第9話 重要参考人は異星の管理者
深夜の首都高速都心環状線。
オレンジ色の街灯が流れる、無機質なトンネルの中を、異様な車列が疾走していた。
先導する覆面パトカーが二台。
中央に、窓を完全にブラックフィルムで覆った、黒塗りのワンボックスカー。
そして殿にも、二台の警護車両。
一般車両を強引に排除し、法定速度を無視して突き進むその隊列は、まさに国家権力の具現化だった。
ワンボックスカーの後部座席。
工藤創一は、両脇を屈強な捜査官に挟まれ、小さくなっていた。
手錠はされていない。目隠しもされていない。
だが車内の空気は、真空のように張り詰め、呼吸をするのも躊躇われるほどの重圧に支配されている。
(……SPドラマとかで見るやつだ、これ)
創一は、膝の上で組んだ自分の手を、ぼんやりと見つめながら、場違いな感想を抱いていた。
隣の捜査官は石像のように、ピクリとも動かない。スーツの下には、ホルスターの膨らみが見える。
脳内では、相棒のAI・イヴが、冷静なナビゲーションを続けている。
『現在地、千代田区霞が関周辺。C1から都心環状線を離脱。……ルート照合完了。行き先は警察庁本部ではありません』
(え、違うの?)
『はい。この進行方向は、市ヶ谷方面の非公開施設——通称「別館」と呼ばれる、公安調査庁と警察庁が共同管理する地下シェルターへ向かっています』
創一は、生唾を飲み込んだ。
警察署の取調室でカツ丼、というレベルではないらしい。
完全に「国家の敵」あるいは「極秘重要参考人」としての扱いだ。
車列が減速し、とある雑居ビルの地下駐車場へと滑り込んだ。
シャッターが重々しい音を立てて閉まり、外界との繋がりが絶たれる。
「降りろ」
短い命令。
スライドドアが開くと、そこには消毒液とオイルの匂いが混じった、冷たい空気が待ち受けていた。
駐車場には、防護服(PPE)を着込んだ鑑識官たちと、アサルトライフルを下げたSAT隊員が待機している。
「……うわぁ」
創一が地面に降り立つと、一斉に鋭い視線が突き刺さった。
彼はヨレヨレのスウェット上下にサンダル、というコンビニに行くような格好だ。
そのあまりの無防備さと現場の厳戒態勢とのギャップが、逆に捜査員たちの警戒心を煽っているようだった。
「これより身体検査を行う。……工藤創一。危険物は所持していないな?」
指揮官らしき男が歩み寄ってくる。
創一は素直に両手を挙げた。
「ええ。ポケットには、スマホと財布、あと家の鍵くらいです」
「確認しろ」
男の合図で、数名の係官が創一を取り囲んだ。
手際よく上着を脱がされ、ポケットの中身を全てトレイに出される。
そしてハンディタイプの金属探知機が、全身にかざされた。
ピーッ。ピーッ。
ベルトのバックルや小銭には反応する。それは想定内だ。
だが探知機が、創一の「右手」にかざされた瞬間だった。
ビーーーーーーーッ!!
けたたましい警告音が、地下駐車場に響き渡った。
「ッ! 右手に反応あり!」
「動くな!」
SAT隊員たちが一斉に銃口を向ける。
創一は慌てて手を振ろうとしたが、抑え込まれて動けない。
「ち、違います! 何も持ってません!」
「黙れ! ……鑑識、確認しろ。袖の中に隠しているのか?」
防護服の鑑識官が、恐る恐る創一の右手を掴み、袖をまくり上げた。
しかしそこには何もない。
ただ手の甲の皮膚の下に、うっすらと幾何学的な「紋様」のような隆起が見えるだけだ。
「……指揮官。これを見てください」
「なんだ? 刺青か?」
「いえ……皮下埋没物です。金属反応は、ここから出ています」
鑑識官がペンライトで、創一の手の甲を照らす。
皮膚の下で青白い光が脈動しているのが、透けて見えた。
それは心拍に合わせて明滅し、血管と融合しているようにも見える。
「……なんだこれは。爆弾か? 発信機か?」
「分かりません。ですが、摘出には外科手術が必要です」
指揮官は舌打ちをし、創一を睨みつけた。
「貴様、これはなんだ」
「……仕事道具です。あの、無理に取ろうとしないでくださいね? 神経と繋がってるんで、ヘタすると俺が死にます」
創一は嘘をついた。実際には死なないかもしれないが、イヴとの接続が切れるのは困る。
指揮官は数秒間迷った末、無線機に向かって低い声で告げた。
「……切開は後回しだ。とりあえず『確保』を優先する」
そして狙撃手に指示を飛ばす。
「対象が不審な動きを見せたら、右手を無力化しろ。
……ただし殺すなよ。あくまで『機能停止』だ。脳はやるな」
「了解」
とりあえず頭を吹き飛ばされずに済んだようだ。
創一は内心で、冷や汗を拭った。
「検査続行。……他にはないな?」
「服のポケットには、もう何もありません」
創一は強調するように言った。
「でも、『あっちのポケット』には、まだ色々入ってますけど……出しておいた方がいいですか?」
「あっちのポケット? どういう意味だ。隠しポケットか?」
「うーん、言葉で説明するのは難しいですね。……見てもらった方が早いかな」
創一は拘束されている手を、少しだけ動かした。
「ちょっと動きますよ。撃たないでくださいね」
「何をする気だ」
指揮官が警戒して一歩下がる。
創一は何もない空間——自分の腰のあたりの虚空——に、右手を差し出した。
ズブッ。
奇妙な音がして、創一の手首から先が消失した。
まるで水面に手を突っ込んだかのように、空間に飲み込まれたのだ。
「なっ……!?」
「手、手が消えた!?」
周囲の捜査官たちが息を呑む。
創一は構わず亜空間の中を探った。
確か、見せても問題なくて、かつインパクトのある重たいものは……。
「よいしょっと」
彼が腕を引き抜くと同時に、その手には巨大な「赤茶色の塊」が握られていた。
ドスンッ!!
重量感のある鈍い音が響き、コンクリートの床に亀裂が走った。
現れたのはバスケットボール大の未精製の銅鉱石。
重さは優に30キロはあるだろう。
「まずは銅鉱石です。テラ・ノヴァ産、純度高めですよ」
「ば、馬鹿な……!? どこから出した!?」
パニックになる捜査官たちを無視して、創一は次々と取り出していく。
もう遠慮はいらない。
ここで「人智を超えた存在」であることを証明した方が、後の交渉がスムーズになる。
ガシャーン!
精錬された鉄板の束。金属同士がぶつかる高い音が響く。
ジャラララッ!
黄色い弾薬箱。中には数百発のライフル弾が詰まっている。
ズドン!
最後に丸太のような木材。
ものの数十秒で、創一の足元には総重量数百キロの資材の山が築かれた。
スウェット姿の男が、どこにこれだけの質量を隠し持っていたというのか。
物理法則が完全に無視されている。
「……以上です。
あ、護身用の銃とか防弾チョッキも入ってますけど、それは出しません。危ないんで」
創一は両手をパンパンと払い、指揮官を見た。
指揮官はマスクの下で、口をあんぐりと開けていた。
SAT隊員たちの銃口も、行き場を失って揺れている。
「ど、ドラえもんか、貴様は……」
「いえ、ただの工場管理者です」
創一は肩をすくめた。
地下駐車場の空気は、緊張から「困惑」と「畏怖」へと変わっていた。
もはや誰も、彼を単なるテロリストとして扱うことはできなかった。
三十分後。
地下二階にある取調室。
壁は防音材で覆われ、中央には金属製の机とパイプ椅子。
天井の四隅には監視カメラが設置され、マジックミラーの向こうからは複数の視線が注がれている。
創一の対面に座っているのは、警察庁警備局長の堂島だ。
彼は先ほどの「亜空間取り出しショー」の映像を確認し、さらに目の前に積まれた鉱石の成分分析結果(地球上の同位体比率と一致しない)を受け取っていた。
その顔色は優れない。
長年公安のトップとして国家の危機に対処してきた彼にとっても、今回の事案はキャパシティを超えていた。
「……工藤創一さんですね」
「はい」
「単刀直入に伺います。貴方は何者ですか?
ナノマシン入りの医療キット。空間収納能力。そして異星の資源と思われる鉱石。
これらは、現代科学の枠組みを逸脱しています」
堂島は机の上で両手を組み、創一の目を真っ直ぐに見据えた。
「貴方は、地球外知的生命体なのですか?
それとも、未来から来た人間ですか?」
大真面目な顔で聞いてくる堂島に、創一は少し同情した。
こんな質問、彼だってしたくないだろう。
「いいえ。れっきとした日本人です。昭和生まれ、東京育ち。戸籍も住民票もありますよ。マイナンバーカードも持ってます」
「……では、その力はどこから得たのですか」
創一はペットボトルのお茶を一口飲み、淡々と語り始めた。
「副業みたいなものです」
「副業?」
「はい。『異星の開拓』をするアルバイトをしてまして」
堂島の眉がピクリと動いた。
「アルバイト……だと?」
「ええ。ある日、謎の荷物が届いたんです。送り主は『賢者・猫とKAMI』。
中に入っていた、このキューブ——ゲート発生装置を使ったら、向こうの惑星に行けるようになりまして。
『工場を作って資源を開発しろ』というクエスト……業務命令を受けて働いています。
報酬として、今回お渡しした医療キットのレシピや、さっきお見せした収納技術なんかを供与されているわけです」
創一は嘘偽りなく話した。
隠すよりも事実をありのまま話した方が、相手の混乱を誘えると考えたからだ。
「要するに俺は、宇宙規模のウーバーイーツ兼、現地工場長みたいなもんです」
取調室に沈黙が落ちた。
マジックミラーの向こうで、記録係がキーボードを叩く音だけが微かに聞こえる。
堂島は深く息を吐き、こめかみを揉んだ。
「……『賢者・猫とKAMI』とは何者だ?」
「さあ? 会ったことはありません。ただ、我々より遥かに進んだ知的生命体であることは確かでしょう」
「彼らの目的は? 地球への侵略か?」
「今のところ、その兆候はありません。むしろ『銀河の平和のために工場を動かせ』みたいなスタンスですね。
あ、でも工場の公害で、現地の害虫は怒ってますけど」
「害虫……」
堂島は頭痛を堪えるような表情を見せた。
信じがたい。
だが否定する材料がない。
ナノマシンも亜空間収納も、現実に起きている現象だ。
それを説明できるロジックは、この男の語る「荒唐無稽な真実」しかない。
堂島は長年の勘で悟っていた。
この男は嘘をついていない。
狂人でもない。
ただ常識の外側に立っているだけだ。
「……話は分かった。仮にそれが真実だとしよう。
だが証拠が足りない。
貴方のその『収納技術』は見た。だが肝心の『異星』の実在証明はどうする?
幻覚を見せられているだけかもしれない。あるいは地球上のどこか未開の地に転移しているだけ、という可能性もある」
堂島の鋭い視線が、創一を射抜く。
彼はまだ最後の最後で疑っている。
国家を守る者として、安易に信じるわけにはいかないのだ。
創一は少し考え込み、そして提案した。
「じゃあ、行ってみますか?」
「……は?」
「百聞は一見に如かずです。ゲートを開けますよ、ここで」
ガタッ!
堂島が椅子を蹴って立ち上がった。
マジックミラーの向こうでも、怒号と動揺が走る気配がした。
マイク越しに、別室の小野寺危機管理監の声が飛び込んでくる。
『堂島! 止めろ! ここでゲートを開かせるな!』
堂島も顔を赤くして怒鳴った。
「貴様、正気か!?
未知の惑星への扉を、東京の地下で開けるだと!?
ウイルスは! 放射能は! 大気組成は!
未知の病原体が流入したら、パンデミックどころの騒ぎじゃないぞ!」
「ああ、大丈夫ですよ。俺、防護服なしで毎日通勤してますけど、ピンピンしてますから」
創一はニカッと笑った。
その無防備さが、逆に政府高官たちを恐怖させた。
「一応、念のために防護服を着ればいいんじゃないですか?
俺も向こうの空気は、お土産にはしたくないですし。
……それに、ここで開けないと、あなた方は一生俺を疑い続けるでしょう?
俺は早く仕事に戻りたいんです。工場が待ってるんで」
堂島は創一を睨みつけたまま、数秒間硬直した。
そして無線機を掴み取った。
「……総監および危機管理監へ具申する」
彼の声は震えていたが、決断の色が宿っていた。
「被疑者の提案を受け入れ、ゲートの展開実験を行う。
場所は地下三階、多目的訓練ホール。
空調を完全閉鎖し、BSL-4(最高度封じ込め)相当の防疫体制を敷く」
『……本気か、堂島』
「彼の能力は本物です。これを確認しなければ、我々は何も手を打てない。
リスクを承知で、踏み込むべきです」
短い沈黙の後、承認のランプが点灯した。
「……準備に入れ。
総員、NBC防護服を装着せよ!
SAT突入班は、実弾装填のまま待機!
空間線量計、ガス検知器を用意しろ!
……これより人類史上初の『異星訪問』を行う!」
地下三階、多目的訓練ホール。
普段はSATの屋内突入訓練に使われる、広大なコンクリート空間が、今は異様な熱気に包まれていた。
黄色い化学防護服に身を包んだ数十名の隊員たちが円形に展開し、中央を包囲している。
手には、アサルトライフル、火炎放射器、そして携帯用の放射線測定器。
上部のキャットウォークには狙撃手が配置され、万が一ゲートから怪物が飛び出してきた場合に備えて、照準を合わせている。
その中心に、スウェット姿の創一と、重厚な防護服を着込んだ堂島が立っていた。
「……手順を確認する」
フルフェイスのマスク越しに、堂島のくぐもった声が響く。
マスクのバイザーが、彼の緊張を表すように微かに曇っている。
「まず、ゲートを展開する。この時点では、誰も近づかない。
次に、無人偵察ドローンとセンサーを投入し、向こう側の環境を測定する。
安全が確認された場合のみ、人員を送り込む。
……いいな?」
「了解です。慎重ですねえ」
「当たり前だ! 人類の存亡がかかっているんだぞ!」
創一は肩をすくめた。
彼にとっては「いつもの通勤路」だが、彼らにとっては「地獄への門」かもしれないのだ。
創一は右手を掲げた。
手の甲に埋め込まれたキューブが、青白く脈動し始める。
「じゃあ、開けますよ。
下がっていてください」
周囲の隊員たちが一斉に身構える。
安全装置を外す音が、静寂の中でカチカチと響いた。
「ゲート・オープン」
創一が空間を指差した。
ブゥンッ……!
低い重低音と共に、大気が悲鳴を上げた。
何もない空間に、漆黒の亀裂が走る。
それは瞬く間に広がり、渦を巻き、高さ三メートルほどの「穴」となった。
人類はまだ知らない。
その穴の向こうに、壮大な宇宙のロマンと、場違いな軽トラが待っていることを。
最後までお付き合いいただき感謝します。
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