表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
燦光伝  作者: sanpo


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
53/63

*52

     


 遠い夏の日……

 茉莉花の白い花の揺れる中院(にわ)……

 自分を追って駆けて来た黄の彩羅の弟王子は叫んだ。

「兄上! お待ちください、兄上!」

「待たないぞ!」


 いつもいつも、小賢しいほどくっついてついて来る一つ違いの弟だった。

 今日こそは一人になりたかったのに……!

 母の贈物をゆっくりと眺めようと思っていた。

 昨日、中院の暗い木陰で母がこっそり自分にだけ(・・・・・)教えてくれたのだ。


   ── 贈り物をあげる。私の泉を覗いてご覧なさい、(あけひ)……


 果たして、たゆたう透明な水底に、大人の印、立派な剣が沈めてあった。

「私のだ! 触るな!」

 有頂天になって陽王子は叫んだ。

「母上が私に(・・)賜ったんだ! 私にだけ教えてくれたんだぞ!」

「嘘だ!」

 泉に先に飛び込んだのは弟だった。

私の分も(・・・・)あるじゃないか!」

 いつもいつも……

 生意気で敏捷(はしっこ)(やみひ)め!

 またしても、真っ先に剣を手にしたのは月王子だった。

 慌てて陽王子も飛び込んだ。

「勝手に先に触れるな! 私が兄だぞ! まず私が選んでからだ!」

 確かに水中には二振りの剣が隠されていた。

 どちらも大人の男が帯びる、本物の武具……!

「何だよ? 兄上がノロマだからいけないんだ。私はこっちに決めた!」

「生意気な! 母上は私にだけ教えてくれたんだ。おまえは何も知らなかったくせに。おまえは勝手についてきただけだろ? おまえなんかオマケなんだよ!」

「何だと!?」


 どちらが先に剣を抜いたのかは憶えていない。

 だが、その後の、朱に染まった茉莉花のことは憶えている。

 弟王子の脇腹から、後から後から流れ出た大量の血と、その匂いも。

 血は傍らの、その(かぐわ)しい赤──本当は白(・・・・)──い花と同じくらい甘い匂いがした……

 人の血が甘いと(・・・・・・・)その日(・・・)陽は知ったのだ(・・・・・・・)


 今、湖鬼神と名乗った男は、とうに乾いた古い血溜りの中で、喘ぎながら末王子の亡骸(なきがら)を胸に掻き抱いていた。

(ちのひ)? 何てこった……おまえ……こんな酷い……」

 二人とも(・・・・)私の目の前で(・・・・・・)

 と、陽は思った。

 弟たちはいつも(・・・・・・・)血だらけだ(・・・・・)

 目の前の弟たちはいつも血塗られている。

 誰のせいだ(・・・・・)


 剣を下げたまま陽王は黒髪の湖鬼へと歩み寄った。

 静かに尋ねる。

「おまえ……湖鬼神と言ったな? その傷……その傷は……」

 湖鬼神は獣のように動いた。

 螢の胸に残っていた短剣を引き抜くと振り向きざま斬りつけた。

「ウオーーー……!」

「え?」

 一振りめ、王は俊敏にも避けることができた。

 体勢を立て直して対峙した湖鬼は涙に濡れた顔で叫んだ。

「俺は剣を失った! この勝負、あんたの勝ちだ、陽王! だが、俺は刺し違えてでも──やってやる! 俺はあんたを許さないっ!」

私を(・・)? 許さない(・・・・)……?)

 再度、捨て身で突進して来る湖鬼神。

 刹那、王は自分の剣を捨てた。

 王の手を離れた剣は骨のような乾いた音を響かせて〈王の間〉の床に落ちた。

 ほとんど同時に、湖鬼神の剣が王の胸を深く(えぐ)っていた。


 湖鬼神には王のこの行動が理解できなかった。

「……何故、剣を捨てた? あ、あんたの方が優位だったのに?」

 床に崩折れた王は何か言おうとしている。

 膝を折り、耳を寄せる湖鬼神。

「陽王?」

「謝りたかった……私だって……ずっと……胸の奥に引っかかっていたんだ」

「?」

「だが……知らなかったんだもの。おまえが生きていたなんて……」

「オイ? 何を言っているんだ?」

 抱き起こした湖鬼神の腕の中で王は囁く。

「私は悪い兄だった。おまえが許さなくて当然だ。だが……」

 血を吐いて、咳き込みながら、それでも陽王は懸命に言葉を繋いだ。

「ほ、本当に悔いている……ごめんな?」

 わけがわからず戸惑う湖鬼神の乱れた黒髪に手を伸ばすと陽王は微笑んだ。

「あの日は……ごめんよ……(やみひ)……」

「──」

 湖鬼神の(こわば)った腕の中で沙嘴王・陽は魂切(ことき)れた。

 先刻、螢がそうだったように、兄弟の胸の中へ深く頭を落とすと、動かなくなった。




 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ