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燦光伝  作者: sanpo
51/63

*50

     


 とうに燭の火も燃え尽きた〈王の間〉で(あけひ)王は死霊のように蒼褪めた面を上げた。

 天を厚く塞いでいた群雲(むらぐも)が割れ、月が出たのを知る。

 満月だ。

「……月か?」

 一人呟いた後、ゆっくりと扉の方へ頭を巡らせた。

 誰かがこの血塗られた室へ入った来た気配がした。

「誰だ? そこにいるのは?」

 扉の前の影が答えた。

「俺の名は、湖鬼神……」


 陽王は玉座で暫く目を瞬いていた。

「そうか? では、おまえが──」

 須臾(しゅゆ)の心酔していた男……

 なるほど。弟王子の言っていた通り、長身で精悍な湖鬼と見て取れた。

 月を背負った逆光の中ではその表情までは窺い知れなかったが。

「……何をしに来た?」

「決まってるだろ?」

 王の問いに黒髪の湖鬼は不敵に笑って答えた。

あいつ(・・・)──俺の大切な弟分、(ちのひ)亡骸(なきがら)を貰い受けに、だ」

「何だと?」

 王の驚きに頓着せず、傲然として湖鬼神は言ってのけた。

「螢はこの俺の手で湖族の地……沙海の果ての湖に葬ってやる。あれは勇猛な湖族の男だった。その亡骸は勇士に相応(ふさわ)しく丁重に扱われるべきだ。

 さあ、王よ。螢をこちらへ渡せ!」

「な……何を……言っている?」

 王の温雅な声が震えた。

「あれの故郷はここだ。王子は沙嘴の地で、父や私とともに永遠に眠るのだ。

 いかに──生前、王子がおまえと(よしみ)を結んだとはいえ、今に至っては王子は渡せない」

 玉座を掴む王の手に力が籠った。

「あれは私の血を分けたたった一人の弟なのだから……!」

 陽王は言い直した。

「いや、違う。二人目(・・・)の弟だ。

 湖鬼よ、おまえも湖族なら知っていよう? 私のもう一人の弟(・・・・・・)は既におまえたちの手によって、おまえたちの国に眠っている。

 その上? 今また、連れて行こうと言うのか?」

 須臾までも……!

 陽王は屹立する湖鬼を真っ直ぐに見据えて叫んだ。

「いくら須臾が心を許した男の頼みでも、おまえに王子を引き渡すわけにはいかない!」

 闇の片隅で男が大きく息を吐いたのが聞こえた。

 それは、笑い声だった。

 湖鬼は笑ったのだ。

「俺は頼み(・・)にきた覚えはないぞ、陽王? 勘違いされては困る。言ったはずだ。『螢を貰い受けに来た』と。更にもう一つ──」

 湖鬼神は抜刀した。

「おまえの命も貰い受けよう……!」

「!?」

 湖鬼神は玉座に飛びかかった。

「よくも──螢を殺したな! 鬼畜め! 何が、血を分けた弟だ! おまえに兄を名乗る資格はないっ!」

 白刃を燦めかせす湖鬼の顔貌。今こそ陽王にも間近にはっきりと見て取れた。

 乱れた黒髪の下で双眸を炎のように燃え立たせた男は、まさしく鬼に見えた。

 その鬼が咆吼した。

「何故!? 螢の話をもっとよく聞いてやらなかった!? おまえを信頼して……誰よりも慕っていた……それ故、戻って来た弟を……よくもその手で殺せたものだな!?」

 鬼は王を罵倒した。

「あいつは心からこの沙嘴国を……兄王のおまえを……愛していたのに!」

 怒りに悶える刃が平生の鋭さを濁したか?

 一刀、虚しく空を斬る──

 すんでで陽王は身を躱すことができた。

「クッ!……おまえは螢の兄などではない! 俺の手で……あいつの無念を晴らしてやる!」

 玉座から飛び退いた王を追って、なおも湖鬼の刃が燦めく。

「俺たち湖族は……その名の通り〈湖鬼〉と恐れられる血に汚れた修羅の一族だが……だが、情は重んじる! 俺たち湖鬼にも劣る畜生め!」

 また一刀! 王の耳元を掠って唸る刃風……

「帝国人にそれほど(へつら)いたいか? 下種野郎! 実の弟をその手にかけてまで……奴等の機嫌をとりたいか?」

「何だと?」

 王の形相が変わった。

 ここに至って、王自身も腰の佩刀を抜いた。

「何も知らない外道のくせに──言うことはそれまでか!?」

 抜刀した王を見て、一瞬、湖鬼神は動きを止めた。

 それから、片笑窪(かたえくぼ)を彫って冴え冴えと笑った。

「面白い。上等だ! 心置きなく相手になってやる……!」



 

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