第73話 鋼鉄のロマンと待ち時間の遊戯
惑星テラ・ノヴァ。
二つの月が浮かぶ異星の空の下、前線基地(FOB)から数キロ離れた荒野の只中に、巨大な「祭りの跡」のような喧騒が響き渡っていた。
ズッスゥゥゥン……!
大地を揺らす重低音。
それは、キャタピラやタイヤの駆動音ではない。
巨大な「二本の脚」が、赤茶色の大地を踏みしめる音だった。
「おおお!
いけいけ!
そこで右フックだ!!」
「いや、タックルで押し込め!
装甲の厚さはこっちが上だぞ!」
拡声器を通したような防衛隊員たちの歓声が、荒野に木霊する。
彼らの視線の先では、信じがたい光景が繰り広げられていた。
全高約七メートル。
人間をそのまま巨大化させ、分厚い鋼鉄の装甲を被せたような「人型機動兵器」が二機、砂塵を巻き上げながら取っ組み合いの模擬戦を行っていたのだ。
ガガァァァン!!
一機の機動兵器が放った巨大な鉄の拳が、もう一機の胸部装甲に激突する。
火花が散り、強烈な金属音が鳴り響く。
殴られた機体は大きくたたらを踏むが、背部に搭載されたスラスターが青白い炎を噴き、姿勢を強制的に立て直す。
「ハハハ!
効かねえよ!
こっちの装甲はナノマシン積層材だぜ!」
機体の外部スピーカーから、楽しげな工藤創一の声が響く。
「ならこれでどうだ!」
対する機体――こちらは防衛隊の権田隊長が搭乗している――が、腰だめに構えた巨大な模擬アサルトライフル(ペイント弾仕様)を連射する。
バババババッ!!
巨大なペイント弾が、創一の機体を青色に染め上げていく。
「ちょっ、視界が!
反則だろ、それ!」
「実戦に反則はない!
甘いぞ、工藤さん!」
まるで巨大なロボットアニメの世界に迷い込んだかのような、シュールで、しかし熱狂的な光景。
その様子を、少し離れた場所に停めた装甲指揮車の中から、内閣官房参事官の日下部が胃のあたりを押さえながら冷ややかに見つめていた。
「……何してるんですか、工藤さん」
日下部が、通信機越しに呆れ果てた声で問いかける。
わざわざ地球からゲートをくぐって、最新の外交状況の報告と今後の資材搬入の打ち合わせに来たというのに、出迎えたのは「巨大ロボットの殴り合い」である。
『あ、日下部さん!
お疲れ様です!』
創一の機体がのっそりとこちらを振り向き、巨大な鉄の腕を振って見せた。
その動作は不気味なほど滑らかだ。
『いやー、今ちょっと機動兵器作れるようになったの思い出したんで、みんなで遊んでたんですよね!』
「……遊んでいた?」
日下部は、こめかみを揉んだ。
「貴方、今、ロケットサイロの建設と宇宙への打ち上げ準備の真っ最中だったはずでは?
そんな巨大なオモチャを作っている暇があるんですか」
『それがですね、暇なんですよ!』
創一の機体のハッチがプシュゥッと開き、中からMK2仕様の強化スーツを着た創一が顔を出した。
彼は身軽に装甲を伝って地上へと飛び降り、日下部の車へと近づいてくる。
「暇って……どういうことですか」
「いや、ロケットの部品の組み立てって、ものすごく時間がかかるんですよ。
第一段エンジンとか、制御ユニットとか。
自動化ラインは完璧に組んであるんで、あとは放っておいてもロボットたちが勝手に作ってくれるんですけど……。
俺、やることがなくなっちゃって」
創一は頭を掻きながら笑った。
「それに最近は『位相空間レーダー』のおかげで、バイターの巣が湧いても即座に位置が分かるじゃないですか。
防衛ラインのレーザータレットも完璧に機能してるから、バイターが来ても、俺たちが何もしなくても勝手に光になって消えていくし」
「ええ、まあ、それは良いことですが」
「だから俺も防衛隊のみんなも、訓練ばっかりで実戦がなくて暇を持て余してたんですよね!
そこで、技術ツリーの端っこの方に『人型機動兵器(Mecha)』のレシピがあったのを思い出して、作ってみたってわけです!」
創一は、背後の巨大な鋼鉄の塊を親指で指し示した。
「どうです?
カッコイイでしょう!
俺のロマンの結晶ですよ!」
「……機動兵器ねぇ」
日下部は車から降りて、その巨大な鉄の塊を見上げた。
確かに、見た目のインパクトは凄まじい。
全高七メートルの装甲巨人が目の前に立つ威圧感は、戦車や装甲車の比ではない。
だが日下部は官僚であり、軍事的な合理性を重んじる人間だ。
「……人型兵器はロマンがあるのは分かりますが、実用的ではないという分析が、以前、防衛省の技術研究本部から出されていましたよね?
前面投影面積が大きすぎて被弾しやすく、二足歩行は接地圧の問題で悪路に弱く、関節部の構造が複雑すぎてメンテナンス性に難があると。
……そこら辺はどうなんですか?」
日下部の冷徹なツッコミに、創一は少しだけ顔をしかめた。
「まあ、正直に言えば……無人兵器とかレーザー戦車の方が、純粋な兵器としては強いですね」
創一はあっさりと認めた。
「射程も火力もレーザー戦車の方が上ですし、空を飛べる俺の『モジュラーアーマー』の方が機動力は段違いです。
この巨大ロボットはデカい分、どうしても動きがもっさりしてますから。
マニュアルで操縦するにしても、俺の脳の処理速度(MK2)に機体の追従性が追いついてこないんですよ」
「なら、なぜ作ったんですか?」
「でもロマンはありますから!!!」
創一は目を輝かせて力説した。
「男の子なら一度は巨大ロボットに乗ってみたいじゃないですか!
それに整備性が地獄だって言いますけど、そこら辺はナノマシンの『リペアキット』と『建設ロボット』で解決できるんですよ。
関節がぶっ壊れても、ロボットが数秒で新品のパーツに交換してくれますから」
「……なるほど。
チート技術によるゴリ押しですか」
日下部は呆れたように息を吐いた。
現代の工学の常識で「非合理的」とされる要素を、ナノマシンと無限の資源で強引にカバーしてしまっているのだ。
「そこまでナノマシンが万能なら……」
日下部は、ふと思いついた疑問を口にした。
「いっそ巨大ロボットなんて作らずに、ナノマシンをそのまま兵器にすればいいのでは?
例えば対象に取り付いて、直接分子レベルで敵を『解体』するようなナノマシン兵器の方が、よほど効率的で強力なのでは?」
医療用ナノマシンで細胞を再構築できるなら、逆に敵の装甲や肉体を分解することも可能なはずだ。
それができれば、もはや大砲もレーザーも不要になる。
だが、その提案を聞いた瞬間、創一の表情から笑顔が消えた。
彼の瞳の奥の青白い光が、警告を発するように鋭く明滅する。
「……それやると、ナノマシンの『グレイ・グー』が怖いから出来ないんですよねー」
創一はわざと軽い口調で言ったが、その声には真剣な響きがあった。
「グレイ・グー……。
灰色の粘菌ですか」
「ええ。
自己増殖しながら、周囲のあらゆる物質を分解して取り込み続ける、制御不能のナノマシンの暴走です。
対象を『破壊(分解)』するプログラムをナノマシンに組み込むのは非常に危険なんです。
もしそのプログラムにバグが起きたり、何かの拍子でリミッターが外れたりしたら……敵だけじゃなく、味方の工場も大地も、地球ごと全部食い尽くすまで止まらなくなります」
創一は自分の腕を摩った。
「俺が作ってる医療用キットやリペアキットは、あくまで『特定の設計図通りに構築する』というプラスの方向のプログラムしか入れていません。
だから安全なんですけど、『壊す』ことを目的にしたナノマシンは、パンドラの箱の底の底なんですよ。
……流石の俺も、そこを開ける気はありません」
「……なるほど。
確かに、グレイ・グー対策は絶対に必要な防波堤ですね」
日下部は創一の言葉に安堵した。
この男は効率やロマンを追求して無茶苦茶なことをするが、決して「破滅」へと繋がるような狂気は持っていない。
技術者としての最低限の倫理観――あるいは自己保存の本能――は機能しているようだ。
「まあ、そういうわけで」
創一は再び笑顔に戻り、巨大なロボットを見上げた。
「安全で、楽しくて、ロマンがある。
それがこの機動兵器なんです!
……どうです、日下部さん?
地球に持ってきても大丈夫ですかね、これ」
「……地球にですか」
日下部は、その巨大な鉄の塊を改めて見定めた。
「防衛隊の皆さんは、どう思われますか?」
日下部が視線を向けると、機体から降りてきた権田隊長をはじめとする隊員たちが、少し気まずそうに顔を見合わせた。
「いやー……1台くらいはあっても良いかも?
とは思いますけど」
権田が苦笑いしながら答える。
「でも正直言って……用途として限定され過ぎてて意味ないですね。
ロマン兵器です」
「隊長がそれを言っちゃいますか」
「事実ですから。
先ほども工藤さんが言った通り、純粋な戦闘力なら『レーザー戦車』の方が圧倒的に上です。
あちらは面制圧ができて、被弾面積も小さく、機動力もある。
このロボットはデカすぎて格好の的になりますし、足元に潜り込まれると対処が難しい」
権田は、実戦を経験してきた軍人としてのシビアな評価を下した。
「それに、この質量が歩き回れば地球の道路は一瞬で陥没します。
市街地戦になれば周囲の建物への被害が大きすぎる。
……映画みたいに怪獣と格闘戦をするならともかく、現代の戦争でこのサイズの人型兵器が出張る幕はありませんよ」
「……怪獣か。
テラ・ノヴァならあり得るかもしれませんが、地球にはいませんからね」
日下部は頷いた。
やはり使い所がない。
「瓦礫を撤去するとかの災害救助には役立つかも?」
別の隊員がフォローを入れるように言ったが、すぐに自分で首を傾げた。
「でも、それなら普通の重機を使った方が早いですし。
細かい作業なら、人間サイズの『26式』を着て手作業した方が、ずっと小回りが利いて効率が良いしなぁ……」
「ですよねぇ……」
創一はしょんぼりと肩を落とした。
せっかく作った超兵器が「帯に短し襷に長し」のレッテルを貼られてしまったのだ。
「まあ、いいじゃないですか。
工藤さん」
日下部が少しだけ同情するように声をかけた。
「地球に持ち込むには目立ちすぎますし、実用性がないなら無理に配備する必要もありません。
ですが、こうしてテラ・ノヴァでの『息抜き』として使う分には最高のオモチャですよ。
防衛隊の士気維持にも繋がっているようですし」
「……まあ、そうですね。
宇宙に行く前の、ちょっとしたお祭りみたいなもんです」
創一は再び機体を見上げて、ニッと笑った。
「よし!
じゃあもう一戦やりますか、隊長!
今度は俺が近接格闘用のパイルバンカーを装備しますから、逃げないでくださいよ!」
「望むところだ!
実戦じゃ使い物にならないなら、せめてここで俺のストレス発散のサンドバッグになってもらうぞ!」
権田も嬉々として機体に乗り込んでいく。
再び始まる、鋼鉄の巨人たちのシュールな殴り合い。
日下部はその光景を眺めながら、車のトランクから報告書を取り出した。
「……平和なものです。
地球では大国同士が血で血を洗う情報戦を繰り広げているというのに。
この星の時間は、彼(創一)の気分次第で、戦争にも遊びにも変わる」
日下部は背後の巨大なロケットサイロを見上げた。
今はこうしてロボットで遊んでいるが、あの巨大なサイロの中で静かに組み上がっている飛翔体は、間違いなく世界の常識を再び破壊する力を持っている。
「遊べるうちに遊んでおいてくださいよ。
工藤さん。
ロケットが飛んだら……また私の胃薬の消費量が跳ね上がるんですから」
日下部の呟きは巨人たちの激突音にかき消されて、紫色の空へと吸い込まれていった。
待ち時間の遊戯。
それは、来るべき宇宙という名の果てしない暗黒へ飛び出す前の、ほんの束の間の休息であった。
最後までお付き合いいただき感謝します。
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