第70話 閃光の蹂躙と鋼鉄の星を目指して
惑星テラ・ノヴァ。
二つの月が紫色の夜空に、青白い光を投げかける中、赤茶色の大地を焦がすような異様な爆音が連続して響き渡っていた。
それは従来の火薬が爆発する鈍い轟音ではない。
大気が極限まで急激に熱せられ、一瞬にしてプラズマ化する際に発せられる、耳の奥をつんざくような甲高い破裂音である。
「——第三小隊、目標座標アルファへ展開! 面制圧を開始せよ!」
前線指揮車に搭乗する権田隊長の号令が、ノイズ交じりの無線に響く。
その声に応じるように、荒野を土煙を上げて疾走していた鋼鉄の獣たちが一斉に急停止し、重厚な砲塔を滑らかに旋回させた。
だがその砲塔から突き出ているのは、地球の主力戦車でお馴染みの120ミリ滑腔砲や榴弾砲のような物理的な砲身ではない。
無機質なクリスタルが精緻に埋め込まれた、何かの巨大な計測器や天体望遠鏡のような奇妙な筒だった。
『レーザー戦車(Laser Tank)』。
工藤創一が、テラ・ノヴァの膨大な資源と、MK2ナノマシンによって超高度化された天才的な頭脳をフル稼働させて生み出した、次世代の陸上制圧兵器である。
「収束レーザー砲、発射!!!」
ズッバァァァァァァァン!!!
砲身の先端に埋め込まれたクリスタルから、眩いばかりの緑色の閃光が放たれた。
それは光の速度で直進し、数百メートル先に密集していたバイターの群れと、不気味に脈動する巨大な巣の中央に直撃した。
ギャアアアアアアッ!!!
断末魔の悲鳴を上げる間もなかった。
数千度、あるいはそれ以上の超高温に達したレーザーの直撃は、これまで歩兵の小銃弾を弾き返してきた中型、さらには大型バイターの強固な甲殻をも、熱したナイフで切るバターのようにあっさりと溶かした。
内部の体液が瞬時に沸騰し、水蒸気爆発を起こして内側から破裂させていく。
さらに恐ろしいのは、その光線が一本だけではないことだ。
横一列に展開した十数両のレーザー戦車から一斉に放たれた緑色の閃光は、荒野の闇の中に死の幾何学模様を描き出した。
光の網に触れた全ての有機物は、燃えるという過程すら飛ばして、文字通り「蒸発」していく。
着弾した地面は高熱によってガラス状に融解し、赤々と燃え上がっている。
わずか十数秒の斉射。
それだけで、数千匹はいたであろうバイターの大群と、視界を覆っていた巨大な巣の集合体が完全に更地——いや、ドロドロに溶けた焼け野原と化していた。
「……制圧完了」
レーザー戦車のハッチから顔を出した防衛隊員が、遮光ゴーグルを押し上げて呆然と呟いた。
彼らはこれまで幾度となく、バイターの群れと死闘を繰り広げてきた。
重機関銃を撃ち尽くし、手榴弾を投げ、最後はアサルトライフルで肉薄してくる怪物を処理する。
それは常に命がけの、血と泥にまみれた泥沼の戦闘だった。
だが今、目の前で起きたことはどうだ。
「おいおい……マジかよ」
「すげーな、これ。弾切れの心配もないし、風や重力の影響を受けないから弾道計算の必要すらない。
光が当たった瞬間、敵が消えるんだぞ。
俺たちが今までやってきた苦労は、何だったんだ……」
「自衛隊にも欲しいな、これ。
本土防衛が捗りすぎる。
海岸線に並べておけば、上陸してくる敵艦艇ごと、水際どころか水平線の彼方で焼けるんじゃないか?」
隊員たちが無線越しに、興奮気味に雑談を交わす。
無敵の火力。これがあれば、もはや進化を続けるバイターなど羽虫同然だ。
だが別車両に搭乗している冷静な隊員が、すかさず現実的なツッコミを入れた。
「馬鹿言え。これの動力源、知ってるか?」
「え? 大容量の高性能バッテリーだろ?」
「違う。『超小型核炉心』だぞ?
この鉄の箱の中に、小さな原子炉が丸ごと入ってるんだよ。
だから弾薬も燃料も要らずに、ずっとレーザーを撃ちっ放しにできるんだ」
その言葉に無線が一瞬だけ静まり返った。
彼らは職業軍人としての知識を持っている。
戦車ほどのサイズの車両に、核兵器レベルのエネルギー源を搭載することが技術的にどれほど異常なことか。
そして、それが持つ政治的な意味を。
「……嘘だろ。こんなの日本国内の公道で走らせてみろ。
テロリストや敵国が来るより先に、市民団体と野党に包囲されて国会が吹っ飛ぶわ!」
「あー確かに……。唯一の被爆国で走る原発は無理かぁ……。
万が一事故ってメルトダウンでもしたら、県が一つ丸ごと人が住めなくなるな。
被弾したら終わりじゃないか」
「でもこの威力は捨てがたいなぁ。
誰も住んでない無人島に固定砲台として配備するなら、ワンチャンあるか?」
彼らの気の抜けた軽口を、後方の安全圏に停車している装甲指揮車の中で聞いていた日下部駐在員は、引きつった笑いを浮かべながら手元のタブレットで戦果データを確認していた。
映像越しに見る破壊力は、彼がこれまで見てきたどんな兵器よりも洗練されており、かつ暴力的だった。
「……呆れるほど強いですね。このレーザー戦車」
日下部は、隣に座る工藤創一に向かって半ば呆れたように言った。
「戦車砲のように重い弾薬を補給する必要がなく、核炉心による半永久的なエネルギーで無尽蔵にレーザーを撃ち続ける。
しかも移動しながらの射撃でも全く精度が落ちず、射程も恐ろしく長い。
まさにこの過酷な異星を制圧するためだけに生まれたような兵器です。
しかし……これをたった数日で設計し、実戦配備の量産までしてしまうとは。
貴方の頭の中はどうなっているんですか?」
「いやー、MK2サマサマですよ!」
創一はタブレットで次々と新しい設計図を引きながら、あっけらかんと答えた。
彼の瞳はMK2ナノマシンの影響で微かに青白く発光しており、常人離れした処理速度で工場の最適化を並行して行っている。
「先日、ウランの濃縮が軌道に乗って原子力発電が稼働したんで、エネルギー問題は完全に解決したじゃないですか。
だったら、その余りあるエネルギーを直接破壊力に変換する兵器が一番効率がいいんですよ。
実体弾を作るために鉄や銅、火薬を消費するのも勿体ないですし、何より最前線まで重い弾薬を運ぶ補給線を維持する手間が省けますからね。
インサータを並べる必要がないのはデカいですよ」
創一は画面をスワイプし、レーザー戦車のスペック表と製造コスト一覧を日下部に見せた。
鋼鉄、電子基板、そしてウラン燃料セル。
必要な資材さえあれば、この工場ではいくらでも組み立て可能だ。
「えー、日下部さん。日本も欲しいでしょ? これ」
「……は?」
「だから、このレーザー戦車。
日米同盟の牽制にも使えるんじゃないですか?
こんなのが自衛隊にあったら、どこの国も手出しできないでしょ。
これ、安く売りますよ?」
まるで顔馴染みの中古車ディーラーがファミリーカーでも勧めるかのような、恐ろしく軽いノリだった。
日下部は胃のあたりをさすりながら、深く、長く溜め息をついた。
この男は、自分が作ったものが地球のパワーバランスをどれほど狂わせるか、いまだに根本的な部分で理解していない。
いや、理解した上で「工場のためになるならどうでもいい」と思っている節がある。
「……工藤さん。喉から手が出るほど欲しいのは山々ですがね。
先ほど隊員たちも言っていた通り、日本国内で『超小型原子炉を積んだ戦車』を運用するのは政治的なハードルが高すぎます。
いくら強力でも、国内法と国民感情をクリアするのは不可能です。
走るチェルノブイリを許可する自治体などありません。
それにアメリカにバレたら、『日本はついに核兵器の極小化に成功したのか!?』と、いらぬ誤解を招きかねません」
「えー、そうですか?
『次世代のクリーンエネルギーで駆動する、防衛用の光学兵器搭載車両です』って言い張れば、いける気もするんですけど。
実際、排気ガスは出ませんし、環境には優しいですよ?」
「いけません。絶対に。
ガイガーカウンターが鳴り響くクリーンエネルギーなど、世間は認めてくれません」
日下部は即座に却下した。
しかし彼は、眼鏡のブリッジを押し上げ、鋭い視線を再びモニターに向け直した。
緑色の閃光が、未だに彼の網膜に焼き付いている。
政治的に不可能だとしても、技術者や官僚としての本能が、このオーパーツを完全に手放すことを惜しんでいた。
「……ですが。
その圧倒的なテクノロジーを黙殺することもできません」
「お?」
「原子炉の超小型化技術、そして高出力レーザーの焦点制御および冷却技術。
これらは将来的に、日本の産業や宇宙開発、あるいはミサイル防衛網(MD)に転用できる可能性があります。
そのまま自衛隊に配備することはできませんが、技術のサンプルとしては計り知れない価値があります。
……1台、検証用として欲しいですね」
「おっ、買います?」
「ええ。あくまで『技術検証用』のサンプルとして、内閣府直轄の極秘施設で徹底的にリバースエンジニアリングを行います。
自衛隊に正式に配備するかどうかは、それから決めます。
……もちろん地球へ輸送する際は、原子炉部分を完全に封印し、放射線漏れが一切ない状態にしてくださいよ?
輸送中に警報が鳴ったら終わりですからね」
「まいどありー!
じゃあ1台、地球の倉庫に送っておきますね!
おまけでレーザーの予備レンズと、メンテナンス用のマニュアルデータもつけときます!」
創一は嬉しそうにタブレットを操作し、工場内のインサータの配送先を地球のゲートへと変更した。
こうしてまた一つ、世界の軍事バランスを単機で崩壊させかねないオーパーツが、日本の地下深くにひっそりと運び込まれることになったのだ。
日下部はまたしても、自分がとんでもないパンドラの箱を日本に持ち込んでしまったのではないかという不安に駆られたが、もう後戻りはできなかった。
「さてと。
バイターの巣も綺麗さっぱり焼き払ったし、予定していた土地は十分に確保できたな」
創一は装甲指揮車のハッチを開け、外の空気を深く吸い込んだ。
焦げ臭いオゾンの匂いと、焼け焦げたバイターの体液の臭いが鼻を突くが、彼にとっては「新たなる開拓の匂い」でしかない。
見渡す限りの焼け野原。
そこにはもう這い回る害虫の姿も、視界を遮る不気味な肉塊もない。
それは彼が思い描く巨大な工場を建設するための、広大で真っ白なキャンバスだった。
「じゃあ工場を拡張っと!」
創一が腰のベルトからいくつかのカプセルを取り出し、空高く放り投げた。
パンッ!という甲高い音と共にカプセルが空中で弾け、中から無数の『建設ロボット(Construction Robot)』が飛び出してくる。
ブーンブーンという無機質な羽音を立てて、空を覆い尽くすほどのロボットの群れが、創一のタブレットから送信された青写真に従って一斉に動き始めた。
彼らは基地の後方から絶え間なく運ばれてくるコンクリート、鋼鉄、電子基板といった資材を正確に掴み取り、寸分の狂いもなく地面に配置していく。
まずは絶対的な防衛ラインの構築だ。
更地となった最前線に、分厚いコンクリートの壁が万里の長城のように連なっていく。
そしてその壁の背後には、電力を供給する無数の変電柱と、砲塔の先端に赤いクリスタルを輝かせた固定式の『レーザータレット(Laser Turret)』が等間隔でどんどん設置されていく。
弾薬の補給を必要としないレーザータレットの列は、基地の電力が尽きない限り、いかなる敵の接近も許さない絶対防御の要塞となる。
ロボットたちの群れは、まるで一つの巨大な生物のように滑らかに動き、人間の作業員なら数ヶ月はかかるであろう陣地構築を分単位で完了させていく。
「あっという間ですね……。何度見ても、この光景には慣れません」
日下部がモニター越しに、その建築速度の異常さを眺めて呟いた。
日本の大手ゼネコンが総力を挙げて行うような大規模なインフラ整備が、たった一人の男の指先の操作で完了していくのだ。
労働力や工期という地球の概念が完全に崩壊する瞬間だった。
「これならテラ・ノヴァ全土をコンクリートで覆い尽くすことも可能ですね。
防衛ラインを押し上げるだけなら、もう人間の兵士が出る幕はありませんよ」
「ええ、やろうと思えば。
でも今回の拡張の目的は、単なる領土の拡大や防衛線の押し上げじゃないんです」
創一はタブレットの画面をスワイプし、全く新しい、そして桁違いに巨大な建造物の設計図を呼び出した。
「これを作るための、広大で平坦な土地が必要だったんですよ」
彼が指定した座標に、待機していた何千機もの建設ロボットたちが一斉に群がっていく。
持ち込まれる資材の量が、これまでの比ではない。
数万単位のコンクリート、鋼鉄板、電気エンジンユニット、そして高度な制御基板。
地面が深く掘り下げられ、巨大な円筒形の基礎が打ち込まれる。
その上に天を衝くような鋼鉄の骨組みが組み上がり、分厚い装甲板で覆われていく。
ゴゴゴゴゴ……!
大地を震わせながら完成したのは、直径数十メートル、深さも同じくらいある巨大な竪穴と、それを取り囲む重厚な発射管制施設だった。
四方を支えるアームがそびえ立ち、その中央には、これから組み上げられるであろう長大な飛翔体のためのスペースがぽっかりと空いている。
「そして、ロケットサイロを設置すると!」
創一がエンターキーを叩き、作業の完了を宣言した。
ロケットサイロ(Rocket Silo)。
それは工藤創一の工場における現時点での技術的到達点であり、同時に新たなる領域への扉でもあった。
これまでの地を這うような工場の拡張とは次元が違う。
文字通り「空」を目指すための巨大な建造物。
「……これでよし!」
創一は満足げに腕を組み、完成したばかりの巨大なサイロを見上げた。
サイロの内部では、すでに巨大なロボットアームが稼働を始め、ロケットの部品——断熱材、ロケット制御装置、ロケット燃料——を一つ一つ組み立てる作業に入っている。
「あとはこのサイロの中でロケットを組み立てて、飛ばして、軌道上に資材を搬入して、『宇宙プラットフォーム』を建設するだけだ!!!」
創一の声には、少年のような純粋な興奮が満ちていた。
日下部は、その言葉のスケール感に圧倒され、しばし言葉を失った。
彼はこれまで、創一が作り出す様々なオーパーツを見てきた。
自動化工場、レーダー、ナノマシン、そして原子炉。
だがそれらは、あくまで「地上の技術」の延長線上にあるものだった。
しかし今、目の前にあるのは、重力を振り切り星の海へと進出するための足場だ。
「いよいよ……宇宙ですか」
日下部は紫色の空を見上げた。
そこには地球からは決して見ることのできない、二つの巨大な月が浮かんでいる。
「これまでは大地を這い回り、資源を掘り起こすだけでしたが……。
ついにこの星の重力を振り切る時が来たのですね。
日本(地球)の宇宙開発機構(JAXA)やNASAが聞いたら、腰を抜かすスピードです。
彼らが何十年もかけて到達した領域に、貴方はたった一人で、わずか数年で到達しようとしている」
「ええ! 俺も楽しみですよ!」
創一は目を輝かせている。
彼はロケットの設計データを確認しながら、今後の展望を語り始めた。
「とは言っても、宇宙船というか、軌道上で活動するための『プラットフォーム』を建設する必要があるので、ロケットを一発打ち上げたらすぐに他の惑星に行けるってわけじゃありませんね。
軌道上に足場を作って、そこにスラスター(推進器)と、アステロイド(小惑星)を迎撃するためのタレットを並べて……。
宇宙空間では隕石が飛んできますからね。それを壊しながら進む、堅牢な要塞を作らないといけないんです。
目標速度は、とりあえず250km/s(秒速250キロメートル)出る予定なので、空気抵抗がないとはいえ、隕石が当たったら大惨事になります。
だから、しっかり頑丈に建設しないと駄目です」
「……秒速250キロですか」
日下部は自分の耳を疑った。
常軌を逸した数値だ。
「地球のスペースシャトルや無人探査機でも、秒速十数キロから数十キロ程度ですよ。
秒速250キロとなると……地球から月まで、どれくらいで行ける計算ですか?」
「んー、地球と月の距離が約38万キロとして……」
創一は脳内のMK2プロセッサで、瞬時に計算を弾き出した。
「だいたい25分から30分ってところですね。
まあ加速と減速の時間を含めればもう少し長くなりますけど、それでも片道1時間かからないくらいです。
通勤電車みたいな感覚ですよ」
「地球から月まで30分ですか……。とんでもない速度ですね……」
日下部は眩暈を覚えた。
アポロ計画で数日かかった距離を、昼休みの時間で往復できるというのか。
その圧倒的な推進力。
それは人類が宇宙空間を「探査」する時代から、「日常的に移動・開発」する時代へとシフトすることを意味している。
「で、まずはどこに向かうつもりなのですか?」
日下部が尋ねると、創一はテラ・ノヴァの空に浮かぶ二つの月を指差した。
「最初は、あの『2つある月』に行く予定ですね。
スキャンデータによると、あそこにも見たことのない未知の資源が眠っているらしいんですよ。
テラ・ノヴァの地表にはない、新しい鉱石やガスが。
それを採掘して、さらに工場をアップグレードするんです」
「月ですか。
しかし空気もない真空の環境で、どうやって作業を?
工藤さんが直接行くのですか?」
「いやいや、さすがに最初は無人で行きますよ。
まだ先の話ですが、しっかり遠隔からロボット建設出来るように工場を整備しないといけないですね。
ロケットでロボットステーションと建設ロボットを送り込んで、俺はここの司令室から指示を出す。
そうやって月面に自動化された前哨基地を作って、資源をこっちに送り返すシステムを構築します」
創一は、まるで行きつけのホームセンターに新しい資材を探しに行くかのような気軽さで語った。
日下部は、その横顔をまじまじと見つめた。
この男の欲望は底なしだ。
工場を大きくするためなら、星の重力さえも彼を縛り付けることはできない。
ただひたすらに「生産と拡張」という目的のためだけに、彼は宇宙空間すらも自らの工場のラインに組み込もうとしている。
「……本当に行く気なんですか? 宇宙へ」
日下部が念を押すように問う。
ここまで来るともはや、一人の人間の趣味の領域を遥かに超えている。
星を一つ支配した男が次は衛星を、そして太陽系そのものを支配しようとしているのだ。
「ええ、行きますよ。月まで開拓しなきゃ!」
創一は力強く頷き、サイロの中で火花を散らすロボットアームを見つめた。
「工場のラインを完璧にするためには、新しい素材が必要なんです。
それに……この星の上だけで終わるなんて、勿体ないじゃないですか」
日下部は深々と息を吐き出した。
この男の歩みを止めることは、もはや誰にもできない。
地球の政治家たちが狭い領土や、ちっぽけな権力を巡って争っている間に、彼は物理的な次元で全く別のスケールの覇権を手に入れようとしている。
「……まあ、まだ先の話ですからね?」
日下部が、少しすがるような声で言った。
宇宙開発には、どんなに天才でも時間がかかるはずだ。
ロケットの組み立て、軌道計算、そして未知の環境でのテスト。
明日明後日にどうにかなる話ではないだろう。
地球の常識に照らし合わせれば数年はかかる大事業だ。
せめてその間だけは、これ以上地球側に新たな衝撃をもたらさないでほしい。
そんな官僚としての切実な願いが込められていた。
だが創一はニッと笑い、日下部の肩をポンと叩いた。
「そうは言っても、時間はすぐに経過しますからね!」
創一はサイロを見上げて、不敵な笑みを浮かべた。
「俺の工場の生産力、舐めないでくださいよ。
組立機械たちが24時間フル稼働で部品を作ってますから。
……明日には第一号のロケットが飛んでるかもしれませんからね!」
その言葉は冗談ではなかった。
MK2によって思考速度が加速し、原子炉によって無限の電力を得た今の創一にとって、時間の概念は常人とは異なる。
彼が「すぐ」と言えば、それは本当に瞬きする間にやってくるのだ。
日下部は再び、胃の奥がキリリと痛むのを感じた。
地球の重力に縛られ、大国間の泥沼の腹の探り合いに終始している自分たちを置き去りにして、工藤創一という特異点は、ついに星の海へと手を伸ばそうとしている。
ロケットサイロの奥底で、巨大なロケットの第一段エンジンが組み上がり始めていた。
それは人類が未だかつて見たことのない、新たなる覇権の幕開けを告げる産声となるはずだった。
最後までお付き合いいただき感謝します。
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