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燦光伝  作者: sanpo
38/63

*37

     


 ジニーは言う。

「ほら、私、ここへ着いてからずっと〈耳鳴り〉がするって訴えてたでしょ、憶えてます、博士?」

「ああ」

「やっぱりそれは空耳なんかじゃなかったんです。あの夜……つまり、ここに着いて最初の夜にその音の出処を確かめようと、私、一人で砂漠へ彷徨い出て……そこで(あけひ)王の一行と遭遇したんです。そして、そのまま沙嘴城へついて行って……」

「陽王!」

 叫んだのはフロクス・キニアンだった。

「博士、陽王って、まさか、あの(・・)陽王ですか? 沙嘴国第一七代国王の?」

「キニアン君、落ち着きなさい」

「だって……信じられない! あの(・・)陽王にこの(・・)()が会ったですって?」

「失礼ね! そりゃ彼は王様でやんごとない身分かも知れないけど、気さくで物分りの良い、優しい方だわ。その証拠に私と弟王子(ちのひ)の結婚をいとも容易に承諾してくれたわ」

 女史のみならず、博士も絶句した。〈至宝〉管理職員に至っては──

 赤穴は今回は発掘調査用支柱の代わりにフッカー博士の重厚な机に掴まってその体を支えた。

「ちょ、ちょっと待ってよ」

 掠れた声でキニアン女史が問い質す。

「螢って言うのは、それ、俗称──」

須臾(しゅゆ)王子」

「あ……あ……あ……」

 女史は目を剥いて頭を振った。博士は今度はこちらの肩を抱いて落ち着かせねばならなかった。

 キニアン女子の取り乱し方にジニーも流石に不安になった。それで、反射的に隅の赤穴に声をかけた。

「ねえ、私、何か変なこと言った?」

「いや」

 蒼白な顔にもかかわらず局員の声は理性を保っていた。深く澱みのないバリトン。温雅な響き。

 古風な表現をするなら、あれは何て言ったかしら? 螢がよく使っていた言葉……玲瓏な(・・・)声……

 その声で赤穴はジニーを促す。

「とにかく、ジニー、君が体験して来たことを全て話してくれ。今はそれこそが重要なんだ」

 ここでジニーは初めて赤穴を直視した。

「?」

 今まで嫌というほど見て来た〈至宝〉管理局の職員の一人だ。

 久しぶりのせいだうか? それとも、こんな砂漠の果ての異世界で見るせいだろうか? ジニーは瞬間、何とも形容し難い不可思議な感覚に襲われてしまった。

懐かしい違和感(・・・・・・・)──?)

 そう、この感覚は前にも一度ならず覚えがあった。しかも、つい最近、そう遠くない過去……あるいは未来に?

(待って、いつ(・・)何処で(・・・)だったろう?)

 ああ、まただわ。この、言葉よりも体が憶えている痛痒(つうよう)にも似たもどかしい思い……

「ジニー?」

 フッカー博士の力強くて暖かい声にジニーは我に返った。

「大丈夫か? もう少し休んでからにしようか?」

「いえ、平気です。すみません。気を失っていたせいか、ちょっと時間感覚が麻痺しちゃったみたいで……私……あ、でも、今、話します! だって、ゆっくりしてる余裕は私にはないもの」

 ジニーは頭を振ると一気に話し出した。

 ここ数日間に自分が体験してきた事柄の全てを。


        ○○


 全てを聴き終えた後、フッカー博士、キニアン女史、赤穴局員の三人はなお暫く言葉がなかった。

 最初に口を開いたのは赤穴だった。

「なるほど。で、螢王子は君を砂漠に振り落として走り去ったというわけか……」

 博士も深く頷いた。

「君が砂上車(サンドバギー)を欲しがっている理由がこれで、よおくわかったよ」

「では、お借りします!」

 長椅子から飛び降りて今しも駆け出そうとする少女の腕を掴んで、そっと押し留めたのは博士その人だった。

だめだ(・・・)、ジニー」

 これには、ジニーは唖然とした。

「さっき理由を話せば貸してやるって言ったじゃないですか! それを今更、そんな」

「それさ、ジニー。その今更(・・)だ」

 ビル・フッカーは今までジニーが聞いたことがない重々しい声で蹶然と言い切った。

「私としても貸してやりたいのだが。だが、こればっかりは、だめだ。無理だよ」

「何故?」

「君は間に合わない。どんなことをしても、どんなモノを使っても」

「言っている意味がわからないわ」

君は螢王子を(・・・・・)止められない(・・・・・・)。彼、螢……須臾王子は死ぬんだ」

「……嘘!」

 信頼していた博士の、残酷で恐ろしい予言にジニーは喘いだ。

 激しく首を振ると血の雨のように赤い髪が肩を打つ。

「嘘よっ! そんなのまだわからないじゃない?」

「いや、これが真実だ。悲しいことだが──既に決定して(・・・・・・)しまっている(・・・・・・)

 今回ばかりはフッカー博士は学者としての厳格な態度を崩そうとしなかった。

 フロクス・キニアンも、師に同意した上で、更に補足して言った。

「何故なら、歴史に記されて(・・・・・・・)ているから(・・・・・)。歴史は変えられないわ、ジニー」

 ジニーは岩のように眼前に立ち塞がった博士とその助手の顔を交互に見つめた。

 とうとう残る最後の一人、〈至宝〉管理局員に縋るように声をかける。

「ねえ、この人たちは何を言ってるの? まさかとは思うけど──狂ってる(・・・・)わけじゃないわよね? それとも」

 ジニーは唾を飲み込んだ。

「ひょっとして……おかしい(・・・・)のは私なの?」

「誰も狂ってはいないし、おかしくなってもいない」

 赤穴はきっぱりと言った。

「だからこそ、始末に負えないんだ……!」



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