プロローグ
プロローグ
「〈至宝管理局員〉ですってぇ……!」
差し出された身分証明書を見た途端、入管係官は絶句した。
至宝管理局員・赤穴洸は忍耐強く促して、
「ええ。そこに記してある通りです。迅速な業務の遂行をお願いします。私は非常に急いでいるんです」
「これは失礼」
しかし、猶も繁繁と手中のカードを見つめながら係官は言うのだ。
「こんなID見るの、見本以外では初めてなもんで。いや、全く、驚いたなあ! でも、何だってまた天下の至宝管理局員がこんなド田舎の辺境星くんだりまで? まさか、こんな僻地に〈至宝〉が眠っているとでも?」
(眠っているかどうかはともかく──)
漸くマニュアル通りの作業を始めた係官をぼんやりと眺めながら赤穴は皮肉の笑みを浮かべた。
(今現在、あいつは絶対ここにいる。俺は断言できるぞ。)
とうとうここまで追い詰めたのだ! あいつが至宝管理局を脱走して半年……血の滲むような努力の日々がついにこの星で報われる……
「信じられないな!」
赤穴はハッとして我に返った。
「何だと? 私の追っている〈至宝〉はここにいないと言いたいのか? 私の追跡能力は疑わしいとでも?」
「あ、いや、そうじゃなくて」
IDカードを赤穴に返しながら、データーをこっそり盗み読んだに違いない係官は片目を瞑って見せた。
「管理局を脱走する〈至宝〉がいるってことが、ですよ。ホント信じられない。だって、物凄い待遇だそうじゃないですか?」
くすんだ鼠色の制服の肩のモールを揺らせて若い入管係官は囁く。
「なんでも王侯貴族並みの扱いで、将来は〈運営者〉の座が約束されてるとか。我々しがない一般人には夢のようなお話ですよね?」
赤穴は開けられた入管ゲートを潜った。
歩み去るその背に係官の愚痴る声が追って来る。
「そんな楽園から逃げ出す罰当たりがいるなんて! あーあ、僕も〈至宝〉に生まれたかったなぁ!」
(罰当たりか、言い得てるな。)
だが、逃亡する〈至宝〉は珍しいとはいえ、決して皆無ではない。その種の記録は管理局に幾つか残っている。身に余る高待遇よりも管理されることを嫌悪する輩はいつの時代にもいるものさ。
赤穴管理局員も彼らの気持ちはわからないでもなかった。しかし、今回ばかりは絶対に目溢しは許されない。
宙港から外に出ると、ひんやりした透明な風が赤穴の短く切り揃えた黒髪を弄って吹き過ぎて行った。
何処までも真っ青な空。
やや鉄分の多いこの地の大気を胸いっぱいに吸い込んで局員は心の中で叫んだ。
──聞いているか? 聞こえるなら俺の声を聞け!
《 至宝認定番号10058/ ジニー・スーシャ 》……!
おまえの能力はそんじょそこらに転がっている類──テレパシーやテレポーテーション、
はたまた念力放火や千里眼、近未来予知等々──
のチャチなものじゃないんだぞ!
我が至宝管理局創立以来、記録されている内でもたった二人目の、
〈至宝〉中の〈至宝〉なのだから。
おまえがその恐ろしい能力を解き放つ前に、
俺はどうしてもおまえを連れ戻さなければならないんだ……!




