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第3話 業務効率化と異星の脅威

 午前九時。東京都港区、某システム開発会社のオフィス。

 工藤創一(くどう そういち)は、死んだ魚のような目をしている同僚たちの間を抜け、自分のデスクに座った。

 体は鉛のように重い。昨晩——いや、今朝方まで異惑星テラ・ノヴァで肉体労働をしていたのだから当然だ。睡眠時間は二時間にも満たない。

 だが不思議なことに、頭の中は氷水に浸したように冴え渡っていた。


「……おはようございます」

「おぅ、工藤。顔色悪いぞ。また徹夜か?」


 隣の席の先輩、佐藤(さとう)が声をかけてくる。

 彼はこの十年、同じプロジェクトのデスマーチを歩み続けている戦友だ。

 創一は曖昧に頷きながら、PCの電源を入れた。

 画面に表示されるのは、昨日から自分を悩ませていた「原因不明のシステムエラー」の調査依頼メール。ログファイルは数ギガバイト。スパゲッティのように絡まり合ったレガシーコードの山。

 いつもなら、これを見ただけで胃がキリキリと痛み、コンビニの胃薬に手を伸ばすところだ。


 だが、今日は違う。


『おはようございます、マスター。業務システムへのアクセスを確認』


 脳内に響くイヴ(Eve)の声。

 同時に、創一の視界——AR(拡張現実)ウィンドウが、現実のPCモニターの上にオーバーレイされた。


『タスク:レガシーシステムのデバッグ。……対象コードをスキャンします』


 創一がマウスを動かし、ソースコードをスクロールさせる。

 彼自身の目では追いきれない速度で文字列が流れていくが、イヴの処理能力にとっては静止画も同然だ。


『……スキャン完了。エラー箇所を特定しました』

「えっ」


 思わず声が出た。まだファイルを開いて十秒も経っていない。


『4523行目。変数の参照先が不正です。

 また、データベース接続プールの解放漏れが128箇所で検出されました。

 修正パッチのコードを生成し、クリップボードに転送しますか?』

「……頼む」


 創一は震える指で「Ctrl + V」を押した。

 画面上に、完璧に最適化された修正コードが吐き出される。

 それは人間が数日かけて頭を抱えながら書くものを、AIが一瞬で組み上げた「正解」だった。


「……できた」

「ん? どうした工藤、もう原因分かったのか?」

「あ、はい。……ここですね。変数が競合してました」

「はあ!? お前、それ昨日から俺たち全員で探して、見つからなかったやつだぞ……」


 佐藤が驚愕の表情でモニターを覗き込む。

 テストラン。結果はオールグリーン。エラーログは綺麗さっぱり消滅していた。


「マジかよ……お前、覚醒したな」

「たまたまですよ、たまたま」


 謙遜しながら、創一は内心で小さくガッツポーズをした。

 これがテクノロジーの力だ。

 今まで自分が人生を削って行っていた作業は、高度な知性体から見れば「砂場で城を作る」ようなものだったのだ。


『マスター、空いた時間で惑星開発のシミュレーションを行いますか?』

「いや、まずは溜まっている他のタスクを片付ける。……手伝ってくれるか?」

『もちろんです。それが私の存在意義ですから』


 その日の午前中、工藤創一は「部署のエース」と化した。

 一週間かかると言われていた改修作業を二時間で終わらせ、仕様書の矛盾を指摘し、サーバーの負荷分散設定まで最適化した。

 上司は目を丸くし、同僚たちは「何かヤバい薬でもやってるんじゃないか」と囁き合ったが、創一にとって、これほど痛快な時間はなかった。


 運用保守メンテナンスの奴隷から、システムを支配する管理者へ。

 現実世界でも、彼は変わり始めていた。


 午後〇時十五分。

 創一は逃げるようにオフィスを抜け出し、非常階段の踊り場へと向かった。ここなら誰も来ない。

 手にはコンビニのおにぎりとスマートフォン。

 午前中の仕事で得た精神的な余裕は、次のステップへの活力を生んでいた。


「……さて、やるか」


 彼はスマホで検索し、目星をつけていた中古車販売店に電話をかけた。

 狙いは昨晩の決意通り、「車」だ。

 異惑星テラ・ノヴァでの移動手段。徒歩30分の通勤地獄から解放されるための翼。


『プルルル……はい、あおぞらモータースです』

「あ、すいません。ネットで在庫情報を見たんですが」


 創一は努めて冷静な声を出しながら、用件を切り出した。


「『平成××年式 軽バン 走行距離12万キロ』ってやつ、まだありますか?」

『ああ、あの白い箱バンですね。ありますよ。ただ、エアコンの効きがちょっと悪いんですが……』

「走ればいいです。荷物が積めて、タイヤが回れば文句はありません」

『はあ……まあ、それなら。車体価格で30万、諸費用込みで50万ってところですね』


 50万円。

 決して安くはないが、創一の貯金で賄える額だ。

 何より、あの惑星での作業効率を考えれば、投資対効果(ROI)は計り知れない。


「買います。手付金、今日振り込めますか?」

『えっ、現物見ないで? いや、まあ構いませんけど……』

「それと相談なんですが。……今日、乗って帰れませんか?」

『今日!? いやいや、お客さん無理ですよ! 車庫証明とか、名義変更とか、書類の手続きがありますから。最短でも一週間は……』

「そこを、なんとかなりませんか。仮ナンバーでもなんでもいいんで」

『いやー、さすがにそれは法律的に……』


 電話口の店主が困惑しているのが分かる。

 創一は舌打ちを堪えた。

 そうだ、ここは日本だ。法治国家だ。

 異世界のように「資源を掘って炉に入れたら3秒で鉄板」とはいかない。

 物理的な手続きと、人間社会のルールというボトルネックが存在する。


「……分かりました。無理言ってすみません。

 じゃあ予約ということで、押さえておいてください。来週の土曜に取りに行きます」

『はいはい、まいどあり。じゃあ、売約済にしときますねー』


 通話を切ると、創一は大きなため息をついた。


「一週間か……。長いな」

『マスター、焦燥感がバイタルに表れています』


 イヴの声が脳内に響く。


「そりゃ焦るさ。向こうには無限の資源があるのに、俺には運ぶ足がない。

 指をくわえて待ってる一週間なんて、機会損失もいいところだ」

『一週間の猶予があると考えれば、その間に別の準備ができます』

「別の準備?」


 創一はおにぎりの包装を剥がしながら、聞き返した。

 イヴは淡々と、しかし衝撃的な提案を並べ始めた。


『はい。現在の貴方の資産——日本円の残高は、今後の大規模開発には不十分です。

 重機、燃料、大量の建材を購入するには、資金調達(ファイナンス)が必要です』

「痛いところを突くな……。で、どうやって稼ぐ? 残業代か?」

『非効率です。テラ・ノヴァの資源を、こちらの世界で現金化することを提案します』


 創一の手が止まった。

 異星の物質を地球で売る。

 第2話でチラリと考えたことだが、AIのお墨付きが出るとリアリティが増す。


『まず鉄鉱石です。スキャンデータによると、テラ・ノヴァの鉄鉱石は、不純物が極めて少ない純度98%以上の高品質なものです。

 これは地球では、事実上の「精錬済みインゴット」に近い価値を持ちます』

「なるほど……。鉄スクラップとして売るだけでも、かなりの額になるか」

『次に生物サンプルです。あの惑星の紫色の植物は、地球には存在しない独自の酵素を含んでいます。

 製薬会社や研究機関にとっては、喉から手が出るほど欲しい素材でしょう』


 確かにその通りだ。

 未知のDNA、未知の成分。

 それを解析するだけで、ノーベル賞級の発見があるかもしれない。

 だが創一は首を横に振った。


「植物はリスクが高い。未知のウイルスや、生態系への影響が怖すぎるし、出所を怪しまれる。……鉄鉱石ならまあ『祖父の遺品整理で出てきた』とか、誤魔化せるかもしれないが」


 慎重な姿勢を見せる創一に対し、イヴはさらに踏み込んだ提案をしてきた。


『では加工品はどうでしょう。たとえば……「回復キット(Medical Pack)」の作成です』

「回復キット?」

『はい。私のデータベースにある技術ツリーには、現地の有機素材から抽出した成分で、生体組織を急速に活性化させる薬品のレシピが存在します』

「……それって、ゲームでよくあるHP回復薬だよな?」

『概念としてはそうです。ですが物理的な効果としては、「あらゆる外傷の即時閉塞」「臓器機能の修復」「感染症の無力化」をもたらします』


 創一は、かじりかけのおにぎりを落としそうになった。

 さらりと言ってのけたが、それは現代医療を根底から覆す「奇跡の秘薬」だ。


「おい待て。それを作って売れって? そんなもん市場に出したら大騒ぎになるぞ。

 下手すれば政府や軍に拉致監禁コースだ」

『……リスク評価、肯定。確かに現在のマスターの武力・政治力では、その技術を守りきれません』

「だろ? 金は欲しいが、命を狙われるのは御免だ。

 回復キットは……自分用の緊急手段として持っておくくらいにしよう」


 夢のような話だが、現実的ではない。

 創一は頭を冷やし、もっと喫緊の課題に意識を向けた。


「金の話はいったん置こう。それより安全の話だ。……イヴ、お前が言っていた『工場の稼働音と排煙』についてだが」


 昨晩、工場を去る時にイヴが警告していたことだ。

 『工場は成長し、汚染を広げる』という、世界の絶対的なルール。


『はい。マスターが設置した燃料式掘削機と石の炉は、微量ですが確実に大気を汚染し始めています。

 この汚染は風に乗って広がり、やがて現地の生態系を刺激するでしょう』

「刺激すると、どうなる?」

『排除行動を誘発します』


 イヴが視界に一枚の画像を投影した。

 それはスキャンデータから再構築された、テラ・ノヴァの原生生物の予想図だった。


「……なんだ、これ」


 創一は息を呑んだ。

 そこに映っていたのは、昆虫と爬虫類を悪魔合体させたような凶悪な生物だった。

 硬質な甲殻に覆われた背中。コンクリートをも噛み砕きそうな巨大な顎。

 そして、車一台分はあろうかという巨体。


『通称「バイター(Biter)」。この惑星の支配種です。

 彼らは環境変化に敏感で、汚染源——つまり貴方の工場を、巣に対する攻撃と見なして襲撃してきます』

「害虫……ってレベルじゃねえぞ。怪獣じゃないか」

『彼らにとって我々は病原菌です。見つかれば徹底的な排除行動——「殺戮」が行われます』


 背筋に冷たいものが走った。

 昨日は誰にも会わなかったが、それは運が良かっただけなのだ。

 あんな怪物が群れで襲ってきたら、つるはし一本で勝てるわけがない。


「……武器だ。武器がいる」


 創一の口調が変わった。

 金儲けよりも、車よりも、まずは命だ。


「イヴ、俺が作れる武器は何がある? ホームセンターでバールでも買ってくるか?」

『バールではバイターの甲殻を貫通できません。軍事技術(Military Technology)の研究を推奨します』


 イヴが技術ツリーの「軍事」カテゴリを展開する。


『基礎軍事技術を解禁することで、以下のレシピが利用可能になります。

 ・サブマシンガン(Submachine Gun)

 ・ショットガン(Shotgun)

 ・通常弾薬(Firearm Magazine)』


「……銃か」


 創一は非常階段の手すりを握りしめた。

 ここは日本だ。銃刀法が厳しく規制された平和な国だ。

 モデルガンですら人前で出すのは躊躇われるのに、実弾を撃つ武器をクラフトする?


「材料は鉄板と銅板で作れるとしても……俺はただのSEだぞ。

 銃なんて撃ったこともないし、照準の合わせ方も分からない。

 作ったところで、パニックになって終わりだ」


 バイターが迫りくる中、震える手で引き金を引けるか?

 反動で肩を脱臼しないか?

 そもそも弾が当たるのか?

 不安要素を並べ立てる創一に、イヴは平然と答えた。


『懸念は無用です、マスター』

「どういうことだ?」

『技術の研究(リサーチ)とは、単に設計図を得ることではありません。

 その技術を使用するための「概念」と「技能」を、マスターの脳神経に直接インストールするプロセスを含みます』


 創一は目をぱちくりとさせた。


「……インストール?」

『はい。サブマシンガンの研究が完了すれば、貴方はその構造、メンテナンス方法、そして最適な射撃姿勢(フォーム)反動制御(リコイルコントロール)の技術を習得します』

「マトリックスかよ……」

『銃器だけではありません。車両の運転、化学プラントの配管、回路の設計。

 全てのテクノロジーは、アンロックした瞬間に貴方の「血肉」となります』


 それは恐ろしいほどの恩恵だった。

 勉強も訓練も必要ない。

 資源を投入し、研究所を回すだけで、彼は「達人」になれるのだ。


「……分かった。それなら希望はある」


 創一はおにぎりの最後の一口を飲み込み、力強く頷いた。

 昼休みが終わるチャイムが、遠くで鳴り響く。


「今夜、帰宅したらすぐに研究所を増設する。

 車が来るまでの一週間で、軍事技術をアンロックし、武装を整える」

『賢明な判断です。平和を守るためには力が必要です』


 午後の業務に戻るため、創一は重い扉を開けた。

 その背中は朝よりも少しだけ大きく、そして険しいものになっていた。

 彼はもう、ただのサラリーマンではない。

 未開の惑星で戦争準備を進める、一人の兵士(エンジニア)なのだ。

最後までお付き合いいただき感謝します。




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― 新着の感想 ―
で、出た!レベルアップ! バグを確認出来るの良いなぁ
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