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燦光伝  作者: sanpo
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*61

     


「〈至宝〉管理局に辞表を出したと言うのは本当かね?」

 フッカー博士が真剣な面持ちで訊いてきた。

 遺跡発掘調査基地(ベースキャンプ)の医療部コンテナの中。

 赤穴洸(あかなあきら)はベッドで片足を吊って横たわっている。時の濁流の中から落下して来たジニーを救った名誉の負傷である。

「ええ。決心しました。〈逃亡至宝〉を遂に見つけ出せなかった責任を負っての、当然の辞職です」

「だが……」

 ベッドの横にぴったりくっいている娘を横目で見ながら博士は言う。

「君はちゃんと見つけた(・・・・)じゃないか!」

「違います」

 元〈至宝〉管理局員はきっぱりと答えた。

「僕が見つけたのは管理局の〈至宝〉ではなくて、僕だけの〈花嫁〉なんです」

 シーツの下でしっかりと握り合った手と手。

 ビル・フッカーは頭を振った。

「……そういうことか」

 お互いを見つめ合っている若い幸福な恋人たちを暫し眺めやった後で、博士はやや重々しい口調で切り出した。

「だが、君たちは一体全体、これから(・・・・)どうするつもりなんだね? 具体的な計画(プラン)はあるのかい?」

 素早くジニー、

「この人の怪我が治るまで……せめて歩けるようになるまではここに置いてください、博士! 勿論、その間、今度こそ私、何でもお手伝いしますから。今、放り出されたら私たち困っちゃう。本当に行き場がないんです」

「勿論、博士さえよろしければです」

 流石に赤穴の方は恐縮して言い添えた。

「うむ。私の意見を言わせてもらえば──もっと別のやり方もあるのだがね?」

 博士の顔がいつになく険しかったので二人は不安で青くなった。

「まさか……私たちのこと管理局へ通報するとでも?」

 慌てて博士は手を振った。

「いやいや。赤穴君の怪我が治るまで云々と言うしみったれたことじゃなく──未来の夫(・・・・)の君さえ良ければ、この私がジニーの身元を引き受けてもいいと思ってるんだ。つまり、私の〈娘〉としてジニーを戸籍登録したらどうかね?」

「博士っ!?」

 ジニーも赤穴もさっきよりももっと蒼褪めた。

 ビル・フッカー博士はID詐称を持ちかけているのだ。

 無論、万が一にも発覚すれば重罪は免れない。この大胆不敵な提案にジニーは勿論、元中央官吏だった赤穴が驚くのも無理はなかった。

「そ、そこまで親身になっていただくわけには……」

「そうよ、博士ほど名のある人が、何もそこまで……今までだって充分厄介をかけたのに、これ以上巻き込むわけにはいかないわ!」

 狼狽する二人を前に、博士は側にあった椅子を引き寄せて座ると、まあ、聞きなさい、と言って話し出した。

「私の妻は妊娠中に亡くなったんだ。ジニー、遂にこの世に生まれることのなかった私と妻の〈娘〉としての幻を、この老い先短い老人に見せてくれないか? その私の我儘の見返りに君はちゃんとした〈身分証明証(ID)〉が手に入るという寸法さ。いつまでも〈逃亡至宝〉の身じゃこれから先の長い人生不便だろう?」

「でも、博士」

 何か言おうとしたジニーをフッカーは大きな手を振って押し止めた。

「白状するとな、宙港ターミナルで一目見た時から、私は君が〝娘のようだ〟と思えてならなかったんだよ。だからこそ、関わったんだ。そうして、今回、君が体験してきた諸々を間近で見聞きして、改めて思ったんだ。本当、〈時〉は得体の知れない糸車だな!」

 博士はつくづくと嘆息した。

 暫くコンテナの鈍色の床を凝視していたが、やがて(おもむ)ろに口を開いた。

「なあ? 私が君を見て〈娘〉だと思ったってことは、私は私で君に関わる未だ掘り起こされ(・・・・・・・・)ていない(・・・・)別の物語(ストーリィ)があるのかも知れないじゃないか! つまり、君と私の間には過去か未来で浅からぬ因縁があるんだよ! そういう風に夢見させてくれてもいいだろう、ジニー?」

「博士!」

 ジニーはフッカーに飛びついた。

「何てこと! 私は夫だけじゃなくて……いっぺんに父親も手に入れたのね!」

母親も(・・・)、ですよ」

 三人はギョッとした。

 いつの間にか医療部コンテナの入口にキニアン女史が立っていた。

「よくまあ! そんな重大なことを一人でお決めになられたものですね、フッカー博士?」

 凄い剣幕で女史は病室へ入って来ると博士の前で足を止めた。

「さっきご自分の口から〝老い先短い〟とかおっしゃってましたけど、博士、お見受けしたところ、あなたはまだまだ簡単にくたばりそうにありませんわ。それを──」

 女史は鋭い視線を今度はジニーと、足を吊って身動きできない赤穴に向けた。

「こんな若いカップルにずーっと面倒見させようなんて魂胆、私は許しません!」

 フロクス・キニアンは決然と言い切った。

「娘より()です。そういうことはね!」

 博士は目を白黒させるばかり。

「しかし、君、キミほどの才媛が? 今更、何も、私みたいな──」

 女史は腰に両手を当てて、日頃遺跡跡で学生やスタッフに指示を繰り出している時そのままに、矢継ぎ早に言った。

「私、この跳ねっ返りに昨夜、プロポーズの仕方を学んだんです。何も待つばかりが能じゃないってね。私はホント、この二十年、あなたの傍で何をして来たのかしら? こうして、自分から言い出せばとっくにカタがついていたのに! そういうわけで──博士(・・)私と一緒(・・・・)なってもらいます(・・・・・・・・)!」

「……君……」

 今度、ジニーが飛びつく相手はフロクス・キニアンだった。

「素敵! おめでとう! やるじゃない、キニアン女史……!」

 女史はピシャリと言った。

「そう喜んでばかりはいられないわよ、ジニー。私が母親となったからには、もう少し行儀作法ってものを叩き込んであげます。あなたときたら、あまりに無茶苦茶だもの……」

「そりゃいい! ぜひお願いします!」

 思わず叫んだのは、真剣そのものの赤穴だった。

 その後、医療部コンテナを揺すって砂嵐級の爆笑が響き渡ったのは言うまでもない。


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