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燦光伝  作者: sanpo
21/63

*20

     


「ずるいぞ? 湖鬼神、おまえって奴は!」

 頻迦(びんか)の声に(ちのひ)は我に返った。

「よくも今まで私に内緒でこんな可愛い弟を独り占めしていられたものだ……!」

 宴席上、若年の螢を称して頻迦は何気なくその言葉を使ったのだろうが。

 これには螢も、そして、湖鬼神も大いに感じるところがあった。

 二人の幽かな動揺を知ってか知らずか、頻迦は更に続けて、

「こんな弟なら……私も欲しいぞ!」

「俺、もう帰ります」

 螢はツッと立ち上がった。姫は吃驚して顔を上げた。

「何か──気に障ることを言ったかな?」

 慌てて首を振る螢。

「いえ、そうじゃありません。ただ、夜明け前に帰らないといけないので」

 湖鬼神も思い出した。

「そうだったな」

「失礼します、頻迦殿。お会いできて光栄でした!」

 螢は姫将軍に一揖(いちゆう)した。

「こちらこそ」

 姫も返して頭を下げる。

 出て行く螢の先に立って湖鬼神は幕舎の堅帳を掲げた。

 その時、ふいに頻迦が呼び止めた。

「螢王子──」

「はい?」

「貴殿はお幾つになられた?」

「十七です」


 螢は幕舎の外へ出た。

 続いて出て来た湖鬼神。

「護衛をつけよう」

「いや、いらない」

 螢が含みのある笑みを漏らしたのに気づいて湖鬼神は足を止める。

「どうした?」

 今一度幕舎を振り返る螢だった。

「アレ、あんたの恋人(いいひと)かい?」

 月下の常勝王は露骨に赤面した。

「バッ、馬鹿野郎、滅多なこと言うんじゃない! お、王子様のくせに口を慎め! 頻迦と俺はそ、そんなんじゃない!」

「ふーん……」

 王子は悪びれずに言うのだ。

「だって、お似合いだぜ、あんたたち。あんな姉上(・・)、俺も欲しいな! 強くて、優しくて、美しい……」

 星空の下でそれを言う少年の横顔。

 湖鬼神には気づいたことがある。

 番卒が引いて来た螢の馬の(くつわ)を受け取りながら口に出して言った。

「そういゃあ……ちょっと似てるな、おまえ等」

「そうかい?」

 軽々と跳び乗った螢、殊更さり気なく、鞍から身を屈めて湖鬼神の耳元で囁いた。

「なあ、湖鬼神? もし、あんたがあの姫将軍と結婚することになったら──婚儀にはぜひ、俺をあんたの弟分(・・)として招いてくれよ! 必ず駆けつけるから」

「この野郎、俺を出汁(だし)に使うな!」

 湖鬼神は大いに憤慨してみせた。

「そんなに頻迦が気に入ったんなら、廻りくどい真似をせず直接口説(くど)けよ。頻迦もおまえのことまんざらでもなさそうだったからな」

「何だよ、妬いてるのか?」

 馬上から明るい笑い声が降って来る。

「安心しなって! 俺はあんたの女を盗ったりしないから。だって──」

 螢はジニーの姿を胸に呼び覚ました。

 遥か暗い、未だ眠っている砂漠の地平を眺めやって言う。

「俺にはもうちゃんと〈未来の妻〉がいるもの! 」

 龍馬の腹を蹴って、拍車した。

「だから──わからないかな、湖鬼神? 俺の言いたいのは──俺はさ、尊敬して、憧れているってこと! あの姫将軍は元より、何もりも、貴方(・・)を!」

 言葉が終わった時、既に螢は愛馬諸共、湖族の陣門を飛び出していた。

 とはいえ、湖鬼神は末尾までしっかりと聞き届けた。

「あいつめ」

 小さくなって行く螢の後姿を闇に目を凝らして追いながら、湖鬼神は思った。

(あの日、沙海で出会って以来、感じていた思いはこれだったのか……?)

 あいつ、螢は、いかにも活きがよくて、無鉄砲で、目が離せない。自分に家族があったなら──例えば弟がいたなら(・・・・・・)──きっとこんなだろうな?

 胸に溢れ来る思いは、孤児として育った湖鬼神にとって久しく憶えのない、甘やかで不可思議な感覚だった。

「あなたともあろう人が、甘いな、湖鬼神」

 いつの間にか背後に峰雀(ほうじゃん)が立っていた。

「あんな王子様を本気で信じるんですか?」

 もう一人、副将の(ほう)も頷いて言う。

「どうのこうの言っても奴等、沙嘴国人の後ろには帝国人がいるのだからな」

 部下の言葉に湖鬼神は困ったように面伏せて頬を掻いた。

「だが、どうしてだろうな? 俺はあいつを疑う気になれない……」

「信じても間違いはなかろうよ」

 艶やかな声に泥色の将兵たちは一斉に振り返った。

 今しも堅帳を跳ね上げて幕舎から出て来た美々しい姫将軍。

 湖鬼神の傍らへ歩み寄ると並んで螢が消えて行った闇夜を透かし見る。

「!」

 その背が自分の肩に達していないのをこの時に至って初めて気づいた湖鬼神だった。

(長いこと頻迦は俺より大きかった── )

 玄将軍の豪壮な屋敷の柱の影から自分を覗き見ていたほっそりと背の高い少女……

 砂漠の泉よりも透き通っているものが存在するのを、あの日、湖鬼神は知ったのだ。

 それこそ──自分を見つめている頻迦の瞳だった……

いつのまに(・・・・・)?)

 湖鬼神は微かに首を傾げた。

(いつのまに俺は頻迦の背を追い越したのだろう?)

 そして、今日までそのことにさえ気づかなかったとは……!

 してみると、先刻、幕舎から出て清涼な沙海の夜風に吹かれつつ一緒に歩いたあの沙嘴の王子の方が姫将軍より背が高いのか──

「おい、改めて聞くが、湖鬼神? 今のがこの前おまえが逃がしたという王子だな?」

 真横で姫将軍が訊いてきた。

「おまえは一度ならず〝螢〟と呼んでいたが?」

「そう言えば──」

 鵬と峰雀も顔を見合わせた。

「あの王子様、この前は確か〝須臾(しゅゆ)〟と名乗っていたぞ?」

「いや、〝螢〟でいいんだ」

 瑚鬼神が笑って言う。

「こっちがあいつの本名さ!」

「そうか。今のが……螢王子か……」

 頻迦は一つ息を吐いた。

「感服するよ! 流石だ湖鬼神!」

「え?」

「やはりおまえは尋常ならざる眼力を持っているな! 王子の命を救けて……逃がしてくれたこと……心から感謝するぞ、湖鬼神!」

 ついぞ聞いたことがないほどの頻迦の上擦った声。

 その口吻が気になって瑚鬼神は黒い頭を巡らすと傍らの姫将軍をまじまじと見下ろした。

「それは──どういう意味だ(・・・・・・・)、頻迦?」 



 

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