死蘭醒誕
第四話の投稿です。
巫狐の口から、父親の真実を聞いた。晶。彼の決断は――?
そして再び姿を現した《鳥頭獣型悪魔》。彼との戦いのために集った『処刑人部』が目の当たりにしたものは――。
《鳥頭獣型悪魔》との戦いから、二週間が過ぎた。利里は意識は取り戻したものの、いくらか骨や内臓の損傷などが激しいらしく、今もまだ退院は出来ていない。
『処刑人部』の面々は、彼女抜きで今後の対策を検討中だった。
「先生。何か新しい情報はないですのん?」
「ええ。近所のぬこさん達にも訊いてみましたが、何も分からない、とのことですわ」
「貴女猫と喋れるんですか――?」
「もちろん。三毛猫、雉虎、ロシアンブルー、チンチラ、トラ、ライオン、豹、猫科の動物となら誰とでもお話が出来るのですわ!」
「それはもう猫ヲタクの域を超越しているのねん……」
晶が久々に部室に行ってみると、乃述加と那雫夜がそんな謎の会話をしていた。一応、真面目に情報収集を行っているのだろうが、如何にもふざけた会話にしか聞こえなかった。
「先生、先輩。お久しぶりです」
「あら晶さん。お悩みはもう解決したのかしら?」
「はい。杏樹さんのおかげで。すっかり大丈夫です」
「へえ、樹川さんが・・・・・・。そう言えば彼女最近見掛けないのねん」
那雫夜がさらっと言ったことに、晶は疑問を覚えた。
「(杏樹さんが? そう言えば、確かに最近会っていないけど。如何かしたのでしょうか?)」
だが、まあ彼女にも彼女なりの理由があるのだろう。無暗に首を突っ込むのは逆に迷惑だ、と考えた。
「晶、貴方は何か手掛かりを入手出来たのん?」
那雫夜の問いに、少し戸惑ったが、やがて俯いて、
「それが――まだ何も、入手出来ていなくて。お役に立てずすみません」
そう告げた。だが彼女は特に気にしてはいないようだった。
「別にいいわよん。わたし達だってまだ何も分かってはいないのだし。お互い様なのねん」
「それにしても、ここまで音沙汰もないとは逆に凄いですわ。ここ最近は《鳥頭獣型悪魔》以外の《悪魔》の目撃情報すらありませんもの。北米支部なんて大変ですわね、昨日もアルから電話がありましたが、今月だけでももう十二体になったそうですわ」
「うわあ、大変ですね。北米支部の方は、大丈夫なんでしょうか?」
「二人とも、伊達に四号と十号名乗ってはいませんわ。割とすぐに片づけているみたいですわ」
「ていうか、二人でそんな広範囲を守護しているなんて……。凄いですね」
本当に、凄いの一言に尽きた。自分達は今一体を相手にして二週間もかけているのだ。一ヶ月足らずで十二もの事件を解決している彼らを尊敬してしまう。
「まあ、そろそろ手が足りずに泣きついてくると思いますわ。そうなる前に、あたくし達もこの件を終わらせなければなりませんわね」
コクッ、と那雫夜と晶の二人は頷く。一刻も早く、この事件に終止符を打つ。そう心に誓った――。
その時だった。
「やっほーい。ちょっと遊びに来たよー」
妙に間延びした、晶にとって聞き覚えのある声が唐突に部室内に響き渡った。
「…………何で巫狐さんがここに?」
「誰ですのん? 彼女は。晶の知り合い?」
「この忙しい時に……。貴女昔から空気の読めない女でしたわよね」
凍野家の家政婦、信太巫狐が『処刑人部』の前に現れた。
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「ミコも一応裏世界の情報ルートで色々と調べてみたんだけどさぁ。なかなか《鳥頭獣型悪魔》についての情報は出て来ないなー。でも、一つだけ手に入れたものがあるから、それを伝えに来たんだー」
学生用の机を四つかためて、四人は向き合って話を進める。巫狐の情報ルートは、お互いの腹を探ろうとする輩のせいで偽りの情報なども溢れかえっているらしいが、逆に信憑性のあるものはまず間違いはないのだと言う。
「でも、この情報は晶にとっては少し辛い内容になるから、心して聞いてねー」
「僕に――ですか?」
晶は、自分の名前を出されて少し驚く。何故ここで自分についての話題が出て来るのだ。《鳥頭獣型悪魔》と一番因縁を持っているのは利里ではないのだろうか。
「まずは突拍子もないことを言うけど、いいかなー?」
「巫狐。早くしてください。戦局は刻一刻と変わっていくものなのです。今日の真実が明日の真実とは限らないのですわ。勿体付けないで早く言ってくださいまし」
乃述加がそう急かす。これに巫狐は「やれやれ」といった感じで話の核心をいきなり出してきた。
「晶――旦那様は、貴方のお父様は先代の『処刑人二号』だったんだ」
「……………………は?」
「もう一度言うねー。君の父親は元『処刑人二号』だったんだよ」
反応が出来ない。
父が――かつて『処刑人』だった? そんなことは微塵も知らない。何も聞いたことはなかった。
「そして、もう知ってるよねー。《鳥頭獣型悪魔》が誰に処刑されたと言われているか」
「『処刑人二号』。ですのん」
「ええ、その通り。でも今回の事件で分かっているだろうけど、奴は処刑されていなかった。重傷は負っていたみたいだけど、再び行動を開始した――何故だと思う?」
その問いには、誰も答えられなかった。
全く今の状況が理解出来ない。晶の父親が元『処刑人二号』で、《鳥頭獣型悪魔》を処刑した人物で、何故今になって《鳥頭獣型悪魔》が行動を再開した――?
正直なところ、事実を受け入れられない。何が真実で何が嘘か。誰が正しくて誰が間違っているか。
受け入れ――られなかった。
「……です」
「なにー、晶?」
「嘘です! 何で父さんが『処刑人』で彼が処刑したはずの《悪魔》がまだ生きているのかそいつの目的は何なのか、そんなこと僕は知りませんよ! それに、そもそも本当に父さんは『処刑人』だったんですか⁉」
堪え切れずに、彼は感情のままに叫んだ。はあはあと呼吸が荒げて来る。
「何を信じればいいんですか何を疑えばいいんですか? もう、もう訳が分かりませんよ――!!!!」
「それは――ミコにも分からない」
「……?」
「でも、この件を乗り越えれば何か一つの『真実』に近づけるかもしれない。少なくとも、ミコはそうなってほしいと思うなー」
そう言って、彼女は笑った。邪気の一つもない、笑みだった。
「それにもう一つ。晶にこれを渡そうと思うんだ」
そして彼女は、何処に隠し持っていたのか、何処からか木箱を取り出した。
木箱の大きさは、丁度箪笥の引き出し一段分くらい。少し誇りを被った、古そうなものだった。
「これを開けてみて。きっと、旦那様が君に託そうと、ミコに預けておいたんだと思う――」
そう告げられ、恐る恐る蓋を開けると、そこには――。
一丁の、黒い宝石が全身に散りばめられた金色の銃があった。
「これは、まさか聖三銃器?」
那雫夜が聞きなれない単語を発した。
「聖三銃器? 何ですかそれ?」
晶は思わず聞き返す。普段あまり感情を表に出さない彼女が、この驚きようだ。何かとてつもない存在に違いない。
「いいえ、違いますわ。良く似てはいるけれど、黒い宝石の銃は聖三銃器にはありませんもの。それに、本物だって数年前に消失してしまっているでしょう? こんなところにあるはずがありませんわ」
乃述加が訂正しているがなんの話だか全然分からない。こういう時に一人措いて行かれるのが少し悔しかった。
「聖三銃器って、何なんですか?」
もう一度問い掛けてみると、乃述加が説明を開始してくれた。
「『処刑人』の用いる処刑道具の中でも、最高傑作と謳われる存在――それが聖三銃器ですわ。名の通り三つで一セット。朱色の宝石を埋め込んだ『勇気』、黄色の宝石を埋め込んだ『仁徳』、碧色の宝石を埋め込んだ『知性』。これらがそう呼ばれる処刑道具ですの」
「何だか――何処かで聞いたことのある名前が付けられてますね……」
「そこには触れないでほしいのねん。けど、こんな黒い宝石の銃は見たことも聞いたこともないわよん……」
「それは、件の聖三銃器のプロトタイプ的な存在――『狂騎士』だよー。少なくとも、旦那様はそう呼んでおられた」
そこでやっと、巫狐が口を挟んだ。
「ろ、ロシュフォール……?」
その名は、晶には聞き覚えがあった。
以前病院にて意識を失った際、頭の中に響いた言葉の中にあったものだ。多分父は、自分が『処刑人』だということを隠して生活してきたのだろう。だが、晶はこの『狂騎士』を見つけてしまった。
それがあの言葉の意味なのだろう。
「旦那様は『処刑人』としての自分を何処か責めていて、その事実を奥様にも言わず、同じ境遇にいたミコに相談したんだー。そしてずっと追っていた《鳥頭獣型悪魔》との決着を付けるために家を出て、晶はそのせいで一人になってしまったの。奥様もその頃には海外に行ってしまっていたから……」
「……そうでしたか。でも、少し安心しました。父が一体、如何して亡くなったのかは知りませんでしたので。これで、僕も父と向き合う資格が出来たということでしょうか?」
「うん。そうだと思うなー」
「僕がこの『狂騎士』の遣い手に――、なってみせます」
晶はそう決心する。
だがそこで、巫狐が予期していない言葉を発してきた。
「でも気を付けて。《鳥頭獣型悪魔》は、晶を虎視眈々と狙っている可能性が高い」
「え? な、何故ですか?」
「成程ねん。大体分かったわん」
那雫夜が巫狐の言いたかったことを代弁するかのように語り始める。
「考えてみるのん。《鳥頭獣型悪魔》を処刑したのは貴方の父親。奴はそのことを根に持っている可能性が高い。なんせ、十年間もほとんど行動が出来なくなっていたのだからね。だからその復讐の代償として、貴方を殺そうと考えている可能性が高いわん。だから、無暗矢鱈に危険なことに首を突っ込まないことねん、命が惜しければ」
口調は軽々しいが、彼女の表情は深刻だった。この事実を重たく感じているのだろう。いかにも――仲間想いの那雫夜らしい。
「晶さん、貴方はまだ『執行』をすることは出来ない。つまり、素質を持っていながら戦う術を持っていないということですわ。このことは心しておいてくださいまし」
乃述加も少し声のトーンを下げて言ってきた。
「それに、このことは利里にはくれぐれも言わないでくださいまし。彼女が知ったらきっととんでもないことになるのでね」
「まあ、下手したら町一つ滅ぼしかねませんね。いい加減あいつには自分の力量を把握してもらわないとねん」
「そう言えば、少し疑問だったんですけど――『処刑人○号』って付くじゃないですか。数字の部分って、如何いう基準で決めているんですか?」
そこでふと頭に湧き出た疑問を、晶は口にした。
その問いには、やはり教師らしく乃述加が答えた。
「大体は――年齢や処刑回数、それに個々の能力などで判断されますわね」
「その基準は、何処で判断されているんですか?」
「確か――欧州支部の何処かで――」
「何故そこに情報が集中するんですか?」
「ええと……――。申し訳ございません。正直そこまでは分かりませんわ。なにせ秘密の多い世界なので」
質問攻めにあっていた乃述加が、ようやく脱出した。
「うん。情報屋にも、流石に世界の裏の裏側までは流れて来ないよー。だからこれ以上聞いても多分無駄かなー」
巫狐がいち早く逃げる。
那雫夜も、何も知らない、といった感じに首を振る。
巫狐の言う通り、これ以上聞いても無駄なようだった。
「じゃあ、ミコはこれで帰るねー。じゃねー」
「ああ! 貴女逃げるつもりですわね! 待ちなさいって、もう見えないし! 全く……逃げ足だけは早いのですから」
乃述加が逃走した巫狐の遠い後ろ姿を見ながら呟いた。
一見平和そうだが、裏では確実に《悪魔》の魔の手が彼らに迫っているのであった。
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その日の夜。千瀧那雫夜は自宅(学生寮)に帰って独りで考え事をしていた。
「(『処刑人二号』は晶の父親だった――。そこまではいいわん。でも問題は、何故今も『処刑人二号』についてのデータがあるのか。彼と同じで、自分の真の姿を見せようとしないタイプ? それとも、あえて自身の存在を隠蔽して事態を引っ掻き回すのが好きなタイプ? どっちにしても、そいつには要注意だわねん……)」
だが途中で、考えているのも少し馬鹿らしくなり、台所にでも向かおうとする。
そこで、彼女の携帯が鳴った。それに気付き、慌てて通話ボタンを押す。するとスピーカーからは乃述加の声が聞こえてきた。
『大変ですわ那雫夜! 《鳥頭獣型悪魔》が、また現れたって――!』
危うく携帯を落としそうになる。
驚きと恐ろしさと、その他色々な者が混ざった感情が、体の中で渦を巻く。
「(そんな! 何でこんなにタイミングのいい時に現れるんだろうか、物語の悪役というものは!)」
だが一度、那雫夜は歯を食いしばりながら考えた。
「(あの時病院で誓ったことは一体何なのよん、そうしたら!有言不実行だなんて、馬鹿馬鹿しくて一生後悔するのねん!)」
あの時の光景が、彼女を勇気づけた。
「先生! 急いで地図を送ってください! 今すぐにそこへ向かいます!」
『そう言うと思いましたわ! 用意は完璧ですの!』
最後まで乃述加の言うことを聞く余裕はあらず、那雫夜は部屋を弾丸スピードで跳びだして行った。
これとほぼ同時刻。凍野晶も、現場に向かって走っていた。乃述加には、危険だから来ない方がいいと言われたが、黙ってはいられない。巫狐の制止も振り切り、住宅街を駆けていた。
「(僕には何も出来ないかもしれない。でも、もしかしたらこの『狂騎士』が力になるかも――!)」
学生服で、胸元には銀色の十字架、そして片手には長さ五十センチ程の銃身の異様な形状をした銃。これを見た通りすがりの一般人は驚くだろうが、幸いにも誰とも出くわさなかった。
目指す場所は、町の中心部をやや外れた小さな市街地。
因縁の相手を倒すため、何度も攣りそうになる足を叱咤激励して道を急いだ。
そして邪庭乃述加は、二人に連絡を入れた後自身も現場に向かった。
他の二人とは違って、車で移動する。ただ、普通の自家用車などでは彼女の体格上運転は不可能なので、バイクである。幼女(見た目は)とバイクの組み合わせは、いかにも世にも奇妙なものとなった。
「(教え子たちが必死になっているのに、あたくしが遊んでいていいものですか! ここで、十年の想いに区切りをつけますわ!)」
けたたましい音を鳴り響かせ、バイクは日が沈み始めた街を疾走する。
そして信太巫狐は、一人でとある写真を見つめていた。
守るべき対象をみすみす死地へ追い込んでしまった罪と、彼自身が大きく成長していることを晶の両親に報告しようと思ったのだ。
ただし父親は既に他界しているし、母親は半ば絶交状態だ。連絡は出来ない。だが、唯一全員が揃っている、たった一枚の家族写真。その幸せそうな光景を、巫狐は眺めていた。
そこに突然、電話が鳴り響く。慣れた手つきで受話器を取ると、大体予想していたテノール調の声が聞こえてきた。
『もしもしぃ、ミコちゃーん? やあやあアルバートよぉん。今日は大切な――』
『youに用があるのはアルではなくて私です。あくまでもこの男の言葉に耳を傾けてはいけませんよ』
北米支部の二人からの連絡が入った。
「如何したのー? また何か困ったことでもあったー?」
何気なく訊いてみただけなのだが――、
『そうなのよぉん。なんだかエリーナちゃんが大変な発見をしてしまったらしくて。ちょっと聞いてあげてくれない?』
「まあ、いいけど」
『それでは、許可をいただきましたのでご報告いたします』
何だか普通ではない雰囲気を感じ――息をのむ。
そして彼女が、発した言葉とは。
『「処刑人」や《悪魔》、さらには《天使》が如何やって誕生したか、です』
その内容を聞き終えた巫狐は、晶達『処刑人部』を追って家を出た。
☥☥☥
時刻は既に午後の七時を回っていた。
晶は部員の中では、真っ先に現場に到着した。場所は扇ノ宮市の小さな商店街。そこで彼は、悲劇を目撃した。
数台の車がお互いに乗り上げたりしながら炎上している。車内にはまだ人が乗っており、衣服に炎が燃え移って苦痛の叫び声を上げている。
「そんな――。何ですかこれは、酷いにも程がありますよ……」
独り言の、はずだった。だが――、
「人間どもが、貴様ら『処刑人』共が今まで我々に行ってきた行為と何が違うと言うのだ?」
太い、ドスの効いた声が返って来た。
ゾクリ、と背中に鳥肌が立つのを感じながらそっと振り向く。するとそこに立っていたのは。
「金守……先生……?」
筋肉質で、長髪の大柄な男性。扇ノ宮学園高校の一年体育教師、金守だった。
「なんで先生がこんな所に――?」
恐る恐る尋ねてみる。すると彼は、悪戯っぽく舌で唇を一舐めして言った。
「人間を沢山殺すにゃあ、人間が大量に集まるところの方が効率が良いだろ? それぐらい分からねぇか?」
その言葉を聞いた瞬間、全身の筋肉が強ばるのが分かった。この男は、今までは何とも思っていなかったが、今なら理解できる。この男は危険だ。自分の命を脅かす存在だ。そう確信した。
「まさか――貴方なんですか、最近起きている一連の事件の犯人は」
杏樹が体験した謎の超常現象。『処刑人部』の皆が連れていかれた謎の空間。その時に重傷を負わされた百波利里。そして――十年前にとある《悪魔》に殺害された彼女の両親と、自分の父親。
その犯人の正体が、目の前の男なのだと、自分でもよく分からない感情がそう叫んでいた。
すると彼は、
「ああそうだよ。俺の真の名は《鳥頭獣型悪魔》。テメェの親父を殺した《悪魔》が俺だよ」
そう、何の躊躇いもなく告白してきた。
「上手く人間社会に溶け込むのには苦労したぞ。わざわざ教師なんて職について、餓鬼どもの御守をするなんて、我ながら情けない。だが、今宵は違う。思う存分暴れさせてもらうぞ!」
金守が拳を振り上げ、晶に狙いを定めてくる。
そこに、一筋の光を描きながら一本の銀の矢が飛んできた。
スコン! と音を立ててアスファルトに突き刺さる。
「成程ねん。アンタが色々と人の想いを踏み躙ってきた張本人な訳なのねん」
続いて、ダダダダッ! と数百発の弾丸が打ち出された。
「化け物風情が、教師を気取らないでほしいものですわね」
「チィ。他の連中まで現れやがったか」
そこに、既に『執行』状態に入っている千瀧那雫夜と邪庭乃述加の二人が参上した。
「晶、無事なのねん?」
「独走は危険ですわ。共に戦いましょう」
力強い言葉を、発してくれる。晶は先程まで感じていた恐怖心が一瞬で何処かに飛んで行ったのが分かった。
世界の色が変わっていく。《魔道世界》へと空間がシフトしたようだ。
『処刑人部』の戦いが、始まる。
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巫狐は晶を追って走っている途中、一人の少女が点滴をしながら歩道を歩いているのを目にした。何かの病気で常に打っているのか、それとも病院を抜け出してきたのか。なにやら足取りも不安定で、見ていて心配になってきた。
「あのー。君、大丈夫なのー? なんなら自宅まで送ってあげようかー?」
少し奥手な感じで話し掛けてみると、少女はこちらに振り向いて、
「煩いのネ……」
と、一言だけ言って歩を進める。
だが、流石にこれでは巫狐も納得がいかない。何故このような状態で街中をぶらぶらと歩いているのだろう。気になって仕方がない。
「君全然大丈夫じゃないでしょー! 安心して。何もしないから。ただ、何でこんなところに居るのか、その訳が知りたいの」
「……」
少女は一瞬俯いたが、自白を決意したようだった。
「仲間を、助けに行きたいのネ。皆、きっと私を気遣ってはくれているのだろうけど、私は自分が何も出来ずに足を引っ張っているのが分かる。それが悔しい。自分自身が行動しなければならないのは、私が一番分かっているのに――!」
「ちょっと待って、いまいち状況が把握出来ないなー? 貴女、名前は?」
とりあえず訊いてみただけなのだが、それの返答を聞いた瞬間に全てを把握した。
「百波利里、です」
「――! 成程、仲間って言うのは晶や乃述加のことか……。君の言う行動っていうのは、グリフォンの処刑についてかな、『処刑人五号』?」
「え……。如何してそれを? 貴女何者ですか?」
やはりそのようだ。彼女が晶の言っていた先輩。そして、『処刑人五号』。
「わたしの名前は信太巫狐。凍野晶の家で家政婦をしているんだー。だから、貴女のことはいくらか聞いたことがある」
「信太・・・・・・? もしかして、『裏世界の情報屋』と呼ばれている方ですか?」
「まあ、なんかそんな感じに言われているみたいだねー」
巫狐は微笑んで、利里の手を取った。柔らかいその感触とは正反対に、温度が異常に低い。まるで氷に触れているようだった。
「今日、学園に行ったんだ。『処刑人部』の皆にも会って来た。だけど、一人だって貴女のことを足手纏いになんて思っていないと、ミコには分かる。貴女に今出来ることは《鳥頭獣型悪魔》の処刑じゃない。一刻も早く怪我を治して、皆を安心させてあげることだよー」
「皆を、安心させること? そんなことで良いんでしょうか」
うん、と巫狐は首を縦に振った。そして、ズボンのポケットから携帯電話を取り出す。
「今、病院に連絡を取る。そして貴女はそこに戻りなさい。大丈夫、あの子たちはきっとやってくれる。失敗なんてしないよ。それは君も分かっているよねー?」
「――はい。それでは、お願いします。私もう、駄目みたいです……」
その瞬間、利里が地面に倒れ込んだ。カランと、腕に付けていた点滴も転がる。やはり無理をしていたのだ。彼女はまだ動けるような体調ではなかったのだろう。巫狐は急いで救急車を呼び、それに利里が運ばれていったことを確認すると、再び晶達に〝あること〟を伝えるために、走り出した。
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「うぉおおおぉぉらァァァァァァァ!!!!!!!」
ドゴォォン! と爆発音が響き渡る。《鳥頭獣型悪魔》が、金守の姿のままでありながらアスファルトを抉るほどの拳を振るったのだ。人間の姿でも、身体能力は人間の遥か上を行く。それがはっきりと分かった。
「手間掛けさせるんじゃ、ないのねん!」
那雫夜も、反撃に出る。『執行』状態の彼女は常に弓を持っており、背中には銀の矢束が装備されている。
何回も矢を構えながら、ビュンビュンビュン! と放っていく。が、そのような攻撃も、金守には当たらなかった。
まるで踊っているかのような動きでかわしていく。
「次はこっちの番かぁ? もっと楽しませてくれよ餓鬼共!」
彼が叫ぶと同時に、辺りに気味の悪いオーラが立ち始めた。もはや目視可能なレベルである。RPGなどで出て来る敵のボスキャラが纏っている、黒や紫色のオーラ。それが、現実に生まれていたのだ。
ゴゴゴゴゴゴ! と地鳴りのような音がする。
「ふははははは! 私の真の力、篤と味わえい!」
刹那。地面が捲れ上がった。前回ほどではないが、その力の余波で三人はわずかに後ろへ吹き飛ばされた。
「うわぁぁ!」「ぐふっ、空気が淀んできているのん……」「この力、堪えきれません!」
口々にそんなことを言っている余裕も、奴はくれなかった。
「フフフ……。《鳥頭獣型悪魔》、ここに降臨。さぁ、篤と恐怖しろ、愚かしい人間ども!」
その叫び声を合図にか、金守の姿が変化していく。
茶色い羽毛に包まれた身体、獰猛な嘴、片翼の喪われている翼。《鳥頭獣型悪魔》の姿へ、と。
「不味いですわね。奴が本気を出しては勝率はぐっと減ります。あたくしがメインで攻撃を行いますわ! 那雫夜はあたくしの援護を! 晶さんはまだ近辺に取り残されている方々を非難させてくださいまし!」
「「了解!」」
乃述加の命令に、二人は即座に反応した。
晶は通りを見回るために、彼女らとは反対方向に走り出す。那雫夜はいつでも攻撃出来るように弓を構えている。そして乃述加は、近くの建物の外にある非常階段を駆け上がって、《鳥頭獣型悪魔》に向けてライフルを発射し始めた。
だが、
「あめぇあめぇあめぇ!!! この程度で俺を如何にか出来ると本気で考えているなら、てめぇらの考えはあまったる過ぎるぞ!!!」
《鳥頭獣型悪魔》は片翼なのにも関わらず、バランスを崩すこともなく空へ飛んだ。
「嘘でしょお⁉ そんなことが出来るものなのですか⁉」
「それが俺には、出来るんだなぁ!」
飛び上がった《鳥頭獣型悪魔》は、乃述加目掛けて急突進する。
「きゃああああ!!!?」
彼女の悲鳴が響き渡り、それと重なるように銃声も上がった。
「くそう、先生! 今お助けしますのねん!」
那雫夜も慌てて弓を曳く。
「このような玩具が、俺に通用するものか」
だが、あっさりと片手で払われてしまった。
「そんな……。ここまでの相手だとは全く思っていなかったのん……」
彼女の瞳が絶望の色に染まっていく。もはや、自分らの勝利を諦めていた。
「まずはてめぇから殺してやろう、小娘よ!」
《鳥頭獣型悪魔》が、那雫夜に牙を剥いた。その鉄骨のような腕を振るいながら、滑空して来る。
「くそっ、来るんじゃないのねん!」
それに反撃するために何発も矢を射るが、全て躱すまでもなく片腕で払われ落ちてくる。もう打つ手がない。万事休す、そう思った。
だがそこに、一筋の碧い閃光が空気を引き裂くように迸った。
その閃光に《鳥頭獣型悪魔》は翼を撃ち抜かれ、空を飛行する力を失った。空中でバランスを崩しては、身動きがとれない。彼は、地上から十メートル程の地点から頭から落下した。
「ぐあっ! 何だ――今の力は? 全身に虫唾が奔る、愚かしい力は!」
《鳥頭獣型悪魔》が何もない、ただの虚空へと向かって叫ぶ。
するとその問いに、答える声があった。
「『知性』。聖三銃器の内の一丁じゃ。これを用いれば、貴様のような強力な《悪魔》じゃろうと、地獄へ誘うのは簡単じゃ」
そ の声は、乃述加と那雫夜には聞き覚えのある声だった。
「……杏樹、さん――?」
「何故貴女がここに居るのん……?」
その正体は、樹川杏樹だった。
だが、今までの彼女とは、何処か雰囲気が違っていた。漆黒の修道服に身を包み、左手には碧色の宝石が散りばめられた一丁の銃器。右手には石のような、木製のような、先端に金色の水晶のついた杖。そして彼女の特徴だった曙色の髪は、真紅の血の色へと変化している。
そのような現象に、二人は覚えがあった。
「まさか、あれは『執行』? 彼女も『処刑人』だったのん……?」
髪と同様に血色に染まった瞳が那雫夜を鋭く睨み付ける。その視線は、ぞっとするほど冷たく、何処か寂しそうだった。
「間違いありませんわ。あれは『処刑人』の『執行』状態。それは胸の十字架を見れば分かるでしょう?」
乃述加に言われ、杏樹の胸元を見てみると、そこには漆黒の修道服と綺麗にマッチしている、紅の宝石の入った銀の十字架があった。『執行十字』である。まさに、『処刑人』の証。
彼女も――『処刑人』だったのだ。
「それならば、合点がいきますわ。何故一般人である彼女が《魔道世界》に介入出来たのか。答えは簡単でしたわね。彼女自身も、『処刑人』の一角だったからですわ。――貴女、一体何号ですの?」
乃述加の質問は、単純なものだった。
だがその質問は、触れてはいけないところに触れてしまったのだと、返答を聞いた二人は思った。
その返答とは――、
「妾は『処刑人二号』じゃ。その通り名は――『修道女』」
「「!!!!!!!!」」
途端に二人は絶句する。全てが謎に包まれた存在である『処刑人二号』の正体が、まさか彼女だとは思いもしなかった。
だが、その反応に対して杏樹は、
「汝らは馬鹿なのかえ? このような簡単なことも分からぬとわのう。自分で申すのもなんじゃが、最初から怪しさに満ちておったと思うぞ? それなのに気付かぬとは、己でも驚きじゃ。まあ、あの《悪魔》を呼ぶための餌になってくれたことには感謝しゆるぞ」
その独特な口調が、彼女の不気味さを醸し出している。那雫夜と乃述加は足が竦んで、思うように動くことが出来なかった。
唯一、動けた者は。
「糞ォォォ! 何故このような時に再び俺を邪魔する! 先代の『処刑人二号』もそうだ! 俺が殺してやったあの糞野郎も、誰も貴様らは我々の言い分を無視する! 貴様らのその魂こそ本当の《悪魔》よ!」
《鳥頭獣型悪魔》が吠えた。ドスの効いた声だったが、少し震えている。『二号』なんて実力者は、《悪魔》にとっても恐怖の対象になりうるのだろうか。
「先代の『二号』――師匠か……。それと刺し違えたほどの貴様が何をほざくか。聞くに値しないものなどを語られるだけ時間の無駄じゃ」
杏樹が唇を三日月型に歪めて聞き返す。一つ一つの動作が、背筋を凍りつかせるようだった。
「黙れ! そう言いつつも貴様らは我々の言葉には耳を傾けようとはしない! ただ殺し、それで人類を救ったと糠喜びをしているだけだ!」
彼が再び吠える。
「いいえ。あたくしはその言葉を受け入れましょう。結果は――如何であれ」
それを乃述加は哀れと思ったか、許可した。
その言葉に多少落ち着いたのか、《鳥頭獣型悪魔》は語り始める。
「《悪魔》など、元を辿れば人間だった。それは貴様ら『処刑人』と同じだ。にも拘わらず、神も、天使も、何故我らを追いやろうとする⁉ 我らの存在を忘れ自分達が絶対と思い始めた人間どもに何故肩入れする⁉ 《悪魔》は決して奴らを、お前らを、許しはしないのだ……。これは、百年も、千年も。この恨みを晴らすまでは我らは止まらぬのだ」
「そんな……。そんなことはもう、過去の話でしょう? なのに、何故今生きているあたくし達
が争わなければならないのですか?」
「貴様らには分からないだろうな。この血が告げている、憎しみの心が。もはや《悪魔》が人間を殺すことは、本能とも言えるのだよ」
乃述加の言葉には答えたが、その返答は無慈悲なものであった。
「分かりあおうとは――しないのですか」
彼女がそう残念そうに呟いた、次の瞬間だった。
「『占星魔術。小アルカナ、オリオン座』」
杏樹が突如としてそう言い放ち、手にした杖を振った。すると、まるで棍棒でぶん殴られたかのように《鳥頭獣型悪魔》の身体が横薙ぎにされた。
「ぐわああああああああ!!!!」
地面に這いつくばった彼は、何かを受けた側の腕を頻りに擦っている。
「この程度で倒れるとは。我が師は一体何故こやつと相打ちを取ったのじゃ? 理解できぬ。妾の力量の方が圧倒的ではあるかな」
杏樹は左の腰につけている銃のホルダー。さらにその隣にある何か四角い箱――デッキケースのようなものから一枚のカードを抜き取った。そしてそれを杖の先端である水晶にかざす。すると――。
『dragon. Complete』
水晶が、そのような『言葉』を発したのだ。
「『占星魔術。小アルカナ、りゅう座』」
彼女も口からそう漏らす。次の瞬間、彼女の周りに風が渦巻き始めた。
刹那、その竜巻が《鳥頭獣型悪魔》の身体を襲う。
「ガアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!」
幾つもの竜巻に身体を切り刻まれ始めた彼は絶叫した。一瞬にして、スパパパパパ! とその頑丈そうな皮膚が切り裂かれ、ドロドロと傷口から人間とは違った、赤色ではない。緑色のような青色のような、寒色の血が流れ出ていく。
「弱いものじゃのう? 貴様ごときが、妾に敵う訳なかろう」
「があああ……。なんだ、貴様。その力は……」
意気も絶え絶えになっている《鳥頭獣型悪魔》が杏樹に問いかけてきた。彼女は、表情を崩さず、冷えている目で答えた。
「これは『占星魔術』。七十五の小アルカナと十三の大アルカナを用いる術式じゃ。まあ、簡単に言えばタロット占いと星占いを魔術として具現化させたもの、かの?」
小首を傾げながら、彼女はそう説明した。
「まあ、汝が知ったところで特に意味はない。何せ、もう死ぬのじゃからの」
「なん……だと、この小娘が……ァッ!」
必死の抵抗を見せ、《鳥頭獣型悪魔》が覚束ない足取りで立ち上がろうとする。
だが、次の瞬間だった。
ダダン! と、爆発音と、火薬の弾ける香りが辺りに充満した。
杏樹の持っていた『知性』が、火を吹いたのだ。
どろぉ、と《鳥頭獣型悪魔》の体を、表現のしづらい色をした血液が流れていく。
「『死刑執行』、完了」
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そこに、住民の避難誘導を終えた晶が帰って来た。
そして彼は、この状況を見て言葉を失った。
「……、杏樹さん? 貴女、その姿は――」
小刻みに震える歯を如何にか抑えて、やっとの思いでその言葉を漏らす。
そこで晶に気が付いた杏樹は、そちらを向いて当たり前のように言ってのけた。
「おお、晶。汝も居たのかや。これは妾の『執行』状態。妾の正体は『処刑人二号』じゃ。如何じゃ、驚いたかえ?」
驚くも何も、反応の仕方が分からなかった。今までの彼女とは明らかに雰囲気が違う。優しく朗らかだった面影はなく、髪と同じように魂までもが血に染まっているような気がした。
するとその時――。
「……え? 嘘、そんな、晶? 何じゃこれは、夢か? また一人の、命を奪って……。夢ならば覚めてくりゃえ、こんなことこんなこと……い、嫌ァァァァァァァ!!!!」
突然彼女は天を仰いで泣き叫んだ。その悲鳴が空気を震撼させる。
「何故に汝までここに居るのかえ? 何と言う皮肉じゃ、茶番じゃ! これは、違う、妾は妾で? え? あたし? それとも――え、え?」
明らかにおかしい。言葉が何を語ろうとしているのか、彼女の心中は如何なっているのか。
「彼女――、まさか」
そこで那雫夜が、何かに気付いたように声を上げた。
「そうじゃ、妾こそが『処刑人二号』――え? 違う、あたしはあたし――まだじゃ、まだ殺し足りぬ――え、晶? そんな、見ないで。見ないで……」
「やっぱり。彼女は人格が二つ以上あるのねん!」
那雫夜の叫びに、晶と乃述加は素早く反応し、急いで彼女の元に歩み寄った。
「先生。あれはおそらく、彼女の副作用。その影響で人格が分裂してしまったのだと、わたしは推測するわん。そして晶、貴方彼女に何かしたのん?」
「え? そんな――覚えがありませんが」
「だったらあの反応は流石に過剰すぎるのねん。絶対に、何かある――」
その間にも、杏樹の暴走は激しくなっていった。
「嫌、そんな、嬉シイ、ヤッター、ヤメテ、SHIAWASE,ksjhdkjypwqbfdszxhfblsr――――!!!!!!!!!!!!!」
既に後半は、人間の言葉ですらなくなり、ただのノイズのようなものになっている。
彼女の言葉が人間とかけ離れるにつれ、その姿までもが変貌を始めた。
背中から一対の半透明の、昆虫のような羽根が修道服を突き破って現れる。そして括れの部分から花弁に見えるスカート(?)が生えてきて彼女の下半身を覆った。最後には、そのスカートの中から木の根、蔓、枝、そのような形状をした幾本もの足が伸びてくる。
完璧に人間としての原型が失われ、その姿は異形と化した。例えるならば、可憐な姿で虫を誘き寄せ捕食する、食虫植物のようなもの。さらに胸の辺りには血の如く赤い色をした花が咲いた。
瞳からは精機は失われ、人形じみている。
『処刑人部』の三人が呆気にとられている時、その異形は天を仰いで吠えた。
「妾の名は《蘭型悪魔》! これより、汝らに死を与えよう。異存はないかえ?」
その口調は、間違いなく杏樹のものだった。
だが化け物の姿に彼女の面影は一切ない。
恐怖が具現化したかのように、暗雲が空を覆い始めた。
さらに、今までよりも苦しい戦いが始まろうとしていた――。
行間 信太巫狐の裏世界通信 part2
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これより十数分前。
凍野家の自宅に掛かって来た北米支部からの電話で、信太巫狐は驚くべき事実を聞いた。
『私は昔から一つの疑問を懐いておりました。それは――何故人類の全てが『処刑人』になれないか、です』
エリーナは、まず話題をそう切り出した。
「ふんふん。それでー?」
巫狐は声こそは間延びしているが、表情は深刻だった。情報屋としては、随分と美味しい話である、とも考えていた。
『かつて神は《悪魔》に対抗するために、ごく一部の人間達に力を与えました。それが「処刑人」だと言われています。ですがここで疑問その一。「処刑人」になったものの共通点は?』
「・・・・・・? そんなことはミコにも分からないよー。もったいぶらないで教えてくれないかなー?」
『sure. 彼らの共通点は、血統、地域、身分、趣味、仕事、全てバラバラです。それは現在も同じ。極稀に、親がそうだった場合遺伝として「クロス」を持つ者も居るらしいですが……。兎に角、これと言って同じ者はありません』
「? じゃあ、何が基準なのー?」
そ こでエリーナはすう、と息を吸い込み、恐る恐る言ってのけた。
『「処刑人」は、ある一定の感情を抱くことで覚醒する、というものです』
「? ますます分からん」
『アタシもそこがイマイチなのぉ。もっと分かりやすく説明してよぉ、エリーナちゃん?』
横からアルバートも口を挟んでくる。
一定の感情――? 身分も思考も全く違うであろう彼らが、何故同じ存在へと目覚めたのか。
全く持って分からない。
『一つの感情、それは――『正の感情』です』
「せい……? 皆思春期?」
『いや、「性」ではなく。正しい感情ですよ。誰かを守りたい、誰かの役に立ちたい、誰かを手助けしたい。そのような感情を引き金として人は、人から「処刑人」へと進化します。それが――私の研究、理論の成果です』
「それはつまり、『クロス』は人間の綺麗な感情の塊ってことを言いたいのかなー?」
『ええ。簡単に言うとそうなります。ただ、逆もまた然り、《悪魔》も同じようにして誕生したと推測します』
「――それは如何いうこと?」
『今、人間は正の感情を抱けば「処刑人」になると言いましたね? 《悪魔》はその真逆。人間の「負の感情」に呼応して誕生したものだと私は考えました』
「つまり――《悪魔》も『処刑人』も元をたどれば同じ、人間だってこと?」
『Yes. さらに、《天使》は「処刑人」の進化系、神はまたさらにその上の進化形だと私は思います』
正の感情を抱けば『処刑人』。負の感情を抱けば《悪魔》。
そんな世界中の誰もが馬鹿にしそうな理論を、エリーナは何の恥ずかしげもなく言い切ったのだ。
そして彼女を信頼していた巫狐はその言葉を鵜呑みにし、顔を見る間に青ざめさせた。
「如何しよう……。ミコは、大変なことを――」
『What? 如何かいたしましたか?』
電話の向こうからエリーナの声が聞こえてきたが、そのようなものは今の巫狐の耳には全く入らなかった。
「旦那様が元『処刑人二号』で、最後は《鳥頭獣型悪魔》に殺害され、それを知った晶は何をはたらくか分からない! ミコが迂闊だった、もっと考えて発言していれば――」
『? Ms.shinoda,いかがなさいましたか?』
「急いで、晶を追わなきゃ――。じゃないと、また《悪魔》が生まれてしまう!」
『ちょ、ミコちゃーん?』
『……、駄目です。電話を切られました』
突然の空気の流れに二人は唖然としながら、しばらく電話を見つめていた。
一方巫狐は、過ちを犯さぬためにも全力で道を走った。
そしてしばらく行った後、一人の少女に出会った。
読んでいただき大変恐縮です。次回で完結予定です。最後までよろしくお願いします。