*17
「ねえ、これをどう思う? 独りぼっちだったジニー……?」
沙嘴王城内。客舎の高窓から満天の星空を見上げてジニー・スーシャは自問した。
あの人、今日、ハッキリと言ったのよ。私のことを〈至宝〉って……!
離宮前の中院で帝国派遣軍の将軍を前に堂々と私を紹介してくれた王子の凛々しさったらなかった。
── 許嫁です。俺はもう至宝を持っているんだ……!
臥牀に横になったまま頬杖をついて思い出す。
今まで長い間、ずっと言われ続けてきた言葉なのに全く違ったわ。
中央の管理局で呼ばれた〈至宝〉は冷たいレッテルだった。孤高の符牒だった。
今日の午後、螢の口から聞いたそれのように胸に響いたことは一度だってなかった。
「ああ、私は今こそ本気で思うわ。心底願っているのよ。本物の至宝になりたいと!」
それは自分のためではなく──いわんや、得体の知れないその他大勢の〈人類〉とかのためでもない。
たった一人、螢。あの人のために。
あの人が呼んだ、その瞬間に込めた想いと熱さの分だけ。それだけに答えて、私は〈至宝〉になりたい……
そうよ! あの人だけの、あの人の期待を裏切らない、最高の〈至宝〉に……!
窓辺で一つ星が流れたが、もうジニーには星に叶えてもらいたい願いごとなどなかった。
「これだったんだわ!」
私がずっと求めてきたもの……
他人と違うと思えていつも悲しくてぎこちなくて……片時も落ち着かず、住み心地の悪かった世界に別れを告げる時が来たのだ。
「私は自分の居場所を見つけた! 沙嘴国こそ私の所属する世界──本当の住処だったんだ……!」
今まではずっとそれを探して、でも到達できなかったから、あれほど毎日虚しくて辛かったんだわ。
── 俺の未来の妻……!
そう言ってくれた螢の姿が再び鮮明に胸に蘇る。
ジニーはクスッと笑った。
〝未来の妻〟かあ。うーん、螢ったら二言目にはそう言うけど……私としてはちょっとカンジが違うかな? どっちかって言うと、私にとっての彼は〝前世の夫〟に近いかも。
星空に重ねた王子の幻に、そっと声に出して言ってみる。
「ねえ? 貴方は待っていた? 私は捜していたのよ、ずっと。
そして──ついに辿り着いたんだわ!」
ここで、扉を叩く幽かな音──
ハッとしてジニーは体を起こした。
(まさか……?)
果たして、薄く開けた扉の前に、その人──ジニーの王子様が立っていた。
「……螢?」
「シッ、大きな声を出さないで」
いつになく王子は神経質に周囲を気遣う風。
銀燭さえ持たず闇の中で声を潜めて言う。
「驚かせてごめん。だけど、俺、その……俺が、今夜忍んで来たのは……貴方にお願いがあるから……」
(まあ!)
ジニーは思った。また随分と風雅な言い回しじゃない? お願いだなんて。流石は王子様!
恋人の部屋へ深夜忍んで来たら──古今東西、過去未来、その意味するところは一つ。
(でも、まあ、言葉遣いはよしとしよう。)
扉を開けながらジニーは笑いを噛み殺した。
何たって、こういう点はやはり彼は年下なんだもの。
部屋に入るなり、螢は息急き切って言った。
「聞いてもらえるだろうか? 俺の頼みを?」
ジニーは頬を染めて頷いた。
「も、勿論だわ! 言ってみて」
「ジニー、俺を今夜ここに──」
「ええ」
「泊めたことにしてくれないか?」
「──……」
暫しの沈黙。
やがて、ゆっくりとジニーは聞き返した。
「何ですって? 今、何と言ったの?」
聞き違いだったかしら?
「だから、誰かに万が一、訊かれたら、今夜俺がここにいたって言って欲しいんだ」
王子は握った拳を胸の上に引き上げてきっぱりと言うのだ。
「俺はこれからどうしても行かなければならない処がある。夜明け前には必ず戻って来るから協力してくれ!」
このことは誰にも知られたくはないのだ、と王子は続けた。
「だが、貴方は別だ。だって、貴方は俺の未来の妻。一心同体だもの。貴方には俺は隠しごとはしない。どんな秘密も分かち合える。だから──いいだろう、ジニー?」
ジニーは臥牀にストンと腰を落とした。
先刻、扉を叩く音を聞いた際、慌てて引き摺った絹の夜具を床から引っ張り上げる。
「ジニー? どうしたんだ?」
一つ大きく息を吐いた後、漸く言った。
「いいわよ。わかったわよ。協力したげる」
「ありがとう!」
螢は勢いよくジニーを抱きしめると、キスもそこそこにそのまま臥牀を乗り越え高窓へ飛びついた。
これには流石にジニーも呆気にとられた。
「ちょ、ちょっと……もう行っちゃうの?」
「言ったろ? 夜明け前には戻って来たいんだ。それには急がなきゃ」
「そんな遠い処へ、一体何しに行くのよ?」
「帰ってき来たら全部話すよ。とにかく──今は時間がない。じゃ!」
言って、王子は窓から近くの大樹の枝にへ飛び移った。
「なっ……何よ、あの態度!」
ジニーは毒づかずにはいられない。
「もう! あらぬ期待持たせてっ……!」
ところが、ここで再び王子の顔がひょっこり窓から突き出された。
心臓が止まるくらいジニーは驚いた。
「キャッ!」
「言い忘れた!」
窓辺で悪戯っぽく螢は微笑む。
「悪いな、ジニー? 今夜の借りは倍にして返すから……楽しみに待ってろよ!」
「!」
大胆な発言……意味深な約束……
ジニー・スーシャは自身の髪と同じくらい真っ赤になって怒鳴った。
「とっとと行っちまえ! この悪ガキ!」
年下の恋人は笑いながら枝をつたって、今度こそ地上に降り立った。
星空の下、窓から覗き込んでその様子を見届けたのは、実は、ジニーだけではなかった。
王城内で最も高い楼閣、〈翠漣宮〉の窓辺で皇太后惹苺もまた末の王子の白い彩羅が闇に溶け去るのをじっと見つめていた。




