私より三センチしか高くないことも気にしている。

 気にするな、きっと伸びるよ。父さん、八十越えなんだからさ。何て気休めは言わないんだけどね。


 可愛くっていいと思うんだけどなあ。

って言うと、拗ねるので要注意。


「しぃ、お前それで行くのか…」

「当然」


 私は大きく頷いた。

 私の格好が、母さんだけでなく御幸ちゃんにも不評であることは解ってる。

 解ってるけど、これは譲れない。

 御幸ちゃんは私の返事に溜め息をついた。が何も言わなかった。

 さすが御幸ちゃん。諦めが早くて助かる。

 路地を曲がれば、私と御幸ちゃんは乗るバスが違うので別れる。

 私はすぐに来たスクールバスに乗り込んだ。


 バスが向かうのは、白月(しらつき)学園高等部。白月学園は名門の所謂お嬢様&お坊ちゃん学校だ。

 全校生徒の半分が上流階級で半分が庶民。昔は上流階級で占められていたのだけど、何代前かの理事長が『いろいろな友人を作るべきだ』とか何とか言って、庶民に門戸を開いたらしい。


 ちなみに、学園に来る庶民は上流階級への憧れから入学する場合と、上流階級にコネを作りたい場合、単に学園の雰囲気が気になって、の三種類がある。


 私はどれにも当てはまらない。強いて言えば、母さんはお嬢様に憧れているのかも知れない。

 そのせいで、中二の夏に引っ越した際、白月学園に転入させられたのだ。

 転入についての説明を受けるまで、私は白月がお嬢様&お坊ちゃん学校だなんて全く知らなかったから、校門で行き交う生徒を見て、中学生ながらも驚いた。

 そんな学校が本当に存在するなんて思わなかったし、まさか自分が通うなんて想像したこともなかった。


 その頃は、精神的にもかなり不安定な時期で、私はお嬢様と言う属性を完全に拒絶した。


 年頃の娘と姉妹みたいにきゃっきゃしたいと言う、母さんの願望は解らなくもなかったけど、どうしたって無理だった。


 何故なら、私は前世が男だったと言う記憶があるから。


 はっきりとした記憶はない。ただ、物心ついた時から、自分は男なんだと漠然と思ってた。

 だから、家族が私を女の子扱いする意味が解らなかった。

 言動も男の子みたいだったし、遊ぶのも専ら男の子のみ。それが普通だった。何の疑問も持たなかった。

 一大転機が訪れたのは、中学校の入学のためにセーラー服を試着した時だった。鏡に映った姿を見て、雷に打たれたみたいな衝撃を受けた。


 唐突に、自分は女の子なんだと気が付いた。


 本当にショックだった。しばらくご飯が食べられなかったくらい。

 一体どうして、自分は男なんだと思っていたんだろう。散々考えた結果、どうも自分には前世の記憶があるのだということに気づいた。


 前世の私は、高校生だった。両親と三つ離れた姉がいた。

 確か高二の夏に交通事故に遭ったんだと思う。

 そのあたりも含め、記憶は結構曖昧だ。精神を守るための自己防衛なのかも知れない。


 前世のことを思いだそうとすると、いつもざっくりしたことしか解らない。


 簡単に言うと、幼稚園のころを思い出す感じ。年中の時ははゆり組だったことは覚えていても、その一年何があったかきちんと思い出せる人はそんなにいないよね。

 今の私が思い出せるのもそれくらい。


 だからと言って、混乱しない訳がなかった。


 私はどうしたらいのか解らないまま、中一を過ごし、ちょっと落ち着いたかな、って時に転校した。


 この白月学園に。


 ここで完璧に自分の許容範囲を越えた私は、お嬢様になるのを拒絶するために、学級委員長キャラになりきることを決めた。


 今考えると馬鹿らしくもあるんだけど、当時は必死だった。


 どうやってもお嬢様みたいに振る舞うことなんてできない。かと言って、今までみたいに男みたいに振る舞う訳にもいかない。


 何しろ場所はお嬢様&お坊ちゃん学校。下手に浮くのも困るし、先生に目をつけらるのも面倒くさい。


 じゃあどうするかと考えた時に浮かんだのが、委員長キャラだった。

 委員長キャラになって周囲に誰も寄せ付けなかったらいいんじゃないかと。


 いやもう、何でそう思っちゃったんだろう。自分でも本当に謎だ。

 過去の自分にアドバイスできるのなら、一言言ってやりたい。

 いくら何でも極端過ぎませんか、と。

 でもまあ、転校初日から委員長キャラを実践すると、予想通り私に近づく人はいなかった。


 私は必要なこと以外は話さなかったので、本当に静かだった。頭の中はまだぐちゃぐちゃだったけど、特に誰とも話さないのでそれを知られる心配は一切なかった。


 これは意外に快適だった。

 そもそも、ガールズトークなんてまともにしたことなかったしね。


 要するに、ぼっちな状況で私は中等部を乗り切り、今日から高等部生活開始と言うわけだ。


 バスから降りて、中庭に貼り出されたクラス割を見て、教室へと向かう。

 C組の黒板には五十音順の座席表。


 私は明宮だから窓際の前から二番目だった。


 私の高等部一年はここから始まる。


 何のかんのと言っても、やっぱり楽しみだったのだ。





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