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自宅に届いた『惑星開発キット』で、社畜SEは異世界工場の管理者になる ~運用保守はもう終わり。現代の物資と無限の資源で、銀河規模の自動化帝国を築き上げます~  作者: パラレル・ゲーマー
第三部 硝子のカーテンと黄金の賄賂編

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第44話 軍産複合体の涙と星条旗への跪拝

 バージニア州ラングレー。

 CIA本部の一室で、エレノア・バーンズ長官は一枚の写真を凝視していた。

 デスクの上に広げられた極秘ファイルには、『プロジェクト・ガーディアン』というコードネームが記されている。

 これは日本から譲渡された「神の薬」——医療用キットの残る3本を、最も効果的な政治的資源として活用するための選定計画だった。


「……彼しかいないわね」


 エレノアは呟き、そのファイルを鞄に収めた。

 彼女が向かう先は、ホワイトハウスではない。

 ニューヨーク州の北、ハドソン川を見下ろす広大な森の中に、要塞のように聳え立つ、ある個人邸宅である。


          ◇


 『マクドウェル・エステート』。

 その名は表のニュースには滅多に出てこない。

 だが、ワシントンの政界やウォール街で、この名を知らぬ者はいない。

 主であるアーサー・マクドウェルは、アメリカ最大の軍需産業コングロマリット『タイタン・グループ』の総帥であり、上院議員の半数に政治献金を行い、ペンタゴンの予算編成にすら口を出せると言われる影のフィクサーだ。

 いわゆる「軍産複合体」、あるいは陰謀論者が好んで呼ぶ「ディープステート」の象徴的存在である。


 そのマクドウェル邸の最上階。

 集中治療室並みの設備が整えられた広い寝室は、死の匂いに満ちていた。


「……ノア。

 今日は天気がいいぞ。

 窓を開けようか?」


 アーサー・マクドウェルは、ベッドの脇で枯れ木のような老体を震わせていた。

 80歳を超え、世界を動かしてきた彼だが、今の彼はただの無力な老人に過ぎなかった。


 ベッドに横たわっているのは、彼の唯一の孫であり、マクドウェル家の正当な後継者、ノア・マクドウェル。

 17歳。

 だが、その体は見る影もなく痩せ衰え、無数のチューブに繋がれている。

 筋萎縮性側索硬化症(ALS)の劇症型。

 発症からわずか一年で全身の筋肉が動かなくなり、今は人工呼吸器がなければ息をすることさえできない。

 残されているのは、明晰な意識と、動かせるわずかな眼球だけだ。


 (お爺様……)


 ノアの視線が、アイトラッキングシステムを通じて合成音声を紡ぐ。


 『ごめんなさい。

 もう楽にしてください』


 その無機質な電子音が、アーサーの心臓を抉った。


「馬鹿なことを言うな!

 諦めるな、ノア!

 世界中の研究機関に資金を提供している。

 新薬の開発は進んでいるんだ。

 あと少し、あと少し待てば……!」


 アーサーは叫んだが、その声は虚しく響くだけだった。

 彼は知っている。

 金で買える医療は、すべて試した。

 遺伝子治療、幹細胞移植、未承認の治験薬。

 だが、どれも効果はなかった。

 現代の医学では、この病の進行を止めることはおろか、遅らせることさえできないのだ。


 彼が築き上げた巨万の富も、国家を動かす権力も、愛する孫の命一つ救えない。

 その絶望が、彼を内側から食い荒らしていた。


 その時、執事が静かに入室してきた。


「旦那様。

 お客様です」

「帰せ!

 誰とも会わんと言ったはずだ!」


「ですが……合衆国大統領閣下です」


 アーサーの手が止まった。

 ウォーレンが?

 直接?

 電話一本で済む用件ではないのか?


「……通せ」


 数分後。

 ロバート・ウォーレン大統領が、エレノア長官を伴って寝室に入ってきた。

 SPは廊下で待機させている。

 完全な非公式訪問だ。


「やあ、アーサー。

 久しぶりだな」


 ウォーレンは静かに歩み寄り、ベッドの上の少年を見つめた。

 そして痛ましげに目を細めた。


「……これがノア君か。

 噂には聞いていたが」


「同情しに来たのか、ボブ」


 アーサーは冷たく言い放った。

 彼は大統領をファーストネームで呼ぶ数少ない人間の一人だ。


「選挙資金の話なら秘書に言え。

 次期戦闘機のロビー活動なら、今は聞く気になれん」


「違うよ、アーサー。

 今日は大統領としてではなく、古い友人として来た。

 ……と言いたいところだが、現実はもっとシビアだ」


 ウォーレンは椅子を引き寄せ、アーサーの隣に座った。

 その目は政治家の鋭さを帯びている。


「なぜ私がホワイトハウスを抜け出し、極秘裏にここまで来たと思う?

 電話でも、使者を送ることもできたはずだ。

 だが、それでは君は信じないだろう」


「……何の話だ?」


「『奇跡』の話だ。

 これから見せるものは、国家安全保障上の最高機密トップシークレットだ。

 通信回線に乗せることも憚られる。

 だから私が直接持ってきた」


 ウォーレンはアーサーの目を真っ直ぐに見据えた。


「単刀直入に言おう。

 君の孫を救いに来たんだ」


「……何?」


「治せる。

 完全に元通りにな」


 アーサーは乾いた笑い声を上げた。


「冗談も休み休み言え。

 世界最高の名医たちがサジを投げたんだぞ。

 神に祈ってもダメだった。

 それをお前ごときが……」


「神ではないが、それに近い力を持つ同盟国がいる」


 ウォーレンはエレノアに合図した。

 彼女は鞄からタブレットを取り出し、映像を再生した。

 それはウォルター・リード病院で撮影された、ジム軍曹の再生記録だ。

 四肢を失った男が1分間で手足を取り戻す、衝撃的な映像。


「……なんだこれは。

 CGか?

 ハリウッドの新作か?」


「実写だ。

 数日前、我が軍の病院で行われた極秘実験の記録だよ」


 ウォーレンは淡々と説明した。

 日本から譲渡された医療用ナノマシン。

 その驚異的な修復能力。

 そして、それが神経系や筋肉の難病にも適用可能であること。


 アーサーは映像を食い入るように見つめた。

 彼ほどの情報のプロなら、映像の真偽くらいは直感で分かる。

 そこに映っている男の苦悶と歓喜の表情は、演技では出せないものだ。


「……ナノマシン……。

 日本がそこまで進んでいるというのか」


「ああ。

 彼らは隠しているがね。

 我々は、その貴重なサンプルを、わずかだが手に入れた」


 エレノアが銀色のアタッシュケースをテーブルに置いた。

 カチャリとロックが外され、中から一本のインジェクターが現れる。

 エメラルドグリーンの光が、薄暗い部屋を妖しく照らした。


「これがその薬だ。

 これを打てば、ノア君の神経細胞はすべて再構築される。

 萎縮した筋肉も元通りだ。

 数分後には自分の足で歩けるようになるだろう」


 アーサーの手が震え、インジェクターへと伸びた。

 喉から手が出るほど欲しい。

 全財産を投げ打ってでも欲しい。


 だが彼は、ギリギリのところで手を止めた。

 彼は商人であり、政治の怪物だ。

 タダより高いものはないことを、誰よりも知っている。

 大統領自らが運んできた「奇跡」の代金が、安いはずがない。


「……対価は?」


 アーサーはウォーレンを睨みつけた。


「これを私に使う対価として、何を求める?

 私の首か?

 それともタイタン・グループの解体か?」


 ウォーレンは、にこやかに微笑んだ。

 それは慈愛に満ちた聖人の笑みではなく、魂の契約書を持ってきた悪魔の笑みだった。


「安いものだよ、アーサー。

 君の忠誠だ」


「忠誠?」


「ああ。

 君と、そして次期当主となるノア君。

 マクドウェル家が未来永劫、アメリカ合衆国政府——ひいては、この私の方針に、絶対の忠誠を誓うことだ」


 ウォーレンは立ち上がり、窓の外のハドソン川を指差した。


「世界は変わろうとしている。

 日本という特異点が生まれ、中国という龍が暴れようとしている。

 この不安定な時代に、アメリカが覇権を維持するためには、政府と産業界が完全に一体化し、一枚岩にならなければならない」


 彼はアーサーを見下ろした。


「君の影響力が必要だ。

 軍需産業、メディア、エネルギー……君が握っている全てのリソースを使って、私の政策を支えろ。

 特に、対中国戦略においてだ。

 中国の経済的・軍事的浸透を阻止し、そして……」


 ウォーレンは声を潜めた。


「日本から供給されるこの技術を、中国から守り抜く『鉄壁』となれ。

 日本の技術者を守り、物流ルートを確保し、中国の工作員を排除する。

 そのための汚れ仕事を、君の私兵とネットワークで引き受けろ」


 アーサーは考え込んだ。

 それはマクドウェル家が政府の「下請け」になることを意味する。

 これまでは対等のパートナー、あるいは政府を操る側だった彼らが、ウォーレンの駒になるのだ。

 プライドが許さない。


 だが。

 彼はベッドの上の孫を見た。

 ノアの瞳が必死に何かを訴えている。

 『生きたい』と。


 (……簡単な計算だ)


 アーサーは目を閉じた。

 孫が死ねば、マクドウェル家は終わる。

 後継者のいない帝国は、遠からず霧散するだろう。

 ならば誇りを捨ててでも、未来を取るべきだ。


「……いいだろう」


 アーサーは目を開けた。

 その瞳には、かつての冷徹なフィクサーの光が戻っていた。


「契約成立だ、ボブ。

 ノアを救ってくれるなら、私は喜んで君の番犬になろう。

 地獄の底まで付き合ってやる」


「賢明な判断だ、友よ」


 ウォーレンは満足げに頷いた。

 そしてエレノアに目配せをした。


「始めよう」


 エレノアが手袋をはめ、インジェクターを取り出す。

 彼女は躊躇なく、ノアの点滴ラインの注入口にデバイスを接続した。


「投与します」


 プシュッ。

 緑色の液体がチューブを通って、ノアの体内へと流れ込んでいく。


          ◇


 変化は劇的だった。

 投与から数秒後、ノアの体がビクリと跳ねた。

 心拍モニターのアラームが鳴り響く。


「うううう……ッ!」


 喉の奥から、くぐもった声が漏れた。

 人工呼吸器が邪魔だと言わんばかりに、彼の胸が大きく波打つ。


「ノア!」


 アーサーが叫ぶ。


 バキン、バキンッ!

 体内で骨が鳴る音がした。

 萎縮して細くなっていた手足の筋肉が、まるで風船を膨らませるように隆起し始める。

 青白かった肌に血色が戻り、浮き出ていた血管が力強く脈動する。


 神経系が再接続される激痛——いや、生の感覚。

 ノアは目を見開き、自分の手で人工呼吸器のマスクを引き剥がした。

 動かなかったはずの手が、動いたのだ。


「はぁッ!

 はぁ、はぁ……!」


 彼は自分の肺で、大きく空気を吸い込んだ。

 酸素の味がする。

 生きている味がする。


「お爺様……」


 合成音声ではない。

 彼自身の肉声が、部屋に響いた。

 一年ぶりに聞く、愛する孫の声。


「おお、ノア……!

 喋れるのか!」


 アーサーは孫に抱きついた。

 涙が止まらなかった。

 冷たかった孫の体が、今は熱いほどの体温を発している。


 ノアは震える手で、祖父の背中を抱き返した。

 その力は病弱な少年のそれではない。

 若々しく、力強い青年の腕力だった。


「……凄い。

 力が溢れてくる……」


 ノアは上体を起こし、ベッドから降りようとした。

 よろめくこともなく、しっかりと床に立つ。

 身長180センチ。

 痩せこけていた体は、ギリシャ彫刻のように均整の取れた肉体へと変貌を遂げていた。

 ナノマシンによる最適化。

 彼は病を克服しただけでなく、遺伝子が持つポテンシャルの限界まで「進化」したのだ。


「……ありがとうございます、大統領」


 ノアはウォーレンの方を向いた。

 その瞳には知性と、そして底知れぬ野心が宿っていた。

 彼は直感的に理解していた。

 自分が手に入れた命が、タダではないことを。

 そして、この力をくれた相手が、自分の新たなマスターであることを。


「この命、貴方に捧げます。

 マクドウェル家は今日から、アメリカ合衆国の盾となり、矛となります」


 17歳とは思えない、堂々たる宣言だった。

 やはり彼は、ただの子供ではない。

 帝王学を叩き込まれた怪物の雛だ。


「期待しているよ、ノア君。

 君にはこれから長い時間がある。

 その健康な体と、君の家の富を使って、この国を正しい方向へ導いてくれ」


 ウォーレンは少年の肩を叩いた。

 確かな手応えがあった。

 これで軍産複合体は、完全にホワイトハウスの統制下に入った。


          ◇


 その夜。

 マクドウェル邸の書斎で、アーサーとウォーレンはグラスを傾けていた。

 中身は100年物のスコッチだ。


「……さて、ボブ。

 命の代金の話をしよう」


 アーサーは上機嫌だった。

 孫が助かった安堵感で、10歳は若返ったように見える。


「君が言っていた『中国対策』。

 具体的には、どう動けばいい?」


「うむ。

 中国は今、日本の技術を狙って工作員を大量に送り込んでいる。

 特に新木場の物流拠点と、関係企業の技術者がターゲットだ」


 ウォーレンは氷を揺らした。


「CIAも動いているが、公式な組織には限界がある。

 外交問題にしたくない案件や、法律の壁がある捜査だ。

 そこで君の『民間軍事会社(PMC)』の出番だ」


「……『ブラック・オニキス』か」


 アーサーが保有する世界最大級のPMCだ。

 元特殊部隊員で構成され、汚れ仕事を専門とする実力部隊。


「そうだ。

 彼らを『警備コンサルタント』として、日本の関連企業に送り込め。

 海道重工や、新木場の倉庫会社とな。

 そして中国の工作員が手を出してきたら……」


 ウォーレンは指で首を切るジェスチャーをした。


「法に触れない範囲で、あるいは触れても証拠を残さずに排除しろ。

 『事故』や『行方不明』として処理するんだ」


「了解した。

 お安い御用だ。

 日本の公安警察とも連携させた方がいいか?」


「ああ。

 日本政府には話を通してある。

 日下部という男が窓口になるはずだ。

 彼と連携して、鉄壁の防諜網を敷け」


 アーサーはニヤリと笑った。


「面白い。

 久しぶりに血が騒ぐな。

 ノアにも手伝わせよう。

 あいつも新しい体を持て余しているだろうからな」


          ◇


 数日後。

 東京新木場。

 工藤創一がテラ・ノヴァから送ってくる資材を保管する巨大倉庫群。

 その周辺の警備体制が一変していた。


 これまでの日本の警察官や警備員に混じって、屈強な外国人たちの姿が見られるようになったのだ。

 彼らは黒いスーツや作業着を着ているが、その隙間からは筋肉の隆起と、ショルダーホルスターの膨らみが見え隠れする。

 鋭い眼光。

 無駄のない動き。

 明らかにカタギではない。


 路地裏で様子を伺っていた中国MSSの工作員が、双眼鏡を下ろして舌打ちした。


「……チッ。

 また警備が増えたか。

 しかも、あれは……『ブラック・オニキス』の連中だ」


 工作員は無線で本国に報告を入れる。


「北京、応答せよ。

 状況が悪化している。

 アメリカの民間軍事会社が介入してきた。

 それも最精鋭の部隊だ。

 ……日本政府は、アメリカに魂を売ったようだ」


 無線の向こうで、北京の担当官が息を呑む気配がした。

 アメリカが本気で守りに入った。

 それはつまり、そこに「守るべき価値のあるもの」——すなわち医療用ナノマシン——が確実に存在するという証明でもあった。


          ◇


 首相官邸危機管理センター。

 日下部はモニターに映る新木場の様子を見て、安堵と懸念の入り混じった溜め息をついた。


「……マクドウェル家の私兵が到着しましたか」


 隣に立つ鬼塚ゲンが、険しい顔で頷く。


「ええ。

 現場の警察官たちはカンカンですよ。

 『なんで我々の管轄に、拳銃を持った外国人がのさばっているんだ』とね」


「まあ、そうでしょうね」


 日下部は胃薬の袋を開けた。


「法務省も悲鳴を上げていますよ。

 彼らを『特別顧問』として入国させるための、超法規的措置の書類作りで徹夜続きです。

 もし彼らが市街地で発砲騒ぎでも起こしたら、どう言い訳すればいいのか……。

 世論やメディアには『外資系の警備会社との提携』と説明していますが、いつまで保つか」


「飼い犬が増えたと思えばいいのです。

 狂犬ですが、中国という狼を追い払うには丁度いい」


 日下部は薬を水で流し込んだ。


「これで防衛ラインは固まった。

 アメリカの軍産複合体が味方につけば、中国も迂闊には手を出せない。

 ……当面は、ですが」


 彼は知っていた。

 強力な味方は、時に最大の敵になり得ることを。

 アメリカの浸透は守護であると同時に、侵略でもある。

 いつか彼らが「守る」だけでなく「奪う」ことに舵を切った時、日本はどう対抗するのか。

 盾は同時に、日本を縛る鎖にもなっているのだ。


「工藤さん……。

 貴方は呑気に工場を広げているでしょうが、地球側は火薬庫の上ですよ」


 日下部はテラ・ノヴァの方角を見つめた。

 そこでは今頃、何も知らない工場長が、「原発作りたいなー」などと危険な夢想をしているに違いない。


 世界は確実に、破滅と繁栄の分岐点へと向かっていた。

 その中心にあるのは、たった一人の男と、彼が作り出す無限の生産ライン。

 「工場は成長する」。

 その言葉の重みが、地球の自転すら歪ませようとしていた。



最後までお付き合いいただき感謝します。


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