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「篤実で温情ある対応に感謝した沙嘴王・旻が、〈客人〉として王城内で遇したこの若き湖族の将は、やがて情熱的な血故に恐ろしい過ちを自ら犯してしまう。
同じ城内に住まう同族の美しい娘……
そう、誰あろう、王の后に恋をしてしまったのだ。
俗に言う横恋慕というやつ──
この危険な恋が無事に済むはずはなかった。
何度目かの逢瀬の現場で玄鵠は取り押さえられた。
仔細を知って、新たに私の父が調停役として駆けつけるより早く、いかにも湖族の男らしく叔父貴は自死した。
全て、己一人の罪と認めて。つまり──
『美しい后に狂って、俺が力づくで奪い取ったのだ! 后自身には全く罪はない! 悪いのは俺一人だ……!』
玄鵠将軍は沙嘴城〈王の間〉で王と后、そして居並ぶ廷臣一同の眼前で、愛した女の潔白と貞操を擁護して自刃の露と消えた。
体中の血を迸らせる壮絶な死に様だったという。
それを目の当たりにした廷臣たちは戦慄して、湖鬼の凄まじさを、改めて嫌というほど認識したに違いない。一方、王はと言うと──
愛する妻に手をつけられた怒りは収まらなかった。
友として心を許した湖族の将の裏切りを許せなかった。
聡明と唱われ玲瓏と讃えられても旻王もまた若い一人の男だったのだ。
駆けつけた私の父は話らしい話もできないまま、先に取り交わしていた誓約に則って──実際には帝国に劣らぬ遣り方であったろうよ──第二王子を引っ拐って帰るほかなかった。
時を移さず沙嘴王は決定した。
湖族連衡との関係の一切を断ち切って完全帝国寄りの政道を布いたのだ。
以来、今日に至るまで沙嘴国のこの外交方針は変わっていない……
だが、この話にはまだ一つ後日譚がある。
これら一連の騒動より十月を経ずして沙嘴国王后は赤子を産んだ。
誰一人、口にこそ出さないが確信していた。
その赤子が誰の子であるか。
それは沙嘴国人の血は一滴たりとも入っていない湖族の子である。
しかし、沙嘴王は、生まれた赤子には罪はないと第三王子と認定し、自ら第三の光を選んで命名した。
そうして、片時も傍を離さず手元に置いて慈しんだのだ……」
螢は身動ぎ一つしなかった。
話し終えた姫将軍は遅まきながら、今この従兄弟を襲っている衝撃の大きさを悟った。
「……俺は……俺は父王の本当の息子ではなかったのだな……」
「私は薄々にせよ気づいているものとばかり。だからこそ、我々に味方したのではないのか?──え?」
王子の問う声があまりに掠れていたので頻迦はもう一度聞き返さなくてはならなかった。
「え?」
「知っているのですか? つまり、今あなたが語った話は誰もが知っていることなのでしょうか?」
それは、もう、と頻迦は言下に認めた。
「今日の沙嘴国・湖族連衡・島帝国……これら三国の関係を決定づけた一大センセーションだものな!」
「陽王は俺に一言もそんなこと言わなかったぞ。王だけじゃない、城内の廷臣たちも誰一人──」
突然、螢は思い出した。
いつかの夜の、烈火のような兄の顔……
── おまえの母国は何処だ? おまえの愛する国は何処だ? 命に変えて護り通すべき国は何処だ?
それから、湖鬼神は質した。
── 母国を裏切るのか? 兄王を弑逆しようというのではないのか?
あの帝国征夷派遣軍総帥に至っては、
── おまえは母后似じゃないな? 父王でもない。父親さ!
再び陽王の声が響く……
── 誓え! こここそがおまえの国だと。おまえの故郷はここだ。それを忘れてくれるな?
「違う!」
螢は声に出して叫んだ。
「違うぞ、兄上! 俺は……俺はそんな意味で湖族の味方をしたんじゃない!」
急造りの幕から螢は飛び出した。
自分の出生の秘密を知った螢はこれからどうするのか?
そして、ジニーは?




