第8話 その車、荒野につき。あるいは、宇宙人代理戦争
ブロロロロロロ……ッ!
乾いた荒野に、軽快かつ頼もしいエンジン音が響き渡る。
惑星テラ・ノヴァ。
紫色の植生と、奇妙な岩肌が広がるこの異世界を、一台の白い影が疾走していた。
日本が誇る最強のワークホース。
平成年式、走行距離十二万キロ、エアコン故障中(窓全開)。
スズキ・キャリイ——通称「軽トラ」である。
「ヒャッハァァァァァー! 最高だぜぇぇぇっ!」
運転席でハンドルを握る工藤創一は、思わず奇声を上げていた。
無理もない。
これまで彼は、革靴をすり減らし、重たい鉱石を背負い、往復一時間の道のりをトボトボと歩いていたのだ。
それがどうだ。
アクセルを少し踏み込むだけで、景色が飛ぶように後ろへ流れていく。
サスペンションは固く、路面の凹凸をダイレクトに拾って尻が痛いが、そんなことは些細な問題だ。
『マスター、心拍数が異常値を記録しています。ドーパミンの過剰分泌に注意してください』
「うるさいぞ、イヴ! 見ろよ、このスピード! 銅鉱脈まで、たったの五分だぞ! 五分!」
創一はギアをサードからフォースに入れ、直線を突っ走る。
窓から吹き込む風は、鉄錆と異星の土の匂いがするが、今の彼にはフランスの香水よりも芳しい「文明の香り」だった。
「到着!」
キキーッ! と少し砂煙を上げて停車。
サイドブレーキを引き、ドアを開けて飛び降りる。
目の前には、広大な銅の鉱脈。
「さて、仕事だ」
彼は荷台のあおり(側面)をガチャリと倒した。
そこにはホームセンターで買い込んだ「スコップ」と「土嚢袋」が積まれている。
まだ自動積み込みインサータは開発できていない。人力だ。
だが、運ぶ手段があるだけで効率は段違いだ。
「よいしょっ、こらしょっ!」
創一は以前投与した『医療用キット』のおかげで、肉体が二十代のピーク時以上に強化されている。
重たい銅鉱石をスコップですくい、軽々と荷台へ放り込んでいく。
ガラガラ、ドスン。
普段なら重労働だが、体が羽根のように軽い。
疲れを知らないサイボーグになった気分だ。
「よし、満載だ! 戻るぞ!」
荷台に山盛りの銅鉱石を積み込み、タイヤがグッと沈み込む。
だが軽トラのタフなエンジンは悲鳴を上げることなく、低速トルクで力強く発進した。
重い荷物を運ぶ、この感覚。
これこそが「物流」だ。
俺は今、自分の足ではなく、機械の力で世界を動かしている。
「ははは! 見てろよ、バイターども! 今の俺は無敵の輸送王だ!」
夕焼けに染まる荒野を、白い軽トラが土煙を上げて爆走する。
その光景はシュール極まりなかったが、創一にとっては、どんなSF映画の宇宙船よりも輝いて見えた。
数時間後。
たっぷりと資源を拠点(炉があるエリア)に下ろし、ついでに燃料用の石炭も満載にして戻ってきた頃には、異星の空には二つの月が昇っていた。
「ふぅ……。今日はこれくらいにしておくか」
創一は軽トラのボンネットをポンと叩き、充実感に浸った。
この軽トラはこちらの世界に置いていくことにした。
毎回ゲートを通すのは面倒だし、地球側で泥だらけの軽トラを運転していたら目立つ。
ナンバープレートは外しておいた。
これで誰かに見られても(バイターしかいないが)、身元は割れないだろう。
「じゃあな、相棒。また明日来るよ」
彼は拠点の岩陰に軽トラを駐車し、ゲート・キューブを展開した。
空間が裂け、見慣れたワンルームマンションの空気が流れ込んでくる。
帰還。
時刻は深夜二時。
体は疲れていないが、精神的な興奮を鎮めるために休息が必要だ。
「シャワー浴びて、ビールでも飲むか」
創一は冷蔵庫から缶ビールを取り出し、プシュッと開けた。
喉に流し込む黄金色の液体。
うまい。
労働の後のビールは格別だ。
ソファに深く沈み込み、テレビのリモコンに手を伸ばした時だった。
『——警告。マスター、緊急事態です』
イヴの声が、いつになく鋭く響いた。
酔いが一瞬で覚めるような、冷徹なトーン。
「ん? どうした? 向こうでバイターが湧いたか?」
『いいえ。脅威は「こちら側」です』
イヴが視界にウィンドウを展開する。
そこには創一のマンション周辺の地図と、無数の赤いマーカーが表示されていた。
『周辺のネットワークトラフィックに異常を検知しました。
マンションの管理システム、近隣住民のスマート家電、および路上駐車車両のドライブレコーダー……利用可能な、あらゆるデバイスをハッキングし、赤外線センサーとカメラ映像を統合しました』
「は……? ハッキングって、お前……」
『緊急避難措置です。解析結果を表示します。
マンションの裏口、および正面エントランス付近に不自然な車両配置を確認。
さらに建物内の熱源反応が多数、こちらの階層へ接近中』
創一はビールをテーブルに置き、カーテンの隙間からそっと外を覗いた。
深夜の住宅街。静まり返っている。
だが、よく見れば道路工事の看板を掲げたワンボックスカーが、エンジンをかけたまま停まっている。
その向こうの路地には黒塗りのセダン。
手元のスマートフォンを見る。
アンテナピクトが立っていない。
「……圏外?」
『広帯域のジャミングが行われています。外部への通信は遮断されました』
その瞬間、廊下の常夜灯がフッとかき消え、非常灯の薄暗い緑色の光だけになった。
ブレーカーが落ちたのではない。
館内電源が人為的に絞られたのだ。
「……嘘だろ」
背筋が凍った。
ただのパトカーじゃない。雰囲気が違う。
サイレンも鳴らさず、警告もせず、静かに獲物を追い詰める狩人のやり方だ。
プロだ。完全に「包囲」されている。
「な、何? もうバレたの? 早くない?」
『想定よりも早いです。日本の公安警察、および内閣情報調査室の能力を過小評価していました。
彼らは貴方がコンビニで発送した時刻と店舗の防犯カメラ映像、そして電子マネーの決済履歴を紐付け、貴方個人を特定しました』
「あー……」
創一は頭を抱えた。
そうだった。ここは日本だ。
監視カメラ社会だ。
SFチックな技術を持っていても、使い手がアナログな一般人なら、足跡なんていくらでも残る。
「どうする? これ、突入してくるのか?」
『現在、突入のタイミングを計っている段階と推測されます。
インターホンのカメラ映像はループ画像に差し替えられています。相手は貴方が「未知の生物兵器」を持っていると警戒しています。下手に動けば即座に制圧——最悪の場合、ドア越しに射殺されます』
「射殺……」
穏やかじゃない。
ただの一般市民が、いきなりテロリスト扱いか。
創一は深呼吸をして、震える手でビールをもう一口飲んだ。
「……イヴ。相談だ」
『はい』
「穏便に済ませたいんだ。俺は別に政府と戦争したいわけじゃない」
『理解しています。戦闘による解決は貴方の社会的な死を意味します』
「だよな。……うーん、シラを切るで押し切れるか?
『拾いました』『もう手元にありません』『軽トラは庭用です』……無理か?」
『不可能です。
軽トラックの購入履歴、深夜の不定期な外出、そして何より「医療用キット」という物的証拠が向こうの手に渡っています。
さらに貴方の部屋には微量ですが、異星の土壌やバイオマターの痕跡が残っています。
科学捜査が入れば、言い逃れはできません』
「だよねぇ……」
創一は天井を見上げた。
詰んでいる。
社会的には完全にチェックメイトだ。
だが不思議と絶望感はなかった。
なぜなら彼には「切り札」がある。
地球の法律も常識も通用しない、圧倒的なバックボーンが。
「やっぱり? ……じゃあさ、実は『宇宙人』に頼まれて……とか言っちゃう?」
創一は冗談めかして言ったが、目は真剣だった。
「あながち嘘じゃないし。
あのキューブの送り主、『賢者・猫とKAMI』だっけ?
あれって要するに高度な地球外知的生命体、つまり宇宙人みたいなもんじゃん!」
『……定義の照合中』
イヴが一拍置いて答えた。
『肯定します。
「賢者・猫とKAMI」は現在の地球文明の定義に当てはめれば、高次元存在または地球外知的生命体(Extraterrestrial Intelligence)に該当します。
したがって貴方が「彼らから技術供与を受けた」「彼らの代理人である」と主張することは、客観的事実に基づいた発言であり、虚偽(嘘)には当たりません』
「だよな!
俺は嘘をついてない。本当のことを言うだけだ。
『宇宙人と契約して資源開発のバイトしてます』ってな」
創一は膝を叩いた。
これだ。
下手に隠そうとするからボロが出る。
堂々と、しかし荒唐無稽な「真実」を突きつければいい。
相手がそれを信じるかどうかは別として、少なくとも嘘発見器や心理分析官は「こいつは本気でそう思っている(真実を話している)」と判断するはずだ。
精神異常者扱いされるかもしれないが、ナノマシンの現物がある以上、「ただの妄想」では片付けられない。
「よし、それでいこう。
呑気に雑談してる場合じゃないけど、方針は決まった」
創一は立ち上がり、玄関へと向かった。
スウェット姿のままだが、着替える時間はないだろう。
『マスター、どうするつもりですか?』
「向こうがドアをぶち破る前に、こっちから開けてやるのさ。
……イヴ、サブマシンガンはインベントリに入れておいてくれ。使うつもりはないが、いざという時の保険だ」
彼はインターホンの前に立った。
モニターは真っ暗だ。おそらく回線ごと切られている。
だが外には、息を潜めて突入の合図を待つ特殊部隊がいるはずだ。
創一は鉄の扉に耳を当てた。
衣擦れの音すらしない。プロだ。
だが、そこに「いる」。
「……あー、外の警察の方々。聞こえてますか?」
創一はドア越しに呼びかけた。
できるだけ落ち着いた、しかし良く通る声で。
「抵抗はしません。武器も持っていません。
……ただ、ちょっと『込み入った事情』がありましてね」
一瞬、外の空気が張り詰めたのが分かった。
おそらく指揮官が、突入か待機かの判断を迷っている。
「今から鍵を開けます。
いきなり撃ったりしないでくださいよ?
この部屋には、あなた方がどうしても欲しい『デリケートな交渉材料』がありますから」
彼は深呼吸を一つ。
そしてガチャリと鍵を回した。
ゆっくりとドアノブを回して押し開ける。
廊下の非常灯の薄暗い光。
その逆光の中に、黒いアサルトライフルの銃口が無数に並んでいた。
SATの隊員たちだ。ヘルメットとゴーグルで表情は見えないが、その指はトリガーにかかっている。
背後にはスーツ姿の男——おそらく公安の指揮官——が、凍りつくような視線でこちらを睨んでいた。
普通なら腰を抜かして失禁するような光景だ。
だが創一は両手をゆっくりと上げながら、まっすぐに指揮官を見据えた。
「撃たないでください。
……俺は、あなた方が探しているナノマシンの『説明書』です」
指揮官の眉がピクリと動いた。
殺気がわずかに「困惑」へと変わる。
その隙を見逃さず、創一はニッコリと笑って見せた。
「こんばんは。
……ようこそ『宇宙』との交渉テーブルへ」
深夜のマンションの廊下で、一人の社畜SEと国家権力とのファーストコンタクトが始まった。
最後までお付き合いいただき感謝します。
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