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グリフォンの謎

第二話です。今回からヒロイン、樹川杏樹が登場です。彼女が持ちかけてきた相談。そして利里と乃述加の出会い。他キャラの顔出しがメインです。

最後までお読みくださると嬉しいです。

第二刑 グリフォンの謎


☥☥☥


「『処刑人』ってのは何も日本だけのものではなくて、世界中に支部が沢山あるのねん」

 晶が部に入って一週間ほどが過ぎた。あれからは利里とも普通に接しているが、やはりあの時の彼女の異様な体温のことが気になる。だが彼女はそのことについては全く口を開かない。

 ついでにそれから晶の指導には那雫夜が当たっていた。彼女は面倒くさそうにしながらもしっかり教えてくれる、良いコーチだった。

「アジアに三つ、ヨーロッパに一つ、アフリカに一つ、北米に一つ、南米に一つ。計七つの支部が存在するのん」

「へえ、そんなに。でも何でアジアに三つもあるんですか?」

「アジアはA、B、C、と分けられていて、Aは中国に本拠地があるのねん。Aの護衛範囲は中国、朝鮮半島、そしてロシアの東半分。Cはインドに本拠地があって中央アジア、中東、ロシアの西半分を護衛しているのねん」

 色々とスケールの大きい話だった。厨二病の人達ならここまで話が拡大するのだろうか。否、彼女らは本物なのだ。決して厨二病患者などではない。今はもう、晶はそれを理解していた。

「じゃあ僕達はアジアB支部に当たるってことですか?」

「呑み込みが早くて助かるのん。そう、わたし達はアジアB支部に所属していて、日本、東南アジア、オセアニアを担当しているのねん」

「へええ。じゃあ先輩は海外に行ったこともあるんですか?」

 東南アジアにオセアニア。結構観光名所が多そうだ。晶は正直行ってみたいと思った。

 だが那雫夜はきっぱりと言った。

「ぶっちゃけないわ。先生は数回海外任務に当たった経験があるみたいだけど。でも頻繁に世界中で《悪魔》に出現されたら身がもたないのだわ。観光気分で行きたいだなんて思わないことね」

 彼女はそこまで語ると、別の話題も出してきた。

「他にも、『処刑人』には力を得た反面、負ってしまう副作用があるのん」

「副作用、ですか?」

「ええ。とは言っても、身体に深刻な症状が出るわけではない。例えば、わたしが普段から眠そうにしているのは、そのせいで不眠症と同じ症状が出ているからよん」

「そうだったんですか――。じゃあ、そのうち僕の身にも何か起きるんでしょうか?」

 晶は、途端に不安になってきた。確かに、考えてみればこんな強大な力をただで得られる訳がない。

「今のところは何も現れていないようねん。でも、そのうち何かが起こるかもしれないし。それはしっかり意識しておくことよん」

 そう言って彼女は「ふぁああ」と欠伸をしながらいつものように机の下に潜り込んで行く。この症状は、彼女の『処刑人』になったハンデのようなもののせいだったのか――。すると、直後に。

「ふぎゃあああああん!」

 得体の知れない叫び声が聞こえた。

「せ、先輩! 大丈夫ですか? 何があったんですか⁉」

 晶は慌てて様子を見ようと机の下を確認する。

 するとそこには――。

 数十匹の猫に襲われている那雫夜が居た。

「いや、いやぁぁぁ! 猫が、猫がぁぁぁ!」

 マジの悲鳴を上げている。猫苦手なんだろうか。

「ふぇぇぇええん!」

 泣き叫びながら那雫夜が机の下から這い出てくる。

「せせせせせ、先生ですよね? こんなに部室に猫を連れ込んだのは!」

「そうですわよ!」

 ガターン、と音がした。晶はその音がした方へと視線を向ける。するとそこには教卓のような少し大きめの机に座っている邪庭乃述加が居た。

 小さいので(見た目は幼女)デスクトップのパソコンに隠れていて見えなかった(と言うか全く気が付かなかった)。

「そのぬこさん達は朝近所の公園でぬこ集会を開いていたので皆連れてきたのですわ! ああ、可愛い可愛い可愛い……。ぬこマジで最高!」

「その『猫』のことを『ぬこ』と呼ぶの止めて下さい。ヲタク臭がするのです。さっさと外に逃がしてきなさい」

「ええぇ? 嫌ですよ、ぬこはあたくしの心のオアシスなのですから!」

 猫を巡って喧嘩を始めた那雫夜と乃述加だった(ちなみに今部室に居る猫は三十匹ほど)。

 そんな二人は放っておこうと思った晶だったが、そこに不意に。

 ガラガラッ! と部室の扉が開いた。その先には赤味掛かった髪を三つ編みで結わえている女の子が立っている。

 三人の視線が彼女の方に集中する。

 そして彼女は目を潤ませて、こう呟いたのだった。

「あたしを……助けてくれませんか?」


        ☥☥☥


 彼女は名前を樹川杏樹(きっかわあんじゅ)と言い、晶と同じこの高校の一年生だと言う。最近身近で超常現象なるものが立て続けに起こっているらしかった。

「成程ねん。それで、ネットで都市伝説を調べていたところ、わたし達に辿り着いた訳ねん」

「はい。あたしそういう都市伝説とかオカルトものとかが好きで、そうしたら自分の身にもそんなことが起きて、調べていたらその、『処刑人』ってワードが出て来たんですね。そして運良くその人達が居るのがこの高校だったので、訪ねてきたんですよ」

 話をゆっくり聞くために、部室内にいた猫達には帰ってもらった。何故か乃述加が声をかけると、皆その後について外へ出て行ったのだ。戻って来ると、彼女は杏樹に質問を投げ掛けた。

「それであたくし達にそれを調べてもらいたい、と?」

「はい、お願い出来るでしょうか? お金なら、そんなに多くはないですけど出せますから……」

「いや、お金は要らないのねん。わたし達は善意で行動しているだけで『処刑人』が仕事な訳で

はないから。で、聞かせて頂けるかしらん、その貴女の周りで起きている現象について」

「はい。最近――」


        ☥☥☥


 彼女の話はこうだ。

 まず事件が起きたのは一週間ほど前のこと。

 まだ高校に入学するつい前日の春休みの時期で彼女は一人で図書館に行っていたらしい。そしてその帰り道、背後に何者かの気配を感じて振り返った。しかしそこには誰も居ない。

 そこまでならば普通の怪談話で済んだのだが、問題はここからだった。

 彼女が今歩いてきた道が、溶けていたのだ。氷のように解凍された感じではなく、アスファルトに濃い塩酸をかけたような、高熱の液体をかけられたような、そのような状況だったと言う。

 そして次の日にその道を歩くと、そこは既に元通りになっていたらしい。

 だが、その日の帰り道にも再びその謎の現象は発生した、とのことだ。


「ふうん。それは確かに不自然な現象ねん」

 那雫夜はあまり関心を持っていないように言った。だが、内心は色々と推理しているのだろう。表情が硬い。

「はい。しかもそれだけじゃなくて、もっと恐ろしいことがおきたんですね……」


 謎の現象が起こり始めて五日。

 杏樹は街中へ出て遊んでいたらしい。大きな通りで車通りや人通りが多い。その日は土曜日だったので、普段と比べて随分込んでいた。

 信号待ちをしていた、その時。

 街の音が止んだのだ。

 つい今までクラクションや振動音、話し声や店の案内放送で賑やかだった街の音が、止んだのだ。

 杏樹は背中が冷たくなるのを感じた。

 額からは冷や汗が溢れ出る。

 そして大きな交差点に目をやる。するとそこに存在していたのは――。


「鳥の頭をした、化け物だったんですね」

 そう。彼女が見たものは、鷹のような猛禽類の頭を持ち、巨大な翼が背から生えており、雄々しい褐色の毛皮を持った化け物だったのだ。

「鳥頭獣体の人型の化け物――《鳥頭獣型悪魔(グリフォンデビル)》ですわね。だけど何故奴が――?」

 乃述加が不思議そうに顎に指を当てる。

「その《悪魔》が如何かしましたか?」

「いやね、那雫夜も晶さんも聞いて頂きたいのだけれど、その《鳥頭獣型悪魔》というのは十年ほど前に『処刑人二号』に『処刑』されているはずなのですわ。存命なはずが……」

「ッッッ! 処刑人二号って、まさかあの『処刑人二号』ですか!」

 ここにきて那雫夜が物凄く食いついて来た。

「あの、その人は一体……?」

「晶よく聞いてほしいのん。『処刑人二号』とは最強の『処刑人』と謳われ、世界中の何処の支部にも属していない謎の存在なのん。」

「最強って、一号ではなくて?」

「ええ。一号は存在すら明らかになっていないためぶっちゃけ神話に近い存在なのん。何でも、噂ではドイツに居るっていうんだけどね。それより今は二号よ。その人は性別、国籍、年齢、本名、全て不明で、データベースの方にも名前すら登録されていない謎の存在なのねん。ただ、一号と違い実在しているのは確かなのん」

「存在全てが謎……それこそ何だか都市伝説臭がしますね」

「でもね、噂ではその人は日本人とも言われ――」

「二人とも。その辺にしてくださいまし。杏樹さんがお困りですわよ」

 はっ、と二人は乃述加の言葉で我に返った。すっかり杏樹のことを忘れていた。

「いえいえ、何だか興味深いお話でした。それはそうと、依頼は受けて頂けるのでしょうか?」

「ええ。あたくし達に出来ることならば何でもいたしますわ。安心してくださいまし」

 そう、乃述加がぺこりと頭を下げる。つられて那雫夜と晶も頭を下げる。

「有難うございます! これであたしも一安心です!」

 そう言って杏樹は部室を出て行った。

 この時は、誰も気が付かなかった。

「さあて、汝らには協力してもらうぞ。妾の復讐劇のために」

 彼女がこのような台詞を吐いたことに。


        ☥☥☥


 時刻は十九時。一般生徒は既に下校した時刻だ。

 そのような時に、利里と乃述加の二人は部室で対談していた。

「利里。アイツが、《鳥頭獣型悪魔》が行動を開始したそうですわ」

「ええ。今度こそ、今度こそ私がこの手で――!」

 そう言って利里は拳を握りしめる。

「あれはもう十年前ですわね。貴女があたくしの義娘(むすめ)になったのは」

「そうだ……。あの事件、あの事件さえなければ、私はまだ普通に生きていた。少なくとも『処刑人』にはならずに済んだんだ!」

「落ち着いてくださいまし。確かにあやつは貴女の両親の仇ですわ。しかし貴女に秘められていた『クロス』の量は半端ではなかった。遅かれ早かれ貴女は『処刑人』になる運命だったのですわ」

 プルプルと、怒りを覚えて小刻みに震える利里を乃述加は何とか宥めようとする。

 だが、感情は爆発してしまった。

「煩い! 私は十年前に両親を《悪魔》に殺害された! でもあの日私を拾ったのは貴女、そして私はここまでの実力に育った。アイツを倒すための力をくれたことには感謝しています。しかし私のこの復讐心は一体如何すればいいのですか? 正直、《鳥頭獣型悪魔》を殺しても晴れる気がしません、何処へこの感情をぶつければ私は救われるのですか?」

「その時は――」

 すると乃述加は穏やかに微笑んで言った。

「その時はあたくしに感情をぶつけてくださいまし。貴女にこんな化け物のような力を与えたのはあたくしですわ。その怒りを受ける覚悟は出来ていますわ」

「そんなこと、私が出来る訳ないじゃない。もう私は親を失いたくないのよ」

「へえ、親ですか。あたくしをそんな風に思ってくださっていたのね」

「ええ。私を六歳から育ててくれたんだもの。実の親よりも一緒に居た時間は長いのよ」

「それは嬉しいですわ。――さて、本題に入りますけれど」

 そこで二人の表情は一気に真剣になった。

「やはり自分一人で死刑執行に行くつもりですか? 仲間も今では増えました。あたくしの正直な意見ですと奴は貴女一人で敵う相手とは到底思いません」

 それでも――、と利里は言った。

「私は母さんと父さんの仇を打つ。そしてその後は、退部、かしらね」

「本当にそれでよろしいのですか?那雫夜や晶さんは如何いたします?」

「貴方に任せるわ。人間は目的をなくしたらもう打ち込めないのよ。私はこの世界から手を引くわ」

「……分かりましたわ。でも、絶対に死なないでね。貴女はあたくしの可愛い娘なのだから」

「――はい、義母(かあ)さん」

 こうして百波利里の秘密の任務は始まった。


        ☥☥☥


 晶はずっと気になっていた。

 あの日――自分が『処刑人』になった日、利里と握手を交わした時のことが。

 彼女の手の冷たさは普通ではなかった。あれから那雫夜や乃述加に何度か聞いてみたが、『まだそれを教える訳にはいかない』と流されてしまった。

 一人用にしては少し広い、家の二階にある晶の自室。そのベッドの上に寝転んでいる彼は何度か右手を開いたり握ったりする。

「百波先輩――体如何したのでしょうか」

 虚ろな目をして独り言を呟いた、その時。

「晶くんー。夕御飯が出来上がりましたよー」

 一階から女性の声が聞こえてきた。

「はーい、今行きます」

 そう返事すると晶は部屋を出て階段を下りる。下りてすぐにある台所に入ると、そこには年若い女性が居た。

「本日の夕食はビビンバにしてみましたー。如何ですかー?」

「うん。美味しそうですね、巫狐(みこ)さん」

 彼女は信太(しのだ)巫狐。ここ凍野家で住み込みでお手伝いをしている女性だ。歳は二十九歳。なんと乃述加の高校の時の同級生らしい。細身の体で野暮ったいジャージにエプロンという、物凄く家庭的な人だった(彼女自体は結婚してはいない)。

 晶の父親は十年ほど前に他界しており、母親も仕事で海外に行っているのでなかなか帰ってはこない。なので実質、巫狐は晶の姉のような存在だった。

「晶くんー。何暗い顔してるんですかー? 何か考え事でもしてましたかー?」

 うう、鋭い。彼女の観察眼は異常に発達しており、この間なんて冷蔵庫の中に沢山あった天ぷらを一つ摘まみ食いしたところ、扉を開けただけで一つ減っていると見抜いたほどだ。

 兎に角今はその鋭い視線に顔を強張らせながら食事にありついている晶だった。

「いや、その、別に僕は――」

「むむ、何か隠し事してますねー? ミコにはすぐ分かっちゃいますよー。学校で何かあったんですかー?」

 テーブルの反対側に座っているはずなのに凄い顔が近くなる。お互いの吐息が触れ合う。もう少し自分の容姿について考えて欲しい。普段から無化粧(スッピン)で髪型や服装などにも無頓着なので分かりづらいが、彼女は相当美人なのだ。

 ついつい緊張して胸の鼓動が早くなる。

「そ、それが先輩のことについてなんですが……」

「その先輩は男か、女かー?」

「お、女の子ですけど――」

 もう思考判断が出来なくなり本音の一部を漏らしてしまった。

 すると突然、巫狐が泣き出した。

「うわあああああん! そんなぁ、晶がミコ以外の女に興味をー! もう少しで晶も成人するからそうしたら義姉弟(きょうだい)で良い関係を築こうと思っていたのにー!」

「何ろくでもないこと考えているんですか! 止めて下さいよ、場合によっては警察に通報しますよ!」

 物凄いことを言われたので思わず晶も理性が爆発した。一種のセクハラ行為なのだろうか、これは。

「まあ、冗談はさて置き。その娘が如何したのー?」

「そうですよね、冗談ですよね。吃驚したぁ。それで、部活の百波先輩についてなんですけど……」

 その言葉に、巫狐の表情が一気に変わった。先程までのふざけているような感じはなく、目付きが鋭くなっている。

「百波って、百波利里のこと?」

「はい、そうですけど……。何で分かったんですか?」

「やっぱり――。五号の娘か。ん、ああいいよー。続けて」

 如何やら、巫狐は利里のことを知っているようだ。乃述加にでも聞いたことがあるのだろうか。

「その先輩と握手した時からずっと気になっているんですけど、彼女以上に冷たいんです。体温が感じられない、というか……」

「低温、か。それが彼女のハンデなのねー。『処刑人』始まって以来の異端児と呼ばれる、百波利里、か」

 その台詞に晶は目を丸くした。

「み、巫狐さん! 何で『処刑人』のことを知っているんですか⁉」

 すると巫狐は当たり前のように言った。

「何でって、ミコも昔は『処刑人』だったのよー。今ではもう引退してるけど」

「えええええええええええええええええ!」

 そりゃあ驚く。今まで同じ屋根の下で暮らしていた人物が元『処刑人』となると驚く他ない。

「ちなみにミコは『処刑人九号』でしたー。執行名は『狐巫女(シャーマン)』なのよー」

 九号って。順位で言うと中間辺りか。

「ついでを言うと当時――十年前は乃述加は十四号だったんだぞー?」

「そうなんですか? 今は先生三号を名乗ってますけど」

「凄っ! そんな短期間でそこまで行ったのか。まあ、あいつは天才だったからなー。そういえば晶は何号なんだ?」

「最下位――十八号ですけど」

「そうか、ミコがまだ現役だった頃より二人増えたのか」

 そうなのか。ああ、いけない。話しが脱線しまくっている。

「それで、百波先輩について何か心当たりはありませんか?」

 話の本題であったことを、晶は巫狐に振ってみる。

「そうだねー、晶が疑問に思っている彼女の体温っていうのは、きっとハンデだよー」

「それって確か、身体に何らかの不自由が現れるっていう?」

 巫狐は頷いた。

「そ、知ってるなら話は早い。『処刑人』はみんな何かハンデを負っている。多分その症状だよ。ちなみにミコに起きたのはは声帯の異常。ほら、ミコいつも変に間延びした喋り方してるじゃん。これって『処刑人』だった頃の後遺症で声帯が縮んでいるせいだったんだー。別に生活には何の支障もないけどねー」

 そうだったんですか……。と晶は呟いた。彼女がそんなことを抱えていただなんて知らなかった。だが、自分も『処刑人』になったおかげで『家族』の知らなかった一面に触れることが出来た。それを嬉しく思う。

「そう言えば、もう一つ聞きたいことがあったです。百波先輩の生い立ちって――何かあったんですか?」

「うーん。知ってるかって言われてもなあ。まあ、乃述加からの又聞きだけど――」

 そこで一旦言葉を切って、すう、と息を吸い込んでから巫狐は告げて来た。

「彼女は十年前に起きた、とある事件の生き残りなの」

「とある、事件――?」

 それは何か、と聞いてみたが、巫狐は答えてはくれなかった。

 だがその事件と、彼女の身体の異常は絶対に繋がっている。

 そう確信した晶だった。


☥☥☥


 とある高速道路のインターチェンジ。そこで大きな事故が発生していた。

 一台の車が炎上している。中には男性が一人と女性が二人。しかも女性のうち一人はまだ小学生になったばかりであろう童女だった。

 周りにはいくらか野次馬が集まっていた。特に車内の人を助けようとするのでもなく、ただ見ているだけ。しかし流石にそれだけではない人間もいた。救急車と消防車それにパトカーなどのサイレン音が遠くから聞こえ始めた。

 すると直後。

 ドッ!

 車に付いていた火が更に燃え上がった。

 それに驚いた周りの野次馬たちは咄嗟に逃げていく。

 そしてその事故現場は静かになった。


 誰もいなくなったはずの現場に二人の人間が立っていた。否、一人は人間ではない。辛うじて人型をしてはいるが、全く違う生き物だった。

 猛禽類のような頭部に、獅子のような両腕。そして背からは二対の翼が生えていた。

 そしてもう片方の人間は、化け物と同じぐらいがっしりとした体格の大男だった。片手には周りの電燈の明かりを反射して黒光りするアサルトライフルがあった。そして同様に、周りの明かりを反射するサン グラスをかけていた。

 どちらとも睨み合ったまま全く動かない。

 そのまま数分が過ぎた。

 そして、先に口を開いたのは大男の方だった。

「私は『処刑人二号』。これから貴様を『処刑』するが、異存はないか?」

 声のトーンは重く、何処か地鳴りに似た響きをしていた。

 それに、化け物の方も答える。

「断る。殺されると分かっていてみすみす求める阿呆が居るものか!」

「フン、居ないだろうな。だが私は貴様のような輩は嫌いではないぞ?」

「ッ! ふざけるな貴様!」

 叫び声を上げる化け物に対しは大男は「フフン」と鼻で笑った。

「なぁに、私は本気だ。たとえ《悪魔》であろうと自分が生きていることを肯定し、他者に歯向かう心を持った者は、私は好敵手として認めよう」

「馬鹿にしおって人間風情が! そこを退けええええええええ!」

 《悪魔》と呼ばれた化け物はそう叫ぶと、燃え盛る車からドアを取り外し、大地を蹴った。

「もう一度言う、そこを退けぇ!」

「うむ。即答しよう、断る」

 ダン、ダダダン!

 銃声が響き渡った。パパパッ、と血飛沫が舞う。《悪魔》の男が撃たれたのだ。

「うぐぅっ」

「やはり貴様は『処刑』しておかなければならない存在なのだ。グリフォンよ、貴様は危険すぎるのだ。悪くは思うな、これも私の義務なのだからな」

 大男はアサルトライフルを構え、引き金(トリガー)を引く。

 再び血飛沫が舞い、《悪魔》は動かなくなる。

「もうこれ以上の悲劇はおこさせぬよう、我ら『処刑人』がなんとかしなければな」

 男はこの時思ってもみなかっただろう。炎上している車の中、こちらを見ていた人がいただなんて。


☥☥☥


「んんん……」

 昔の夢を見ていた。哀しい記憶の海に沈んだ、哀れな夢。

 嫌な汗が頬を伝う感覚を思いながら、百波利里は目を覚ました。

 部室で乃述加と話して、二人で帰宅し、確かそのままベッドに倒れこんで寝落ちしたのだった。

 汗で枕がぐっしょり濡れている。

 気持ちが悪いので服も一度脱ぎ、シャワーを浴びに風呂場へ行く。

「『処刑人二号』に《鳥頭獣型悪魔》……。あの二人の激突が私の運命を全て変えた――」

 瞳から黒い光を洩らしながら、利里は独り呟いた。


☥☥☥


 消防や警察が現場に到着した時には、既に『処刑人二号』も《鳥頭獣型悪魔》も居なかった。

 あれほど激しく燃えていた車の業火も消えていて、あれほどの災害だったのが嘘のようだ。

「車内には遺体が三人。男性が一人に女性が二人です」

 警官の一人が言う。

 だが、その言葉に反論したものが居た。

「一人、この女の子はまだ生きていますわ。良ければ、あたくしに引き取らせて頂けないかしら?」

 一斉に警官たちが声のした方を向く。だがそこには誰も居ない。

「ここですわここ。下下」

声に言われた通りに下を向くと、そこには黒服を着て大きなスーツケースを持った少女が居た。

「あたくし近くの教会の孤児院に勤めている、邪庭乃述加と申しますわ。お見知りおきを」

 慌てて一人の警官が、半ば脅すように言った。

「お嬢ちゃん、ここは子供が来ていい場所じゃないんだよ。さっさと帰れ! それに大人を騙して遊ぼうったってそうはいかねぇぞ?」

「あらあら。でしたら、多少荒い方法を使うしかありませんわね」

 乃述加と名乗った少女が、そう言った刹那。

 ダンダダン!

 巨大な銃声が辺りに鳴り響いた。

「脅しはこれぐらいで済みましたでしょうか?」

「こ、このガキィ! 拳銃発砲しやがったぞ!」

「銃刀法違反だ!」

「でもまだ十歳くらいだぞ、如何する?」

「しょ、少年院行きだろ?」

 ふう、と乃述加は拳銃の先から上がる煙を吹き消した。

「失礼ですわね。あたくしはもう十九歳。既に高校も出ていますのよ?ほら、免許証」

 そう言って警官に免許証を見せる。確かにそこには、『邪庭乃述加 女性 一九××年三月十二日生』と書かれていた。

「偽造カードか……?」

「でも確かにこれは国が公式に発行しているカードだぞ」

「じゃあ、本当に十九歳なのか」

「でもこんな慎重で車の免許って取れるのか? アクセルに足が――」

「相当失礼ですわねあなた。それによく見てくださいまし。バイクの免許証ですわよ」

 乃述加が呆れたように吐き捨てる。

「それとも、貴方方にはこちらを見せた方がよろしかったでしょうか?」

 そう言って彼女はもう一枚カードを取り出して見せつけた。そのカードには彼女の顔写真や何かの組織名。そしてそれにおける乃述加の情報が書かれていた。

「EXC……? 何だこれは?」

「何かの組織名?」

 警官達は口々に言っている。だがそんな中の一人の顔が青ざめ、引き攣って行った。

「たた、大層なご無礼失礼いたしました!」 

 それには他の警官達も驚き、どよめく。

「課長! 何でそんな――」

 如何やら頭を下げた人物はこの中で一番地位が高いらしい。そんな彼が少女に必死になって謝罪しているのだから部下はオロオロするばかりである。

「お前ら、この方は俺達が本来関わっていいような方じゃねぇ。政府公認の世界的特殊部隊の隊員さんだ! そんなお方に無礼な口叩けねぇぞ!」

 課長のその言葉に、部下達の血の気も引いていった。途端に申し訳ありませんでした! と叫び声が上がり始める。

「そ、そんなに畏怖しなくても……。あたくしはあくまでこの地域の支部長なだけですし」

 そう言って乃述加はカードをしまう。それに書かれいていたEXCとは――execytioner、すなわち処刑人の略である。実は『処刑人』とは個人個人が活動しているのではなく世界中で政府工作員という扱いを受けているのだ。一般には伏せられているものの彼女らの行動は政府も公認しているのである。そうでなければ、きっと多発している《悪魔》による事件が公にならないわけがない。

「兎に角、彼女はあたくしが引き取らせていただきますわ。御心配なさらず。ちゃんと面倒は見ますわよ」

 そう言って乃述加は救急車に運び入れられていた利里をそっと抱き上げた。体格差があまりないので少し無理をしているようにも見えるが、彼女は余裕の表情で器用に手を動かし携帯を取り出した。

「ああ、そうですか……」

 もう警官達は言い返す気力を失っている。彼女はそのまま誰かと連絡を取り、しばらく経つと迎えの車が現場に到着した。

「では、御機嫌よう」

 教会の車が出発する。それを見送る警官達。

 その車が、少女への地獄からの迎えだとも知らずに。


☥☥☥


「利里ー。随分な長湯ですわね。そろそろあたくしも入浴させてくださいな」

「はーい、今あがります」

 しばらく昔の記憶が脳内で再生されていた利里は、乃述加の声で我に返った。

 いけない。いつまでも過去を憐れんでいては。今の自分は昔とは違う。強くなった、両親を奪った《悪魔》に復讐出来るくらいに。

 脱衣所に出て体にバスタオルを巻きつける。同級生と比べてやたらと発育の良い身体は火照っていて、いくらか雫も滴っていて艶めかしい。

 その時。

 ルルルルルルルルルルル。

 家の電話のベルが鳴った。

「はいー、もしもし。ああ、巫狐ですの? ええ、はい、成程ね……。分かりましたわ、くれぐれも晶さんには秘密にしておいてください。彼はまだ新入りですので……」

 どうやら乃述加の知り合いらしい。何故だかは分からないが晶の名前も出ていた。教師か誰かだろうか。

「義母さん。今あがりましたよ」

「はい。それでは、あたくしも朝風呂を――」

「え、嘘! ちょっと待ってなのネ!」

 言いながら脱衣所の方へと向かってくるのが分かる。急いで服を着なければ。

 だが、少しだけその忠告は遅かった。脱衣所のドアが開け放たれる。

「がーん。利里ったらまた胸が大きくなってる⁉ あたくしは未だに幼児体型なのに!」

「ああー、やっちゃたのネ……」

 如何でもいいが乃述加はやはり自分が小さいことを気にしているようだ。

 だがそれは、彼女が『処刑人』としての素質を持ち合わせていたせいなのだ。

『処刑人』になるものは、その代償として身体に大きな副作用を負う。

 乃述加は肉体の幼児化。那雫夜は不眠症。そして利里は――超低体温だった。

 だから『処刑人部』の面々は異常者ばかりなのだ。皆普通の人間とは違う身体になってしまっている。晶にはまだ表れていないようだが、彼もいずれは他人とは違う存在になってしまうのだろう。

 利里はそれが少し怖かった。いくら彼を《悪魔》から保護するためとはいえ、もしかすると自分は、平凡な人生を歩めたかもしれない人間を絶望の淵に引きずり込んだのではないのだろうか。

 そんな不安が頭の中を駆け廻ってく。

 だが、正面に居た乃述加がそれを察し、優しく微笑みかけてきた。

「また晶さんのことを考えているのかしら? でも大丈夫、彼は自らこの世界に飛び込む勇気を持っていた。貴女は悪くないわ。放っておいたら危険だった彼を貴女は救おうとしたのですわ、それはとっても素敵なことですわ」

「でも私……。またあの子みたいな被害者が出るのかと思うと――」

「大丈夫。今度こそ、あたくしが支えますわ。過去の過ちを責めるだけでは、人間生きていけませんわよ」

「ありがとう……、義母さん……」

「お義母さん、だなんて。ぶっちゃけあたくしまだそんなに歳いってないはずなのですがね」

「二十九でしょ? そろそろ、真面目に結婚とかも考えたら?」

「あたくしと結婚してくれる殿方なんて、ロリコンぐらいですわよ」

そりゃそうだ。彼女の見た目の年齢は十歳前後なのだから。

「でも別に良いんじゃないかしら? あなた高校の時とか彼氏はいなかった訳?」

「はあ、あたくしは高二の頃は既に『処刑人』になっていてもうこの姿でしたので……。うわああああん! 何で男は色気のある女ばかりを求めるの? 人は見た目じゃないわ、心なのよ!」

 泣き出してしまった。ここまで来ると本当に愛らしいものである。

 利里は仕方なく思いながら乃述加の頭を撫でる。銀髪がふわふわした感触で気持ちがいい。

「でも別によろしいですわ。あたくし、今がとても幸せですもの。利里、那雫夜、それに晶さんと部活で 他愛ないお喋りをして、これも素敵な人生の楽しみ方ですわ」

「まあ、その背景には色々大変なことがあるんだけれどね」

「ええ、先程も、情報屋からの連絡がありましたわ」

「情報屋って、もしかして巫狐さん? あの伝説の『狐巫女』、だっけ?」

「ええまあ。彼女は自分自身が有名な存在だということに自覚がないようですがね」

「ところで、どんな連絡が入ったの?」

「アメリカで《悪魔》による事件が多発しているようですわ。あそこは活動範囲が広いくせに所属者が二人ですからね……。心配ですわ」

「そうか……。でも、今は私自身のことにケリをつけなくちゃ」

 そう言って利里は唇を横一文字にきつく結ぶ。これは彼女なりの覚悟の表れだった。

 父と母を殺した《悪魔》が、かつて『処刑人二号』に『処刑』されたはずの《悪魔》が、行動を再び開始したのだ。

 何故奴は生きているのか。『処刑人二号』は何者だったのか。

 いくらか謎はあるが、そんなことは今は如何でもいい。この手で、過去への復讐を。

「でも利里、復讐に感情を当て嵌めてはいけませんわ。そんなことでは、貴女はいずれ闇に呑まれてしまいますわ」

 顔に書いてあったのだろうか。思うこと全てが、乃述加には筒抜けだ。それは悔しいが、同時に嬉しい事でもある。いつも自分のことを気にかけてくれる。何かあったらすぐに気付いてくれる。本当に母のような存在だった。

「――有難う、義母さん」

 何度目になるか分からない、その言葉を呟いた。



行間 信太巫狐の裏世界通信 part1


「それでー、今月で《悪魔》発生回数は何体になったのー?」

 やる気のない声で信太巫狐は電話口の相手と話していた。

 相手は『処刑人』北米支部の支部長、アルバート=ハルマゲドンだ。

『そうなのよぉん。すっごく大変。今月はもう七体でぇ、先月なんて十三体よ。アタシもエリーナもクタクタぁ』

 妙な、女性言葉の日本語で話してくるが、彼は立派な男性だ。金髪碧眼の絵にかいたような美男子で、実力もそれなりに――『処刑人四号』を名乗るくらいなのだが、如何も話していると気が狂う。

 だがこれは、彼の副作用で、『処刑人』になったことにより精神が不安定になり性同一性障害になってしまったからだった。

『あ、エリーナちゃぁん。お帰りー。今ねえ巫狐ちゃんからお電話が――』

『Shout up。分かっていますよ、支部長』

 電話口から薄らと声が聞こえてきた。おそらくもう一人の北米支部員、エリーナ=カルマスだろう。

 彼女はスペイン人の父とアメリカ人の母を持つ混血児で、褐色の肌が目につく女性だ。アルバートとは違って、話していても気が狂うことはない。まともな人種なのである。

『お電話変わりました。エリーナです』

「あ、エリーナちゃんー? 久しぶりだね、元気にしてたー?」

『Yes. I’m fine thank you.』

「あら、自然に英語で言われたわね。ミコはそんなに外国語が得意じゃないんだけどなー?」

 そう言ってみると、エリーナは口調をやや片言の日本語に直してきた。

『失礼。MeもまだJapaneseは完璧ではないため。やや聞き取りにくいかもしれませんが、お願いいたします』

 所々英語に変換してくるのがどうも怪しい。もしかしたら、もう既に日本語なんて完璧に喋れるんじゃないか、と巫狐は思った。

『それにyouの方こそ。外国語が苦手でよく「処刑人」達の裏世界の情報屋などやっていられますね』

「色々あってねー。それより、体の方は大丈夫なのかしらー?」

 そうだ。今は雑談をしている暇ではない。彼ら――北米支部の現状を訊きたいのだ。

『それに対しては支部長であるアタシが答えるわ。現在起きている謎の《悪魔》の大量発生。これに付いては、もしかしたらアジア支部Bにも手伝ってもらう必要があるかもしれないわぁん。その時はサポートお願いねぇ』

 再びアルバートが出て来た。やっぱり、気というか、調子が狂う男だ。

「はあ、貴方アメリカ人で良かったわねー。そっちは男性と女性の話し方はさほど変わらないし。日本でそんな感じだったら友達なくすよー?」

『あらそーう? 別にいいと思うんだけどなぁ。何で皆そんなに男とか女とかを気にするのかな?』

『貴方は気にしなさすぎです、アル』

 横からエリーナが口を挟んでくる。彼女も、よくこんなのと毎日一緒に過ごしていて気が狂わないものである。よほど強い精神をしているのだろう。

『じゃあ、きつくなってきたらまた連絡するわね。乃述加ちゃんたちにも話は通しておいてねーん。See you!』

 がちゃり。電話が切れる音がした。

「まったく……。面倒くさい奴だなー」

 文句を垂れながらも、巫狐は乃述加の電話番号をコールする。

「晶くんは、大丈夫かなー?」

 巫狐がふと向けた視線の先。そこには、幼い晶と、その両親が映っている家族写真があった。

「旦那様、奥様。晶くんはミコが命に代えても守り通してみせます」


いかがでしたでしょうか。次回からはアクションシーンが出たりします。

最終回までよろしくお願いします。

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