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燦光伝  作者: sanpo
14/63

*13

     


 帝国征夷派遣軍の戦いぶりを見る機会は早くもその翌日、実現した。


 早暁、沙嘴国城壁の望楼より衛視が湖族連衡(こぞくれんこう)騎馬隊の蹴立てる凄まじい砂塵を見留める。

 流石に紂将軍は気色ばんだ。

 (あけひ)王は玉座に片肘を突いてうんざりの態。

「やれやれ、もう(・・)か?」

 片や、(ちのひ)。兄王の右下で苦笑せずにはいられない。

 玉座左下に集う廷臣たちの(こぼ)し合っている声が〈王の間〉に嫌に大きく響いた。

「全く、すぐこれだ! あの湖族どもときたら」

「昨日、帝国派遣軍が我が国に到着したことは聞き及んでいるだろうに……」

「恐れるどころか、これ見よがしの挑発行為とは──」

 その先は螢が引き継いだ。

「舐められたもんだな? 大帝国征夷派遣軍さんも」

 昨夜の今日である。

 紂謖(ちゅうしょく)は過敏に王子の言葉に反応した。

 螢を睥睨しながら配下の将領に号令する。

「行くぞ! 出陣だっ! 天下の帝国軍の力……見せてやる!」

 すかさず玉座の陽王が口を開いた。

須臾(しゅゆ)、おまえも同道させてもらえ」

「──?」

 振り返った将軍に、別に構わないでしょう、と王は言う。弱小とは言え、ここは我らが国。自国の危機に自国の兵が一兵も出ないわけには行かない、と。

 静かだが厳然たる口吻(こうふん)だった。

 王は弟王子を傍らへ呼んだ。

「須臾、この機会にじっくりと帝国軍の戦い方を学んでくるがいい」

 螢は嬉々として、頭を──平生より深々と──下げた。

「承知しました、兄上。お言葉通り、しっかりと見届けてまいります!」


 舌打ちしながら〈王の間〉を退出する紂将軍に螢も続いた。

 と、出口近く、近臣たちの最後尾に佇んでいるジニーに気づいて足を止める。

「くれぐれも……気をつけてよ、螢?」

 不安そうな少女の瞳。螢は笑って答えた。

「心配するなよ。約束する。俺は今日は(・・・)絶対、怪我なんかしやしないから」

 それから、さっと耳元へ唇を寄せて、

「だって、俺は、戦わないから、な」

「え?」

 吃驚して顔を上げたジニーの頬に口付けを一つして走り出す王子だった。

 この光景に廷臣たちは一斉に色めきだった。

「王……王!」

「御覧になりましたか、あれ……あれを……?」

「あれは……? 王子は……?」

 異郷の娘と、既に回廊を駆け去って行く王子の後ろ姿を交互に指差してさざめく丞相以下沙嘴国の廷臣たち。その狼狽ぶりに流石にジニーも動揺した。恐る恐る玉座を振り仰ぐ。

 だが、心配する必要はなかったのだ。螢の予言の通りだった。

 陽王は弟王子と良く似た澄んだ瞳をキラキラ輝かせてジニーに笑い返してくれた。

「なるほどな! そういうことか? ……いつの間に?」


 果たして。

 湖族連衡軍は手強かった。

 挑めば退き、追えば突如、白刃の如く翻って襲いかかって来る。

 怒涛のような泥色の兵馬に帝国軍は翻弄され続けた。

 そして──

 勝利の中心には必ず漆黒の髪の男がいた。

 飛血に汚れた紫の旗幟(きし)の下、紂将軍は歯噛みせずにはいられない。

「あれが? 今をときめく〈月下の常勝王〉、〈沙海の覇者〉……〈闇の化現〉とやらか?」

 その雄、湖鬼神は堂々騎乗、抜刀して獅子吼(ししく)する。

「俺たちの庭へ何しにいらしたんだ、帝国の蛙どもよ? 遊んで欲しいのか?」

 一閃、雫のように帝国兵を薙ぎ払っては、

「とっとと帰るがいいぞ! 風も吹かぬ井戸の底へ。おまえ等はあそこ(・・・)が似合いだ! 腐った水と饐えた匂いの汚水桶……おっと、()と言うんだったか?」

 かかる勇姿に同胞湖族兵たちも思わず駒を止めて馬上より嘆息するばかりだ。

「……相変わらず……」

「強い……!」

「見蕩れるのは帝国兵に任せておけ! こっちも行くぞっ!」

 叱咤したのは姫将軍である。

 紅馬を蹴立てて突撃しながら、玄頻迦(げんびんか)は呟いた。

「それにしても、瑚鬼神の奴。今日はまた一段と──」

 その目が遠い砂丘に止まった。

 彼方、銀色の籏幟(はた)の下、一塊りの銀の兵馬が見える。

「ははぁん……なるほど」

 頻迦は納得した。

「贔屓チームの観戦者有りってわけ?」


 兄王に命ぜられた通り自国の尖兵隊を率いて出陣した螢は、この日、帝国派遣軍とは距離を置いて戦況を傍観し続けた。

 遥か砂塵の中、一際目立つ湖鬼の将ばかり目で追っている。

 そんな王子に、流石に副将は馬を寄せた。

「須臾王子、よろしいのですか?」

 上の空の態で王子、

「何が?」

「その、我々も参戦しないで……?」

 振り返った螢、逆に聞き返してきた。

「なんでだ?」

 こうはっきりと問われて、副将は大いに困惑した。

「え? なんで(・・・)って、その、つまり──これでは帝国軍に非礼ではないかと」

 再び遠い砂の地平に視線を戻して王子は言うのだ。

「心配するな。帝国軍は俺たちか弱い寵姫(・・・・・)軍の援護などいらないそうだ。その上、そんな非力な(・・・)俺たちに助太刀されたら連中だって面子(メンツ)が立たないだろう? それこそ非礼ってもんだぞ」

「はぁ……」


 黄昏の頃、王子率いる沙嘴国兵馬は帰還して来た帝国軍と城壁近くで合流した。

 疲弊しきって惨憺たる帝国兵の紫の影が濃く長く砂上に蠢く。

 暫くの間、隊長同士、馬を並べて無言で行軍した。

 先に口を開いたのは紂謖だった。

「さぞや面白かったでしょうな?」

 窪んだ眼孔に皮肉の色を浮かべて、

「高見の見物とはこのことだ……!」

「何を怒っておられる?」

 螢は昂然として答えた。

「これでも気を使ったんですよ。自分たちか弱い寵姫(・・・・・)軍が混じっては足手纏いになるだろうと、できるだけ遠のいて真の男(・・・)軍に迷惑をかけまいと必死でした。何かいけなかったかな? ああ! もう少し離れていた方が良かった?」

「うぬっ……」

 将軍は奥歯を噛み締めた。それでも、どうにか面目を保って言う。

「今まではどんな手を打ってこられたんですか? あのキチガイ滲みた湖鬼相手に?」

「別に何にも」

 紂はいよいよ顔色を変えた。

あなた(・・・)は兵馬の全権を任されていたと陽王から伺いましたよ。それで──奴ら相手にどう闘ってきたか知りたいのです。今後の参考のために、ね」

 螢は結託なく笑って驚いてみせた。

「へえ? 参考のために、ねえ……!」

 地平遥か、夕焼けの空に目を転じて、沙嘴は小国です、と言う。

「御覧の通り、武力も無きに等しい。だから、防戦一方で、あっちが何かして来ない限りこっちからは何もしなかったですよ」

 一番星を探す素振りの王子の横顔はあくまでも端麗だった。

「将軍は兵力も充分だ。装備は流石、大帝国だけあって最新で万端だし……その点、湖族とは互角に戦えますよね?」

「──」


 緒戦のこの日、島帝国征夷派遣軍総帥・紂謖将軍は、湖族連衡沙海遠征軍と沙嘴国王子に完敗したのである。




 

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