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燦光伝  作者: sanpo


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45/63

*44

     


 玉座に(ほとばし)った鮮血──

「!」

 (あけひ)王は目を瞑った。

 ジニーは、あまりの驚愕に逆に目を見開いてしまった。

 間一髪、流石に百戦の帝国軍将・紂謖(ちゅうしょく)は、辛うじて見を捩って致命傷は免れたものの、その額から右目にかけてザックリと斬り裂かれていた。

 (ちのひ)懇親の一刀……!

「思い知ったか! 俺たち沙嘴人を……そして、湖族を愚弄してただで済むと思うなよ!」

 血を吸った剣を振って螢は道破した。

「し、将軍!?」

 将士が駆け寄って血を吹く傷口を巾で押さえる。しかし、紂は介抱しようとするこれら兵たちをもどかしげに押し戻した。

「ええい! 俺はいい! 王子だ! 早く……王子を取り押さえろっ!」

 無論、数が違う。帝国兵たちに螢はその場で捕縛された。

 王子の手から捥ぎ取った剣を兵の一人が仰々(ぎょうぎょう)しく差し出した。

 己の血に濡れたそれを受け取って紂は胴震いした。

「やってくれたな? この……湖鬼め! しおらしくしていれば命ぐらい助けてやるつもりだったのに……」

 両腕を背中に捻られ床に深く押さえつけられている螢だったが、微塵も臆すことなく言い放った。

「ふざけるな! こっちだってハナから命乞いなどするつもりはなかった! ただ、どんなことをしても死ぬ前に一太刀、おまえに浴びせようと──それだけを考えていたんだ!」

 茫然と佇む王とジニー。

 弟王子の気性を知り尽くしている兄王の戦慄(・・)の意味を今に至って知ったジニーだった。

 だが、全てはもう遅過ぎた。

「それから、最後にもう一つだけ」

 拘束する帝国兵の紫の腕の間から兄と恋人を透かし見て螢は言った。

「これは全て湖鬼である(・・・・・)俺が、その湖鬼の名において(・・・・・・・・)やったことだ。沙嘴国とは一切関わりがない」

 螢はきっぱりと言い切った。

「紂将軍、あんたが今まで幾度となく呼んだ通り、俺を湖鬼の名で(・・・・・)斬り殺せ! 沙嘴国第三王子としてではなく……!」

「須臾……」

 兄王の悲痛な声が届いたかどうか。

 螢は繰り返した。

「ここにいる沙嘴王とは何の関係もない!」

 これを聞いて紂は一頻り笑った。

「罪は一人己にあり、か?」

 顔面を割られたにも拘らずこの帝国驍将は笑うことができるのだ。

「ふうん? なるほど? やはり、俺の言った通り、おまえは父親似(・・・)だな?」

 よかろう、と首肯する。

「おまえの最期の願いは汲んでやる。俺を斬りつけた件では沙嘴国に一切咎め立てはしない。おまえを擁護し逃がそうと画策した兄王の罪も不問にしてやる」

 将軍は、今や抜け殻のように棒立ちになっている沙嘴王に目をやった。

「元々、湖鬼だろうと沙嘴だろうと俺たち帝国人にとってはどっちでもいいんだ。夷狄どもめ(・・・・・)! ただ、こんなふざけた真似をされたんだ。俺がそう甘くないってこともわからせてやる。全ておまえの願い通りにはいかないってことさ!」

 紂は不気味な微笑を浮かべて王子を覗き込んだ。

「わかるか?」

「?」

 床で螢が眉を寄せる。

 幾度となく紂を魅了したあの美憂──

「おまえには、その昔、やはりこの同じ場所で(・・・・・・・)全ての罪を(・・・・・)引っ被って(・・・・・)死んで行った実父のような潔い死に方はさせんぞ!」

 紂は嬉々として繰り返した。

「おまえに自害などさせるものか! 俺がこの手で弄り殺してやる……!」

 王もジニーもとうに言葉はなかった。

 血の気の引いた蒼白の顔を帝国派遣軍総帥に向けて立ち尽くすばかり。

「どうだ、嬉しいか? 俺の血を吸ったこの同じ刃でゆっくり斬り刻んでやる。体中の血という血を流し……もう嫌だと泣いてのた打ち廻りながら死んで行かせてやるからな? フフ、湖鬼には似合いの無様な死に方だ!」

 紂は剣の、未だ乾ききらぬ己の血糊をしぶきながら玉座を降りて来た。

 螢は顎を上げ毅然として見つめ返した。

 王子を拘束していた兵たちがゆっくりとその場を退く。

 一言だけ、螢は懇願した。

「将軍、せめて、兄と許嫁(いいなずけ)を外へ出してくれ。彼らには見せないでやってほしい」

「甘いわ……ならん!」

 


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