エピローグ
エピローグ
松葉杖を突いて赤穴洸は遺跡を見渡せる砂丘に立った。
傍らには肩を貸すジニー・スーシャの姿。
二人は寄り添って砂漠と、掘り返された沙嘴国の城壁内を心ゆくまで眺めた。
夕映えが燃えている。
何度体験しても飽きることのない、砂漠の雄壮な夕焼けだった。
「……もう日が暮れるな」
「ええ。闇が降りたら……ひょっとしたら今夜あたり見られるかも知れないわ。楽しみね」
「何が?」
「螢よ。決まってるでしょ? この辺りに棲息する螢は大群生を作るの。宛ら、星が降ったように砂漠一面輝くわ! 沙海の皆んなは〈星野〉って呼んでたっけ。物凄く綺麗よ……!」
赤穴はクスッと笑った。
「へえ? 見てきたようなことを言うんだな!」
「あら! 見て来たのよ」
「……そうか」
合点がいって頷く元〈至宝〉管理局員だった。
「そうだったな」
真摯な眼差しで遠く紅蓮の地平線を振り仰ぐ。
その横顔を眺めながらジニーはこっそり微笑んだ。
「あなたの言う通りだったわ」
「ジニー?」
「今回の件で私は学んだの。〈時〉は人間なんかの手に負えるものじゃなかった。〈歴史〉は変えられないし、〈死〉は永遠に絶対だった。でも、私たちだってささやかな抵抗くらいは許されるはずよ」
こんな風な──
ジニーはそっと恋人の指に指を絡ませた。
薄い皮膚の下、流れる血の温もりが伝わって来る……
私たちは生き続けられる。
時間と並行して、この血を絶えることなく受け継いで行くことはできる。
そうして行く限り──
血が途切れず、流れ続ける限り、人もまた続いて行けるのだ。
そして、何度も、挑み、やり直す機会は巡って来る……!
この間、こんな風に並んで一緒に砂漠の夕焼けを見たのはいつだったろう?
そして、それは、誰だった?
きっと、〈時間外跳躍〉の後遺症に違いないが。
ジニー・スーシャはまだ時折、自分の内で〈時〉が錯綜することがある。
今も、夕陽の中で、傍らに立った長い黒髪の青年が振り返って言った。
── ジニー、おまえはおまえの国で待っていてくれ。弟は必ず戻って来るから。
「湖鬼神?」
── そのためにも、俺はどんなことしてもとあれほど必死で生き延びたんだからな!
螢は……陽は……ここで終わってはいない。
そう簡単にくたばるもんかよ!
俺たちは続いて行くんだぜ……!
「ジニー? どうした? 大丈夫か?」
心配そうな赤穴の声にジニーは顔を上げた。
つくづく現在の恋人を見つめて訊いてみた。
「ねえ? あなた、私のこと会った瞬間から好きで好きで堪らなかったでしょ? それとも、懐かしさでいっぱいだった? どっちにしろ一目惚れよね? そうよね?」
「う……それは──まあ……な」
「よろしい! それでこそ〈未来の夫〉よ。いや、待てよ、〈前世の夫〉かな? ああん、わかんない……コンガラガっちゃう!」
一頻りクスクス笑った後でジニーは赤穴に告げた。
「そうだ、私ね、女史に手伝ってもらって本を書こうと思ってるの」
「へえ?」
「博士も賛成してるわ。この辺境の星の、これまた辺境の地の小国・沙嘴国の歴史について。最もドラマチックで激烈を極めた一七代王朝の頃のことよ。それについては何百冊も書かれてるけど、でも、私が見たところ、どれも嘘っぱちのデタラメもいいとこ! 私ならちゃんと本当のことが書けるわ」
「ああ、例の──沙嘴の悲運の三王子について、か?」
「そう。陽・月・螢と言う美しい三つの光の名を冠された王子たちの悲しい運命ついて」
ジニーの脳裏に今一度、三人の姿が鮮やかに蘇った。
「遂に同時には輝くことがなかった三兄弟の真実の記録……」
「だが、ジニー」
赤穴が指摘した。
「実際には誰もそれを正確な歴史書としては認めてくれないぞ。おまえが〈至宝〉で時間外跳躍の能力があることを明かせない以上。まあ、せいぜいファンタジージャンルだな……」
「仕方ないわ」
ジニーも認めた。
「でも、それでもいいの。だって、私、みんなに知って欲しいんだもの。勿論、あなたにも」
ジニーは言い直した。
「ううん、一番に読んでもらいたいのはあなたなの」
「いいとも! 喜んで読ませてもらうよ」
元局員の言葉に勇気づけられてジニーは咳き込んで続けた。
「あのね、私、もう題名は決めてるの。〈燦光伝〉って言うの。それでね」
ここで突然、砂丘の麓から遺跡発掘調査隊のスタッフの声がかかった。
「おーい、そこの人! ジニーに赤穴君か? あんたたちも一緒に行かないか? たった今、あっちの……王族奥津城と推定される一画で博士たちが凄い物を掘り当てたんだ! これぞ一見の価値ありだぞ!」
ジニーも赤穴も興奮して呼ぶスタッフの方を見た。
「素晴らしい宝剣だぞ! 保存状態もすこぶる良好で、ありゃ、ひょっとすると沙嘴の王子様が身につけていた物かも。そのくらい空想力を刺激する代物だ!」
二人は一瞬、顔を見合わせた。
何かしら予感めいたものがあった。多分、それはあの短剣に違いない。
「行こうか?」
笑って赤穴は促した。
「そうね」
ジニーも頷いた。
「君の物語、いや、歴史書の詳細については道々聞くとしよう。何と言ったっけ、〈三光伝〉?」
「〈燦光伝〉よ!」
こうして、二人はゆっくりと砂丘を下り始めた。
あの懐かしい剣を見るために。
「えーと、出だしはこうよ──
男は苦悩に満ちた顔で入管手続きの窓口へ身分証明カードを提示した。
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フリダシヘモドル……
──── 了 ────
長い物語を最後までお付き合いくださりありがとうございました!
心から感謝致します。
後書きに変えて追加情報を少々。
* 沙嘴国は実質的に第十七代陽王を持ってその正当な王朝の歴史に幕を下ろしました。
以後、惹苺皇太后と帝国人紂謖の支配の下、急速に帝国化して行く沙嘴の文化に特筆すべきものはありません。
* 砂漠に螢? とお思いでしょうが、日本のような水棲の螢はむしろ少数派。
沙海の螢も土螢系とお考え下さい。きっとそう。そうに違いない
* この物語はパラレルワールドです。ジニーの使い方によっては螢や陽王を生き残せる道も必ずやあると思います……
* お気づきでしたか? 赤穴洸の名前、ファーストネームに注目! 洸……三光……三つの光……




