表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
燦光伝  作者: sanpo


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
55/63

*54

     


「月……?」

 腕を捕らえたまま、息子が残る方の手で死せる王の胸から静かに短剣を引き抜くのを見て母は心底震え上がった。

「俺は騙せないぞ! いや、おまえ(・・・)なんかに(たぶら)かされた愚かな男は俺の身内には一人だっていなかったはずだ!」

 父王も、兄王も……弟王子だって!

「さっき、おまえ自身がその口で言った通り、誰一人(・・・)あんたの狂気には踊らされはなかった! 皆、優しくて賢明で清廉な真の王族だったんだ!」

「月……!」

「いいとも。あくまで俺をその名で呼ぶのなら──ならば、俺だって証明して見せてやる」

 自分の肩先にも届かない緑青色の母。

 それを斬ることに湖鬼神は何の躊躇(ためら)いもなかった。

「父王や(あけひ)王や(ちのひ)同様(・・)……俺もおまえを拒絶してみせる。誰が言いなりになどなるものか!」

「あ、あなたは本気でそんなことを……?」

「おまえこそ万死に値する! 下劣な毒婦! 腹黒い沙海の蛇め! おまえが引っ掻き回したおかげでこの国が滅茶苦茶になったのがわからないのか?」

 母を掴む手に力が篭る。一歩踏み出して湖鬼神は思い出した。

「そうだ、最期に一つだけ聞きたいことがある。あの日、剣を泉に置いたのは何のためだ?」

 一瞬、惹苺は体を強ばらせた。

 観念したのか、後悔しているのか、それとも単に癖なのだろうか? ため息を一つ吐いて笑った。

「まさか、あそこまで騒動になるとは思わなかったわ。私はただ……帝国へ行きたかっただけ」

何だと(・・・)?」

 湖鬼神は耳を疑った。

「王子の人質を帝国が強く望んでいるのを廷臣たちの会話から盗み聞いて……それで、協力してくれる人に託してこっそり帝国へ親書を送ったのよ」

 

   《   近く騒擾起きる。その機を利用すべし。   》


「私は約束通り騒ぎを起こす必要があった。でも──」

 悲しげに皇太后は顔を曇らせるのだ。

「結局あれも失敗した。第一王子に付き添って私も帝国へ行くつもりだったのに、先王はそれを許さなかったし、私が一番の協力者なのに島帝国の方からも王后は必要ないと拒否された」

「何故、それほど帝国に行きたかったんだ?」

「あら、私が最初に目指したのは(・・・・・・・・・)そこなんですもの! あそこは何でも手に入る豪奢な国……夢の楽園だと聞いたから……!」

 帝国へ行こうとして砂漠を超えて来て、力尽き、倒れていた異郷の娘を遠乗りに出ていた先王が見つけて城へ連れ帰ったのだ。

 それがどんな災禍の種になるか若い王は知らなかった。

 螢がやはり異郷の娘に恋をしたように、恋の炎は一瞬に燃え上がる。誰もそれを止めることなどできはしない。

 湖鬼神は父の真心と純愛を(なじ)る気にはなれなかった。

 むしろ、愛した人がその愛に値しない人間だったことを知り、自分の愛が間違いだったことを悟った時の父の絶望を思って戦慄した。

「王様だったから……后になれるなら……小国でもいいと思って求婚を受け入れた私が馬鹿だったわ」

「なんて奴だ! もうたくさんだ──」

 湖鬼神は剣を天に振り翳した。今こそ悪夢を断ち切るべきだ。既に血塗られた自分はこの役割に合っている──

「やめて、月! 本気で私を、実の母を殺そうというの?」

 惹苺は身をくねらせて抗った。

「よりによって、陽が弟の螢を殺し……そしてまた、その陽が弟のあなたに殺された……その同じ剣(・・・)で?」

「!」

 流石に湖鬼神は動きを止めた。

 振り下ろしかけた剣を見てしまう。

「恐ろしい! あなたたちこそ呪われた兄弟だわ!」

「な、何だと!」

 湖鬼神の一瞬の逡巡。

 その隙をついて惹苺は息子の腕を掻い潜り扉へと逃れた。

「誰か! 誰かある……!」

 王城中に響き渡るかと思われる絶叫……!

湖鬼が出た(・・・・・)! 衛士は何をしている!? 湖鬼が〈王の間〉で陽王を……私の息子(・・・・)を殺したのよ! 助けて!」

「クッ、妖婦め!」

 きりりと唇を噛む瑚鬼神だった。だが、もう遅い。

 惹苺皇太后は狂ったように回廊中を叫び廻っている。

「早く! 早く! 誰かある……!」


「湖鬼だと?」

 いち早く駆けつけたのは紂将軍とその側将たちだった。

「うん?」

 〈王の間〉に続く暗い回廊。

 帝国征夷派遣軍総帥はこの時、初めて沙嘴国の皇太后を目の当たりにした。

 紂謖(ちゅうしょく)はかつて螢を見た時と同じ目つきで惹苺に視線を走らせた。

「助けて……!」

 皇太后は血に汚れた裳裾もしどけなく将軍の胸の中に倒れ込んだ。

「湖鬼が城内に侵入しました! 私と陽王が螢王子の死を静かに弔っている〈王の間〉にやって来て……陽王を殺したのよ!」

(これまでだ!)

 帝国人に縋って泣く母の声を聞きながら湖鬼神は短剣をその場に捨てると高窓へと走った。

 そのまま中院(なかにわ)へ飛び降りる。

 紂将軍は腕の中で泣きじゃくる惹苺をつくづくと眺めやった。

(ほほう! こいつは……!)

 それから、やおら部下達に向き直って叫んだ。

「何をしている! 追うぞ! その湖鬼とやらを引っ捕えるんだ!」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ